第7章25話 星見座屋敷にて(中編)

”『ゲーム』からリタイアって……どうして急に?”


 突然のピッピの切り出しに頭が着いていけない。

 何がどうなって、そんなことになっているのだというのか。

 ……ふと頭に思い浮かんだのは、去年の『冥界』の件だ。

 あの時も、一歩間違えれば私たちも『詰み』となって終わっていた可能性があった。私たちよりも先に『冥界』に囚われていたミオ――バトーたちと同じような状況、ということだろうか。

 何にせよまずはピッピの話の続きを聞かなければ。


「……ピッピ、それじゃわからない。順に説明しないと」

”そ、そうね……”


 相変わらず抑揚のない平坦な喋り方で冷静な突っ込みをいれる楓。

 まぁ結論から話したから唐突なだけで、順を追って話していけば理解は出来る……のかもしれない。


”まずは……昨日、あなたたちがクラウザーと対戦したって言ったわね?”

”うん。ピッピからチャットのお誘いがあったみたいだけど、その時丁度対戦していたみたいだね”


 結局、対戦後にチャットをしたわけだけど、その場では話せないと言われたので今日の集まりになったわけだけど。

 となると……クラウザーは強制的に対戦をさせるチートを使えたので、対戦前にピッピと話せてもあまり変わりはなかったような気はする。


”時間的には、おそらくあなたたちが対戦する少し前に、私たちもクラウザーと対戦をしたの……”

”そうなんだ”

”それで、あなたたちが狙われる前に警告出来ればと思ったんだけど……間に合わなかったみたいね”


 やっぱりか。


”まぁ仕方ないよ。それに、警告って言っても……正直どうすることも出来なかっただろうし”


 だが、私の言葉にピッピは首を横に振って否定する。


”いいえ……もし警告出来たのであれば、少しは状況は変わったかもしれないわ”

”……? どういうこと?”

”その前に――ちょっと昨日の対戦の結果について教えてくれないかしら?”

”それはいいけど……”


 余り思い出したくない結果ではあるけど、事実は変えようがない。

 ちらりとありすの顔を窺ってみたけど、いつも通りのぼんやり顔のままでいまいち何を思っているのか掴みづらい。

 まぁ話を進めるためには話すしかなさそうなので、私は正直に答えてみた。


”…………ジュリエッタが体力ゼロ、アリスとヴィヴィアンは体力が残っている状態で負け、か……”

「……危ないところだった、かな」


 何やらピッピと楓の方では納得しているみたいだけど……。


”ちなみにピッピたちの方はどうだったの?”


 私たちの方だけ話すのも何だか不公平な気がしたので聞いてみた。


”私たちは……リエラ――ガブリエラ、ウリエラ、サリエラが体力ゼロ、クロエラが一人だけ生き残った状態で負けたわ”


 特に隠すつもりもなかったのだろう、あっさりと答えてくれた。

 クロエラ――は初めて聞く名前だと思うが、それが四人目のユニットの名前かな。

 それにしてもジュウベェ一人であのガブリエラたちを纏めて倒すなんて……もしかしたら、私たちが勝った時みたいにリュニオンしたところをまとめてやられたのかもしれない。


「あーちゃん。特に変わったところはない?」

「ん? ……別に、ない、と思う……」


 昨夜から落ち込んでいる様子こそあるものの、体調とかには特に変わりはないはずだ。そのあたりは横から見ているだけだけど私にもわかる。

 ……ん? そんな質問するってことは――


”もしかして、楓ちゃんたちが今日学校休んでたのって、それが関係している?”


 学校休んだことも含めて話しをする、と楓は言っていた。

 そうなると無関係ではない気がする。


「……体調面は問題なし。じゃあ――姿?」


 私の質問に答える代わりに、楓は新たな質問をしてくる。

 ユニットに変身できるかって? 何でまたそんなことを……。


「ん……昨日、対戦が終わってから『ゲーム』してないからわからない……」

”確認した方がいい?」

「うん、出来ればいますぐ」


 ふぅむ?


”……じゃあ、ちょっと待ってて。一個適当なクエストに挑戦してみる。ありす、大丈夫?”

「ん、いける」


 というわけで、ピッピたちには少し待ってもらい、私とありすだけで適当なクエストに行ってみることにした。




”……大丈夫だったみたい”

「ん、普通に変身できたし、クエストもクリアできた」


 とりあえず速攻でクリアできそうなやつに挑戦してみて、特に何事も起きることなくクリアは出来た。

 ありすもアリスに普通に変身して、普通に魔法を使うことが出来たし……少なくとも私たちにわかる異常は何もなかったと思う。


「そ……じゃあ、やっぱり――」

”ええ……楓たちの予想が正しいみたいね……”

”どういうこと?”


 一体彼女たちは何に気付いているというのか。

 ……いや、何かしらの予想は立てていたものの、その予想を裏付けるために私たちの協力が必要だった、ということになるのかな。


”……ガブリエラ、ウリエラ、サリエラの三人が――のよ”

「マイルームには行ける……けど、クエストには行けなくなってる……」

”え……っ!? どういうこと……?”


 ――いや、私にも彼女たちがどういう予想をしたのか、何となくわかってきたけど……。


「多分、クラウザーとの対戦に負けたことが原因。でも、ただ負けたことだけが原因じゃない」

”撫子、楓、椛の三人が変身できない――そしてこの三人に共通することは……”


 まさか――


”『体力がゼロになったから』――それが原因じゃないか、って楓は予想していたわ”

「ん……わたしは負けたけど、体力が残っていたから変身できた……?」

「多分。うちもクロエラは変身出来てたからそうじゃないかって思う」


 なんてこった……。

 ……え? ちょっと待って!? それじゃあ……。


”……まさか、千夏君――ジュリエッタも変身できなくなってるかもしれないってこと!?”


 昨日の対戦、ジュリエッタだけは体力ゼロで終わってしまった。

 楓たちが同じ状況で変身できなくなっているということは、千夏君も同じ状況である可能性は非常に高い。

 ……確認したいけど、今は部活中かな……。

 …………そういえば、午前中に千夏君が連絡してきた時、ちょっと様子がおかしかった気がしたんだけど……まさか、そのことに気付いていた?


”彼は学校に行ってるのよね? 出来れば、後で確認した方がいいわ”

”う、うん、そうする……”


 もし千夏君がこのことに気付いていたとすれば――きっと昨日の夜辺りに一人でクエストに挑もうとしていたのだろう。対戦でほぼ『肉』を使い果たしてしまっていたことだし、ジュウベェとの次の対戦に備えようと考えていたに違いない。

 ……むぅ、やっぱり彼は彼なりに色々思い悩んでいたんだろうな……一人でクエストに行くのは正直褒められたものではないけどさ……。


「でも、なんで?」

”……確かに。何でそんなことになってるんだろう?”


 ありすの疑問はもっともだ。

 これもチートの一種、なのだろうか……でも対戦で体力ゼロにしたらユニットに変身できなくする、なんて妙に回りくどいチートなんて……。

 ……と考えたところで何か引っかかるものがあった。

 『体力をゼロにする』……んん?


”もしかして――ジュウベェのギフト……?”

”ええ。私たちもそう予想しているわ”


 ジュウベェのギフト【殺戮者スレイヤー】――効果は確か『対戦で相手体力をゼロにするとステータスアップ』だったはず。

 体力をゼロにする――ここがポイントか。


”……むぅ、となると……ジュウベェの能力って……”

”スカウターで見たものと異なっている可能性が高い、わね……”


 クラウザー自身がチートを使うのとは少し異なり、ジュウベェもまたチート能力を得ている――そういうことになるのか……。


”なるほど、ピッピが警告しようとしたのもわかるね”


 もし事前に警告されていたとしたら、果たしてどうしただろうか?

 体力を削られ切る、という最悪の事態を避けるために対戦時間を最小限にして、ひたすら《ペガサス》なりで逃げ回って時間を稼ぐ……という方法を取ったかもしれない。

 消極的だけど、そうするのが一番いい方法だと今は思える。後の祭りだけどさ……。


”そっか……『リタイア』するかもしれないっていうのは、なっちゃんたちがユニットになれないからどうしようもないってことだね……”

”……ええ……ジュウベェもただ倒すだけではおそらく解決しないでしょう”

「私もそう思う。ジュウベェを『ゲームオーバー』にする――ユニットじゃなくす、くらいまでしないときっとダメ」


 クラウザーがジュウベェをユニットから解除する、あるいはクラウザー自身を倒す。

 それしか方法がない――それでも解決するかどうかはわからないといったところか。

 でも、どちらの方法を採るにせよ、ユニット自体が使えなくなっている現状ではどうすることも出来ない……と。

 加えて言うなら、【殺戮者】の効果に表記の内容、つまり『ステータスアップ』がないとも言い切れない。つまり、こちらはユニットを封じられ戦力が大幅に減りつつ、ジュウベェは更にステータスアップして強くなるという酷い状況になっている可能性すらある。

 ……ヤバい。これ、ちょっと未だかつてない危機に陥っているんじゃないか……?


「…………あーたん」

「……ん、ナデシコ?」


 と、そこで部屋のドアを開け、なっちゃんを抱えて椛が入ってくる。

 なっちゃんも寝起きなのか、元気がなさそうに見えるが……。


”――あーちゃん。撫子も起きたことだし、ちょっと相手してもらっていいかしら?”


 ……?


「ん、かまわない」

「にゃはは。じゃあ、あーちゃんもこっち来て」

「……うーたんは……?」

”うーたんは……私とお話がまだあるから、ね?”


 入ってきて早々、椛がなっちゃんとありすを連れてまた隣の部屋へと戻っていく。


”…………もしかして、?”


 もしなっちゃんが起きたとしても、傍には椛がいたはずだ。

 だったら、わざわざこちらへと来てありすを呼び出す必要もなく、そのまま部屋にいればいいはず。

 だというのにありすを連れて行かせたということは――


”そう……ね。そういうことになるわね”


 やはりそういうことになるのか。

 そして、それこそがさっきからずっと濁していた『楓と椛が学校を休んだ理由』に繋がっているのではないか。私はそう思った。


”……撫子、今日――いえ、昨夜からずっと具合が悪いみたいなのよ……”

”ん? 風邪引いたってこと?”


 さっき部屋に来た時も何だか前に会った時よりも元気がなさそうに感じてはいたけど……。

 もしかして、お昼寝しているのかと思ってたけど具合が悪くて寝ていたのかもしれない。

 ……その状態でありすと接触させるのは、それはそれでどうなんだって感じではあるが……ありすに風邪うつっちゃったらどうしよう……。

 けれど私の心配に対して楓は否定する。


「違う。今日午前中に病院連れて行ったけど、撫子は別に病気にかかったりしていなかった」

”……そうなの?”

「喉も腫れていないし、咳も鼻水もなし。熱も平熱」


 それは完全に風邪ひいてないね……。


「でも……なぜか衰弱していっている……」


 初めて楓の表情が変わった。

 無表情なポーカーフェイスだと思ってたけど、今は明らかに小さな妹の心配をしている姉の表情だ。


”昨日、対戦に負けた後はいつも通りだったんだけど……”

「うん。あーちゃんたちに負けた時みたいに、わんわん泣いて悔しがってた」


 お、おう……やっぱり現実世界でもそうだったのか……。まぁ私たちとの対戦の後、翌日にはもう普通に戻っていたから大丈夫だとは思うけど。


”でも、その後――あなたにチャットしようと呼びかけている間に、急に……”

「ハナちゃんも、急に身体が重くなって……まるで、身体から力が抜けていくような感覚があったって」

”そして、撫子はそのまま寝たり起きたりを繰り返しているの……”

「父様、母様も今日は仕事でどうしても抜けられない、って言うから私たちも学校を休んで撫子の看病をしていた」


 なるほど、それが二人が学校を休んだ理由か。

 でも看病だけではなく、二人も同じように『身体が重い』って感じているのも理由に含まれているのだろう。椛が本調子ではなく、なぜか一人無事だった楓が両方の面倒を看るという感じかな。

 ……ジュウベェに負けたことによって変身出来なくなるだけではなく、何かそういう副作用がある……? うーん、なんかいまいちしっくり来ないな……。それだったら楓が無事な理由の説明がつかないし。


”…………ん? ちょっと待って。なっちゃんたちの具合が悪くなったのって、……で合ってる?”

”そうね。呼びかけている時に、撫子の具合が悪くなったって椛から言われたわ”

”――じゃあ、まさか……!?”


 私の脳裏に、一つの『答え』が浮かび上がって来た。

 おそらくピッピたちが気付いていない、いやピッピたちの対戦ではきっとわからなかったであろうある事実について、私は知っている。

 でも、そんなこと……ありえるのか?


「『まさか』――何?」


 自分の考えに確証が全く持てず、言い淀む私を見て促すように楓が圧を掛けて来る。

 ……うっ、まぁ話さないわけにもいかないか……。


”……私たちとの対戦の時に、ジュウベェが使った魔法が気になっててさ”

”ジュウベェの魔法? ああ、あの『抜刀』とかいう厄介な魔法ね……確かに一人で色々な攻撃が出来る万能な魔法だけど、そういう魔法は他にもあるし不自然には感じなかったけど……”


 確かに、同じような万能の魔法と言えばアリスだってそうだ。

 だから『抜刀』という魔法そのものにおかしな点はない。

 おかしいのは、『抜刀』で作り出した魔法剣の方なのだ。


”ジュリエッタがやられた時に使った魔法なんだけど……私、それにそっくりな効果の魔法に覚えがあるんだ”

”……?”

”《開闢剣》――って言ったかな。それを使ったら、ジュリエッタの身体がんだ……”


 そう、あの時は『爆発』したと思ったけれども……私の知るある魔法も、きっと同じようなことが出来るんじゃないかって、心のどこかで気付いていた。

 ……だから『まさか』と思ったんだけど……あの時、ジュウベェはそんな私の様子を見て笑っていた。

 あの笑みの意味は――


「……え? まさか――」


 はっとしたように楓が気付き、その顔が青ざめる。

 やっぱり楓も理解できたか……。


「ガブリエラの『オープン』と同じ効果の魔法……?」

”って私はそう思った”


 そこに気付いたら、他にも色々とあったことに思い至った。

 アリスを霊装ごと切り裂いた《破壊剣》は、サリエラの『クラッシュ』。

 《開闢剣》と一緒に使って、《ギガロマニア》の全身に同時に《開闢剣》の効果を広げたのは《重撃剣》――ミオの『重撃かさね』。

 実際に使われなかったけど明らかに『物を投げつける』という効果を持っていた《投擲剣》……これはシオちゃんの『ジャグリング』。

 ……あの誰にも追い付けない超加速は、おそらくアビゲイルの『コンセントレーション』。自分自身を加速させる効果は……確か《アクセラレーテッド》の二語魔法だったはず。


”ジュウベェの【殺戮者】の本当の効果――それは、……なんじゃないか、って私は思うんだ……”


 この推測が正しければ、【殺戮者】の持つ効果は暫定で三つ。

 対戦で相手を倒したらステータスを上げる。

 対戦で相手を倒したら、その相手の持つ魔法を『魔法剣』として吸収する。

 そして、対戦で倒した相手をユニットに変身できなくさせる。

 この三つだ。


「……後ろの二つは、もしかしたら本当は一つなのかもしれない。相手の魔法を奪うことで、ユニットになる力を阻害しているとか……そんな感じ」


 私の推測を聞いた楓は、更にそうまとめた。

 なるほど。確かに『魔法を奪った』結果としてユニットになれなくなってしまう、となっているだけなのかもしれない――だからと言って状況は何も好転しないけど。


”もしかしたら、魔法剣を使う時の魔力も、元のユニットの子から奪っている……とかじゃないかな?”

「確かに……それだったら、ハナちゃんと撫子だけが具合が悪くなって私が無事な理由もわかる」

”うん。昨日の対戦だと、ウリエラの魔法っぽいものは使って来なかったからね”


 ウリエラの魔法が魔法剣になるとしたら……うーん、どんなものになるかちょっと想像できないな。


「ピッピ、どう? ありえそう?」


 自称『ゲーム』開発者の一人であるピッピならば、私たちの推測が起こりえるかどうか判断が付けられるはずだ。

 楓が水を向けてみると、ピッピは悩みつつも――


”……スキルの結果だけを奪い取って、スキルを使うための魔力は元のまま押し付ける……出来る? スキルシステムの接続先を弄れば…………で、出来そうね……。

 …………ええ、ちょっと想像だにしていないやり方だったけれど、確かに出来そう、ね……”


 どうやら可能性としては充分ありえる推測のようだ。


”うん、これは――確定とまでは言えないけど、ジュウベェの能力はそういうものだ、って思っていた方が良さそうだね”


 となると、千夏君が心配だ。

 推測が確かであれば、ジュリエッタの魔法は既に吸収されてしまっている――ジュウベェが対戦で魔法剣を使った場合、千夏君がなっちゃんたちみたいになる可能性があるのだ。


”……待って。そ、それじゃ、このままだと撫子は……!?”

”……え?”


 ピッピが何かに気付き、狼狽えた様子を見せたその時だった。




 ――ありすたちのいる隣の部屋から、なっちゃんの泣き声が聞こえて来たのは……。

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