第7章22話 メガデスハピネス 3. 嗤う魔剣士

 ジュウベェの使った《加速剣》――名前からして、《アクセラレーション》みたいな機動力を上げる魔法剣なんだろう。

 だが、その速さは文字通りのけた違いだ。

 同じく加速魔法を使っていたジュリエッタでも辛うじて動きを見ることが出来たくらいで、アリスとヴィヴィアンは全く反応出来ていなかった。

 そのスピードを以て、ジュウベェは三人に接近。アリスを斬ろうとしたのだが、唯一反応できたジュリエッタが庇ったことで何とか斬られずに済んだ。

 ……代償として、ジュリエッタ自身の回避は間に合わずに両腕を斬られることになってしまったが……。


「ext《天魔禁鎖グラウプニル》!!」


 こういう時の判断力に、アリスは迷いはない。

 すぐさま拘束用の神装を放ちジュウベェを捕らえようとする――が、


「ふふふっ」


 一瞬でまたジュウベェの姿が消え、鎖は虚しく空中で絡み合うだけで終わってしまった。


「ジュリエッタ、今治療を!」

「……大、丈夫……メタモル」


 幸い――と言っていいのかは微妙だが、斬られたのがジュリエッタだったのが救いか。

 メタモルによってすぐに自分の腕を再生させる。


「! 止まらないで! すぐに来る!」


 ジュリエッタの警告。

 と同時に、


「ぐっ!?」


 警告と共にその場から動いたアリスの背中が斬られる。

 そのまま留まっていたら、今度こそやられていたかもしれない……。




 ……ジュウベェの『抜刀』、思った以上に厄介な魔法だ。

 今使っている《加速剣》のような身体強化の効果を持った魔法剣を作ったとしても、ライズと違って何度も掛けなおす必要はどうやらないみたいだ。

 『剣』という形状に騙されていたが、先の《雷光剣》のように手から放しても効果は発揮するものもあるみたいだし……アリスの魔法、というよりはアリスとヴィヴィアンの魔法を合わせたようなもの、と言った方が正確かもしれない。

 これで魔法剣の能力を使うごとに魔力消費をする、というのであればまだマシだけど……召喚獣と同じ性質だとすると、初回の抜刀以降は魔力消費なしという破格の能力になる。

 あまり悪いことは考えたくないが、こういう場合は最悪のケースを想定していた方がいいだろう。


 それともう一つ、私の頭の中で引っかかっていることがある。

 それは、《加速剣》についてだ。

 ……あの剣、なにかが引っかかる。

 何で『加速』という能力なのに、あんな木の棒みたいな形状なのだろうか?

 それに、あの木の棒――何か、どこかで見たことがあるような……?




 私の引っかかりはともかくとして、実際に戦っているアリスたちはそれどころではない。

 ジュウベェの《加速剣》のスピードに、三人は全くついていけず、翻弄されっぱなしである。

 致命傷は今のところ避けられているが、このままだといずれ食らってしまうかもしれないし、そうでなくても体力を削られ続けてしまうだろう。

 クソっ、単純な効果だけどそれ故に欠点が見えない……!




 対戦時間は残り4分……いや、もう3分くらいになろうとしている。

 ジュウベェの体力は余り削れていないが、こちらは三人揃ってかなり削られてしまっている。

 このままでは……。


「――メタモル!!」


 だが、やられる一方の子たちではなかった。

 ジュリエッタがメタモルを使う――ジュウベェの姿は私からも見えない状態だったが……。


「あ、あら……?」


 突如、ジュウベェの姿が露わになる。

 ヴィヴィアンの後ろから斬りかかろうとしていたのであろうジュウベェが、動きを止められてしまっているのだ。

 ――ああ、そういうことか!

 ジュウベェの脚に蛇のようなものが絡みついている。

 あれはさっき切り飛ばされたジュリエッタの両腕――それにメタモルをかけたものだ。

 アリスの魔法がマジックマテリアルの位置を把握していれば遠隔操作できるのと同様、ジュリエッタの魔法も自分の身体の肉片――……微妙に嫌な表現だけど――の位置さえわかっていれば、遠隔でメタモルを掛けることが出来るのだろう。今まで使ったのを見たことはなかったと思うけど。

 目にも止まらないスピードで動くジュウベェの足を止めるため、斬られた両腕をそのまま放置しておいてトラップとして使ったのだ。《アクセラレーション》を使えるジュリエッタにのみ、そのタイミングを見計らうことが出来る……。


御姫おひぃ様、今!」

「おう!」


 足止めはほんの一瞬しか通用しない。そして、二度目も通用しない。

 ここで一気に決着をつけるつもりだ。

 事前に三人の間で遠隔通話で話を通していたのだろう、ジュリエッタのメタモルと同時にアリスは神装の準備を始めていた。


「ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》!!」


 近距離からの絶対命中の《グングニル》を発動。

 嵐の神槍がジュウベェへと向かう――が、


「抜刀 《防壁剣》!」


 先程の《ペガサス》の突進を受け止めた防御用魔法剣で真っ向から《グングニル》を防ごうとする。

 いくら足を止めたとしても、魔法を封じたわけではない。それは仕方のないことだ。

 剣から発せられる光の壁と《グングニル》が拮抗――くっ、これでは例え防御を貫けたとしても、《グングニル》の威力は大幅に殺がれてしまう……!

 《グングニル》の優れたところは相手がどんなに離れていても、逃げようとしても追尾する『絶対命中』という特性があることだが、逆にそれが欠点にもなる。相手が防御魔法を使ったとしてもそれを避けようとはせずに突っ込んでいってしまうのだ。

 ……まぁ、あくまでアリスが一人で戦っていれば、の話だけど。


「サモン《ケラウノス》――この距離ならば、外しません」

「!?」


 ジュリエッタが足止め、アリスが攻撃……そして、アリスの攻撃が防がれるのを見越して、とどめの一撃にヴィヴィアンの最大火力である《ケラウノス》を使う。

 これが三人が咄嗟に考えた戦術の正体だ。

 足止めが上手く行くまでひたすら耐え続ける必要がある、結構リスキーな戦術ではあるが……決まれば対ユニットとしては過剰なほどの威力の攻撃となりうる。

 彼女たちの狙い通り、至近距離からの《ケラウノス》の砲撃をジュウベェは魔法剣で受けることは出来ず直撃を食らい、更にその衝撃で《グングニル》が《防壁剣》を逸れ胴体へと直撃するのが見えた……。




*  *  *  *  *




 対戦時間は残り3分を切った。

 けれど、《ケラウノス》と《グングニル》の直撃を受けたのだ。どんなタフなユニットだって――たとえ体力特化のヴィヴィアンであろうとも、リュニオンしたガブリエラであろうとも――この攻撃を耐えきることは出来ないだろう。

 超大型モンスターですら直撃すればオーバーキルとなる攻撃だ。現状、私たちの持つ魔法の中では最大威力と言っていいだろう。

 …………い、いや!?


『”皆油断しないで! まだ対戦は終わってない!!”』


 そう、対戦終了の表示がまだ出ていない!

 ということは――


「ふふ、うふふふふ……」


 《ケラウノス》の衝撃で吹っ飛ばされたのであろう、離れた位置にジュウベェは立っていた。

 それも、全くのの姿で……。


「……嘘だろ……?」

「そんな……直撃したはず……!?」


 流石のアリスたちも、無傷のジュウベェを見て愕然としている。

 一体どういうことだ……? ジュウベェの体力はヴィヴィアンどころか超大型モンスターを上回る程だとでも言うのだろうか? それとも、何かしらの魔法剣を咄嗟に使って威力を殺いだのだろうか……?

 はっきりしていることは、こちらは切り札を使い切ったにも関わらず、相手は無傷のままだということだけだ……。


「抜刀――《加速剣》」


 拙い、まだアリスたちは回復しきってない!!

 再びジュウベェの姿が掻き消え――


「抜刀 《剣》!!」


 一瞬でアリスの目の前へと姿を現すと、いつの間にか手元に呼び戻していたのであろう自らの霊装に対して抜刀を使う。

 黒い刀身から、同じく黒い炎のような禍々しい魔力の光が溢れ――


「チィッ!?」

「! 間に合え……!!」


 咄嗟に同じく呼び戻した霊装をアリスが構えて振り下ろされる刃を受け止めようとし、先の不意打ちを防いだようにジュリエッタがアリスを今度は体当たりで弾こうとする。




 ――血飛沫が、舞う。




「あ、あ……姫、様……ジュリエッタ……?」


 血の噴水を浴び、呆然とヴィヴィアンが信じられないと言った感じで呟く。

 振り下ろされたジュウベェの刃は、受け止めようとしたアリスの霊装をいともたやすく切断し――アリスの胴体を深々と切り裂いていた。

 そして、アリスを助けようとしたジュリエッタもまた、背中に斬撃を受けて地に倒れ伏している……。


『”ヴィヴィアン!!”』


 まだだ、まだ終わりじゃない!

 アリスもジュリエッタもギリギリではあるが体力はまだ残っている!

 しかし、ほぼ致命傷だ――もしもジュリエッタがアリスを突き飛ばそうとしなければ、今頃アリスは真っ二つに斬られ体力がゼロとなっていただろう。


「……《ペガサス》、《ペルセウス》!!」


 私の声にはっと我に返ったヴィヴィアンが、既に呼び出していた二体の召喚獣に指示を出しジュウベェへと向かわせる。

 《ナイチンゲール》でアリスたちの治療をしようとするが……ダメだ、間に合わない!?


「ふふふ……」


 アリスの霊装ごと断ち切った黒い剣――《破壊剣》の一撃で、まるで紙のように《ペルセウス》は楯ごと切り裂かれ、《ペガサス》のスピードでさえも《加速剣》は上回る。

 あっという間に二体とも召喚獣は切り伏せられてしまった。


「えぇえぇ……最初からすれば良かったのですもの。

 元々貴女方に、勝ち目などなかったのですよ? ふふ、うふふふふふふふ……」


 穏やかな笑みだが――正直背筋が凍りそうな思いだった。

 こいつ……最初っからやろうと思えば一気にこちらを押し切れるだけの力を持っていたというのに、それを隠していたのか……。

 アリスたちが全力を出して、最大の魔法を使っても倒せないということを思い知らせるためだけに手を抜いていたっていうことか……!!

 体力は残っているが、切り札の《ケラウノス》を使ってしまったヴィヴィアンではもはやジュウベェを倒すことは不可能。

 それをわかっているのであろうジュウベェは、《加速剣》を納刀して嬲るようにヴィヴィアンへとゆっくりと迫る。


「メタモル……《終極超態ギガロマニア》!!」


 だが、そこで地に倒れていたジュリエッタが復活――いや、辛うじて意識を取り戻しただけ、か……。

 ムスペルヘイム戦で使った最終手段、あらゆる攻撃を受けても再生して戦い続ける《ギガロマニア》を使い、ジュウベェの前に立ちはだかる。


『ヴィヴィアン――御姫様連れて、!!』

「……っ! はい!!」


 《ギガロマニア》の巨体でジュウベェを押しつぶそうとするジュリエッタ。

 それと同時に放った言葉は意外なものだった。

 ……いや、意外だけど状況的にはもうそれしか残されていない。

 ジュウベェは少なくとも見た目上はほぼノーダメージ、対してこちらはヴィヴィアンを除いて満身創痍だ。もはやこの対戦、私たちの敗北はほぼ決定だろう。

 でもだからと言ってこのままやられるわけにはいかない。

 残りわずかな時間でも、ここでアリスとヴィヴィアンを逃がして回復させれば――もしかしたら……非常に確率は低いだろうけれども、逆転の目はあるかもしれない。

 ヴィヴィアンもそれはわかっているのだろう、すぐさま破壊された《ペガサス》を再度召喚、アリスを抱きかかえて全速力でその場から離れる。

 ……召喚獣同士が接触できないので、《ナイチンゲール》の回復が使えないのが痛い……が、その場で回復なんて出来る状況でもない、今は逃げる方が優先だ。


「あら? あらあら、うふふ……」


 こちらはかなり追い詰められている――いや、敗北の瀬戸際と言える状況ではあるが、ジュリエッタの《ギガロマニア》は悪くない選択かもしれない。

 この魔法の是非は置いておくにして、性能だけで見れば『無敵』も過言ではないのだ。

 どんな攻撃を食らったとしても、新しくメタモルを使い続けて再生、そして攻撃に対応した耐性を得る《ギガロマニア》を破れるユニットはおそらくいないんじゃないかと思えるくらいだ。たとえアリスが全力で神装を使ったとしても、そうそう《ギガロマニア》の再生速度は上回れない。

 唯一可能性があると思われるのは、ムスペルヘイムの時のような超広範囲に超高威力、かつであろう攻撃を繰り出し、それに巻き込むこと……だろうか。

 残り僅かな制限時間ではあるが、ここでジュリエッタがジュウベェを抑え込みつつアリスたちの回復を待って……それが最も勝率の高いやり方だろう。


「ふふ、ふふふふふ……えぇえぇ、存じておりますとも。魔力が続く限り再生し続け、あたくしの攻撃を上回る防御を獲得する魔法――ふふっ」


 ――くっ、やはり《ギガロマニア》そのものは知らなくても、その前身である《終極異態メガロマニア》のことはクラウザーから聞いていたか……。

 ジュウベェは迂闊に攻撃を仕掛けることはない。生半可な攻撃では、ジュリエッタに耐性を獲得されるだけだと知っているからだ。

 このまま向こうが攻撃をしないで回避に専念してくれれば、あるいは――




 ……そんな私の甘い考えは、あっさりと打ち砕かれてしまう。


「えぇえぇ、これこそ正に天祐でございましょう。

 つい先程、ちょうどよい『モノ』をあたくし手に入れておりましたの」


 ……なに?


「抜刀――《開闢剣》」


 そう言ってジュウベェが新たに呼び出した魔法剣は……刀身部分が『鍵』の形をした、奇妙な形状の剣であった。

 …………いや、待て!? その形……見覚えがあるぞ!?


「抜刀 《重撃剣・九重ここのえ》」


 更にもう一本、まるでノコギリのような――ノコギリにしては異様にの粗い、ギザギザの刃をした剣を作り出す。




 GRAAAAAAAAAAAAAAAAA!!




 大気を震わす咆哮を上げ、《ギガロマニア》がジュウベェへと迫る。

 ――その時、私はなぜか気が付いた。

 は、拙い。


『”ダメだ、ジュリエッタ!! 逃げて!!”』


 なんで私が思ったのか、私自身もよくわからない。

 けれども、確信に近い感覚で私は思ってしまったのだ。

 私の警告に一瞬戸惑いの色が《ギガロマニア》の目に浮かぶが、もはや勢いは止まることなくジュウベェへと襲い掛かる。


「――その御命」


 《ギガロマニア》の迫る巨腕を華麗に潜り抜け、ジュウベェが胸の中央へと《開闢剣》を突き立てる。

 それは、《ギガロマニア》が耐性を獲得する前だというのに、大した傷もつけることのできない……なまくらな刃であったが――




 …………血と、肉片の雨が辺りに降り注ぐ。

 それは、一瞬にして全身を切り刻まれ……いや、させられた、《ギガロマニア》の成れの果てであった。


「頂戴いたしました」


 血肉の雨の中、全身を赤に染めながら――ジュウベェは楽しそうに笑うのであった……。

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