第7章23話 メガデスハピネス 4. 完璧な敗北

 《終極超態ギガロマニア》は、確かに不死身ではない。

 ジュリエッタの吸収したモンスターの能力でどうにもできない攻撃――例えばムスペルヘイム最終形態の灼熱の爆発等――を受ければ、普通に体力は削れ続けていずれ再生が追い付かなくなるだろう。

 ……でも、まさか……こんなあっさりと……たった一撃で《ギガロマニア》を倒すなんて、私は――そして当のジュリエッタも想像していなかった。


”……その魔法……まさか――”


 確証があるわけではない。

 けれども私の中に奇妙な確信はあった。


「――ふふ、うふふふ、くっふふふふふふふふふふふふふふ」


 私の呟きを耳にしたジュウベェがこちらへと視線を向け――不気味に微笑む。

 楽しくて楽しくてたまらない、という愉悦の笑み。

 そして――私に対する嘲りを含んだ笑み……。

 私が何を思ったのか、ジュウベェにはわかったのだろう。


 ――で正解ですよ。


 そう言わんばかりの笑みだった。


「さて、さてさて……折角ですし、残りも片付けてしまいましょうか~」


 笑うのを辞めたジュウベェは振り返り、《ペガサス》の飛んでいった方へと視線を向ける。

 既に《ペガサス》は遠くへと飛び去っている。

 ジュリエッタの最期の力を振り絞った抵抗でもある程度時間は稼げた。ジュウベェに《ペガサス》以上の速度で飛行する能力でもない限りは絶対に追い付けない距離のはずだが……。


「抜刀 《空裂剣》、抜刀 《剣》」


 呼び出した魔法剣は二本。

 うち一本は細い紐のような刃がグルグルと渦を巻いた形状の、とてもではないが物を斬ることなど出来そうにもない奇妙な形状の剣。

 もう一本は……ドラゴンの腕がそのまま刃部分から生えたとしか言いようのない、これまたおかしな形の剣であった。

 ……投擲剣……まさか、これも……!?

 ドラゴンの腕のような剣――《投擲剣》の指部分が開き、本物の手のようにもう一本の《空裂剣》を掴む。


「うーんと……このくらい、でしょうかねぇ~」


 《空裂剣》を掴んだままの《投擲剣》を振りかぶり、遥か彼方の《ペガサス》へと狙いを定めようとしている。

 ……拙い、私の想像通りだとしたら――《投擲剣》を使われたら離れた位置にいるヴィヴィアンたちでも危ない!

 でも、ダメだ……通常対戦では私がジュウベェをどうにかすることなんて出来ない。せめて、ヴィヴィアンたちに警告を――いや……それもダメかもしれない。多分、《投擲剣》を使われた時点でこちらの敗北だ……!


「ふふふ、ではあちらの御命も――」

『”ヴィヴィアン、ジュウベェが攻撃を仕掛けようとしている! 後ろから何かが飛んでくるから気を付けて!!”』


 狙いを付けたジュウベェが《投擲剣》を振り下ろそうとしたのと、私がヴィヴィアンに遠隔通話で呼びかけたのはほぼ同時。

 そして、同様に――


「っがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 バラバラになった肉塊の中から、獣のような咆哮を上げてジュリエッタがジュウベェへと飛び掛かっていった。

 良かった! 《ギガロマニア》は破られたものの、まだ体力が尽きていなかったんだ! ……そのことに今更ながら気づく私は、どうやら相当動揺していたみたいだ……。

 《投擲剣》を使おうとしていたジュウベェはすぐには対応できない。

 振り返ろうとするジュウベェの後頭部へと、ジュリエッタの振り下ろした渾身の一撃が命中した!

 ……しかも素手での攻撃ではない。その辺の石を拾ったのだろう、子供の頭くらいはありそうな大きめの石――いや、岩で思いっきり後頭部をぶん殴ったのだ。


「…………あら」

「ぐっ……!?」


 けれども――人間だったら致命傷、いや下手したら死んでいてもおかしくない後頭部への打撃を受けても、ジュウベェはわずかに揺らいだだけであった。

 くるりと振り返ると同時に、満身創痍のジュリエッタを蹴り飛ばす。

 おそらくは回復する時間さえも惜しかったのだろう、《ギガロマニア》を破られた時のダメージそのままだったジュリエッタは、普段ならば絶対に食らわないであろう蹴りをまともに食らって倒れてしまう。

 更に悪いことに、今の不意打ち――メタモルやライズを使わずに、その辺の石を使って……ということは、おそらくもうジュリエッタには魔力も残されていない。その上、《ギガロマニア》を使ってしまったことで『肉』も消費しつくしてしまたのではないだろうか。

 ……そのことには、ジュウベェだって気付いているのだろう。


「あたくしとしたことが……お恥ずかしい」

「ぐぅっ……!」


 逃げたアリスたちへの追撃を完全に打ち切り、邪魔をしたジュリエッタに完全に狙いを絞ったらしい。

 ゆったりとした、でも確かな殺意を込めた刃が、倒れ伏したジュリエッタへと容赦なく突き立てられる。

 『肉』を消費してしまうとメタモルを使った再生も出来なくなる――クラウザーから話を聞いているのであれば、ジュウベェだってそれを知っているはず。

 だからこそ、全く焦らず悠然としているのだ。


「ふぅ……致し方ありませんね。貴女だけで我慢いたしましょう」

「こ、の……!」


 こいつ……こちらを全滅させる気だったのか!?

 そのままタイムアップとなっても、おそらくこちらの敗北だっただろう――アリスとジュリエッタが戦闘不能一歩手前なのだ。どう考えてもこちらの方の体力減少の割合が大きい。

 だというのに、ジュウベェは完全にとどめを刺すつもりみたいだ。


「それでは、今度こそ――」

”ま、待っ――!!”


 言ったところで何が変わるわけでもない。そんなことはわかってる。

 それでも――思わずジュウベェを止めようと声を出した私に、一瞬だけ彼女は視線を向け――




 動くことの出来ないジュリエッタの首へと、手元に呼び戻した霊装を振り下ろしたのだった……。




*  *  *  *  *




 Winner クラウザー




 その後、アリスの意識は戻ることはなかったがジュウベェの追撃もなく、対戦は私たちの敗北で終わった。


「ふふふ……それでは、


 ジュウベェは対戦が終わるとそう言い残し、すぐに去っていってしまった。

 こちらと会話する気は全くないみたいだ――まぁ私の方からも話したいことなんてないけど……。




「「「……」」」


 マイルームへと戻って来た私たちだが、表情は一様に暗い。

 直近だとピッピに対戦で負けたことはあったが、あの時とは状況は全く異なる……。

 三人にとっては因縁の相手とも言えるクラウザー相手に負けたのだ。それも、短時間の対戦でほとんど完全敗北――全滅一歩手前まで追い込まれての敗北だ。

 私だって一筋縄ではいくまいと思っていたけど、あそこまで圧倒的な力の差を見せつけられるとは思っていなかった。

 …………いや、幾つか気になる点はあるんだけど……。


「……トーカ、なつ兄……ごめん……」


 それぞれ思うところがあったのだろう。私も含めて暗い沈黙がしばらく続いた後、ポツリとありすが呟いた。

 絞り出すような、今にも泣きそうな声だった。


「そ、そんな……ありすさんのせいでは……」


 おろおろとする桃香。


「……ああ、おめーのせいなんかじゃねー」


 ため息を吐きつつ千夏君。

 ……確かに、戦局はアリスがジュウベェの《破壊剣》によって倒されかけた時から劇的に悪くなったと言える。

 でも、それが別にありすのせいだとは全く思わない。やろうと思えばジュウベェはもっと早い段階からああすることが出来たはずなのだから。


「でも……」


 尚も自分のせいだと、涙目になって言いかけるありすであったが、


「――いや、とりあえずその話はまた後だ」

”あ、そうだよ。千夏君、塾の時間!”


 千夏君の都合がそれを許さなかった。

 確かにジュウベェ、クラウザーとのことは私たちにとっては無視できない重要なことではあるんだけど、だからといって現実の都合をそれで疎かにするわけにはいかない。


「……じゃ、わりーけど一足先に戻るぜ」


 そう言い残し、千夏君はさっさとマイルームから出て行ってしまった。


”あ、うん……いってらっしゃい……”


 もう姿を消しているので私の言葉は届いていないだろうけど……。

 ――千夏君がありすのせいだと思っていないのは本心だとは思うけど、やっぱりあの対戦については思うところがあるのだろう。

 なにせ、最後に一人でジュウベェと戦い……あんな最期を遂げたのだから。

 塾の時間が迫っているというのも本当だけど……こんなにさっさと戻っていったのは、それ以外にも理由はやはりあるのかもしれない。


「…………」


 泣きそうな顔でありすは俯き、黙りこくっている……。

 ……こんなありすを見るの、初めてだ……。ガブリエラとの敗北の時だって、こんな顔を見せてはいなかった。

 私も桃香も、何て声を掛けていいのかわからずマイルーム内が再び沈黙に包まれる。


”……あれ? チャット?”


 どれほどの時間が経ったか。実際にはそんなに長い時間ではなかっただろうけど、私宛のチャットのお誘いを報せるチャイムがマイルーム内に響き渡る。

 ……正直、少しほっとした。この空気、どうすればいいのかわからなかったし……。


”相手は――ん? ピッピからか”


 ちょっとわざとらしく声に出してしまう。

 うぅ、保護者気取りの癖に、こういう時何も出来ないなんて情けない……。

 それはともかく、ピッピからチャットか。何だろう? 今日の対戦のことかな?


”ピッピ? どうしたの?”


 とりあえず拒否する理由はないので応答してみる。

 マイルームの壁掛けテレビ――のようなモニターに、ピッピの姿が映しだされる。他の子たちはいないみたいだ。

 ……うわぁ、向こうのマイルーム、何か凄いな……。ガブリエラたちが『天使』モチーフの影響だからか知らないけど、床が『雲』になっていて、正に絵に描いたような『天国』みたいな内装になってる。

 …………まぁ、それは今は関係ないか。


『”ラビ! 無事!?”』


 チャットが繋がるなり、いきなりピッピがそんなことを尋ねて来る。

 あまりの勢いに、さっきまでの暗い雰囲気のことが吹っ飛んでしまった。


”え、う、うん……この通り五体満足だけど……?”


 チャットしているんだから無事に決まってるじゃない、とかそういう突っ込みをする雰囲気でもなさそうだ。


『”さっきまでコールしてたんだけど、返事がなかったから……”』

”あー……そういうことね……実は――”


 ピッピにさっきまでクラウザーのユニットと対戦していたということを説明する。

 どうやら対戦中にピッピはずっとコール――チャットの誘いをかけていたみたいだ。

 当然のことながら、対戦中、それとおそらくクエスト中にはチャットは出来ない。なので、通知自体が私には飛んでこないのでわからない。

 電話みたいに不在通知とかあればいいんだけどね。まぁ私にはフレンドはピッピとトンコツしかいないし、そこまで困ることはないから別にいいけど。


”……ああ……間に合わなかった……”


 私の話を聞いて、ピッピが大きくため息を吐き肩を落とす――鳥の姿だけど……。

 ん? 間に合わなかったって、どういうことだろう?


”どういうこと?”


 クラウザーとの対戦には負けてしまったけど、これといって特に私たちに異常はない――精神的なものは抜きにしておいて。

 せいぜいがジェムを取られてしまったのが痛いっていうくらいだ。


”――これ以上は、ちょっとチャットでは話しづらいわ。今から……は厳しいか”

”そうだね。ありすたちも夜ご飯の時間だし、それより後だとピッピたちの方も厳しいでしょ”


 最初の対戦の時は夜20時過ぎだったけど、あの時は相当向こうも無理をしていはずなのだ。特になっちゃんなんて、普通ならもうぐっすりと寝ている時間だったろう。

 ピッピの話は気になるが、だからと言って現実世界で子供たちに無理させる気は全くない。


”……仕方ない。明日、直接会って話しましょう。できれば早い時間の方がいいんだけど……なっちゃん以外は学校のある日よね?”

”そうだね。千夏君も部活があると無理かも……”


 この場に本人がいないので確認はできないけど。それに、土曜日は千夏君は塾のある日だ。もし部活と塾両方がある日だと、待ち合わせ時間は遅くなってしまうし実際に会う時間もかなり短くなってしまう。


”とにかく、こっちも予定を調整してみるよ。明日の午前中に待ち合わせ時間はチャットで決めようか”

”ええ、それで構わないわ。では、また明日に”


 というわけで、つい先日顔を合わせたばかりだというのに、また会うことになってしまうのだった。

 ……うーん、それにしてもチャットでは話しづらい内容か……言葉にしづらい、という意味ではなく『盗聴』を警戒しているのかな、たぶん。

 それにあのピッピの感じ、おそらく私たちがクラウザーと戦う前に、やつと対戦していたんじゃないだろうか?

 まぁそのあたりは明日話せばわかることだ。


「……ラビさん、わたし、行く……」

「う、申し訳ありません……明日の午後はわたくしちょっと……」


 ありすは付いてくる気満々だけど、桃香の方は用事があるみたいだ。こう見えて……って言ったらアレだけど、桃香は意外と忙しいのだ。一応お嬢様だしね、一応。

 千夏君には塾が終わった頃合いを見計らって私から連絡しておくとしよう。




 それにしてもピッピの話か……一体何だろうな?

 タイミングから考えて、十中八九クラウザーに関連することだろうけど……。

 それにありすたちも気になる。私がチャットしている間に、心を落ち着けたのかありすは表面上は普段通りに戻っていたけど……千夏君の方はどうだろうか? ありすたちに比べたら大人だし理性的な少年とは言っても、まだ14歳の子供なのには変わりないのだ。

 ……うん、後で連絡する時に少し気にかけておこう。

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