第7章35話 燃え上がる決意 ~22時間前

「……ん……ラビさん、なつ兄、ごめん」

「も、申し訳ありませんわ……」

「あー……いや、まぁいいけどな……」


 まだちょっと目は赤いし涙も見えているけど、とりあえず落ち着いたみたいだ。


”二人とも、すっきりした?”

「ん、もう大丈夫」

「はい。……いえ、まぁジュウベェ様がおっかないっていうのには変わりはないんですけれど……」


 まぁそこはね……正直私もちょっとアイツ怖いって思うし。

 とにかく大泣きして溜まった諸々を涙と一緒に流して、少しは落ち着いたみたいだ。

 これでようやくこれからについて話すことが出来る。

 まずは私が最後に聞いた、明日の対戦開始時間について皆に伝える。


「今日対戦したのって、何時だったっけ……?」

「えーっと、17時は過ぎていたはずですわね」

「だな。まぁあいつらの言うことを素直に信じるってのもちょっとおっかないが……明日の17時――いや、一応余裕を見て16時半くらいまでには準備を終わらせておかないとな」


 私も同意見だけど、


”うーん、多分そこは大丈夫だと思う”

「ん? なんで?」

”あいつの性格から考えて、私たちに脅しをかけてるんじゃないかな、って思うんだ”

「……うわ、性格悪いっすね……。ああ、でも確かにありそうだ。タイムリミットがじわじわと迫ってきて怯える相手を笑うって感じ、確かにヤツならしそうっすね……」

「悪趣味ですわね……」

「むー、わたし、ビビんないし」

”まぁともかく、100%そうと決まったわけではないけど、可能性は高いんじゃないかな”


 約24時間の猶予があると見せかけて相手が安心しているところを急襲――って可能性もなくはないけど、今のところ絶対的に優位な位置にいるジュウベェ側がそれをするとはちょっと考えにくい。

 ヤツもそうだし、クラウザーもそうだけど、中途半端に高いプライドがあるから『自分が上』と思っている間はそういう不意打ちはしてこないのではないかと私は思う。


”まぁそれでも、千夏君の言う通り16時半までには私たちなりの準備は整えておこう。もし時間が余るのであれば、それはそれで活用すればいいし”

「っすね」


 時間ギリギリまで悩むのはいいとしても、それを前提にしてしまうと私たちの予想を裏切られた時に困ったことになる。

 ここは千夏君の意見通り、早めに準備を終わらせた方が安全だろう。それよりも早く襲われることを考えていたらキリがない――いつでも戦える覚悟だけ決めておいて、後は時間いっぱいやれることをやろう。


「わかった。それまでに、ジュウベェ対策は考える」

”私は……あいつの不死身の理由を解き明かす”


 残る問題は3点。どうやってジュウベェを倒すか、ジュウベェの不死身の謎を解くこと、そしてクラウザーとどうやって決着をつけるか――だ。

 これらを残り24時間――いや、残り22時間程度で解決させなければならない。


”多分、明日がヤツとの最後の戦いになると思う”

「そうなんですの? ……その、もし勝ち目が見えなければ、明日は『逃げ』に徹してしまうということも考えられると思うのですが……?」


 桃香の意見はもっともだ。

 ただ、彼女たちがまだ知らない、ある事情のせいで、おそらくは向こうも明日がタイムリミットだと思っているんじゃないかな。

 ……その話するの、ちょっと気が重いけど……もう隠しておくわけにはいかないか。


”うーんとね……その、千夏君”

「うぃっす」

”体調はどう? 気分が悪くなったりしてない?”

「……? あー、そういやちょっと身体がだるい、ような……?」


 うぅ、やっぱりか……。


”実は――”


 昼間にピッピたちと途中まで話した内容――『ジュウベェが奪った魔法剣を使うと、その負担が元のユニットの子へと行く』という推測を私は三人にも伝えた。

 合わせて、それがおそらく理由でなっちゃんが危ない状態にあるということも……。


「そ、そんな……では、わたくしがしたことは……」


 ジュウベェが戦えば戦うほど、被害が広がっていく。

 さっきの対戦で見たことのない魔法剣を何本も使っていた――千夏君を含めて、具合の悪くなった子が増えたかもしれない。

 そのことに思い至った桃香は顔を真っ青にして震えるが、


「……トーカ。。わたしは、もう割り切った」

「ありすさん……」

「はぁ、まぁそうするしかねーよな。既に俺たちは、お嬢を犠牲にするっていう手を使っちまったんだ。色々と思うところはあるだろうが……お嬢も割り切れ。っつーか、そもそもお嬢はなんも悪くねぇ」

「ん、悪いのは、そんな酷いチート使ってるジュウベェとクラウザー」


 正直、なっちゃんのことだけでなく、楓・椛、千夏君、それに私たちの知らないところでジュウベェに魔法を奪われた子たち……色々な人たちを巻き込んでしまっている。

 それらが気にならないわけはない。

 でも、ありすと千夏君の言う通り、私たちはだからと言ってここで立ち止まるわけにはいかない。


「どっちにしても、トーカがああしてくれなかったら、わたしたちも今日で終わってたかもしれない……そうなったら、ナデシコたちも助けられない」

”うん。気にはなるだろうけど、責任を感じる必要はないよ。どう考えたって、悪いのは向こうなんだし”

「…………はい……」


 ありすほど思い切りよく割り切ることは出来ないのだろう。それでも桃香は小さく頷いてくれた。


”後でピッピとまた話すつもりだけど、なっちゃんの身体のことを考えると……おそらく明日か明後日が限界だと思う。

 で、ジュウベェが一体いつから他のユニットから能力を奪っていたのかはわからないけど、多分そんなに前からではないと思うし、そろそろ『諦めてユニットを解除する』っていう最終手段を取る人たちも出て来ると思う”

「ん、確かに……」


 果たしてユニット解除でジュウベェが奪った能力が消えるのかわからない――けど可能性はかなり高いと予想している。その理由としては、ユニット解除で能力を失ってしまうことをジュウベェが知っているからこそ、焦って対戦拒否できないように直接脅しに来た……と思われるからだ。

 なっちゃんみたいに命に関わるんじゃないかと思えるほど深刻な子が他にもいるかは不明だけど、どっちにしろジュウベェを何とかしない限り『ゲーム』には参加できないのだ。

 体調不良を解消することを期待しつつ、使い魔側は新たなユニットを探すためにユニット解除に賭けてみる……という人がそろそろ出だす頃合いだと私は思っている。

 私の推測を聞いて、三人は納得してくれたようだ。


”――というわけで、向こうもそろそろタイムリミットだと思ってるんじゃないかな。だから、こっちもアリス一人になったところで、本格的に決着をつけようとしてくると思うんだ”


 万全を期すなら、ユニット解除が増えてジュウベェが弱体化するまで逃げ続ける、というのが賢い手だろう。

 でも私たちはそれをすることはない。


「……じゃあ、明日には必ず決着をつける。で、皆に『ゲーム』を諦めさせない……!」


 さっきまで泣いていたとは思えないほど、決意にあふれた瞳でありすはそう言う。

 そうだ、『ゲーム』のルールに則って戦い、それで敗れてリタイアするというのならば納得はいく。かつてホーリー・ベルと別れざるをえなかった私とありすだからこそ、そのことには納得できる。

 だけどジュウベェに能力を奪われ、何も出来なくなってしまったから諦める――というのには、到底納得がいかない。たとえ奪われた本人たちが納得したとしても、私たちは納得しない。

 もしも、ジュウベェに負けたことで『もうゲーム辞めたい』と思う子がいたら悪いけど……今回は私たちの勝手を貫かせてもらう。


「っし。じゃあ、どうやってあいつに勝つか考えないとな」

「ん、トーカのおかげで結構見えて来た」

「ほ、ほんとですか!? ……良かった」


 どうやらありすたちの方は大丈夫そうだ。

 たとえそれが空元気であったとしても、明日のタイムリミットに怯えて暗くなるよりは全然いい。

 さて、となると問題は私の方か……。


”ジュウベェの不死身の秘密か……”


 ありすに任された以上、この謎を解くのは私の役目だ。いや、まぁもちろん他の人が解き明かしてくれても全然構わないけどさ。

 明日までに解けない、それだけは絶対にダメだ。

 ――考えろ……いや、その前にまずあいつと遭遇してからさっきの対戦まで、全てを……!


「――あ、悪い。そろそろ俺塾の時間だわ」


 ……これからって時に、まず千夏君のタイムリミットが来てしまったか。

 いつも言ってる通り現実世界の方を疎かにしてはならない。


”じゃあ、一旦この場は解散しよう。ちょうどありすと桃香は一緒にいるしね”

「ん、続きは向こうで」

「はい♡」

「あ……でも、その前に――」


 解散、というところでありすが皆を呼び止めると、拳を前に突き出す。


「……わたし、絶対に負けない。必ず勝って、トーカとなつ兄、ナデシコたちの力を取り戻す!」


 それは、決意表明だった。

 今更言うまでもないことだけど、改めて口にして『宣言』することで、ありすは強く深く自分自身にやるべきことを刻み込んでいるみたいだ。


「おう、任せたぜ」

「……はい。わたくしの分まで、クラウザー様ごとブン殴っちゃってくださいまし!」


 続いて千夏君と桃香も拳を突き出し、ありすの拳と合わせる。


「……ラビさん」

”え、私も?”


 三人の間に入るのはどうかなぁと思ったんだけど、皆が私のことを見ている。

 ……私は流石に手は伸ばせないので、耳を拳代わりに、三人の拳に合わせる。


”そうだね、次で決着をつけよう。もういい加減クラウザーに振り回されるのはうんざりだ”


 ヤツとの付き合いも結構長い。

 そろそろ決着を付けなければなるまい。

 ヴィヴィアンの時、ジュリエッタの時、そして今回――回を重ねるごとに『被害者』の数が増えていっている。

 最初からチート使って一線を越えていたとは言え、流石にもう完全にアウトだろう。

 『ゲーム』のルールは正確には私は知らないし、もしかしたら『ゲーム』的にはOKなのかもしれないけど……少なくとも私たちにとってはクラウザー、そしてジュウベェはもう見過ごすことはできない。

 ……こんな事態になる前に何とか出来なかったのか、っていう後悔もあるけれど……ありすの言葉じゃないけど、もうそれは割り切ろう。

 割り切って、これからのことを考えよう。


”次で終わらせる。絶対に”


 ピッピが私に協力を願ったことについてもまだ答えは出せていない。

 彼女のやろうとしていることが正しいかどうかもわからない。

 でも、このままジュウベェを何とかすることが出来なければ、なっちゃんたちはユニットを解除せざるをえなくなる――そうなったらピッピの目的は絶対に果たされることはない。

 何が正しいのかを見極めるためにも、そしてちょっと現金ではあるけど私たちの目的である『ゲームクリア』の情報を得るためにも、勝たなければならないだろう。私たちの意地とは別に。


「なつ兄とトーカが作ってくれた時間……絶対に無駄になんてしない。

 この戦い――わたしが勝つ」


 最後にそうありすが締めくくり、私たちは最後の戦いに向けての準備に移るのであった。

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