第7章1節 大天使の午後
第7章2話 エンジェル・ハイロゥ 1. 天使の挑戦
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三日前――
* * * * *
あやめに連れられてセンター試験会場まで連れていかれた翌日の月曜日。
この日は、ありすが期待していた通りに雪は積もらず、至って普通の月曜日であった。
ありすたちは普通に学校に通い、普通に――そして何事も起こることなく――帰宅してきた。
千夏君も普通に部活が始まっているので放課後は時間もなく、そして月曜は塾の日なので夜もクエストに参加することなく……。
時刻は夜8時半を過ぎ、さぁ寝ようかという頃だ。
……何だかこの時間、後は寝るだけなのになぜか何か色々と起こることが多いような気がするんだよね……。
「んー、今日は雪降らない……」
”そうだね。天気予報でも、しばらくは晴れって言ってたしね”
未練がましく外を見ていたありすだったが、彼女がどう頑張っても天気だけはどうにもなるまい。
私の言葉通りしばらくは晴れるみたいだし雪は諦めてもらう他ないだろう。
まぁ大人としては、平日に積もる程降らない、ということにほっとしているんじゃないだろうか。美奈子さんもそうだったしね。
”ほら、そろそろカーテン閉めて。明日も学校なんだし、風邪ひかないように寝ちゃおう”
「……ん……わかった」
今日はもうクエストに行くことはせずに寝てしまおう。
千夏君の塾はそろそろ終わり、家に着くころかもしれないけど……そこから一緒にクエストに行くにしても大した時間は取れない。
桃香と二人だけで行くというのも手ではあるんだけど、それはもう夕方にやっちゃったしね。
ようやく諦めてくれたありすがカーテンを閉め、ちょっと早いけどベッドへと潜り込んでくれる。
なんだかんだでありすって聞き分けがいい子なので、こういう時は助かる。
ベッドに入ったものの、まだいつもの寝る時間よりも早い。
私とありすは二人してゲーム機を出して『ドラハン』の協力プレイをして時間を過ごしていた。
寝る直前にゲームとかスマホ弄るのって寝つきがあまり良くなくなるって聞いたことはあるけど……まぁ電気消してやってるわけでもないし、大体いつもありすはぐっすり眠れているのでいいでしょ。
”ちょ、ありす! これ無理だって!?”
「気合が足りない」
最近になってようやく最高難易度のクエストに、ありすの手助けがあってクリアできるレベルの私なんだけど……今日は更に上を行く
一撃で私のキャラが瀕死になる攻撃が雨あられと降ってくるようなところ……気合でどうにか出来るもんなのだろうか……?
……でもありすは気合なのか知らないけどひょいひょいとかわしてるし……これが経験の差か……。
そんなこんなでゲームをしながら時間を潰していた時だった。
こん、こん
と、どこからか音が聞こえて来る。
「ん……?」
”ありすも聞こえた? じゃあ私の気のせいじゃなかったのか……”
「ん、ノック? お母さん?」
美奈子さんが部屋のドアをノックしているのかとも思ったけど、どうも違うっぽい。
まぁ美奈子さんなら声も掛けてくるだろうし。
というよりもドアの方からじゃないな……窓の方から?
「……なんだろう」
ベッドから起き上がったありすがベランダの方へと近づく。
”ありす、待って! 危ないよ!”
こんな時間にベランダの窓を叩くなんて、もしかしたら変質者かもしれない。
警告するものの、かといってじゃあ放置しておくわけにもいかないし……美奈子さんを呼んできた方がいいかな?
どう対応したものか悩む私たちであったが、
”……ねぇ、開けてくださらない?”
”……んん?”
窓の外からノックだけではなく、女の人の声が聞こえて来た。
女だから安全かって言えばそんなわけはないんだけど……。
「……この声、使い魔……」
”……だね……”
まるで頭の中に直接聞こえて来るような不思議な声……これは私も含めた使い魔の声の特徴である。
でも今まで聞いたことのない声だ。女性の使い魔――いや、まぁぶっちゃけ使い魔に性別なんて本当にあるのか疑問だけど……――と言えば、私の知り合いだとこの間会ったタマサブローくらいしかいない。バトーは……うん、まぁ……ね。
タマサブローの声とも違う。初めて聞く声だ。
こっちは知らないけど向こうはこっちの家も知っているってことか……。
「ラビさん、開けてみる」
”…………わかった。でも、開けるのは私ね。ありすは何かあったらすぐに美奈子さんのところへ”
とりあえず変質者がやって来たわけではないというのはわかったけど、だからと言って使い魔だから安全というわけではない。
もしかしたらユニットの子を引き連れてきているのかもしれないし、いざとなったらすぐに逃げられるようにしておくべきだ。
私の身体はこの世界ではやたらと頑丈でおそらく不死身っぽいし何とかなるだろう。
「……ん、わかった。ラビさん、気を付けて」
”うん。気を付ける”
こちらの言うことを素直に聞いてくれて、ありすは窓の鍵を開けるとベランダから離れいつでも逃げられるようにドアの方へと移動。
”今から開けるよ、ちょっと待ってて”
”わかったわ”
鍵さえ開いていれば、ベランダの窓は私でもがんばれば開けられる。
カーテンを開き擦りガラスとなっている窓をえっちらおっちら引っ張って開けると、そこには――
”ふぅ……夜分遅くにごめんなさいね”
ベランダにちょこんと立っていたのは、真っ白い鳥の姿をした使い魔であった……。
* * * * *
”ごめんなさいね、夜遅くに。昨日の昼間にも来たんだけど、誰もいなかったものだったから……”
”あ、あぁ……”
昨日はタイミング悪く皆揃って出かけてたからね。
それで仕方なく今日は夜に来たというわけみたいだ。
”自己紹介が遅れたわね。
私の名前はピッピ。よろしくね、ラビ”
真っ白い鳥――一番近いのは『カラス』だろうか、白いカラスの姿をした使い魔は『ピッピ』と名乗る。
……むぅ、私の名前は把握済みか……ありすの家にいるということも知っているとは……。
また私たちは後手に回ってしまっているなぁ。仕方ない面もあるんだけどさ。
”それで? こんな時間に何の用?”
積極的に敵対したいというわけでもないけど、こっちのことを一方的に知っていてしかもこんな時間にやってくる相手に優しく対応できるほど、生憎と私は人が出来ているわけではない。
意識したわけではないが自然とちょっと刺々しい口調になってしまった。
”こんな時間になってしまったのは申し訳ないと思っているわ……でも、今日だとこの時間でないと
……私たちの都合?
むしろそろそろ寝る時間なので、都合としてはあまりよろしくないくらいなんだけどなぁ。
”こんな時間にあなたたちのところへ来たのは――私たちと対戦をしてもらいたいからなの”
”……はぁ?”
対戦を?
「ん、受けて立つ」
”ちょっとありす……”
んもー、勝手に受けて立たないでよ……。
あー、でもそうか、確かに今日だったらこの時間が都合いいと言えば都合がいいことになるのか。
千夏君がそろそろ塾から帰ってくる時間だ。今よりも早い時間だと彼は対戦に参加することは出来ないことになってしまう。
まぁありすと桃香の二人だけで対戦をしてもいいんだけど、フルメンバーで出来れば戦いたいという思いはある。
……どうやらピッピは私たちのリアルの方の事情を思った以上に把握しているみたいだ。千夏君が私のユニットだということも、そして彼の塾の時間も知っているとは……。
”…………わかった。ちょっと待ってて、皆の都合を確認してみるから”
”ええ、もちろん”
念のため桃香と千夏君に確認を取ってみると、二人とも大丈夫だという。
ま、桃香はありすと同じでそろそろ寝る時間だったろうけど……二人とも私と同じく、ちょっとピッピのことを警戒しているみたいだった。対戦依頼を突っぱねてしまえば何も出来ないだろうけど、放置したままにするのは気持ち悪い、という感想だった。
”うん、こっちは大丈夫。
で、どうするの? 私から対戦を挑む?”
”いえ、押しかけてきたのはこちらだし、こちらから対戦依頼をするわ。条件はそちらで決めていいわよ”
詫びにもなりはしないが、まぁそういうつもりもあるのだろう。
”そっか、了解。あ、対戦時間だけはちょっと短めにさせてね? 時間が時間だし”
”そうね……こちらもあまり時間はかけられないし、結構よ”
ふむ……? まぁもうそろそろ夜九時だし、ユニットの子って小学生~中学生が多いからギリギリの時間ではある。ピッピのところも多分同じくらいの年齢なんだろう。
ともかく、ピッピから対戦依頼が私へと来る。
それを承諾――私たちはマイルームへと移動する。
対戦の条件をささっと決めてしまおう。
まず当然のことながら使い魔へのダイレクトアタックは封印、と。
別に私はピッピを倒したいわけではない――そういう判断を下せるほどの付き合いもないし――し、私自身がゲームオーバーに追い込まれる危険性もあるのだから、よほどの事情がない限りはこれは常にオフにしておこう。
対戦時間は事前に予告した通り短めの『15分』としておいた。これ以下だと短すぎるし、これ以上長いと九時を過ぎてしまうのでなしだ。まぁ15分でも結構ギリってところなんだけどね。
でも考えようによっては、よほどの自信があるから仕掛けてきたとも言える。あんまり高額にすると、自分の首を絞めかねない。
”……うーん、とりあえず10000ジェムにしておこうかな”
「そっすね。そんなくらいでいいんじゃないっすか」
乱入対戦での固定の掛け金と同額だ。
これくらいなら、まぁお互いに払ってもそこまで痛くはないだろう。
対戦フィールドは最初はいつもの『コロシアム』にしようと思ってたんだけど、
「……ランダムがいい」
とありす先生からの要望がありランダムにした。
初めて戦う相手だし、癖のないコロシアムとか草原フィールドの方がいいと思うんだけど……まぁありすはありすで『ゲーム』をゲームとして楽しみたいみたいだし、桃香たちも特に反論はしなかったのでいいか。
”……おや?”
余り待たせるのも悪いし、とちゃっちゃと条件を決めていたのだけど、一個だけ気になる項目があった。
それは『対戦可能ユニット数』――要するに対戦に参加する人数を決める項目だ。
これが私の方に出てきたってことは……。
”ピッピ、もしかしてユニットを四人持ってるってことかな?”
「ん、たぶん」
「……他人事ながら四人分のジェムを稼ぐのって、結構大変なのではないでしょうか?」
この選択肢、人数の少ない方が優先的に決められるようになっている項目なのだ。
同数であれば特に出てこない。勝手に人数を減らして挑む、というのも特に選択は求められない。
今まで何度か対戦してきたけど、初めて出てきたかな? 今までで一番人数が多かった対戦はヨームとのだけど、あちらも三人いたしね。トンコツの《アルゴス》ばら撒きに付き合う時とかだと、トンコツ側でいつも人数の調整していたから私自身がするのは初めてだ。
”どうしよう? 三人にしておけばいいかな?”
「それでいいんじゃないすかね? 向こうも特に何も言ってなかったんなら、文句つけられる立場でもないっすよ」
あえてこっちの人数を減らす理由もないし、わざわざ向こうに有利な条件を付ける理由もないか。
千夏君にも後押しされ、結局対戦可能人数は『三人』としておいた。
”……よし、対戦条件はこれで全部だね。それじゃ、行こうか”
「ん……トーカ、なつ兄」
「……はい……」
「……おう……」
ありすの視線を受けた二人の表情は暗い。
…………あ、そうか。
「エクス――」
年末年始、色々あってすっかりとやっていなかったけど――
「――トランス!」
うちの子たち、変身の時はしっかりとポーズを取らないといけないんだよねぇ。そんな決まりないはずなんだけどさ……。
まだ少し照れとかが残っている桃香たちだったけど、
「エクストランス! ですわ!」
「エクストランス!!」
半ばやけくそ気味に叫んで変身ポーズをとる二人であった。
……これは何と言えばいいのだろう……? 変身ポーズハラスメント……?
「うむ。よし、征くぞ!!」
「はい、姫様」
「うん……」
満足そうに頷くアリスと、変身後はすっかりと冷静さを取り戻すヴィヴィアンとジュリエッタ。
まぁ……本人たちが納得してるならいいんだけど……。
気を取り直し、私たちは対戦フィールドへ。
そこで待つピッピたちとの対戦に挑むのだった。
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