第7章 殺戮少女 -Kill or Die-

第7章1話 プロローグ ~Nightmare has come

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 背の低い草で覆われた、視界の広い『草原フィールド』――

 障害物となるオブジェクトは他に何もない、『コロシアム』と並んで対戦では使いやすいフィールドと言える。

 その草原フィールドにて。




「くそっ……!」


 西部劇風の衣装を身に纏った金髪のユニット――アビゲイルが忌々し気に舌打ちする。

 彼女の霊装『44マグナム』から放った弾丸がことごとく相手に届く前にためだ。

 回避したのでも、防御したのでもない。向かってきた弾丸を武器で切り落とした、のだ。


「アビー、下がって!」


 アビゲイルを庇うように前に出て来る巫女装束のユニット――ミオ。

 本来彼女たちは、前衛のミオに後衛のアビゲイル、という配置が最適である。

 にも関わらず、今ミオは後ろから出てきた――かつて『冥界』の妖蟲ヴァイスによって行動を制限されていた時ならいざ知らず、なぜ今ミオが後ろに下がっていたのか……?


「ミオ! ……くっ……!」

「あら? あら、あらあら~?」


 アビゲイルたちと対峙しているユニットが、不思議そうに首を傾げる。

 その態度そのものがアビゲイルたちの癇に障る。

 しかし、それを止めることも出来ない。


「はっ、はぁっ……!」


 アビゲイルの前に立ったミオは、既に満身創痍であった。

 回復アイテムによって体力だけは回復しているものの、身体に負った傷だけは修復することが出来ない。アビゲイルもミオも、持っている魔法スキルには傷を癒すようなものはない。

 身体のあちこちは切り裂かれており、構えた剣先も震えている。

 ……その震えが、身体的なダメージだけが原因ではないことは、ミオ自身が一番良くわかっている。


 ――この人……強い……! 強すぎる……!!


 対峙するユニットは、今までに見たことのない姿をしていた。

 全体的には『和装』に当てはまるだろう。男性の着物のようだが、色鮮やかな柄で女性用が着ていても違和感はない――むしろ男性が着用している方が違和感があるだろう。

 着物の上から、こちらも和風の鎧武者が身に纏う甲冑のパーツが幾つか見える。肩、胴は黒い甲冑で覆われ、袖と裾の下には同じく手甲と脚甲が装着されている。

 髪は『カラスの濡れ羽』という表現がぴったりな艶やかな黒――その髪を彼岸花をメインに花を模したこれまた色鮮やかなかんざしで纏めている。

 手に持つは片刃の長剣。ラビの世界であれば『日本刀』と一言で表せるだろう。ただし、刃に至るまですべてが黒一色で染められており、普通の武器ではないことは一目でわかる。

 だが、彼女の最も目を惹く特徴は、顔を覆う『仮面』だろう。

 顔の上半分を覆うその『仮面』は、正しく『鬼』を模したものだ。額からは二本の鋭い角が伸びている。

 仮面によって表情はわかりづらいが、仮面に覆われていない口元から見るに……愉快そうに笑っているのだけはわかる。


「困りましたね~……どうやらあたくし、思った以上に強くなりすぎてしまっているみたいですね~」

「こ、の……っ!?」


 挑発としか思えない言葉をにこやかに放つ相手に対し、アビゲイルが激昂しかける。

 果たして挑発の意図があったのかどうかは定かではないが……れっきとした実力差があることを、少なくともミオは理解していた。

 相手は一人に対し、ミオとアビゲイル二人がかりで全力で挑んでいるというのに、全く勝てると思えない。


「うふふ……そろそろ終わりにしましょうか~。対戦時間も残り少ないことですし」


 だらりと下げていた黒刀を両手で構え、ミオに対峙する。

 彼女の言葉通り、対戦はもう間もなく時間切れとなる。

 このまま時間切れとなった場合、おそらくミオたちが判定負けとなってしまうだろう――それだけミオの負ったダメージは深い。

 対戦とはいえ、使い魔へのダイレクトアタックはOFFとなっているのでゲームオーバーとなる危険はない。

 しかし……このまま負けるのは致命的に拙い、そうミオもアビゲイルも直観している。


「抜刀――《雷光剣》」


 相手が魔法――『抜刀魔法』を使用する。

 すると、漆黒の刃を持つ黒刀とは別にもう一本、光り輝く一本の長剣が現れる。

 黒刀とは異なる、両刃の西洋風の剣だ。

 ファンタジーRPGの主人公、いわゆる『勇者』が持つような神々しい装飾の黄金の剣を左手に持つ。


「それでは~……いきますわ・よ!!」


 彼女が《雷光剣》を振りかぶると共に、


「防いで、【遮断者シャッター】!!」


 ミオが自らのギフトを使用する。

 ありとあらゆる攻撃を完全に遮断シャットアウトする【シャッター】の青い光がミオたちを包み込む。

 それと同時に、《雷光剣》から放たれた文字通りの『雷光』がミオたちの周囲を焼く。

 後ほんの少しでも【遮断者】を使うのが遅れていたら、二人に雷光は直撃していたであろう。


「あら? あら、あら……ねぇ~。それがギフトなのが惜しいわぁ」

「……? なにを……?」


 攻撃を防がれたことを『残念』と言っているわけでもなく、何に対して言っているのかがわからない。


「ミオ、気にしてる場合じゃないわよ!

 私が一気に畳みかけるから、ミオも続いて!」

「……そうね、わかったわ」


 考えていても仕方ない。

 そもそも考えている時間もない。

 アビゲイルの言う通り、ここは一気に攻撃に出て押し切るしかない。そうミオも判断した。

 ……それが出来るかどうかは別として、このまま守るだけではいずれ逆に押し切られてしまうだろう。


「コンセントレーション……《アクセラレーテッド・スリー》!」


 アビゲイルが自身の切り札の一つ、三秒間の超加速アクセラレーテッド・スリーを使う。

 絶対時間にして三秒間、アビゲイルは十倍の速度で行動することが出来るようになる魔法だ。すなわち、彼女の主観で三十秒間はあらゆるものが止まっているかのように見えるようになる。

 単純な加速魔法とは異なるのだが、実質は加速魔法と思って差し支えはないだろう。

 アビゲイルが加速して敵へと猛攻を仕掛けるのに合わせて、【遮断者】を解除したミオも同時に攻撃を叩き込む。

 かなり格上のモンスターであっても削り切れるだけの火力と速効性を持つ、二人の必殺のフォーメーションだ。


「ふふ、うふふ……抜刀 《防壁剣・糸》」

”!! アビー、拙いわ!!”


 実は既に一度《アクセラレーテッド》は使っている。

 その時は相手に攻撃を食らわせ、わずかながら手傷を負わせることが出来たのだが、ミオの方へと攻撃をされてしまったため中断したのだ。

 今回はそうはならない――そう思ったアビゲイルたちであったが、相手の動きを見た使い魔・バトーの警告がとぶ。

 ……しかし、その警告は間に合わなかった。


「んなっ!? なにこれ!?」


 他人の目にも止まらない超高速で移動していたアビゲイルが驚きの声を上げると共に、その動きが停止する。

 いつの間にかアビゲイルの全身に細い糸――硬いだけではない、異様な粘着力を持った『蜘蛛の糸』絡みついていたのだ。


”ミオ!”

「わかってる!」


 相手の魔法によるものは疑いようがない。

 アビゲイルの動きが封じられたということは、折角の《アクセラレーテッド・スリー》も無駄打ちに終わったということを意味する。

 それはそれで仕方がないが、だからと言ってこのまま放置していれば動けないアビゲイルは格好の『的』となるだけである。

 しかも、アビゲイルは持っている魔法の性質上、身体を拘束されても抜け出す術がほぼない――馬型の霊装『シルバリオン』を呼び出したとしても、拘束の強度によっては『シルバリオン』ごと封じられるだけだろう。

 だからミオが外部から助け出すしかない。

 ……ないのだが、それが『罠』であるとは、果たして彼女たちは気づいていただろうか……。


「抜刀――《空裂剣》」

「【遮断者】!」


 相手がアビゲイルを助けようとするミオへと向けて追撃を仕掛けて来る。

 一体いかなる魔法なのか、想像することしか出来ないが――ともあれ【遮断者】の絶対防御でならば封じ込めることは可能だ。

 【遮断者】の範囲をミオの周辺ではなく、相手を取り囲むようにして動きを封じようとする。

 かつて『冥界』で宿敵であるダイヤキャタピラを倒すために使った方法と同じだ。今回は、動きを封じている間にアビゲイルを助け出すつもりである。

 ミオの狙い通り、【遮断者】の光が相手を包み込む。

 これで内部から攻撃することは出来ない。反面、外部からも攻撃することが出来なくなったが……今はアビゲイルの救助が最優先だ。


「アビー、今助け――」


 身体を封じる糸も、ミオの剣であれば切り裂くことは出来るだろう。

 すぐさま魔法を使おうとするミオであったが……その言葉は最後まで紡ぐことは叶わなかった。


 ごとり、


 重いものが落ちる音が響く。


「ミ、ミオ……!?」


 地面に落ちたのは、ミオの首であった。

 自分の身に何が起きたのか、彼女は知ることすら出来なかったであろう。

 一撃で首を切断され――更に胴体もズタズタに引き裂かれたミオは、悲鳴を上げることすら出来ず、体力を全て削られて消滅していく。

 横で見ていたアビゲイルも、そしてバトーも何が起こったのか理解できなかった。


「ふふ……えぇ、えぇ……そのギフトの特性は理解しました。ですので、先に斬らせていただきましたとも」


 相手が使った《空裂剣》――その効果は、見えない斬撃を放つという、シンプルなものであった。

 おそらく言葉通り【遮断者】の性質を理解したのであろう。

 【遮断者】の防御は確かに絶対だ。あらゆる攻撃を確実に防いでくるだろう。

 しかし、【遮断者】はあくまで『壁』を作り出す効果しか持たない。

 であれば『壁』の外側に予め攻撃をする、あるいは離れた場所へと攻撃を仕掛けることが出来るのであれば、【遮断者】によって防がれることなく攻撃を放つことが出来る。そう考えたのだ。

 更に付け加えるならば、ミオは【遮断者】の防御に絶対の信頼を持っていたはず――実際にそうだ――ならばそこが『油断』につながる、そうも考えていた。


「こ、こいつ……!!」

「うふふ……ふふ、ふふふ……」


 ミオさえ倒してしまえれば、後は動けないアビゲイルを始末するだけ。

 楽しそうに笑う彼女に対して、アビゲイルは睨みつけることしかできなかった……。




”そ、そんな……”


 身動きの取れないアビゲイルは抵抗することも出来ず、ミオと同じように一撃で首を切り飛ばされ消滅――対戦はバトーの敗北に終わった。

 自分たちが絶対に勝つ、とまでは驕っていなかったが、かといってここまで一方的に敗北するとも思っていなかったバトーは信じられない、と言った様子で呆然と呟く。


「えぇ、えぇ……再戦ならいつでも受けて立ちますよ? ……、ですけれども」

”く……!?”


 この対戦は使い魔への攻撃は出来ない。バトー自身は安全ではあるが――今にも自分も斬られそうな、そんな予感がした。

 余裕の声で彼女はそういうと、フィールドから姿を消す。

 後に残されたのは呆然とするバトーのみであった……。




 一度は敗北したものの、再戦の際には圧倒的な力で『冥界』の妖蟲たちを倒したミオとアビゲイル。

 その二人がそう易々と破れるとは、バトーも、そしてこの場にはいないが彼女たちの実力を目の当たりにしたラビたちも信じられないだろう。

 だが現実は違った。

 たった一人のユニット相手に、ほぼ手も足も出せずに惨敗してしまったのだ。

 ――ことを、この時はまだバトーたちは気づいていなかったが……すぐに現実を知ることとなる。




 敵の名は『ジュウベェ』――使い魔の名はクラウザー。

 全ての使い魔とユニットに対する、恐るべき『殺戮者』の魔の手が迫ろうとしていた。

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