第7章29話 そして、夜が来る
車で移動中、千夏君も交えて遠隔通話でジュウベェについてわかったことを説明した。
『……やっぱり……』
ん、やっぱり?
『すんません、実は俺――』
……と、千夏君は正直に告白してきたのだった。
昨夜私との会話が終わった後、一人でクエストに挑んで失った『肉』の補充をしようとしたという。
でも、なぜか変身することが出来ずクエストに行くことも出来ず……。
まぁ大体予想通りではあったか。
『なつ兄だけずるい』
『悪かったって……』
『”……まぁ、今回は理由もあったし……でも今度から一声かけて欲しいかな”』
『っす、すんません……』
別に私は夜寝る必要もないし、ありすたちが寝た後に付き合う分には全然構わない。まぁ千夏君に夜更かしして欲しくないという気持ちもあるんだけど
それでも黙って一人でクエストに行って、また『冥界』の時みたいなことになったら……そっちの方が嫌だ。
『ん……じゃあ、わたしも夜クエストに――』
『”それはダメ”』
『えー』
ケジメはちゃんとつけないとね。
話が少し逸れた。
『”? 千夏君、ちょっと待ってて”』
『っす』
ふと外を見てみて気が付いたが……ありすの家を通り過ぎて行ってしまっている。
”あやめ? 家通り過ぎちゃったけど……”
星見座家からありすの家まで車で送ったら、5分もかからない――が、それは大通りを使わずに住宅街の中の細い道を通って行った場合だ。
流石にあやめにそこを運転させるのは怖かったので、一度神道へと出てぐるっと回って送ってもらうルートを通ってもらったのだ――あやめ的にも他の車とすれ違うことのできない細い道は若干不安だったらしく、私の提案に乗ってくれていたのだが……。
神道を通って、ありすの家に行くためには途中で曲がって『月街道』に入るのだが、曲がらずに真っすぐ進んでしまっている。
「はい。桃園へと向かっております」
しれっと肯定するあやめ。
はて? 桃香の家で話そうということかな? それはそれで構わないけど……。
「話を伺ったところ、このまま戻られるよりも当家に泊まられた方が安全だと判断いたしました」
「お父様とお母様にも許可を取っておりますわ♡」
”……そんな勝手に……”
んー、でも悪くない話ではあるかな。
ジュウベェが家まで押しかけて来る……とは流石に思わないけど、今日は短時間で色々とあったしこの後もどうせ対戦するだろうし、事情を知っている人が近くにいた方がいいかもしれない。
”ありす、どう?”
「んー……お母さんがおっけーなら」
そりゃそうだ。
「そこはお任せください」
”むぅ……”
あやめが自信たっぷりに言うと逆に不安になるんだけど……申し出自体はありがたい。
美奈子さんへの連絡は後でするとして――今日はまだ仕事中なのだ――ひとまずは桃香の家にこのまま向かうとしよう。
『”お待たせ。もう大丈夫”』
『うぃっす』
『”まぁ待っててもらってアレだけど、そろそろ私たちも落ち着くから、そしたらマイルームに集まりなおそうか”』
ジュウベェがいつ対戦を挑んでくるかわからない。
皆で話すにしても、慌てないで済むようにマイルームに集まっていた方が良いだろう。
ここから桃香の家まで道路が混んでなければ、ほんの数分で着くはずだ……はずなんだけどなぁ……。
ともあれ、遠隔通話ではピッピたちと話した内容を軽く共有して、本番は桃香の家に着いてから、ということになった。
* * * * *
さて、マイルームにて皆で集合したわけだが……。
「んー、どうすればジュウベェに勝てるかな……」
「そうですわねぇ……」
「結構厳しいな……」
三人はどうやってジュウベェを倒すか、それについて考えているがいいアイデアはすぐには浮かんでこないみたいだ。
不死身と思われる、という点を除いてもかつてない強敵なのは間違いない。
初見だったというのを差し引いても、短時間でこちらを一気に全滅間際まで追い込める威力の魔法を幾つも持っている――それも他人から奪った魔法だというのが腹立たしい。
「クソっ、俺がやられたってのも痛いな……」
「ん……なつ兄の魔法も奪われてる……」
ジュウベェのギフトで奪われる魔法は、果たして全部なのかそれとも一部だけなのかわからないが……どれを奪われたとしても結構キツイ。
メタモルもライズも、どちらも単純な強化魔法として作用する。ただでさえギフトの効果でステータスが上がっていると思われるのに、更に魔法で強化されると手が付けられない。
ディスガイズだったら……うーん、これが一体どんな魔法剣になるのか想像しづらいけど、もし使われたとしたら直接的な攻撃力はなくてもこちらを幻惑してくるという搦め手まで増えて来る。ただでさえジュウベェの手数が多い上に何をしてくるかわからないというのに……。
「どうしよう……あんまり時間ない……」
桃香の家に着いた時点で既に16時近く。
そこからそれなりの時間話をしていた。そろそろジュウベェが動き出してもおかしくない時間だ。
”……ありす、一旦現実に戻ろう。そろそろ美奈子さんも帰ってくる頃だし”
「ん! お泊りのお願いしてみる」
一向に解決策の見えない話は一旦打ち切り、とりあえず現実世界の方の問題を解決させよう。
ありすのお泊りについては何かあやめの方に考えがあるみたいだし、あやめに一声かけてから電話して許可を取らないと。
”それに、対戦前にトイレとかも済ませておかないとね”
「ん、だいじ」
「そうですわ! 大変なことになりますわよ!!」
……桃香は必死だ……何でそんなに必死なのかは、言わないでおいてあげよう……。
「じゃあ、一旦解散しますか。また集まる時呼んでください。塾までもう少し時間あるんで」
”うん、そうしようか”
しばらく休憩がてら、私たちは一旦解散することとなった。
で、現実に戻った後にあやめに声を掛けてから、私たちは美奈子さんへと連絡――で、ついでにトイレとかも済ませておくことに。
桃香は部屋に残って後で入れ替わりでトイレに行くと言っていた。
……ほんとどうしようかな……ジュウベェにどうやって勝つかはありすたちが考えるとは言っているが、もう一つの問題……ジュウベェの不死身の謎について私も考えなければならない。
その謎についてもまだ何にもわかっていない。
だというのに、今日もヤツは対戦を挑んでくるであろう……下手したら今日で全てが終わってしまうかもしれない。
私にも、ありすたちにも焦りがある。
……いっそのこと、今回の対戦はひたすら逃げに徹して時間を稼ぐ、というのもありかもしれない。不安なのは、逃げ回ることでジュウベェがまたリアルの方で手を出して来るかもしれない、ということだ……。
うーん……ほんとどうしよう……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『……千夏さん、少しよろしいですか?』
『お嬢? ん、お前だけか?』
『はい。ラビ様たちには内緒で、千夏さんにお願いがありますの』
『…………何だ?』
『次、ジュウベェ様との対戦の時についてなんですけれど――』
* * * * *
いやー、まさか美奈子さんと
ありすが今日桃香の家に泊まる許可を得ようと電話した時、あやめが助け舟を出してくれたんだけど、その時にあやめが鮮美さんの娘だと告げて、一気に美奈子さんの態度が軟化したんだよね。
何でも高校の時の先輩後輩の間柄らしいけど……美奈子さん本人も言ってたけど、まさかこんなところで再会するとは思ってもいなかったらしい。
鮮美さんのところなら安心だし、鮮美さんなら言葉通り本気で迷惑に思っていないだろう、と美奈子さんは思ってくれたみたいだ。一体どういう先輩後輩だったのかすごく気になるけど……まぁそれは後日聞ければいいや。
方便ではなく実際に今日、桃香の家は両親が不在になるということで、その意味でもありすに泊まってもらえると助かる、という事情もあったみたいだ。
ともあれ、美奈子さんの許可も降り、私たちは堂々と桃香の家に泊まれることとなった。
その後、ありすの提案でトンコツにジュウベェのことを警告するためチャットをしていた。
……いや、まぁ色々あってトンコツに警告するのを忘れてたわけなんだけど。ありすとしては、クラスメートの美々香がいるので放っておくことは出来なかったのだろう。
警告したところで気を付けると言っても体力をゼロにしないように気を付ける、くらいしかやれることはないけど……何も知らないままジュウベェに挑むよりはマシだろう。
案の定、トンコツは『……逃げ回るしかねぇかなぁ……』と苦々しく呟いていた。
で、ついでと言っちゃなんだけど、トンコツに一個だけ質問をしておいた。
最初は質問の意図がわからなかったみたいだがすぐに理解したのだろう、快く答えてくれたのが幸いだった。
……はっきり言って気休めかもしれないし、もしかしたら活用する機会は来ないかもしれないけど……やれるだけのことはやっておこう。そういう思いからの質問だった。
”桃香、お待たせ”
「あら、もういいんですの?」
一人部屋で待っていた桃香だったけど……。
「……トーカ?」
何というか……違和感のようなものがあった。
ありすもそれを感じ取ったか、わずかに首を傾げるが……。
「? どうかいたしました?」
”あ、いや……”
その違和感の正体が掴めず――私たちの気のせいかもしれないし――それ以上の追求は出来なかった。
さて、更にそれから時間は過ぎ……17時30分ごろ、それはやってきた。
”! 来た……クラウザーからの対戦依頼だ!”
予想通り、今日も対戦を申し込まれてきた。
ただ、昨日と違うのは、強制的にマイルームへと飛ばされるのではなく、普段の対戦と同じようにこちらに受けるかどうかの選択権がある、ということである。
……やはりジュウベェが現実世界で脅しをかけて来た理由は正しかったようだ。これならば、逃げようと思えば対戦せずに逃げることも可能なわけだし。
とはいえ、私たちに逃げるという選択は取れない――次にジュウベェがありすや桃香に直接危害を加えようとした場合、無事に済む保証はないし……何より、『ゲーム』に無関係な人間に危害を加えに来る可能性もある。実際、ジュウベェはそのようなことを言ってたらしいし。
『”皆、クラウザーから来たよ!”』
『ん、行く』
『はい……』
『俺も大丈夫っす!』
ありすと桃香はともかく、千夏君は今日は塾の日だ。まだ時間は大丈夫なようだ。
全員の準備が整ったことを確認し、私は対戦承諾のボタンを押す……。
再びマイルームに全員集合した。
対戦を承諾したことは向こうにも伝わっているだろうし、ここから急ぐ必要はないだろう――千夏君の時間だけがちょっと心配なのでそこまでのんびりとはしていられないが。
”んー……とりあえず対戦の条件を決めないとなぁ……”
正直、まだ何も対策が考えついてない状態だ。ひたすら逃げ回るというのが一番確実な方法なんだけど……かと言って対戦時間を最短の『1分』にしてしまうと、それはそれでジュウベェにまた襲われる可能性もある。いや、まぁ逃げ回ること自体がどうなんだっていうのはあるんだけど……。
流石に向こうも対戦を拒否せず、かつその後の戦術をどうするかまでは注文はしないと思う。
もしそれをするならば、極端な話『対戦で何もせずに一方的にやられろ』という要求をしてきただろう。さっきの脅迫でそれをしなかったのであれば、今後も言ってくる可能性は低いだろうし……何よりも脅迫で縛って無抵抗の相手を倒したからと言ってクラウザーもジュウベェもそれで満足する相手とは思えない。
……まぁそういう『プライド』を持っている相手だからこそ、厄介だとも言えるんだけど……。
「……あー、ありんこ。ちょっといいか?」
「ん? なつ兄……なに?」
対戦の条件については私に任せる、とありすも言っていたし条件決めの時まで一緒にいる必要はないだろう。
何やらありすを呼び出した千夏君の方へとありすは行く。
結果、私と桃香だけで対戦の条件を決めることとなった。
”むぅ……とりあえず対戦時間は前と同じ10分にするしかないか……”
「そうですね。それがよろしいかと」
”フィールドは……あ、ここがいいな”
「? 何か理由がありますの?」
”うん、トンコツ――というかシャロちゃんが《アルゴス》を配置しているフィールドなんだ”
さっきトンコツに聞いて、シャルロットの《アルゴス》のあるフィールドについて聞いていたのだ。
今回の対戦で全ての決着がつくのであればそれに越したことはないが、そうならない可能性だってある――というかむしろ高い。
だったら、いっそ《アルゴス》で監視できるフィールドで対戦して、後で対戦の様子を振り返るのもありなんじゃないか、私はそう思ったのだ。
幸い《アルゴス》はシャルロットに変身していない場合だと、自動で『録画モード』にすることも出来るらしい。そうじゃないと《アルゴス》で監視、なんて出来ないしね。
今日の対戦を無事にやり過ごせたら、トンコツと連絡して《アルゴス》の録画を見てジュウベェ対策を練りたい……そんな思惑がある。
”後は……ダイレクトアタックはなしにして、と……”
これをONにする時は、ジュウベェをどうにかする方法を考え付いた時か――あるいはもうどうにもならないということで『やけくそ』になった時、そのどちらかだろう。
とにかく今回はONにする理由はない。
”ありすは……まだ千夏君と何か話してるか。まぁ別に向こうを待たせても構わないか”
対戦するならすぐ来い、とまでは向こうも要求しないだろう。多少待たせたところで文句は言うまい。
千夏君から何かアドバイスがあるのかもしれない。ありすも千夏君に対しては武道における師匠みたいな扱いなのか、素直に話を聞いてくれるし。それに実際、千夏君みたいな武道経験者の話はこの『ゲーム』については相当なアドバンテージとなりうる。
「…………ラビ様」
とりあえずありすを待つかな、と思って一通りの設定を終えた私は、今回の対戦をどう切り抜けるか……そちらに思考を回していた。
――それが、仇となった。
”桃香……えっ!?”
にこにこといつものように笑みを浮かべながら、対戦の設定をしていた私の後ろで見守っていた桃香だったが、突然笑みを消した真面目な顔になったかと思うと――
「どうか――許してくださいまし!」
そう言うと、私を抱き上げ――いや、抱き上げて拘束しつつ対戦の設定を変える。
……対戦の設定自体、使い魔だけじゃなくてユニットからも弄れることは、前々からわかっていたことだったけど……。
”ちょ、何を!? ……って、この設定……!?”
私のあげた声にありすが気付き、こちらへと手を伸ばすが――
それよりも早く、桃香が対戦開始のボタンを押してしまう……!!
桃香が変更した項目は、対戦へ参加するユニットの項目だった。
今ユニットへと変身できないジュリエッタは選択できないようになっていたので、私たちはアリス・ヴィヴィアンしか選べる項目がない。
それを――桃香はヴィヴィアンのみを選択したのだ。
つまりはこの対戦……
”桃香、なんで!?”
対戦開始ボタンを押すと同時に、私たちは対戦フィールド――平原ステージへと強制的に移動させられていた。
そこには、事前に選択した通りアリスの姿はなく……ヴィヴィアンと私だけしかいない。
「……申し訳ございません、ご主人様」
いつの間にか変身を済ませていたヴィヴィアンが、私を抱きしめつつ謝罪する。
まさか、私たちが知らない間に桃香もジュウベェに脅迫されていた……!? だから、こんなヴィヴィアン一人でジュウベェと対戦するなんて無謀な真似をしたのか……!?
そんな最悪な想像をする私だったが、心の内を読んだのかヴィヴィアンは首を振って否定する。
「わたくしたちが――姫様が勝利するためには、
”……そうか……千夏君もグルか……!!”
「はい。わたくしから千夏様へとお願いいたしました。……すべての責はわたくしにあります。責めは、どうかわたくしめに……」
対戦前に千夏君がありすを呼んで話をしていたのも、全部この時のため……。
ありすがいなければ、対戦の条件を変えるための障害は私だけになる。そして、その私は抱きかかえてしまえばほぼ無力化できてしまう……!
……そうまでして桃香がこの対戦を仕組んだ理由を――私はわかってしまった。
”…………馬鹿だよ、君は……そんなことしたって、アリスは怒りこそすれ、喜んだりしないのに……!!”
「……そう、でしょうね」
この子は――自分が犠牲となって今回の対戦を乗り越えようとしているのだ……。
そんなこと、ありすが喜ぶなんて絶対にないのに……!
そんなこと、桃香だってわかっているはずなのに……!!
それでも、そうするのが一番いいと、この子は判断したのだ……。
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