第7章28話 星見座屋敷にて(再)

*  *  *  *  *




 ……あれ?

 目が覚めた私の目の前には、いきなりありすの顔が……。


「ラビさん、起きた!!」

”うわっぷ!?”


 いきなり抱きしめられてしまった……。

 えーっと、どうなったんだっけ……?


「ラビさん、大丈夫? 痛くない?」

”痛くないけど、苦しい……”


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられてるし。いや、悪い気分じゃないけど。

 って、そうだ!


”あ、ありすこそ大丈夫なの!?”

「ん……わたしはへーき」

「にゃはは。大丈夫、大きな怪我はなかったから」

”あれ? 椛ちゃん? ……って、ここは……”


 ありすに抱きしめられてて周りが見えてなかったけど、すぐ近くに椛がいたみたいだ。

 それに――ここは家の中……あれ? 見覚えがあるな……楓の部屋か。


”……そうか、君たちが助けてくれたんだね……ありがとう”

「え? あー……まぁ、にゃはは」


 はて? なにその微妙な反応は?


”ラビ、気が付いたみたいね”

「良かった。……ほら、雪彦。もう観念したら?」

「ユッキーもこっち来るにゃ!」

「……ぅぅ……」


 と、ぞろぞろと星見座の一同が部屋へ。

 あれ? 一人見慣れない子が……確かありすのクラスにいた、女の子みたいな綺麗な男の子だ。


「うーたん……」

”おや、なっちゃんまで”


 やっぱりちょっと元気がない感じだけど、自分の足で歩いてなっちゃんもやってきた。


”うーんと、ちょっと待って! 頭が追い付いてない……”

「大丈夫、説明するから」


 ジュウベェがどうなったのかとか、何でここにありすのクラスの子――えっと、確か名前は……昴流すばる君だっけ?――がいるのか。

 目が覚めた途端これだ。ちょっと今までのことを聞いて整理しないと。




 ……ふむ。なるほど、大体わかった。

 どうやら私はダメージを受けすぎて強制的にスリープモードに陥ってしまったらしい。

 なかなか危うい機能だと思うけど、現実世界では死なないにしても『痛み』は感じる。だから、あまりに強い痛みに精神が耐えられなくなる前に、システム側で安全のためにスリープにしてしまう、とのことだった。

 それに身体の修復をするのに動き回られたら直るものも直らなくなる。そういう意味でも強制スリープ機能は使われるみたいだ。


 で、私がスリープした後のことは、ありすと楓、それと昴流雪彦君からも聞いた。


”……むぅ、やっぱり強制対戦のチートは『一回限り』ってことか……”

「ん。それで、わたしたちが対戦から逃げないように、あいつは脅しにやってきた」


 そういうことになる。

 ……迷惑な話だけど、まぁ確かに対戦が拒否できるのであれば、こちらが対策を練るまで逃げ続けるという選択をした可能性は高い。

 それを防ぐためにあんなことをしたのか……。理由はわかるけど、だからと言って許せるものでもない。


”そして、ありすたちを助けてくれたのが――”

「……っ!?」


 私が視線を向けると、雪彦君はささっと楓の後ろに隠れてしまった。

 うーん、『恥ずかしがり屋』とはピッピたちがずっと言ってたけど、予想以上だな……。

 まぁとにかく、雪彦君と楓が駆けつけてきてくれなかったら今頃どうなっていたことか。


”えっと、ありがとう。おかげでありすも大した怪我もなく済んだし、本当に助かったよ”


 ちなみにありすの怪我で一番ひどかったのは、右手だった。何か指にいっぱい擦り傷がついてたし……。

 心配していた、最初に蹴られたお腹だけど、特に痣とかも残ってないしありすも今はもう痛くもないと言っているので大丈夫だろうとは思う。


”それで……何で雪彦君が?”

「ん、なんでスバル?」


 ありすもわからないのか。


「この子、うちの弟……正しくは従弟。で、四人目のユニット」


 さらっと楓がバラしつつ、背中に隠れた雪彦君を前へと押し出す。


「う……うぅ……」


 雪彦君はと言うと、恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしてうつむき気味になっている。

 うーむ、本当に恥ずかしがり屋なんだな……。

 ともあれ何で雪彦君がここにいるのかはわかった。従弟だけど、実の弟みたいに星見座家で暮らしている理由については……まぁ家庭の事情だろう。そこを深く追求する必要はないし、そこまで礼儀知らずでもないつもりだ。


”四人目ってことは……えーっと、クロエラだっけ? 今変身出来る唯一のユニットなんだよね?”

”ええ、そうよ。雪彦だけでも無事だったのは良かったけれど……”

”むぅ……”


 おそらくは同じことを考えていたのだろう、私とピッピは揃って難しい顔で唸ってしまう。

 ジュウベェに能力を吸収されずに済んだ、ということは確かに幸運だと言えるだろう。

 でも……それは今後の展望が明るくなるということを意味していない。

 それどころか、状況は一段と悪くなったと言えるだろう。


「……スバル一人じゃ、ジュウベェは倒せない……」

「ぅ……」


 私たちが口にしなかったことをあっさりとありすは口にしてしまう。

 まぁ当然のことながら楓たちも理解してはいただろうけどさ……。

 何が問題かというと、ガブリエラたちフルメンバーで挑んで負けたのだ。そこから人数を減らした状態で対戦を挑んだとしても、勝ち目はまずない、ということである。

 しかもジュウベェはギフトの効果でステータスが更に上昇している可能性が高い。

 負ければ負けるほど、どんどん力の差は広がっていってしまう……相手の能力が最初からわかっていることなんてほとんどありえないから仕方ない面もあるが、もしも……ということをどうしても考えてしまう。

 それを言ったら、私たちの方もフルメンバーから一人欠けてる状態でどうする、って話でもあるんだけど。


「それと、もう一つ問題がある」

”ありすちゃん? それは?”

「ジュウベェのがわからない」


 ――そうだ。もう一つ解かなければならない謎があった。


”不死身の秘密……?”

”ああ、うん……それのことなんだけど――”


 私は自分たちの対戦で起こったことを説明した。

 細かい点は省いて、超大型モンスターでも一撃で倒せるような、私たちの最強魔法が直撃したにも関わらずジュウベェはピンピンしていたということ。

 あの時はもしかしたら防御魔法で防いだのかも、という可能性も考えたんだけど……。


「防御魔法を使ったんじゃないの?」


 まぁ誰だってそう考えるよね……。


”うーん……可能性はゼロじゃないとは思うんだけど……”

「わたしとトーカの同時攻撃を防ぐのは、無理だと思う。それに、《嵐捲く必滅の神槍グングニル》が当たったのも、《ケラウノス》に飲み込まれるのも見た……」

”そうだね。その後に防御したのかもしれないけど、幾らなんでも無傷ってことはありえないと思う”


 確かに直撃はしていたはずなのだ。

 食らったが何とか耐え、《ケラウノス》の光に飲み込まれた後に防御魔法を使った――これはありえないわけではないだろう。まぁ《ケラウノス》を食らって倒れないという時点で驚きだけど。

 でも、あの時――《ケラウノス》に飲み込まれたはずのジュウベェは、全くので姿を現した。

 ダメージそのものを受けていないのか、それとも何かしらの再生・治癒系の能力の魔法剣を持っていたか……。

 どちらにしてもジュウベェを倒すのはかなり困難であることには違いない。


”私たちの課題は二つ。

 一つは、私たちもピッピたちも戦力がダウンしている状態でどうやってジュウベェを倒すか”

”もう一つは、ありすちゃんの言う『不死身』の理由ね”

「まだあるにゃ。ジュウベェに奪われた能力をどうやって取り戻すか……にゃ」


 確かに。

 椛の挙げた三つ目は……本当に難問だ。

 考えられる方法は、ジュリエッタの時みたいにクラウザーの方からユニットを解除すること――ヴィヴィアンの時のようにはならないだろう、あの現実世界の様子を見る限りでは……。

 ただ、ジュリエッタの場合、クラウザーの『本命』は別にいたことがあっさりユニットを解除した理由だと思われる。果たして一回負けたくらいでジュウベェを切り捨てるかどうかは微妙なところだ。

 後は……使い魔へのダイレクトアタック有りの対戦を挑んで、クラウザーを倒すことくらいか。

 うーん、でもなぁ……それをするためにも、結局ジュウベェをどうにか出来ないと、という問題に行きついてしまう。


”…………最悪、ユニットを解除すれば――あるいは”

”ユニット解除を? むぅ、確かにそうなったらジュウベェに奪われた魔法も無効になるかもしれないね”


 可能性としては結構高そうだ。

 ……もしそれでもジュウベェの魔法剣が失われず、ユニットの子の衰弱も止まらないとなったら……と考えると怖いけれど……。

 最終手段として――いや、最後の『賭け』として一考の余地はあるかもしれない。


「……ユニットを解除するなら、もう少しだけ待って」

”ありす?”


 今日すぐにでもユニット解除をする、というわけではないが――でも急いだ方がいい理由もあるのだ。

 さっき話の途中でなっちゃんの泣き声が聞こえたから中断してしまったけど、きっとあの時ピッピたちはこう続けようとしたに違いない。


 ――このままだと、撫子がかもしれない……。


 と。

 なっちゃんは明らかに衰弱していっている。今も同じ部屋にはいるものの、椛に抱かれたまま大人しくしている。別に寝ているわけでもない。

 変身していない状態で『魔力』をジュウベェに吸い取られているという仮定が正しかったとして、それでどうして身体が弱っていくのかまではわからない。

 わからないが、現実として確実になっちゃんは弱っていっているのだ。

 椛も同じみたいだけど、こっちはまだ『ちょっと疲れた』程度で済んでいる。

 この差は……おそらく単純に年齢、もっと言えば年齢が上の分椛の方が『体力』があるからなのだと思う。

 まだ身体も小さく、椛と比べるべくもないほどなっちゃんの体力は劣っている――成長期にすら入っていない幼児なのだ。そんなの当たり前だ。

 一体あとどれくらいなら身体が保つのか……たった一日で大分衰弱しているのが目に見えてわかるくらいだ、おそらくそう長くはもたない……と思う。

 『最終手段』を使う時は、思った以上に早まるかもしれない。


「ジュウベェは――わたしとトーカが必ず倒す」


 ピッピ、楓、椛、雪彦君……そしてなっちゃん。それぞれの顔をしっかりと見て、そうありすは宣言した。


「あいつをどうにかするのはわたしたちが何とかする。だから、ラビさんはあいつの不死身の秘密を考えて」

”……むぅ、そこを私に投げるかぁ……”

「ん、ラビさんならきっとだいじょうぶ」


 相変わらず信頼が重い。

 だけど、ありすにそこまで言われて否はない。言えっこない。


”わかった。ヤツの不死身の秘密……そっちは必ず私が解き明かしてみせる”

「ん」


 まぁどっちにしても考えなきゃならない問題だ。私も腹を括ろう。

 ジュウベェとの実際の戦闘――どうやって勝つか? については、ありすたちの方がきっと良い考えが浮かぶだろう。いつも通り、戦術面については私が下手に口を出すよりはありすたちに任せた方がいい結果が出ると思う。

 さて、そうとなったら色々と考えないとな……今日もジュウベェとの対戦はあるだろうし、その前にどうにかしないと……。


「……ぼ、僕が、もっと、強ければ……」


 ポツリ、と雪彦君が小さな声で何かを呟いていたが……。




 ジュウベェの襲撃によって思わぬ時間が経ってしまった。

 そろそろ戻っておかないと、桃香たちと話す時間がなくなってしまう。

 改めて助けてもらったお礼を言って帰る旨を伝えると――


「そういえば、あーちゃんたちはどうやって帰る? 送って行こうか?」


 と楓が提案してくれる。

 ……んー、だけどなー。


”――あ、いや。大丈夫。帰るって言っておいてなんだけど、もうちょっとだけここで待たせてもらっていい?”

「? それは大丈夫だけど……?」


 楓か椛に家に送ってもらうというのはありがたいが、ジュウベェがまた現れないとも限らない。

 正直、ジュウベェは危険人物もいいところだ。中学生であっても楓たちと出来れば対峙なんてさせたくない。

 そこで私は一つある考えがあった。


『”桃香、もう大丈夫?”』

『ラビ様……はい。わたくしは大丈夫ですわ。もうお帰りになられましたの?』

『”いや、まだなんだ。……でさ、ちょっとあやめにお願いがあるんだけど……”』


 桃香に遠隔通話をしてみると、とりあえず今は大丈夫なようだったので、あやめにお願いを伝えてもらった。

 ……いつもいつも悪いとは思うんだけど、あやめの車で送ってもらおうと考えたのだ。

 流石にジュウベェも車に乗って移動していたら追いかけてこれないだろうし、ましてや襲ってくることもないだろう。

 諸々の事情も隠さず伝え――どうせ後で話してバレるし……――ものすごく桃香に心配されてしまった……。

 ともあれ、桃香からあやめに伝えてもらったら快くオーケーを貰い、すぐに車でこちらへと向かってくれるとのことだった。

 楓たちにもそのことを伝えて、車が来るまでは待たせてもらうことに。


「そっか、車でなら安心かな」

”…………そ、そうだね……”


 そうとも言い切れないんだなぁ、これが……いや、まぁ今まであやめも事故とか起こしたことないし、運転が荒っぽいというか雑なだけだとも言えるんだけど。

 あやめを待っている間に千夏君にも連絡してみると、こちらももう家に戻ってきているとのこと。

 なので、時間も迫っていることから車で移動中からもう話をすることにした。流石に危ないのでマイルームには行かずに、遠隔通話での話合いになるが。




「お待たせしました、ラビ様、ありす様」

”ありがとう、あやめ。助かったよ……”

「ん、ありがとう、鷹月おねーさん」


 しばらく待っているとあやめが星見座家前まで車でやってきてくれた。

 楓たちにまたお礼を言い、ピッピとは後でまた話す機会を作ろうと相談してからわかれる。


「さ、参りましょう♡」

”……桃香も来たの?”

「……来てはダメでしたの?」

”いや、別にいいんだけど”


 なぜか桃香まで一緒に車に乗ってやってきていた。


「だってだって! 心配だったんですもの!」

「ん……わたしはだいじょうぶ……」


 本当に、心の底から心配そうに桃香は言う。

 どうせ後でバレるとは言え、やっぱり心配かけさせちゃったのは悪い気がするな……。


「皆様、とにかく中へ。移動しましょう」


 あやめに促され私たちは車に乗って移動することにしたのだった。

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