第7章24話 星見座屋敷にて(前編)

 その日は、ありすも桃香も夜ご飯を食べ終わった後そう時間も経たないうちに眠ってしまった。

 流石に気分が乗らなかったのだろう、クエストに行くこともそれ以上話すこともなく沈黙したままだった。

 ……むぅ、この二人もやっぱり色々と思うところはあるのだろう。明日、話が出来ればいいんだけど……下手に思い出させずに、自分で気持ちの整理がつくまで放っておく方がいいのか……わからない。




 で、ありすが早々に眠ってしまったわけで、私もどうしようか悩んでいたんだけど……。


『アニキ、起きてます?』

『”あ、千夏君。大丈夫、起きてるよ”』


 ……まぁ実はスリープモードにしようとした直前ではあったんだけど、起きていたことには違いはない。

 千夏君から遠隔通話が来たのは21時半過ぎだった。

 塾が終わって家に着いたところみたいだ。

 とりあえず千夏君が抜けた後、ピッピと再び話し合うことになったことを伝えておいた。


『むぅ、明日は……部活あるっすね……』

『”やっぱり? うーん、じゃあ桃香も来れないって言うし、私とありすだけで行くしかないかな”』


 まぁピッピたちのことは100%の信頼は出来ないとは言っても、クラウザーの味方ってわけではないだろうし、危険なことは何もないだろうとは思うけど。


『”千夏君も夕方くらいには時間空くんだっけ?”』

『っす。部活もそんな遅くまでやらないんで、15時にはもう家にいるはずっす』

『”そっか。じゃあ桃香よりは早いかな……うーん、どうしよう。ピッピとの話の内容、桃香が大丈夫になるまで待ってた方がいいかな”』

『それでいいっすよ。二度手間になっちまいますし。もし早めに話せるようになったら、教えてくれればいつでもいいっす』

『”わかった。桃香の予定が空き次第連絡するね”』


 どんな内容の話になるのかはわからないけど、出来れば私たち全員で共有しておきたいのは間違いないだろう。

 桃香も夕方前には空くらしいとは言ってたので、彼女の合流を待ってから千夏君含めてまとめて話すことにしよう。




 その後、雑談をしつつもそれとなく彼の様子を窺っていたんだけど……。


『あー、まぁ俺のことは大丈夫っす。それよりも、ありんこたちの方が……』

『”う、や、やっぱり……?”』


 千夏君が強がっているという可能性はゼロではないだろうが、ありすたちの方を気にしているみたいだ。

 あそこまでボロ負けしたのは初めてのことだし、何より相手が相手だ。

 明らかにありすはショックを受けていたし……それに対戦結果の責任を感じているっぽかった。


『あいつの責任じゃねー、っつっても聞かねーでしょうね……』


 千夏君もため息交じりだ。

 結局、今すぐどうこう出来るわけでもない。

 私たちは結論を出せないままその晩はお別れすることとなった。


『”それじゃ、また明日ね。おやすみ”』

『……っす。おやすみなさいっす』


 ……?

 はて、今一瞬何か千夏君が躊躇ったかのような雰囲気があったけど……気のせいだろうか?




*  *  *  *  *




 翌日――土曜日。

 朝起きた後もありすの調子は戻らなかった。

 表面上はいつも通りのぼんやり顔なんだけど……何というか、気配がいつも以上に曖昧な気がする。

 一晩中考え込んでいた、というわけではないだろう。少なくとも私が千夏君と話していた時には完全に眠っていたみたいだし。

 ……やっぱりまだ自分一人で気持ちの整理をつけるのは、ありすには難しいかな……でも私から何を話せばいいのか……。




 ありすたちが学校へ行っている間、私は特にやることもなく家で暇を持て余していた。

 ……いや、まぁ昨日のこととか色々と考えなきゃいけないことはあるんだけど、幾ら考えてもいいアイデアは浮かばない――というかいまいち思考に集中できない。

 結局、私にやれる家事を済ませた後は時々ぼーっとしたりしながら、一向にまとまらない考えを繰り返していただけだった。


『……アニキ』


 時刻は11時過ぎくらい。

 突然千夏君から遠隔通話がやってくる。


『”あれ? どうしたの?”』


 中学校の時間割はよくわからないけど、土曜日だし午前の授業が終わった頃くらいだろうか。

 それにしても千夏君からこういうタイミングで遠隔通話がやってくるなんて珍しい。

 もしかして部活が休みになったからピッピたちの話についてこれるようになった、とかそういう話だろうか?

 ……とも思ったけど、何だか様子がおかしい。なんか元気がないような……。


『”千夏君?”』


 呼びかけられてから千夏君はだんまりだ。

 何だろう、本当に大丈夫なんだろうか?

 心配になってこちらからも呼びかけてみる。


『あ……その……』

『”?”』


 妙に歯切れが悪い。


『…………あー、あれっす。今日、星見座ほしみくら、学校休んでるっす』

『”んん? 君と同じクラスの方は……もみじちゃんの方だっけ”』


 なぜかたまに語尾に『にゃ』を付ける、かしましい妹の方だ。


『いや、姉の方もっす』

『”楓ちゃんも?”』


 別のクラスのはずだけど――まぁ千夏君は二人とも知り合いみたいだし、伝え聞いていてもおかしくはないか。

 んー、でもこのタイミングで二人とも学校を休むっていうのは……何か引っかかる。昨日の件が無関係ならいいんだけど……。


『”そっか……ピッピからは特に言われていないし、話し合い自体が中止ってことはないみたいだけど……”』


 少し前に一応ピッピとチャットして時間と場所を決めていたんだよね。

 その時点で楓と椛が学校を休んでいることは確定していたわけだし、ピッピが何も言わなかったってことは問題はない……と思いたいところだけど。


『それと――』


 何かを言いかける千夏君であったが……。


『…………いえ、何でもないっす。話し合いが終わった後で』

『”……そう?”』


 本当に何でもないんだろうか……?

 でも、ありすたちのこともあって、私はあまり突っ込んで聞くのを躊躇ってしまった。




 ――後にして思えば、この時千夏君はある重大な事実について言おうとしていたのだろう。

 それをこの時点で聞いたところで何が変わったわけではないんだろうけど……ここで一歩踏み出せない自分のことを、とても不甲斐ない、と私は後に思うのであった。




*  *  *  *  *




 その後、特に何事もなく時間は過ぎ――

 ありすも学校から帰ってきて家で昼食を。

 食べ終えてからピッピたちとの待ち合わせ場所へと向かって行った。

 ……と言っても、別に特別な場所ではない。前回と同じく星明しょうみょう神社だけど。


「んー、ふー姉とはな姉、風邪……?」

”どうだろうね。風邪だったら、今日の集まり来れないだろうし……”


 ピッピから連絡がないのがほんと不安だけど、とりあえず今は向かうしかない。

 仮に楓と椛が揃って風邪を引いたとかだった場合、話し合いの場所が星明神社というのはちょっと無理になるかもしれない――流石になっちゃんが勝手に社務所を使うわけにもいかないだろう。

 そういえばもう一人、『弟』――正確には従弟って言ってたっけ――がいるという話だったし、そちらが今日は来るのかも? 一回も会ってないから不安と言えば不安ではあるが……。


「来た」

「ん……ふう姉」


 この間のように神社の裏手の方から入り正面へと回ると、本殿への階段手前に見覚えのある人影が。

 髪の短い、眼鏡をかけた方……双子の姉の楓の方だった。


”こんにちわ。学校休んでたって聞いたけど、大丈夫なの?”

「モーマンタイ……ちょっと、そのことについても話があるから」

”? ふぅん……わかった”


 むぅ、やはり二人が学校を休んだのも『ゲーム』絡み……もっと言えば、昨日の対戦絡みらしい。


”そういえばピッピは?”


 楓がここにいること自体はともかくとして、ピッピの姿が見えない。

 彼女がいないのであれば全く意味がないと思うのだけど。


「うん。それも含めて色々と説明するから。

 ――今日は、私たちの家で話をする」

”……君たちの家で?”


 フレンドになったとは言え、まだ知り合って一週間も経っていない私たちを自分の家に案内しても構わないのだろうか。

 まぁこちらとしては、自宅の方を知られているからお互い様、と言えないこともないが……向こうは女子三人、そのうち一人は幼児だ。もうちょっと警戒とかしないものだろうか……?


「すぐそこだから、着いてきて」

「ん、わかった」


 先導する楓に、素直にありすは私を抱きかかえたまま着いて行く。

 本人たちが構わないというのであれば、まぁいいか……。




 星見座の家は、楓の言葉通り神社からすぐだった。

 神社の敷地を抜けてほんの少し歩くと、結構大きな、古い屋敷が見えて来た。

 どうやらここが星見座の家らしい。

 ふぅむ、桃園台には結構古い家が多いんだけど、そういう家って大抵はかなり広い敷地だったりするんだよね。

 星見座の家もやはりかなり広い。庭に何か小さな池があるし……。


「今は親も仕事でいないから、遠慮しないで」

「ん、お邪魔します」

”お邪魔します……”


 ……親がいないからこそ遠慮しなきゃいけないんじゃないかなー、とかそういうこと言ってる場合でもないか……。

 玄関から中に入り、階段を昇って二階へ。

 二階にも何か一杯部屋があるなぁ……広さだけで言ったら、桃香の家よりもあるんじゃないだろうか。

 一番奥の部屋の前へと連れてこられる。


「ハナちゃん、連れて来た」


 ノックしてから扉を開けると、そこは――


”いらっしゃい、ラビ。あーちゃん”

”ピッピ……”


 ハナちゃん、と呼びかけた割には部屋の内装は全く女子中学生らしくない。

 っていうか、これって……なっちゃんの部屋なんじゃないかな?


「にゃはは……」


 部屋の中では、小さな子供用ベッドの傍にちょっと疲れたような顔をした椛と、枕元にピッピ。

 そしてベッドの中で眠っているのは――


「……」


 この間は終始きゃっきゃと子供らしく微笑ましく騒いでいたなっちゃんだった。

 今は静かに寝息を立てて眠っているようだが……。


「ピッピ。ここはあたしが見てるから、フーちゃんとお願い」

”……ええ。わかったわ。何かあったら呼んでちょうだい”

「……来て早々悪いけど、ちょっと移動する」

”う、うん……”


 なっちゃんがお昼寝しているであろう横で、あんまり騒がしく話はできないよね。

 私たちは楓に連れられるまま、更に隣の部屋へ。

 こちらはありすの部屋みたいな殺風景――良く言えばストイックな、物の少ない部屋だ。

 壁に架けられた女子の制服からして、楓か椛の部屋なのだろう。


「なっちゃん、起きてたらきっと喜んだんだけど」

”ああ。まぁお昼寝の邪魔するのもアレだしね……”


 部屋の中央に置かれた小さなちゃぶ台に座布団を敷いてくれる。

 私たちが着座するのと入れ替わりに、楓は人数分のお茶を淹れる、と一旦退出していった。


”……ピッピ、ちょっと気になったんだけど……なんか二人とも元気なくない?”


 本格的な会話を始めるのは楓が戻ってきてからにして、とりあえず場を持たせるために私はそう言ってみた。

 学校を休んだという割には、二人とも風邪を引いている感じではなかったのが気になっている。

 もしかして、風邪引いたのはなっちゃんの方で、親が仕事でいないから二人が学校を休んで面倒を見ている……とかそういうことなのかもしれない。そんな風に私は自分の中で結論を出そうとしていた。

 ただそれにしてはさっき見た椛の様子は疲れているように見えたし……楓の方は前回とあまり変わりはないようにみえたけど。


”……そのことも含めての話、よ”


 だが、どうやらピッピの感じからしてそういうわけでもないみたいだ。

 むぅ……となると、やはり彼女たちの様子が少しおかしく感じられたのも、私の気のせいではなく、しかも『ゲーム』絡み――もっと言えばクラウザー絡みということなのか……。


「お待たせ」


 少し経ってから楓が戻ってくる。

 ありすにはオレンジジュース、私たちにはコーヒーだ。


”それじゃ、始めるわね”

”うん。一体どうしたっていうの?”


 ――どこから話したものか……と少し悩んだ様子を見せたピッピだったが、やがて意を決したかのように顔を上げ真っすぐ私の方を見て言った。


”……結論から言うわ。このままだと、私たちは……『ゲーム』からリタイアするかもしれないの……”

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