第7章32話 雪下の死闘 2. 粗にして野であり卑でもある
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くっそ……お嬢……!!」
マイルームから対戦の様子を見ながら千夏は己の現状に歯噛みする。
――何で俺があの場所に立っていないんだ……っ!!
ジュウベェと一対一で戦い、謎だらけの魔法剣を使わせてどのような効果を持っているかを明らかにするための囮――その役割、もしもやれるのであれば自分がやるべきだった。そう千夏は思っている。
決着をつけるための戦いに全員で挑める状況ではなく、誰か一人が……となった場合、それはアリスが最適である。それは桃香だけではなく千夏もそう思っていた。
しかし、だからと言って対ジュウベェ戦においては最適とは限らない。
ジュウベェの持つ魔法は強力だ。特に他人から奪った魔法は威力が非常に高く、また初見では一撃必殺となりうる効果を持つものもある。
そうなると、体力のステータスが近接戦闘特化型にしては低めなジュリエッタは危うい。持前の格闘能力で回避しきれない攻撃が来た場合、たった一撃で終わってしまいかねない。
加えてもう一つ。ジュリエッタのライズの『幅』は広いように見えて実はそこまで広くない。やれることは、突き詰めれば『ステータスの一時的なアップ』でしかないのだ。
――だから……
千夏は自分の力についてはよく理解していた。
相手が
だがジュウベェについてだけは事情が異なる。
ジュウベェの魔法は、他のユニットから奪った魔法という点を除いても変幻自在の『万能』魔法だ。ライズ・メタモルで対応するのは少々厳しいケースが起こりえる。
アリスの魔法ならば本当の意味で『あらゆる状況』に対応することが可能なはずだ。
桃香も同じ考えだった。だから、千夏に協力を頼んでありすを足止めし、一人でジュウベェと対戦を行うこととした。
モニター越しに見る対戦は、一見すると一進一退の攻防を繰り広げており互角のようには見える。
そうではないことはヴィヴィアン本人が一番よくわかっており、また見ているだけの千夏たちにもわかっていた。
本当に底の知れない相手だ。まだまだ隠し持っている魔法剣はあるだろう。
一体どれだけのユニットを今日までに倒してきているのか……それに他人から奪った魔法だけではなく、ジュウベェ自身が編み出した魔法剣もあることだろう。
「…………」
「……? ありんこ……?」
隣で一緒にモニターを見ているありすの様子が気になり、ちらりとそちらに視線を向けた千夏は思わず動きを止めた。
ありすはいつものぼんやりとした何を考えているのかわからない表情――ではなく、食い入るように対戦を見ている。
それだけではなく、ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
「……《重圧剣》……たぶん重力…………《流星剣》……範囲攻撃…………上から? 横からは……? いや、上から落ちて横に……」
まるで呪詛のように呟いているのは、彼女が見た魔法剣についてのことだった。
瞬き一つせず、何一つ見逃さないと言わんばかりのありすの様子に、千夏は言葉を失う。
――……こいつ……。
今、ありすの目にはおそらく
ただひたすらに、ジュウベェにのみ集中している。
――確かにジュウベェの魔法を『視』ることが目的だけど……。
ヴィヴィアンが一人で戦い、ジュウベェの手札を明らかにする――それが今回の対戦の、そしてヴィヴィアンの目的だ。
そのことを考えればありすの行っていることは
ジュウベェに集中し、ジュウベェの魔法剣の効果を見て、記憶して、分析して、対策を練る。全く以て正しい。
しかし……。
――だからと言って、完璧にそっちに集中なんて、普通できるか……? ……俺には無理だな……。
対戦前に取り乱したのは実は幻なのではないか、と千夏が自分の目を疑ってしまうほど、今のありすにはヴィヴィアンが見えていない。
千夏は出来なかった。どうしても、
身体を張って戦っているとは言っても、所詮『ゲーム』だ。実際の肉体が傷つくわけではないので、目的を果たすために集中するのは合理的だ。逆に千夏のようにジュウベェだけに集中できない――ヴィヴィアンの様子だけではなく隣のありすにも意識を裂いてしまっているので猶更だ――方が不合理であろう。
だが、だからと言って、そんな割り切りが出来るものだろうか?
――……ま、俺が言えた義理じゃねーか……。
かつて『強くなるため』という理由で他の使い魔をゲームオーバーに追い込んだ千夏は自嘲する。あの時、確かに千夏は『割り切って』行動していたはずだ。過去の自分を正当化するつもりは全くないし、逆に否定する気もない。
しかし今のありすとは事情が全く異なる。
……この異常なまでの合理性、理性的な判断――それが行えること自体が『異常』だ。そうすることが『正しい』からと言って、仲間のピンチに心が動かないことが『異常』だ。
その異常性を本人が理解しているのかはわからないが……千夏はこれを『危うい』と捉えた。かつてラビがありすに抱いた印象と同様に。
「…………剣の効果範囲は……」
尚もぶつぶつと呟きながら集中して分析を続けるありすを見て、千夏は改めて『恐ろしいチビだ』と空恐ろしい思いを抱くのであった。
* * * * *
最初の攻防から更に2分ほどが経過――
ヴィヴィアンも結構な数の魔法を使っている。
しかし、そのいずれもジュウベェの魔法によって迎撃、あるいは回避されてしまい全く決定打を与えることが出来ていない。
それどころか、相手の隙を突くために
対戦時間は残り半分を切ったが……このままだと制限時間が来るよりも早くヴィヴィアンの魔力が尽きてしまう。
「あらあら~? 思ったよりも粘りますわねぇ」
「言ったはずです。貴女を斃すつもりだと」
相変わらず余裕綽々のジュウベェの挑発に対して、ヴィヴィアンは全く戦意の衰えない視線を返す。
……が、状況はあまり良くない。どころかむしろ明確にこちらが悪い。
最初の攻防では何とかノーダメージで済んだけど、その後はそうもいかなかった。
ヴィヴィアンの体力が高いといっても当然無限ではない。まだまだ安全圏だとは思うが、着実に削られている。
対してジュウベェの方は相変わらずだ。もう何度も直撃を食らっているはずなのに、全く堪えた様子がない……まさか本当にノーダメージだとでも言うのだろうか?
ともあれ、このまま対戦終了時間を迎えたら、こちらの敗北はほぼ確定だろう――そうなったらまた一日分余裕は出来るかもしれないが、現実世界でなっちゃんのように影響が出ている子のことを考えると早めに決着をつけなければ、と焦る気持ちもある。
「……ああ、勘違いさせてしまったようで申し訳ございません」
「……?」
「
傲慢にもジュウベェはそう言い切った。
「くふっ、
くふっ、くふふふふ……。
と、丁寧な口調ではあるものの、傲慢そのものの言葉を放ち……心底愉快そうにこちらをあざ笑う。
やはりこいつの中身があの狂暴な女なのだと実感する。
口調も物腰も丁寧ではあるが、そんなもの見せかけだけだ。
こいつの本質は現実世界と同じ――他人を見下し、踏みにじることを楽しむ、真性のクズだ。
今もヴィヴィアンが持ち堪えているのを『自分が生かしているから』と言ってのけている。
……これでこいつが口だけのヤツなら苦労はないんだけど、そうではないから面倒だ……。
「ふふっ」
ジュウベェの挑発に対し、ヴィヴィアンは優雅に微笑みを返す。
「その割には……昨日ほど余裕がないように見受けられますが」
”……!”
こちらからも挑発で返した――というわけではない。
ヴィヴィアンの言葉にはっとさせられたが、確かにそんな印象はある。
余裕ぶっているというわりには魔法剣は割と出し惜しみなしで使って来ている。昨日の対戦では見なかった新しい魔法剣も、短時間ではあるが結構な数出てきている。
わざと勝負を長引かせようとしているわけではない――ヴィヴィアンがジュウベェの想定以上に食い下がってくるため、向こうも思うように動けていないんじゃないか、そんな気はしてくる。
「……くふ、くふふふふふ……」
図星を突かれたか、はたまたヴィヴィアンの言葉を挑発と捉えたか、ジュウベェはおかしそうに笑う。
「えぇ、えぇえぇ、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」
そう言いながら――
「抜刀 《加速剣》、《黒鉄剣》――その勘違い、今すぐ正して差し上げましょう」
両手に魔法剣を作り出す。
しかもそのうちの一つは、(おそらくは)アビゲイルから奪ったであろう《加速剣》だ。
ジュウベェの持つ魔法剣の中でも、かなり対応が難しいヤツである。
「では――」
言うと同時にジュウベェの姿が掻き消える。
冗談みたいな加速を得たジュウベェの動きは目で見て捉えられるようなものではない。同じ加速能力を持つジュリエッタで、ようやくなんとか動きが見える程度の対応しか出来ないのだ。
幾ら召喚獣に様々な能力があるとはいえ、ヴィヴィアン自身がその能力を得られるわけではない――
「サモン《ヒュドラ》!」
ヴィヴィアンはすぐさま《ヒュドラ》を召喚する。
これでどう対応するのかと思ったら――《ヒュドラ》は出現すると同時に、九本の首を使ってヴィヴィアンの全身を包み込む。
「っ……なるほど……」
ヴィヴィアンの身体を《ヒュドラ》が包み込むのとほぼ同時に、ジュウベェの姿が現れる。
……そういうことか。どうやらヴィヴィアンは回避するのは無理と判断、回避を諦め『防御』に徹することにしたのだ。
かといって《イージスの楯》では防ぎきれない。後ろから斬りかかられたらそれで終わりだ。
なので、召喚獣の中でも巨体の《ヒュドラ》を呼び出し、長い首を使って自分の周囲を囲ませて全方位防御を敷いたということか。
《加速剣》を使って超スピードで接近してきたジュウベェだったが、もう一方の《黒鉄剣》は召喚獣の防御を突き破るほどの威力はなかったようで、弾かれてしまったみたいだ。
「そこです! サモン《火尖槍》」
攻撃を弾かれたジュウベェに対し、位置を把握したヴィヴィアンは続いて《火尖槍》を召喚。
目的は攻撃ではなく、《ヒュドラ》を弾き飛ばすことだった。
「あ、あら……?」
再び加速しようとしていたジュウベェだが、体勢が悪かった。
上から斬りかかるようにして飛び掛かってきていたため、召喚獣に弾かれた時点で宙に浮いてしまっている。
単純なスピードアップとは異なる加速能力ではあるが、空中に浮かんでいる状態ですぐさま方向転換したり地面を走ったり出来ないことには変わりない。
ジュウベェが着地するのより早く、吹っ飛んだ《ヒュドラ》が押しつぶす。
巨体による体当たりは流石に効いたか、今度は横に吹っ飛ぶジュウベェ。しかも、手に持っていた魔法剣を衝撃で両方とも手放してしまう。
「《ヒュドラ》、そのまま抑えつけてください!」
……凄い。ヴィヴィアンはたった一人だというのに、全く退くことなくむしろジュウベェを押している……。
ジュウベェの不気味なくらいの余裕は相変わらずだし、油断したらこちらがすぐにやられるだろうということは忘れてはいないけど……局所的にはヴィヴィアンが優勢というか戦いの主導権を握る場面が出てきている。
いい感じ……か? この対戦の目的は、私自身はあまり認めたくはないけれど、ヴィヴィアンが身体を張ってジュウベェの攻撃を一つでも多く受け、アリスへと情報を渡すことにある。
でも……ここでヴィヴィアンがジュウベェに勝てるのであれば、それはそれでもちろん問題はない。そうすれば残る問題はどうやってクラウザーを対戦の場に引きずり出すか、ということだけになってくれる。
「……抜刀 《破壊剣》」
「! リコレクト《ヒュドラ》!」
だがそう甘くはないか。
押しつぶされたジュウベェはすぐさま《破壊剣》を呼び出し、《ヒュドラ》を破壊して脱出しようとする。
流石に《ヒュドラ》を無駄に散らせることはしたくない。《加速剣》からの攻撃を防いだだけで良しとしよう、ヴィヴィアンも《ヒュドラ》を
「どうやら貴女様の魔法剣……手に持っていなければ効果を発揮できないものがあるようですね」
今の攻防、一番大きな成果はそれがわかったことだろう。
《ヒュドラ》に吹っ飛ばされたジュウベェはその衝撃で《加速剣》を取り落としていた。
もしも呼び出しただけで魔法剣が効果を発揮するのであれば、吹っ飛ばされた後に《ヒュドラ》に抑え込まれる前に超スピードで逃げ出せたはずだ。
ただ、昨日の対戦時、手放した《雷光剣》が雷撃を放ってはいた。
となると――
”強化系能力の剣は持ってないとダメみたいだね”
「はい、そのとおりでございます、ご主人様」
そういうことになる。
《加速剣》、それにおそらくは《破壊剣》《重撃剣》辺りの強化系――純粋な強化とは言い難い効果でもあるけど――あるいは『補助魔法』の剣はジュウベェが手にしていないと効果を発揮できない、そう考えてよさそうだ。
私たちに誤った情報を与えるための演技、とは思わない。
『絶対的な強者』として振る舞い、『弱者』である私たちを蹂躙しようとするジュウベェにとって、そういう
「ふ、ふふ……」
やはり大したダメージは与えられていないみたいだ。
ゆらり、とジュウベェは立ち上がりこちらを見て笑う。
「……えぇ…………えぇえぇ、その通りですとも。ふふ、まさか
こいつ……っ!
剣を持っていないとならない、ということをあっさりと認めはしたものの、きっちりとヴィヴィアンを挑発してきやがった……。
一方でヴィヴィアンは挑発など意にも介さず、距離を保ったまま優雅に微笑みを返す。
……変身してる時はアリスよりもずっと大人な態度なんだけどなー……
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「くっふふふ……ここで逃して時間を稼がれるのも、妙な自信をつけられるのもあまり好ましくありませんね……はぁ、仕方ありません」
演技がかった仕草でわざとらしくため息を吐くと、左手を前へと掲げる。
「こういうのはどうですぅ? 抜刀――」
……ヤバい!?
ヤツが何かしようとしているのはわかる。普通だったらここでヴィヴィアンに警告の言葉を叫ぶところだ。
……けど、今回だけは――私は叫ぼうとした言葉を呑み込んだ。
「――《獣魔剣》」
現れたのは、剣……のような大きさの『牙』だった。刀身がまるごと巨大なモンスターの牙になったかのような、《加速剣》同様に『剣』というには疑問に思える形状の魔法剣だ。
この魔法剣……もしや……?
ヴィヴィアンも名前から悟ったか、わずかに顔色を変える。
「ふふふ、ふふふふふふふふ……!!」
《獣魔剣》を手にしたジュウベェの身体が
背中から服を突き破り、毛むくじゃらの獣の腕が生えて来たのだ。
その数、四本。
「その魔法……ジュリエッタの……!!」
「くふふふふふふふふっ! 抜刀 《雷光剣》、《烈風剣》、《操霊剣》、《金剛剣》」
立て続けに四本、魔法剣を抜刀――それらが獣の腕に握られる。
そして右手には霊装を手にし、にやぁっと嫌らしい、こちらを見下した笑みを浮かべる。
その目に浮かぶのは――自分の圧倒的な強さを信じて疑わない『優越感』……。
「あらぁ? あらあらぁ? 困りましたねぇ~……
それが意味することがわからない私たちではない。
もちろんジュウベェ自身だって理解しているに決まっている。
強化系魔法剣は手を離すと使えないというのは確実だとして、今まではそれらを使うと攻撃系の魔法剣は一本しか使えない状態だった――手を離しても使えるものはあるが、命中の精度は直接切りかかるよりも圧倒的に下がっていただろう。ジュウベェも不意を突く以外には使って来なかった。
けれどこれで……強化・補助系魔法剣で埋まっていた片手が空く。
それどころか複数の強化系魔法剣だって使うことが出来る。
今、《加速剣》とかを使っていないのは多分――
「さぁ……さぁさぁ! どうしますかぁどうするんですかぁっ!? くひひっ、後3分ほどでしょうか? あたくしを斃す? ふひっ、逃げることすらさせませんよぉっ!!」
「……っ!?」
……これがヤツの本性か……!
やっぱり丁寧――いや、あれはもう慇懃無礼だろう、そういう言葉遣いなんて本当にうわべだけのもの。
これから一方的にヴィヴィアンを嬲り殺しにすることが楽しみだ、そういう感情を一切隠さずに嗤う暴力の化身――それがジュウベェなのだ。
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