第7章3節 殺戮者の夜

第7章31話 雪下の死闘 1. "ミステイカー"ヴィヴィアンvs"殺戮剣士"ジュウベェ

 雪に覆われた平原フィールドにて、ヴィヴィアンとジュウベェの対戦が始まった。


「抜刀 《空裂剣》――さぁ、手早く片付けましょうか」


 螺旋状の刃を持つ《空裂剣》を呼び出し、右手に。

 左手は開けたまま、霊装も抜かない。


「サモン《ペルセウス》」


 対してヴィヴィアンは《ペルセウス》を呼び出し前へと出す。

 ……あの《空裂剣》、前回の対戦では呼び出したものの結局使わなかったのでどんな効果なのかはわからない。

 彼我の距離は10メートルと言ったところか、結構離れている……となると……。


「ふふふっ、いきますわよ!!」


 離れた距離のままジュウベェが《空裂剣》を振るう。

 ……が、特に剣から何かが飛び出て来るわけでもなく、何も起きていないように見えた。


「!! サモン《サラマンダー》!」


 しかしヴィヴィアンの反応は早かった。

 向こうが《空裂剣》を振りかぶるとほぼ同時に《サラマンダー》を召喚――熱線を放つ。

 放たれた熱線は周囲の雪を薙ぎ払い、一気に蒸発させて辺りに『霧』を発生させる。


「《ペルセウス》!」


 ――なるほど、ヴィヴィアンの狙いは『霧』を辺りに発生させることか!

 『霧』を切り裂いて進む『何か』があった。

 見えない刃……それが《空裂剣》の正体か!

 ヴィヴィアンの指示に従い、《ペルセウス》が見えない刃を迎撃、彼女を守る。

 《ペルセウス》自身の硬さに《空裂剣》はあっさりと弾かれている。


「あら? うふふ、意外と判断が早いですわねぇ~」


 この一撃でヴィヴィアンを落とすつもりだったのだろうが、咄嗟の判断で《空裂剣》は破られた。

 だというのにジュウベェの余裕の笑みは崩れない。

 ……そりゃそうか、他にもまだまだ魔法剣はあるのだから。


「サモン《ヘラクレス》!」


 更に《ヘラクレス》を呼び出し、《ペルセウス》と共にジュウベェへと向かわせる。

 近距離戦にかけては並ぶもののない大英雄の召喚獣二体の同時攻撃だが、ジュウベェは後ろへと下がって距離を取りつつ攻撃を回避する。

 《アクセラレーション》を使ったジュリエッタを捌いていたこともあるし、魔法に頼らない格闘能力もジュウベェは高いみたいだ。


「えぇえぇ、存じ上げておりますとも。貴女の召喚獣はだということは」


 そう言って《空裂剣》を放り投げると、新たな魔法剣を作り出す。


「抜刀 《凍結剣》」


 氷の結晶で出来た刃の魔法剣――名前からして効果は明らかだ。

 魔法剣を振るうと刀身から白い光が放たれ、《ペルセウス》を包み込む。


「……名前の通りの効果ですか。……リコレクトも出来ない」

「ふふっ」


 《ペルセウス》は一瞬で氷漬けにされて動きを封じられてしまう。

 ただ倒された、というわけではないみたいだ。氷漬けになったままその場に残っている。動くことは出来ないようだ……となると、これも《束縛剣》と同じ、拘束系の魔法になるか。

 厄介なのは《凍結剣》で拘束されてしまったら、回収リコレクトすることも出来ないという点か。魔力自体はそんなに低くないものの、消費魔力量がとても大きい召喚獣を何度も回収することで魔法の回転率と魔力効率を上げるヴィヴィアンにとっては、これはかなりの痛手である。

 ともあれ今はどうすることも出来ない。《ヘラクレス》の方は無事だったのでそのままジュウベェへと攻撃を続けようとする。


「サモン《ペガサス》!」

「ふふふ……抜刀 《重圧剣》!」


 《ペルセウス》は一旦放置し、《ヘラクレス》に攻撃を任せつつ自身は《ペガサス》に乗って飛び上がろうとする。

 遠距離攻撃はあるものの、飛行能力を持つ魔法剣はないだろうという予想だ。それならば頭上を取ってしまった方が有利になる。

 対してジュウベェが創り出した魔法剣は……刃が霞んで見える、黒い謎の剣だ。


「……っ、これは……!?」


 空中に飛び上がった《ペガサス》だが、その動きが停止する――いや、地上へと引き寄せられている?


「抜刀 《流刃りゅうじん剣》」


 動きの鈍った《ペガサス》へと向けて、変幻自在の液体金属の魔法剣を繰り出す。

 同時に接近戦を仕掛けていた《ヘラクレス》へも《流刃剣》で迎撃する。


「……リコレクト《ペガサス》!」


 身動きが上手く取れない空中に留まるのは危険なだけだと判断。すぐさま《ペガサス》をリコレクトして重力に任せるまま地上へとヴィヴィアンは落下、《流刃剣》をかわす。


「ふふっ、納刀 《重圧剣》、抜刀 《破壊剣》!」


 《ペガサス》の動きを封じた謎の魔法剣を納刀すると、今度はサリエラの魔法を奪って作ったのであろう《破壊剣》を替わりに抜刀する。

 拙い、あの魔法剣だけは受けること自体が不可能だ!


「――《ヘラクレス》、行きなさい!!」


 が、ヴィヴィアンは《ヘラクレス》をリコレクトで回収することなくそのまま向かわせる。


「あら? 残酷なことを命じますのねぇ~?」


 微笑みながらジュウベェは首を傾げるものの、容赦なく《破壊剣》を振るう。

 《ヘラクレス》は手にした棍棒を振り回し、それで《破壊剣》を受けるものの――


”……ダメか!?”


 すさまじく頑丈なはずの召喚獣であっても、まるで紙を裂くかのようにあっさりと《破壊剣》は切り裂いていく。

 『対象を問答無用で破壊する』――元の魔法クラッシュがそういう効果なのだ。やはり魔法剣となってもその性質は引き継いでいるらしい。


「《サラマンダー》!」


 ヴィヴィアンとてこの結果を予測していなかったわけではあるまい。

 《ヘラクレス》を無駄に散らせてしまったことを悔やむかのような表情は一瞬。すぐさま次に動き出す。

 呼び出したままだった《サラマンダー》が熱線を乱射し雪を溶かして再び『霧』を辺りに発生させる。

 目くらまし、兼 《空裂剣》を防ぐことが出来るが……。


「えぇえぇ、問題ありませんとも――抜刀 《開闢剣》!」


 今のところ、《破壊剣》と並んでヤバい魔法剣を抜刀した。

 鍵型の、切れ味なんてあまりなさそうな……しかし、その実態は物体の強度も何もかもを無視して『開く』という異次元の切れ味を持つ剣。

 ジュウベェが《開闢剣》の能力を使ったのだろう、周囲を包む霧が『開かれ』た。


「……やはり、ガブリエラ様の魔法と同じ……!」

「えぇえぇ、そうですとも。ああ、やはりお気づきになられていましたか」


 こちらがジュウベェの能力に気付くであろうことは予測済みだったのだろう。もちろん、気づかないのであればそれはそれでいいんだろうけど。

 ただ、それがわかったからと言って何が変わるわけではない。他のユニットの魔法そのものを『剣』へと凝縮する――そしてその剣の威力は普通の魔法よりもずっと強い。

 ……これがジュウベェの強さの秘密、その一端だろう。

 アリスのように『何でも出来る』魔法で扱う『炎』と、例えばアンジェリカの点火魔法イグニッションのような『炎専門』の魔法とでは、炎そのものの強度が違う。

 ジュウベェの魔法剣がやたらと強力に思えたのも、『万能魔法で一つのことを成す』のではなく『特化型魔法を一つの剣に落とし込む』ことによる、いわば『密度』の違いによるものなのだろう。

 ――つまり、実質ジュウベェの持っている魔法の数は、抜刀と納刀以外にも吸収した数だけあるということになる。

 ある意味でウリエラ・サリエラとリュニオンで合体したガブリエラと同じ、と言えるだろう。その上持っている魔法の数はジュウベェの方が圧倒的に多い……。

 紛れもなく過去最大の難敵だ。


「ふふふ……この剣では残念ながら引き寄せることはできませんが」


 オープンと対になる魔法クローズでなければ、離れた位置にいるヴィヴィアンを強引に引き寄せることは出来ない。

 それを使って来ないということは……もしかしてジュウベェが吸収できる魔法は、ユニット一人につき一つだけ、ということになるだろうか。

 確証はないが……ともあれ、ジュウベェは《開闢剣》を納刀すると、自らの足でヴィヴィアンへと接近する。

 《ヘラクレス》は既に倒され、《ペガサス》もリコレクトしてしまっている。次の召喚獣を呼び出すまでの間に、ジュウベェはヴィヴィアンへと肉薄する――はずだ。


「《ペルセウス》!」

「あら?」


 だが、向かってきたジュウベェの背後、払われた霧の中から《ペルセウス》が飛び出して来て斬りかかる。

 さっき熱線を乱射していた《サラマンダー》の本当の狙いは、霧を発生させて視界を塞ぐことではなく《ペルセウス》の救出だったのだ。

 《凍結剣》の拘束は、あくまで『氷』に相手を閉じ込めることによるものだ。

 だったらその『氷』を溶かしてしまえば脱出できる――単純な話だ。


「サモン《ウコンバサラ》!!」


 背後から襲われるジュウベェは振り返り《ペルセウス》の剣へと、まだ納刀していなかった《破壊剣》を振るう。

 さっきは《ヘラクレス》が成す術もなく切り裂かれた魔剣ではあるが、あれはだ。

 《ペルセウス》はジュウベェが反撃しようとしたのを見るなり、すぐさま後退して《破壊剣》とまともに切り結ぼうとはしない。

 そしてヴィヴィアンもまた新たな召喚獣を呼び出す。

 彼女の手に、金色に輝く片手斧――《ウコンバサラ》が出現する。初めて見る召喚獣だ。


「薙ぎ払いなさい!」


 ヴィヴィアンの叫びと共に《ウコンバサラ》が激しく発光――いや、放電を開始、ジュウベェへと向けて雷光が放たれる。


「抜刀――《吸精剣》!」


 しかしジュウベェが真っ白な、細い針のような刃の魔法剣を作り出しそれを放り投げると――


「……!?」


 《ウコンバサラ》から放たれた雷光が、その剣の方へと吸い寄せられてしまう。

 避雷針のような効果か! ……いや、名前からすると、もしかしたら属性攻撃全般を引き寄せてしまう効果なのかもしれない。


「では、こちらは斬ってしまいましょう~」


 ヴィヴィアンがすぐに他の反撃に移ってこないと見たジュウベェは、今度は自ら《ペルセウス》へと向かって攻撃を開始する。

 一撃で召喚獣すら切り裂ける《破壊剣》は、たとえ《ペルセウス》の鏡の盾でも防ぐことは出来ないだろう。

 ここで《ペルセウス》がやられてしまうと後がキツイ。

 ジュウベェが接近して来た時の対応のため、新しい召喚獣を呼び出す――つもりかと思ったが、ヴィヴィアンは意外な判断をした。


「オーバーロード《アンドロメダ》!」

「あらっ?」


 ヴィヴィアンがとった選択は、《ペルセウス》への合成召喚オーバーロードだった。

 しかも合成したのは《アンドロメダ》――これ、この間のガブリエラたちとの対戦でアリスがやったことの真似だ。

 《ペルセウス》の身体が変化する。アリスの使った《拘束乙女アンドロメダ》の時とは異なり全身が鎖になるわけではなく、《ペルセウス》の両腕の先端から鎖が伸びる。

 その鎖はジュウベェの両手首へと巻き付いて動きを封じる。


「サモン《コロッサス》!」


 畳みかけるように更に巨像兵コロッサスを召喚、両腕を封じられたジュウベェを思いっきり蹴り飛ばす!


「くっ……!?」


 流石に素のパワーだけで召喚獣の拘束を引きちぎることは出来ず、《コロッサス》に蹴り飛ばされてジュウベェが雪原に倒れる。

 うおっ、これ初のダウンか!?

 喜ぶ私だったが――


「オーバーライド《コロッサス》を《ヘラクレス》へ! オーバーロード《ペルセウス》に《サラマンダー》!」


 ヴィヴィアンの攻撃は止まらない。当たり前だ、こんな程度で何とか出来るような相手ならば、今こんな状況に私たちは陥っていない。

 再び現れた《ヘラクレス》と、炎の化身と化した《ペルセウス》が倒れたジュウベェへと殺到する。

 しかも《ペルセウス》に至ってはさっきの《アンドロメダ》も合成されている。炎の鎖で相手を封じつつ継続ダメージを与えているのだ。


「ふ、ふふっ……!」


 ジュウベェもすぐさま立ち上がり反撃しようとするが、両腕の鎖が腕を封じ《破壊剣》を振るわせない。

 ついに接近した《ヘラクレス》の剛腕が腹部へと棍棒を叩き込み、再びジュウベェは吹っ飛ばされ――ない。《ペルセウス》の鎖が吹っ飛ぶジュウベェを無理矢理引き戻し、更に今度は顔面に向けて棍棒が叩き込まれる。

 ……エグい攻撃だけど、そんなこと言ってられる相手ではない。

 今度こそ地に倒れたジュウベェへと容赦なく何度も振るわれる《ヘラクレス》の棍棒……その全てをかわすことが出来ず、滅多打ちにされ続けている。

 更に《ペルセウス》は炎の鎖の本数を増やし、手だけでなく足も封じ身を守ることすらも出来ないようにする。

 いかに防御力が高かろうが体力が高かろうが、これだけの攻撃を浴び続けたらぐちゃぐちゃのひき肉になってしまうだろう……普通ならば。


「くふっ、くふふふふ」


 ぞっとするような不気味な笑い声が聞こえて来る。

 この状態で尚、ジュウベェは笑う余裕があるっていうのか……!? 不死身、どころかダメージ自体を受けてないんじゃないかってさえ思えて来る。


「抜刀――《流星剣》」


 ジュウベェの声と共にまた新しい魔法剣が作られる――


「!? リコレクト《ペルセウス》!」


 ――魔法剣はジュウベェの手には現れず、

 い、いや、よく見たら……ジュウベェの手に柄だけの新しい魔法剣が握られている。

 空から降り注ぐ無数の光の刃は、その柄へと向かって行っているのだ。


「くっ……しまった……!?」

”ヴィヴィアン、下がって!”


 《流星剣》の刃はヴィヴィアンの方まで降り注いできた。


「ご主人様!?」

”うっ、私は大丈夫……!”


 攻撃範囲の端っこの方にいたため、ヴィヴィアンにクリーンヒットしたものは一本もない。ちょっとスカートの裾を斬られたくらいでノーダメージだ。

 しかし、そのうち一本だけ危ないのがあった。

 ……あったんだけど、それは私に当たったのだ。

 ヴィヴィアンの肩に掴まっている私の耳に剣の一本が当たった……もし離れて対戦を見ていたとしたら、今の一本でヴィヴィアンは致命傷を負ったかもしれない。

 幸い、私自身に当たった分は何ともなかった。何かが触れた感触だけは伝わって来たけど、特に痛みとかは感じない。

 なるほど……通常対戦で攻撃を食らったことなかったけど、こんな感じなのか。

 ちょっと反則技だけど、いざとなったら私を楯にしてしまえばダメージを無効化することが出来る――まぁ流石に《赤色巨星アンタレス》みたいな魔法だと、私が受け止めることができないので意味ないだろうけど。

 それはともかく……。

 《ペルセウス》はリコレクトで戻すのは間に合ったが、《ヘラクレス》は間に合わなかった。

 光の雨に撃たれ《ヘラクレス》が地に膝を着いてしまう……が、それでも尚雨は止まない。


「ふふふ……判断ミス、ですわねぇ」


 《流星剣》の無数の攻撃は《ヘラクレス》の防御を貫くことまでは出来ないまでも、数と勢いでその動きを封じ込めている。

 一方でジュウベェは《ペルセウス》がリコレクトされたことで自由を取り戻し、あっという間に態勢を整え――《破壊剣》で動けない《ヘラクレス》にとどめを刺す。

 ……《ヘラクレス》、これで二回目か……仕方ないとはいえ、ちょっと不憫だ……。

 それはともかく、悔しいけどジュウベェの言う通りヴィヴィアンの判断ミス……と言うには微妙だけど、確かに拘束を解いてしまったのは失敗だったかもしれない。


「……リコレクト《ウコンバサラ》」


 ヴィヴィアンは全ての召喚獣を戻し、


「くふっ、納刀 《流星剣》」


 ジュウベェも一旦すべての魔法剣を納刀する。

 二人は戦闘開始時のように少し離れた位置で、全ての手札をまた戻した状態で対峙する。

 ダメージは……見た目上はどちらも互角。

 実際はヴィヴィアンは今のところノーダメージ。ジュウベェは――正直わからない。さっき《ヘラクレス》に滅多打ちにされていたというのに全然堪えた様子は見えない。

 魔力消費に関しては、ヴィヴィアンはややマイナス気味。オーバーロードを複数回使った《ペルセウス》をリコレクトしたことで、余剰分の魔力が無駄になった上に《ヘラクレス》を二度も失ったのは決して少なくない。

 ジュウベェの方は納刀の効果次第だけど……残念ながらほぼ消費なし、と思っていいだろう。


「ふふ、うふふふふふふふ……思ったよりは粘りますわねぇ~」

「……」


 こちらの方が魔力を削られている分、元々の戦闘力を加味して考えると圧倒的に不利だ……。




 対戦時間、残り7分を切ったところ……まだたった三分の一程度しか過ぎていない。

 ヴィヴィアンとジュウベェの長い長い戦いは始まったばかりだ……。

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