第6.5章13話 Abyssal Region ~Prelude of "Genuine Devil"

「ゆき~、ゆーき~♪」

”……”


 夜ご飯も食べ、お風呂も入り、後は寝るだけというところで、珍妙な歌を歌っているのは……まぁ当然ありすであった。


”……そんなに楽しみ?”

「ん、雪楽しみ」


 見た目インドア型、好きなものもゲームとインドア型のくせに、雪が降るのは楽しみらしい。

 あやめに送り届けられた後、夜ご飯の時にちょっとニュースを見ていて知ったのだけど、どうやら今晩から明日にかけてこの地方で雪が積もるかもしれない、という予報だった。

 日本で言えば関東に当たるこの地域だと積もることは早々ないみたいではあるけど……油断していて大雪になる、という可能性もゼロじゃない。

 今既にちらほらと降り始めているし、このままだと予報通り結構積もるんじゃないかと思える。


”んー……雪ねぇ……”


 ありすは物凄く楽しみにしているんだけど、かくいう私はというとそこまで楽しみでもない。

 というか、ぶっちゃけ嫌だ……。

 これは前世の記憶によるものだけどね。ほら、雪降ったりすると電車よく止まったりしたし……朝起きた時点で雪積もっててもうどうしようもない、ってなったら諦めて会社休んだけど。

 美奈子さんも渋い顔をして、


『タイヤ替えてこようかしら……』


 と呟いていた。

 どれだけ積もるかはわからないけど、下手に少しだけ積もるとかだと車走らせるの怖いもんね。

 パート先は近所なので最悪徒歩でも大丈夫ではあるけど、急な用事で運転しなければならない時もあるかもしれない。用心するに越したことはないだろう。


”ほら、明日学校なんだから。もう寝なさい”

「ん、わかった」


 部屋のカーテンを開けて外の様子を見ていたありすだったけど、私の言葉に素直に頷いてくれる。

 早く寝て、起きたら雪景色になっている……とか想像しているんじゃないかなぁ。微笑ましいけどさ。


「おやすみ、ラビさん」

”うん、おやすみありす”


 部屋の電気を消してさっさと寝てしまおう。

 ……ま、雪が積もろうが積もるまいが、私は普段通りの生活送るだけなんだけどね。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ところどころに毒々しい紫色の煙の吹き出す荒野――かつてラビたちとクラウザーとの決戦の地となった『地獄フィールド』に似た場所にて。


「ふん、こうも揃っているところを見ると――悪い気はせぬな」


 周囲よりも一段高い岩に昇って下を見下ろしながら満足そうに彼女は呟いた。

 黒い軍帽に軍服を身に纏った幼い少女……かつてジュリエッタによってゲームオーバーに追い込まれたはずのユニット・ヒルダである。

 彼女の眼下には、綺麗に整列した『軍勢』の姿があった。

 姿に統一性は全くない。唯一の共通点は、いずれも人間の女性――10代前後の少女の姿をしているということだけだ。

 彼女たちは整列し、姿勢を崩さず――それどころかピクリとも動かず、まるで人形のように並んでいるだけだ。


「くくっ……『マイナーピース』とはいえ、これだけの数が揃えばまぁそれなりの戦力にはなるだろうさ」

「む……?」


 そんなヒルダの後ろから、何の前触れもなく現れる影。

 振り返りその姿を見たヒルダが怪訝そうに眉を顰める。


「なんじゃ、貴様……ようやく『人形遊び』は止める気になったのか。珍しく本体の方で来たのぅ、

「ああ。今回ばかりは少々本気でいかなければならないからな――くくっ、ムスペルヘイムを暴走させたことで、我がパトロン殿にも叱られたことだし、今回は確実に仕留める必要がある」


 ――それは、ドクター・フーによく似ていた。

 ボサボサの手入れされていない長髪に、何物にも興味を持っていないかのような虚ろで疲れ切った目……。

 だが、顔はドクター・フーのものであってもその他の容姿が全く異なっている。

 白衣の代わりに身に纏っているのは、漆黒のコート――のようなもの。その下には、以前のようなセーターにタイトスカートと言ったフェミニンな服ではなく、黒いシャツにパンツといったマニッシュなものだった。

 もし、見るものが見れば、それは(やや芝居がかった、いやより『漫画的』に改変された)聖職者の服、という感想を抱いたであろう。

 ……ただし、『闇の』や『堕ちた』とい形容詞がつくであろうが。

 その名は『エキドナ』――ギリシア神話最大の怪物テュポーンの妻であり、数々の魔獣を生み出した魔神の名である。


「人形ではなく本体で来たということは、本気ということか。ふん、普段から本気を出せばよいものを……」

「まぁあれもあれで必要な『実験』だったからな。残念ながら、『マイナーピース』を君たちのような『メジャーピース』へと昇格させることは出来ない、ということがわかったが」

「ふん……まぁ良かろう。

 それで? 貴様がに来たということは、他の場所には誰を配置しておるのじゃ?」


 ヒルダの問いかけにすぐには答えず、ドクター・フー、いやエキドナは、いつものようにタバコに火を点ける。


「その前にまず状況の再確認だ。

 今回の作戦の目標は覚えているな?」

「馬鹿にしておるのか貴様」


 呆れたように返すヒルダ。


「ワシら『メジャーピース』は、下に控えている『マイナーピース』共とは違う。『記憶』も『経験』も、全て引き継いでおるわ。

 此度の目標……それは『神核』の確保じゃろう」

「ああ、そうだ。全部で九つある神核のうち、ありかがわかっているのは二つ――これはまだにあるが、無理に今確保する必要はない。

 我々が既に確保しているのが二つ。そして行方知れずとなっていたのが五つ……」

「行方知れずとなっていたうち、『ゲーム』で現れたのが二つ。そのうちの一つは――まぁおそらくどこかのプレイヤーに取られたじゃろうな」

「そしてもう一つのムスペルヘイムの神核に関しては、本当に行方がわからないまま……くくっ、まぁこれも他のプレイヤーに取られたと思っておけばいいさ」


 事実、ムスペルヘイムの神核に関してはプラムからラビへと譲渡されている。

 もう一つのグラーズヘイムの神核も、やはりラビが持っている。

 彼女たちの言葉が正しければ、行方知れずだった神核は残り三つ。


「残り三つ……これらの居場所がわかった。故に、ワシら『メジャーピース』を投入し、『ゲーム』に取り込まれる前に始末する――そういう作戦じゃったな」

「ああ。戦力を三方に分散するなど愚の骨頂だとは思うが、パトロン殿が急がれているからな。仕方ないだろう」

「ふん……それで仕方なく貴様が本体の方で出張って来たというわけか。自業自得じゃ、愚か者め。ムスペルヘイムの神核をどうにか確保できておれば、このような無茶な作戦をする必要もなかっただろうに」

「返す言葉もないね」


 そう言って肩を竦めてみせるものの、全く堪えているとは思えない態度のエキドナに、ヒルダは呆れの視線を送る。


「それで? はワシと貴様、それと『マイナーピース』共だけか?」

「そうだ。不服かね?」

「いや。過剰戦力なくらいじゃろ」

「ふふ、だろうね。なにせ、『メジャーピース』のうち最上位に位置する『グランドピース』の一人であるキミがいるのだから……なぁヒルダ」


 おそらくは褒めているのであろうが、ヒルダは不快そうに顔を歪める。


「……メジャーだのグランドだのおだてられても、所詮ワシらはピースにすぎぬわ。

 ふん、ということは、残りの場所にもグランドを配置しておるか」

「そういうことだ。

 『呑み込む大海』ヴァナヘイムにはルールームゥ。それに補佐として数人の『メジャーピース』を付けている……が、まぁルールームゥだけでおそらく事足りるだろうさ」

「むぅ……ルールームゥか。新参者の割には重用しておるようじゃな?」

「ああ。まさかあのレベルのユニットを、こちら側に引き込むことが出来るとは思っていなかった。パトロン殿の回りくどい『罠』は正直疑問ではあったが……ルールームゥを確保できたことだけ見ても、正解だったのだろうな。

 もう一つ、『氷獄の龍皇』ニブルヘイムには……『グランドピース』でも『最強』のを向かわせた」

「!? あやつをか……」


 若干苦々し気に顔を歪めるヒルダ。

 その理由がわかっているのだろう、こちらは愉快そうに笑みを浮かべるエキドナ。


「念のためフブキに同行させてはいるが……」

「まぁ、あやつならフブキに手を出させず、一人で戦おうとするじゃろうなぁ……」

「だろうな。それで負けるとも思えないが、まぁ念のためだ。仮に負けたとしたら――」

「ふっ、少しはこちらの言うことを大人しく聞くようになるかもしれんな。勝ったら勝ったで――」

「若干コントロール不能な面はあるものの、我々にとっては最強の戦力であることは疑いようがない。ま、どっちでもいいさ」


 すぐにいつものように何事にも興味なさそうな表情へと戻るエキドナ。

 実際、言葉通りどちらに転んでも問題ないと思っているのだろう。


「そして、『屍の華』――ヘルヘイムにはワシら、というわけじゃな」

「そういうことだ。

 ……ふむ、どうやら向こうもこちら側に気付いたようだ。向かってくるぞ」

「来るか。では、迎え撃つとしよう」


 荒野の遥か先――地平線の先から迫ってくる『何か』の気配を察知し、迎撃態勢を整え始めるヒルダ。

 彼女が懐から拳大の赤い宝石を取り出す。

 まるで『目』のようなそれは、名もなき島でドクター・フーがヴィヴィアンの動きを封じるために使ったものとよく似ていた。


「【賦活者アクティベーター】――スキル拡張、マス・オーダー《『アビサル・レギオン』:戦闘準備》……さて借り受けた『魔眼』の力、試させてもらおうかのぅ」


 ヒルダの号令オーダーに従い、微動だにせず整列しているだけだったユニットたち――『マイナーピース』が各々の霊装を手に取り、戦闘態勢を整える。


「くく……では私も今回ばかりは本気を出そうか。

 出ろ、『オルタロス』」


 タバコを投げ捨て、エキドナも自らの霊装を呼び出す。

 彼女の横の空間に『黒い穴』が開くと、そこから霊装――いや、一匹の『獣』が姿を見せる。

 全身が黒い毛で覆われた『犬』のように見える。

 しかしそれが普通の犬ではないことは明らかだ。

 爛々と燃え盛るかのような、赤い光を放つ目――眼窩には二つずつの眼球が埋まっており、絶えずギョロギョロと辺りを見回している。

 背中からは小さな翼が生えており、尻尾も爬虫類の尻尾のような形状をしている。

 神話において『エキドナ』が産んだとされる地獄の双頭犬オルトロスの名を冠した魔獣――霊装でありながら生物のような自立した意識を持つ、いわば『生体霊装』。それがエキドナの持つ霊装『オルタロス』である。


「エキドナよ、『マイナーピース』共は使い潰しても構わんのじゃな?」

「ああ。『マイナーピース』の製造方法は確立している。コストも大してかからないし、好きなだけ使い潰してくれて構わない」

「ふ、それを聞いて安心したぞ。

 ……流石に数が揃っているとはいえ、はワシの想像以上じゃ」


 こちらへと迫ってくる巨体を見てヒルダは呟く。




 ――それは、巨大な『列車』のような姿をしていた。

 ただし、形作っているのは金属ではない……白い『骨』だ。

 先頭車両にあたる部分からは、同じく白骨で形作られた、六本の腕を持つ巨人の姿が。他の車両からもところどころからやはり骨で作られたドラゴンの身体らしきものが生えている。

 線路もなく地面を走り回る巨大白骨列車――大地に住まう物全てを蹂躙し、死へと誘う狂気の神獣……それが『ヘルヘイム』である。


「それでははじめよう。哀れな異世界の神に死の安息を――そして、我らがパトロン、『マサクル』のために神核を捧げるがいい」




*  *  *  *  *




 翌朝……。


「……全然積もってない……」

”だねぇ”


 よっぽど楽しみだったのだろう、いつもよりも早起きしてきたありすは、おはようの挨拶をすると共に即外を確認。

 そして落胆する。

 うーん、予報では夜の間はずっと降り続けるって言ってたから覚悟してたんだけど、ありすの言う通り全然積もってないや。

 子供的には残念極まりない結果だけど、大人はほっとしていることだろう。

 がっくりとしているありす。まぁ気持ちはわかるけどさ。


”ほら。今日も学校だよ。折角早起きしたんだから、ちゃっちゃと準備して行こう”

「んー……」


 今更ながら早起きしたので眠くなってきたのだろう、急速にテンションが下がるありすだったけど今から二度寝しちゃったら流石に遅刻しそうだ。

 ありすを促してさっさと学校へ行く準備を整えさせちゃった方がいいだろう。




 ……うーん、それにしてもちょっとだけ気になるなぁ。

 天気予報が外れるなんて別に珍しくもないけど、今回は少し不自然な感じだったんだよね。

 なにせ、夕方まではというのに、唐突に雪が降り始めるという話になったのだから。

 思い返すのは『嵐の支配者』の時だ。あの時も、急に天気が悪くなり局所的な『嵐』となったのだった。

 ありすは気づいてなかったと思うけど、そのことを思い出した私は念のため警戒して真夜中に一度起きてみたのだ。

 ……日付が変わった頃あたりだ。起きてみたら、もう雪は止んでいたのだった。

 寝る前と起きた直後にクエストを確認してみたけど、それらしきクエストは出ていなかったし……私の考えすぎだったのかな? と今は思うんだけど……。

 まぁ特に何事も起きずに済んだのであれば、それはそれでいいけどさ。


”……ちょっとありす? 私を連れてどこ行く気……?”


 私を抱えたまま、ふらふらと部屋から出て行くありす。

 この子、寝起きはそんなに悪くないはずなんだけど……さてはワクワクしすぎてよく眠れなかったな? 子供か――いや、子供なんだけど。


「ん……おしっこ……」

”トイレは一人で行きなさい!”


 脱出しようかと思ったけど、今ありすは階段を下りている最中だ。下手に暴れると危ない。

 ……まさかそれ計算して階段降りてる最中に目的地言ったのか……? ほんとに寝ぼけてるのか……?

 まぁ階段降りきったら逃げればいいか……。




 そんなこんなで、そろそろお正月休み気分も抜け、私たちは今まで通りの生活へと戻っていく。

 今年は『ゲーム』の方も新しい進展が起きないかなぁ――私たちの方からアクション取れることが少ないので状況に流されっぱなしってのは怖いけど、このまま訳の分からないまま停滞し続けられるのも困る。

 ……ま、その時はその時だ。

 こっちの世界での暮らしにも慣れてきたし、ありすたちが平和に過ごせるんであればそれが一番だしね。




----------あとがき----------


 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 本作『アリスの流儀』は全12章を予定しており、は全12章を予定しており、ここまでで半分が終わったことになります。

 ここから先は後半戦です。諸々の謎やら因縁やらの解決編となります。


 次回第7章は、1週間ほどあけてからの更新となります。

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