第7章34話 雪下の死闘 4. 私の決めた、私自身の運命

 以前、キング・アーサーという謎の存在を倒したことにより、ヴィヴィアンは自由に《エクスカリバー》を召喚することが出来るようになった。

 ただこの聖剣、強力無比なレーザー攻撃が出来る反面、使うたびにステータスがダウンするというとんでもないデメリットがある。

 そのため使わないようにヴィヴィアンに言っていたんだけど――いや、今使うのを止めるつもりもない。


「まぁ……」


 左腕は完全につぶれてしまっており、右腕一本でヴィヴィアンは《エクスカリバー》を構える。

 見ただけでわかる程の魔力が剣を中心に渦巻いており、聖剣の力は健在だ。

 ……この剣なら、もしかしたら《ケラウノス》の直撃でも倒せなかったジュウベェにダメージを与えることが出来るかもしれない、そんな期待が湧いてくる。

 でも、それだけの力を持つ《エクスカリバー》を目にしても、ジュウベェは警戒するどころか嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「くふ、くふふふふっ……いいですねぇ~欲しいですねぇ~――


 ――そうか!? ジュウベェがこのままヴィヴィアンの体力を削り切ったとしたら、サモンが奪われる可能性がある……っていうか、ヴィヴィアンの魔法を考えるとサモン以外奪われるとは思えない。

 そうなるとジュウベェが《エクスカリバー》を使う、なんてことも起こりえるのか……そうなったら、本当にどうしようもなくなってしまう。


「い、いざ……最後の勝負!!」


 …………そんなこと、ヴィヴィアンは当然わかっているはず……? じゃあ、なんで今この場で《エクスカリバー》を見せたんだ……?

 私の疑問への答えはなく、ふらふらになりながらもヴィヴィアンは《エクスカリバー》片手にジュウベェへと切りかかる。

 至近距離まで近づいて確実に《エクスカリバー》のビーム攻撃を当てる気か!?

 む、無茶だ……。アリスやジュリエッタならともかく、ヴィヴィアンが剣を振り回しても上手く相手に当てることは難しいだろう。ましてや今は満身創痍の上に片腕でしか剣を振れないのだ。


「ふふふ……えぇえぇ、終わりにしましょう。抜刀 《破壊剣》」


 言葉通り『終わり』にする気だろう、ヤツの持っている魔法剣の中では最も厄介と言える《破壊剣》を呼び出し、応じるようにこちらも前へと駆ける。

 対戦時間残り15秒――でも二人が激突するまで1秒もかからない。

 ジュウベェは《エクスカリバー》が普通に斬る剣ではなく、魔力のレーザーで広範囲を薙ぎ払う武器だということを知らない。その隙を突いて、交錯する直前に《エクスカリバー》を放――たない……!?


「その御命ぃっ!!」


 力の入らないヴィヴィアンの振り下ろしをかわすと同時に《破壊剣》を切り上げる。

 それと同時に、ヴィヴィアンの右腕――《エクスカリバー》を握ったままの腕が、宙を舞った。


「くふっ、いただきますよぉっ!!」


 そして――返す刀でもう一太刀が首へと向けられ……。




 Winnder クラウザー




 ……結果は、私たちの敗北に終わった。


「ふふふ……これで、もうあなた方は逃げることは出来なくなりましたねぇ~、残念ですねぇたった一日だけしか稼げなくて」

”くっ……”


 どうやらヴィヴィアンの本当の目的――少しでも多くの魔法剣を使わせて、ありすにそれを見せるということには気付かれていないみたいだ。

 それはそれで好都合ではあるけど……ジュウベェを倒す目途をつけるまでどれくらいの時間が必要になるかわからない。確かに時間稼ぎをするという側面も否めない。

 魔法剣をありすに見せるという方はともかく、ヤツの不死身の謎を解くのに後一日しかないってのは正直厳しい。

 間近で対戦を見ていたにも関わらず、私はまだ見当もついていないのだ……。


「ああ……楽しみですねぇ……明日には貴女方が終わってしまうなんて……くふっ」


 くそっ、言い返せない……。

 このままだと、本当に明日に全てが終わってしまうかもしれない。

 対戦で負けるだけなら私自身は『ゲーム』に残ることが出来る。ありすたちを諦めて新しいユニットを探せば『ゲーム』自体は続行することが出来るけど……それは絶対に選びたくない道だ。

 ありすたちがいないのであれば、私が『ゲーム』をクリアすることを目指す意味なんてなくなってしまう。

 それに……現実問題としてジュウベェが残っている限り、いつまた襲われるかわからないのだ。

 ――殺るか殺られるかキル・オア・ダイ。結末ははっきりとしている。


「あ、そうですねぇ、いいことを思いついてしまいましたぁ。

 明日は、今日と同じ時間にお伺いいたしますわねぇ」

”……何……?”


 今日と同じ時間に……?

 はっきりとした時間は時計見てなかったから曖昧だけど、大体17時過ぎ……だったはず。

 この対戦も前後含めても20分もかかっていない。

 タイムリミットは24時間後、と思っていて間違いないだろう。


「そちらも、その時間であれば都合はよろしいでしょう?」

”……だったら、どうせなら夜の20時にして欲しいんだけど……?”


 少しでも時間を稼ぎたいという思いもあるけど、これは単にその時間ならば後ろは気にせず――寝る時間はあるけど――対戦することが出来る、というだけだ。

 だけど私の提案にジュウベェはくすくすと笑い首を横に振る。


「嫌ですわぁ。時間稼ぎに付き合う義理はございませんしぃ、何よりも……くふふふふっ、もの」

”くそ……!”


 そうそう上手くはいかないか……! まぁダメ元だったし、約24時間の猶予だけでも良しとしておこう。

 ……実は猶予を与えたと見せかけて不意打ちで早めに対戦を挑んでくる可能性もないわけではない。が、強制対戦でなければ放置することだって可能だ。後が怖いけど、それで24時間後まで逃げ続けることも頭に入れておこう。


「ふふふ……それでは~」


 これ以上は話すことはない、とジュウベェはさっさと対戦フィールドから出て行ってしまう。


”……明日、か……”


 泣いても笑っても、明日でジュウベェと――いやクラウザーとの戦いに決着はつくだろう。

 そして……勝って終わりしなければ意味がない。

 あらためてそう決心し、私もマイルームへと戻っていった。




*  *  *  *  *




「……た、ただいま戻りましたわ……」


 マイルームへと戻って来た私と桃香。

 桃香は自分がしたことがありすの意に反していることは理解している。

 叱られた子供が親の前でおどおどと様子を窺うような態度だ。


「……トーカ……」

「ありすさん……」


 二人は向かい合って声を掛け合うものの、その先が続かない。

 何て言ったらいいのか、お互いにわからない――そんな様子が見て取れる。


”え、と……”

「……むぅ」


 私と千夏君もどう声をかけたらいいのかわからず、とにかく二人の様子を見守るしかない。


「……ごめん、トーカ!」

「……ごめんなさい、ありすさん!」


 と、数秒の沈黙の後、二人は全く同時に相手に謝ったのだった。

 …………なんだこの展開……?


「……へっ?」


 謝罪合戦に負けた――っていうか先に我に返ったのは桃香の方だった。

 ありすはそれにも気づかずに頭を下げたまま続ける。


「トーカとの約束……守れなくなっちゃった……」

「約束……?」


 思い当たることがないのだろう、桃香は首を傾げる。実は私にも思い当たることがない。


「クラウザーを、殴らせてあげるって……」

「! あ、ああ……」


 そ、そういえばそんな話あったな……桃香ヴィヴィアンが私のユニットとなって『ゲーム』を続けるかどうか聞いた時に、アリスがそんなことを言ってたような……。

 ……あれって約束なんだっけ……? いや、まぁそれはいいけど。

 今回の対戦で体力ゼロで負けたってことは、もう桃香はヴィヴィアンに変身することは出来なくなってしまった。

 それがこの先ずっとなのか、ジュウベェを倒せば解決するのかわからない。

 でも何にしてもジュウベェを何とかするイコールクラウザーと決着をつける、となるはずだ。

 ……決着をつける戦いに桃香は参加することは出来ない。そういうことだ。


「それは……仕方のないことですので……。それに、わたくしの代わりにありすさんが……」


 別にそれが目的で私のユニットになったわけではないだろうしね。

 桃香の言葉が耳に入っているのかいないのか、ありすは止まらず続けて言った。


「そっ、それに、わたし……わたし……っ!」

「あ、ありすさん!?」


 ぽろぽろとありすの目から涙が零れ落ちる。

 ……ここまで感情むき出しにするありす、始めて見た……。


「トーカをっ、ひ、一人で、戦わせて……」

「それは――わたくしが自分で選んだことで……ありすさんが謝るようなことでは……むしろ、わたくしが謝ろうと――」

「ううん……違う、違うの……っ!」

「……違う?」

「わたし、う、うぐっ……わだじ……」


 ついにありすはボロボロと涙を零して泣き始めてしまう。

 こんな姿、始めて見た……。

 ともかく、ありすは何かを伝えようとしているみたいだ。

 私たちは口を挟まずにありすが話すのを待つ。


「わだ、し……トーカが、一人で戦ってるの、見で……ひっく、これであいつの動きを見れるって、の……!!」

「え? えぇ……まぁそのつもりでした、し……?」

「きっと、わたし……心のどこかで、、って気付いてた……だから、トーカが一人で対戦に行った時、ちょっとだけほっとしちゃったの……!! ごめん、トーカ……トーカは、わたしの大切な仲間なのに……っ!!!」

「ありすさん……」


 一人で対戦に挑んで一日分時間を稼ぎつつジュウベェの能力を見る――桃香が気付いたこの方法、ありすもおそらく心の奥では気付いていたのだろう。

 二人の違いは、ありすはその手段が有効だと気づきながらも心に蓋をして気付かないフリをしたが、桃香は実行したということか。

 ……ありすの言葉からわかる。この子、有効な方法だとはわかっていてもそれを桃香にやってくれ、なんてとても言える子じゃない。

 だからこそ、桃香が自分から一人で対戦に行ったことで『安心』してしまったのだ。

 そして、そんな自分に自己嫌悪しているのだ……。


「ごめんね、トーカぁ……うぅ、怖い思いさせて……約束、まもれなくって……!」

「う……」


 泣きながら謝り続けるありすに対し、ついに桃香の方も感情に火が点き始めて来た。

 じわっと両目から涙が溢れ出し――


「う、うわぁぁぁぁぁぁんっ! 怖かったですよぉぉぉぉっ!!」


 こちらもダムが決壊。ありすよりも激しく、床に座り込んでわんわんと泣き出してしまった。


「なんなんですか!? なんなんですかあの人!? 怖いし気持ち悪いし、完全に頭おかしい人ですよあれぇぇぇっ!!」

「ひっく、うぇぇぇぇぇぇぇんっ! トーカぁぁぁぁぁぁ!」

「ありすさぁぁぁぁんっ!!」


 ……二人はへたりこんだまま抱き合い、わんわんと大声でひたすら泣くのであった……。


『ちょ、え……ど、どうすりゃいいんすか、これ……?』


 流石に女の子二人が泣き喚いているのを見て、千夏君もどうすればいいのかわからずオロオロとしている。

 まぁ、これは仕方ない――男は女の涙に弱いのだ、っていう話でもないか。泣く子には勝てまい。


『”……しばらく落ち着くまでそっとしておいてあげよう”』

『……っす』


 こういう時に下手に慰めたり泣き止ませようとしない方がいい。

 ありすも桃香も、昨日から色々とありすぎた――特にありすは今日は現実世界でも色々とあったのだ。

 二人とも『ゲーム』によって経験を積んできたとは言え、やっぱりまだ10歳の子供なのだ。

 この二日間の出来事は完全にキャパオーバーだったのだろう。

 無理矢理爆発した感情を抑える必要はない。

 は――この感情は貯め込んではいけない。

 泣き喚いてでも、怒鳴り散らしてでも、二人が処理できるレベルまで発散させた方がいいだろう……私はそう思う。




 ――二人はその後、実に20分近くも抱き合ったまま泣いて、謝り合って、ジュウベェへの罵詈雑言を並べ立て、なぜかお互いに相手のことを『大切な仲間だ』と確認し合うのだった。

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