第7章3話 エンジェル・ハイロゥ 2. 天使と対戦

*  *  *  *  *




”……ほわぁ~……綺麗なところだねぇ……”

「ええ。初めて来る場所でございますね」


 私たちが降り立った対戦フィールドは、今までに見たことのないステージだった。

 空は真っ黒なのだが、オーロラのような光の帯が見える。

 不思議と辺りは暗くない。それどころかむしろ明るい。

 その原因は、周囲一帯に沢山『生えている』……としか言いようのない、謎の『結晶』のせいだろう。

 結晶が自ら発光しているのか、それともオーロラの光を受けて反射しているのか……よくわからないが、ともかく薄い青色をした結晶のおかげで視界には不自由しない。

 幻想的な雰囲気が漂うここは――さしずめ『クリスタルステージ』ってところか。


「……壊せないことはなさそうだけど、硬い……」


 地面から突き出た結晶を軽くたたいてみたジュリエッタがそう言う。

 まぁ無理に破壊する必要はないだろう。もしかしたら何かしら戦術に利用できるかもしれない。

 問題なのは、微妙に視界が悪いことだ。

 結晶は大きさはバラバラだ。小さいものだと精々子供の膝くらいまでだけど、大きいものだと一軒家くらいはありそうなものもある。太かったり細かったりで結晶の割には規則性は全く見えない。

 それが結構狭い感覚で――まるで森のように配置されているため、視界を遮ってくる。

 加えて表面がキラキラと輝いており、鏡ほど綺麗には映しださないものの、周囲の景色が微妙に映り込んでいるためこれも視覚を惑わせてくる。


”……むぅ、ランダムにしたの失敗だったかな……”

「ふふん、なかなか面白そうなステージではないか」

「はい。姫様の仰る通りでございます」

”…………”


 バーサク娘とその従者は意にも介さない。どこまで本心なのかは怪しいが。


”とにかく、結構視界悪いから不意打ちとかには気を付けて”


 相手のユニットがどんな性能なのかは全くの不明だ。

 対して、相手はこちら側のことを知っている前提で考えた方がいいだろう。割と不利な対戦であると言える。


「あ、使い魔殿。スカウターで見ても――」

”はいはい、教えるなって言うんでしょ。全くもう……”


 その通り、と言わんばかりにニヤリと笑うアリス。

 まぁダイレクトアタックなしだし、クラウザーの時みたいな妙なチートを相手が使って来ない限りは危険はないだろうけどさ。


”あ、いたいた。こっちよ、リエラ”


 と、周囲を見て喋っていた私たちを、空を飛んで探していたのだろうピッピが見つけ誰かに声を掛ける。

 『リエラ』――それがユニットの名前なのだろう。


”ごめんね、ちょっと話し込んじゃってた”


 ぶっちゃけ相手に対して『悪い』と思う気持ちはあんまりない。

 話してて対戦開始が遅れた分、現実でのタイムリミットが迫って来てしまったことにむしろ焦っている――相手もあんまり時間なさそうだし、ここからはちゃっちゃと進めて行こう。


「ようやく来たのですね。待ちくたびれましたわ」

「『れでぃ』を待たせるなんて、デリカシーがないにゃー」

「……みゃー」


 ……!?

 ピッピは結構空高く飛んで私たちを探してくれていたんだけど……。

 彼女の声掛けに続いて結晶の向こう側から、その子たちはやって来た。


”……天使型……!?”


 こっちの世界でも『天使』と言えば背中に羽が生えた人間だ。

 現れたユニットは、正に『天使』と一言で現れる姿をしていた。

 光の加減によって蒼だったり銀だったりに見える不思議な色の髪はさらさらのロングヘア。残念ながら頭に天使の輪っかはないけど……非常によく整った美人さんだ。

 ノースリーブのシンプルなワンピースのみを身に纏い、背中からは一対の真っ白な翼が生えている。

 ……うん、天使としか言いようがない。


「……ほう?」

「まぁ……」

「むー……天使は大体邪悪な敵……」


 最後のジュリエッタの呟きはどうかと思うけど、まぁそういう漫画とか多いからね。中二なら仕方ないね。

 それはともかく――スカウターで見てみたところ、この天使の少女の名は『ガブリエラ』というようだ。


「にゃっははははは!」

「……みゃははははー」


 ……で、問題なのがガブリエラ――恐らく彼女が『リエラ』なのだろう――の横にくっついてきているのだ。

 あれは、一体なんだろう……?

 天使の人形、としか言いようがない……今までに見たことのないタイプの、人型をしてはいるんだけど人間型ではない、ある意味『非人間型』のユニットだ。

 『にゃははは』と甲高い、幼児みたいな声で笑い声をあげてパタパタとガブリエラの周囲を忙しなく回っている方は、身体の右側はガブリエラのような銀と白を基調とした『天使』風なのだけど、左側の方は真っ黒な髪に紅い目となっている。翼も白いものの、左側だけの片翼だ。

 もう一人(?)のテンション低めの天使人形はというと、こちらは逆で体の左側が銀と白、右側が黒と赤となっており翼は右側だけに生えている。

 ……グロい想像だけど、身体を真っ二つにしてそれぞれ合わせれば、白い天使人形と黒い人型になりそうだ。


「……なんだ、あれは?」

「人形のようにしか見えませんね」

「……やっぱり天使は邪悪……」


 流石にアリスたちも初めてみるタイプのユニットに戸惑っているようだ。

 『にゃはは』とかしましい方が『サリエラ』、ローテンションな方が『ウリエラ』という名前である。

 三人の天使は空中からふわりと私たちの正面へと降り立つ。

 ……特に魔法を使ったり解除した様子は見えなかった。となると、あの翼は見かけ倒しなんかじゃなく、飛行能力を備えていると思った方がいいだろうな。


”一応自己紹介しましょうか。

 一番大きな子がガブリエラよ”

「ガブリエラと申します。お見知りおきを」

”で、左側に羽が生えてるのがサリエラ、右側に生えてる方がウリエラよ”

「『さりゅ』にゃー、よろしくにゃー」

「『うりゅ』みゃー、よろしくみゃー」


 声のトーンは違うけど、全く同じ声に聞こえる……。

 あと二人(?)の違いが一つあった。サリエラの方が『にゃー』でウリエラが『みゃー』だ。

 ……いや、だからどうだって話だけど。


”そ、それじゃこっちも……。

 お姫様っぽいのがアリス、メイド服がヴィヴィアン、狐のお面被ってるのがジュリエッタ”


 ……ピッピはどうもこちらのことを知っていたみたいだし、アリスたちのことも既に知っているだろうけどね……。

 相手が自己紹介してきたのにこちらからは何もなし、ってのは失礼だろう。夜にいきなりやってきたのはピッピの方だけど、だからと言ってこちらが礼を欠いていいということではない。


”本当はあともう一人いるんだけど――”

”ああ、やっぱり? でもこっちは三人だしねぇ……”

”ごめんなさい、そういうことじゃなくて……、ちょっと恥ずかしがり屋だから……”


 ……?

 たとえ私が人数制限を三人以上にしたとしても、ピッピが連れて来たのはこの三人だけだった――ということだろうか?

 まぁお互いにそれで問題ないのであればいいけど。


「…………ふふふ」


 こちらをにこやかな表情で見つめていたガブリエラが一歩前へと出て、右手を差し出して来る。

 握手、を求めているのだろうか。


「…………ふん」


 ガブリエラに応えてアリスが前へと出て、その手を取る。

 がしっと握手を交わす二人だったけど……。


「……貴様……!!」

「うふふ……」


 様子がおかしい。

 ガブリエラは相変わらずにこやかな笑みを浮かべたままだけど、アリスの表情が微妙に歪んでいる。

 ……もしかして、あれか。握手のふりして思いっきり力を込めているのか。


”リエラ、もう……やめなさい”

「はぁい」


 ピッピもガブリエラのしていることに気付いたのだろう、ため息をつきつつ窘める。

 むぅ……これだけで判断できるわけじゃないけど、結構ガブリエラって見た目の割に性格悪いのか……? それとも、ある意味アリス並の脳筋なんだろうか……?


”あ、アリス……大丈夫……?”

「……あいつ、ぶっ飛ばす……!!」


 うわぁ、アリスが完全にやる気になっている……。

 元々わざと負ける気なんてさらさらなかったけど、今ので完全に火が点いてしまったらしい。


「やるぞ、貴様ら」

「はい、姫様」

「うん……」


 もはや言葉は不要、とばかりにアリスたちが霊装を呼び出し構える。

 対して相手の方はというと、少し後ろへと下がる。

 まぁ当然か。握手できる距離からいきなり対戦開始してしまうのはお互い厳しいものがある――接近戦が得意というわけでもなければ、それが正解だろう。

 ガブリエラはパワーについてはアリスよりも上だとは思うけど、果たして接近戦が得意かどうかは未知数だ。『天使』という見た目から想像すると、どちらかというと遠距離の方が得意そうに思えるけど実際のところは戦ってみないとわからない。

 残るウリエラとサリエラについては接近戦はどう考えても苦手だろう。ジュリエッタよりも小柄な、ぶっちゃけ人間というより『人形』という見た目なのだ。この容姿で格闘は無理な気はする――もちろんそんな思い込みを逆手にとってくる可能性はゼロではないが。


「はじめるみゃー」


 ウリエラがそう言うと共に、彼女たちも自分の霊装を呼び寄せる。

 ……うわぁ……なんだあの霊装……?


「……む」


 ジュリエッタがわずかに反応する。

 多分、私と同じ想像をしていたのであろう。

 だが想像に反する彼女たちの霊装に、どう判断をつけたらいいものか悩んだに違いない。

 ウリエラの霊装――それは彼女の大きさに全く見合わない、巨大な竿状武器ポールウェポンだった。柄の長さが成人男性ほどもあろうかという、どう考えてもウリエラの大きさに釣り合っていない長さだ。

 先端は鋭い槍……だけでなく、大きな『斧』状の刃や、反り返ったフックのようなものも見える。

 ああいう武器なんていうんだったかな……? 確か『ハルバード』とかいうやつだ。

 サリエラの方もまた、ウリエラ同様に体格に見合わない竿状武器を手にしている。

 こちらはかなりシンプルな先端だが……螺旋状に溝が刻まれている円錐の形をしている。一言で表せば『ドリル』だ。


「うふふ、それでは始めましょうか」


 そして最後、ガブリエラが呼び出した霊装は……これまた大きな棒状の武器だった。

 ただ彼女の武器は槍とか剣のような、見た目で『武器』とわかるようなものではない。

 それは大きな『鍵』だった。彼女の身長ほどもあろうかという、普通の扉には絶対に使わないであろう鍵である。

 ……頭の部分は鈍器となるし、ブレード部分だったらまぁ流石に刃物のようには切れないだろうけど相手を深く抉り取る凶器と化す。

 接近戦用の武器と見えるけど、ああいう特殊な形状の霊装だと、魔法の補助の効果もある。ガブリエラが接近戦を得意とするのかどうか、未だに判別がつかない。




 Ready――




 全員が霊装を構えたことにより、ようやくシステムが準備完了と判断したのだろう。




 ――Fight!!




 私たちとピッピたちとの対戦がついに始まった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る