第7章39話 今宵、月明かりが照らす野にて ~最終決戦開始
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午後17時37分――クラウザーからラビへと対戦依頼が投げられ、ほんの少しの間の後に承諾された。
――……ああ、いよいよ……終わりなのですね……。
特に悩むこともなくすぐさま対戦フィールドへと赴いたジュウベェは、ラビたちの到着を待つ間にフィールドの空を見上げ、うっとりとしたようにため息を吐く。
本日の対戦フィールドは先日と同じ『平原フィールド』。
ただし、ただの平原ではなく、時間帯は深夜――と思われる時間帯。日は落ち、空が闇に染まっている。
闇夜に浮かぶのは見事な満月であった。
また、地上には蛍のような虫が生息しているのであろうか、ふわふわと淡い光があちこちを漂っており、深夜だというのにそれほど暗さはない。
『幻想的』――そう表現するより他ない、美しいステージであった。
「…………ふふ、くふふふふふふ……」
平原の向こう側から、対戦相手がやってくるのが見えた。
黄金の髪に白い衣に身を包んだユニット・アリス。その肩に掴まっている使い魔ラビ。
今回の対戦で、彼女たちとの戦いに決着がつくだろう。それをジュウベェは確信していた。
なぜならば――
「ふふっ、やぶれかぶれ、になってしまいましたか」
そして、時間無制限のデスマッチ。
一か八かの博打に出てきたのか、と問いかけるものの……。
”いいや?”
頭の中に直接響くような、男とも女ともつかない不思議な声音がジュウベェの言葉を否定する。
続けて、アリスが不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「当然、貴様をブチのめすために決まっているだろう?」
「……くふふっ」
ジュウベェは笑った。
いつもの相手を馬鹿にするような、見下すような嘲笑ではない。
『楽しい』――不本意ながらも、心の底から『楽しい』とジュウベェは感じて思わず笑ってしまったのだ。
「――ああ、なるほど……
”……まぁね”
『何を』と聞かずとも、ラビは肯定した。
ジュウベェの勘違いではあるまい。でなければ、この対戦のルールを選ぶことはなかっただろう。
――いずれ見破られることは織り込み済み。ふふっ、とはいえ……見破られる前に決着をつけられれば
思い返せば、一昨日の時点で決着をつけなかったことが間違いであった。
あの時に終わらせていれば、
冷静に考えれば、ジュリエッタを放置して逃げるヴィヴィアンを追撃したところで、一撃で倒せたかどうかは微妙なところだ。
そうなれば、ラビのユニットが三人残ったまま――ということもありえただろう。そうなった場合が、ジュウベェにとっては最悪の事態だ。
――えぇ、だから
――とはいえ最善とも言い難い……ふふっ、まぁ次善であるとしておきましょう。
「……ふん、貴様……この期に及んでにやけ面か」
「あら? これは失礼。ふふっ、あたくし、楽しくて楽しくて」
嘘ではない。
実際に、かつてないほどジュウベェは楽しんでいる。
酷く奇妙な話だが、アリスもラビも絶対に生かしておけない、というほどクラウザーは憎んでいるが――逆に、彼女たちでなければ
相手もまた様々な事情に追い詰められており、互いに全力を尽くして戦わなければならないこと……それが『楽しい』と思えるようになったのは、皮肉にもラビたちとの戦いが原因だった。
”……茶番はもう終わりにしよう”
そんなジュウベェの内心など知る由もなく、ため息交じりにラビが言う。
”――ジュウベェ……
「く、くふっ……」
――ああ、やはり……。
「くふふふふふふふふふふっ!」
――やはり、
「えぇ、えぇえぇ……
”全く……とんでもないインチキだったよ”
楽しそうに笑うジュウベェとは対照的に、ラビは苦々し気に吐き捨てる。
不愉快でたまらない、そんな気持ちがにじみ出ているのがジュウベェにもわかる。
”おまえは不死身でもなんでもなかった……”
「えぇえぇ」
”
だから、普通の対戦ではおまえに全くダメージを与えることが出来なかった――それがおまえの『不死身の謎』だ”
単純な話であった。
ラビの指摘通り、
ラビの知る由ではないが、厳密にはダメージ自体は与えられている。ただ、ユニット側の体力は意図的に低くされており、ほぼ一撃でも食らえば体力がゼロになるようになっていたのだ。そのため、すぐにユニット側の当たり判定はなくなるものの、使い魔側が無事なために『ユニットは敗北していない』とシステム側が誤認してしまい、結果として使い魔の当たり判定――通常対戦においては『無敵』という事実だけが残ってしまっていた、ということだ。
クラウザーの用意したチートは、意図的にシステムの判定を誤認させるものだ。『バグ技』を意図的に引き起こした、と言ってもいい。
「……頼みの綱の不死身も、ダイレクトアタックありなら意味なしだろ? ふん、だというのにやけに余裕だな」
愉快そうに笑うジュウベェの態度が解せないのだろう。アリスもラビ同様不愉快そうに顔を歪める。
「くふふふ……えぇえぇ、だってあたくし、楽しくてたまりませんもの」
楽に勝つために
だが、それが楽しいと感じられる。
己の心境の変化に内心少し驚きつつも、クラウザーは心のどこかでそれを楽しんでいる自分に気が付いていた。
「ですが――」
楽しめればそれでいい、などという結論にはならない。
笑みは消さぬまま、霊装に手をかけ戦闘準備が整ったことを『ゲーム』へと示す。
「楽しい時は、もう終わってしまいますのね……ふふっ、残念です」
もちろん、最後に立っているのは自分である。そう言外に潜ませジュウベェは最後の戦いに臨む。
「ふん、オレは楽しくもないし残念でもないが――これで終わりだというのは同感だ」
アリスも自らの霊装を構え、戦闘態勢を取る。
両者ともに戦闘準備が整ったと『ゲーム』が判断。
<
Ready――
>
「終わらせましょう。貴女方の敗北によって!!」
「この戦い――勝つのはオレたちだ!!」
<
――Fight!!
>
ラビ・アリスとクラウザー。
ヴィヴィアンから始まり、ジュリエッタの一件、そして今回の件――
両者の長い因縁に終止符を打つべく、最後の戦いが始まる。
「くふふっ、抜刀――」
アリスの能力については
二度の戦い、そして先日の対戦を経て十分すぎるほどアリスの能力を『視』てきた。
確かに柔軟で厄介な能力ではあるが、当然無敵と言えるほどではないし、他者と比べて圧倒的に強いというわけでもない。
しかしながら、当然『弱い』というわけではない。
直接戦ったのは一回だけだが、ヴィヴィアン・ジュリエッタと言った『手駒』との戦いを通じてアリスの実力はわかっているつもりだ。
――ジュウベェは俺が作り上げた『最強のユニット』だ……!
――だが、油断はしねぇ……
――
一度勝ったからと言って、クラウザーは油断しない。
彼も敗北したことにより己の慢心を悟り、戒め、強くなったのだ。
だが、
「《黒鉄――」
「ext《
「――っ!?」
「――防壁剣・殻》!!」
油断していたつもりは全くないが、最初の一撃から『
小手調べに出そうとした《黒鉄剣》をキャンセル、防御用の魔法剣を呼び出す。
《レーヴァテイン》は
まともに食らってしまったら、ジュリエッタの
だが、食らう前ならば対処の方法は幾らでもある。
《防壁剣》――そのバリエーションの一つ『殻』は、その名の通り『殻』を作り出して相手の攻撃を受け止める魔法だ。
『殻』へと《レーヴァテイン》を押し付け、ジュウベェは難を逃れる。
「……くふふっ、まさかいきなり――っ!?」
「ext《
「くふっ!?」
《レーヴァテイン》を振り抜くと同時に、アリスは霊装を手放し《剛神力帯》を使い直接殴り掛かって来た。
炎はかわせたものの《剛神力帯》の拳は魔法剣で受けることが出来ず、ジュウベェは殴り飛ばされてしまう。
――今までとは異なり、使い魔であってもダメージが通る対戦だ。
使い魔の身体は生身に比べれば痛みには鈍感ではあるが、それを差し引いてもアリスの神装の打撃による痛みを帳消しにするほどではなかった。
「く、ぐ、くふっ、ふひひひひひっ!」
殴り飛ばされ、地面に叩きつけられ、それでも勢い止まらずバウンドして吹っ飛ばされたジュウベェではあったが――尚、嗤っていた。
「あぁ……楽しいですねぇ……楽しいですねぇぇぇぇぇぇっ!!!」
追撃を仕掛けようとするアリスへと霊装を抜き構える。
それを見て無理な攻撃は止める。
「楽しい……?」
そして、ジュウベェの言葉を耳にし――表情に怒りを滲ませる。
「貴様に楽しむ余裕なぞ与えん! 覚悟しろ、
「ふふっ、うひひひひひひっ!!」
アリスの言葉にジュウベェは嗤って返す。
「くふっ、ふふふっ! 返しませんよぉっ!
「! ……っざけんなっ!!」
どちらも一歩も引かず――こうして最後の決着をつけるための戦いは続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます