第6.5章12話 鷲と鷹、それと金と蘭(後編)
センター試験後の集まりだし、てっきり試験の振り返りでもするのかと思ったらそうでもないらしい。
四人ともまったりとお茶を飲んで適当に喋っているだけだ。
確かセンター試験って翌日の新聞に解答が載ってるんだっけ。それを使っての自己採点は、明日学校で皆で集まってやるつもりらしく、今日はもう試験のことを忘れてのんびりしたいようだ。
”そういえばさ、皆って同じクラスなんだよね”
試験のことを忘れたいので適当に話振ってくれ、とキム君に雑な投げ方をされてしまった私である。
皆で話したいことあるんじゃないの? とも思ったんだけど、どうせしばらくはまだ学校で顔を合わせるんだし、特別今話したいことがあるわけじゃないとのことだ。
ならば、と遠慮なく私は気になっていることを聞いてみる。
「そうだよー。一年の時から皆同じクラス」
「っていうか、俺らのクラスだけはクラス替えないからな」
”へぇ?”
それは珍しい。学校にもよるだろうけど、高校でも一年か二年でクラス替えはあると思うんだけど。
……いや、もしかして学年に一つしかない特別クラスとかならないかもしれない。
「……ラビ様には話したことなかったですね。私としたことがうっかりとしておりました」
”え、あ、はい”
私らしくうっかりしてました、の間違いじゃないのか、とは突っ込むまい……。
”あやめの高校の話って、聞いたことなかったもんね”
「そうですね。いい機会なので説明いたしましょう。
私たちが通うのは『国立七燿士官学校』と言います」
”……士官学校!?”
え、それって、日本で言うと防衛大学みたいな感じ? それの高校版ってところかな……日本にそういうのがあったのかは私は知らないけど。
ということは、実は卒業したら軍に入る、とかなんだろうか?
「ま、士官学校とは言っても、ぶっちゃけちょっと変わったカリキュラムもある高校って感じだけどなー」
「そうだね。卒業後の進路も普通の高校と変わりないよ。士官大学の付属ってわけでもないから、もしその道に進みたいんだったら普通に試験を受ける必要あるし……」
「大学に進まずに軍に入るにしても、やはり特に優遇されたりといったことはありません」
ふむ。何か聞けば聞くほど普通の高校と変わりないように思える。
キム君の言う『ちょっと変わったカリキュラム』ってのが何なのかは気になるけど……まぁ多分武道とかの割合が他の学校より多めってところじゃないかな。
”ふーん。あやめはともかく、カノンちゃんたちはセンター試験受けてたってことは、普通に受験するんだ”
エスカレーター式の学校ではないので当然と言えば当然か。
それに、卒業してすぐに就職するというわけでもないんだろう。
「まーな。つか、タカ子さんはもう決まってるし、楽でいいよなー。俺も早く免許取りにいきてーわ」
「キム君、受験全部終わったら取りに行くの?」
「ああ。流石に車買うのはどうすっかなーって感じだけどさ」
あやめみたいに推薦で早々に進路が決まれば、余った時間で免許取りに行くことは容易い。
でも、これから受験本番に入る子はそうはいかないだろう。
私の記憶でも、やっぱり受験が終わる三月頃に免許を取りに行く子が多かった覚えがある――もっとも、皆考えることは同じなのでその時期って凄く混んでたと思うけど。
ちなみに私は大学卒業直前に免許を取りに行った。親にはもっと早く取りに行けば良かったのにとぶちぶち言われてたけどさ……。
「話を戻しますと、私たちが所属しているのは『Sクラス』というちょっと特殊なクラスなのです」
”『Sクラス』……”
SpecialのSかな……?
察するに、普通は『A』『B』……という感じのクラスなのだろう。1組2組がアルファベットになっているだけだ。
”じゃあ、皆結構成績優秀なんだ? ……え、あやめも?”
思わず口に出してしまった。
あやめって、雰囲気だけはクールで知的な女性って感じなんだけど……実態が、ね……。
私の言葉に苦笑いを浮かべるカノンちゃん。キム君は『うははっ』と爆笑しており、あやめは憮然とした表情でキム君を見る。
「うーん……実は私たちも、『Sクラス』って何なのか未だによくわかってないんだよねー……」
「俺たちが入学した年に初めて作られたクラスらしいぜ。んー、でも確かによくわからんよな……クラスのメンツも、何を基準にして集められたかよくわからねーし……」
詳しく話を聞いてみると、あやめたちの『Sクラス』は総勢14名。男子9名、女子5名で、他のクラスの半分以下の人数しかいない。そこらへんは、まぁ特別クラスという意味では理解できないことはない。
ただ、クラスのメンバーがどうして『Sクラス』に選ばれたのかがさっぱりわからないということだった。
学業の成績はバラバラ――ただ平均点自体は高めらしいけど――運動能力とかもバラバラ、芸術方面にしても得意な人もいれば不得意な人もいると、これまたやっぱりバラバラ。
”……聞けば聞くほど、謎のクラスだね……”
「うーん、でも三年間一緒のクラスだったし、皆の結束は強いよね」
「そうですね。……体育祭にしろ文化祭にしろ、数の上では不利でしたが」
「そのおかげで、まぁ協力しあって仲良くなった、ってのは……あるっちゃあるな」
ふむ……それだけが目的とは思えないけど、全くの効果なしというわけではないみたいだ。
他にも修学旅行でも色々とあったりと、なかなか充実した学生生活を送っていたのがわかる。
……流石に他所の学校から乗り込んできたヤンキーたち(いつの時代だよ……)を壊滅させた、だとか修学旅行先で巻き込まれた『怪物』事件を解決しただとかは話半分に聞いておこう……。
「そーいや、卒業旅行どうすんだ? タカ子さん幹事だろ?」
「あ、はい。全員の受験の日程が出揃ったら日付を確定しようと思っています。
まだ確定していないのは……男子は教授とミッチェル君、それとソーマもですね。女子はダイゴ、後は――」
と、チラリと視線を蘭子ちゃんの方へと向ける。
あやめの視線を受け、ますますおどおどびくびくとし委縮してしまう蘭子ちゃん。
……うーん、この二人、仲良くないのかな……。
「あ、あの、ご、ごめん……ね? 鷹月さん……」
「……いえ。まだ猶予はありますし、
……?
「『いつ』ってのも重要だけどさ、『どこ』にするかってのも重要だよな! 温泉? スキー?」
「……温泉なら、桃園の施設が使えますが」
「それって二年の時の夏合宿で行ったとこじゃねーか。超近所じゃん!」
微妙な空気を察したのか、キム君が殊更明るい声で話題を変えようとする。
「まぁまぁ。場所も皆の要望聞いてからね」
「そうですね。来週にでも皆にアンケートをしてましょう」
あやめもカノンちゃんもキム君の意図はわかっているのだろう。
……蘭子ちゃんだけがやっぱり相変わらず委縮しっぱなしなのが気になるけど……。
その後も和やかに――蘭子ちゃんの様子は気になるけど、声かけづらい……――お茶をしていたのだけど、ふとちらちらと蘭子ちゃんの視線が私に向いているのに気が付いた。
ちなみに私はずっとカノンちゃんに抱かれたままだ。
「………………霰三崎さん」
「!? は、はいっ!?」
あやめも蘭子ちゃんの視線に気が付いていたのだろう。
はぁっ、とため息をつきつつついに切り出した。
「やりたいことや言いたいことがあるなら、はっきりと口に出してください」
おおう、直球だ。
んー、でも嫌っているというよりは叱っているって感じだな……いや、まぁ同級生に対して叱るって何だよって感じではあるんだけど。
「う、うぅ……」
委縮……ではないけど、顔を赤くして蘭子ちゃんは俯いてしまう。
が、今度はキム君もカノンちゃんも口を出さずに蘭子ちゃんが口を開くのを待っている。
やがて――たっぷり数分は経っただろうか――意を決したかのように蘭子ちゃんが顔を上げ、私のことを真っすぐに見て言った。
「あ、あ、あたしにも……抱かせて、くださぃ……」
お、おう……。
「ふふっ、はい、ランちゃん」
”えー……”
私の意志は?
別にいいけど……。
「……うわぁ……ふかふか……もふもふ……」
カノンちゃんから渡された私を抱いて、うっとりと呟いている……。
悪い気はしないけどさ……。
「ふふ……
”……まぁ、満足してくれて何よりだよ……”
悪い気はしないけど、ぬいぐるみ扱いされるのは……まぁ乱暴にされなければいいけど。
「ふぅ……あなたの事情は知っていますが、言いたいことも言わないのはストレス溜まりすぎますよ」
「そうだよー。少なくとも、私たち『Sクラス』のメンバーには遠慮しないで欲しいな」
「ふ、ふふ……大丈夫……」
私を撫で繰りまわしつつ、にやっと笑顔を浮かべて蘭子ちゃんは言った。
「す、ストレス解消……ちゃんと、してるから……」
……なぜかその言葉を聞いてキム君が苦笑いしているけど、一体何でだろうか……?
* * * * *
大体二時間くらいだろうか。
明日も学校があることだし、ということで本日の集まりは解散となった。
あやめが車でそのままカノンちゃんたちを送っていくことになる――私は徒歩でそのまま帰ろうとしたんだけど、逃げることは叶わなかった……。
最初にキム君と蘭子ちゃんが降りた。
二人の家はそれほど距離が離れているわけではなく、キム君が最後まで送っていくと言うので任せることに。
……あの二人、付き合ってるとかそういう関係ではなさそうなんだけど……うーん……?
蘭子ちゃんは最後まで表情は暗いままだったけど、大丈夫だろうか。
「……ランちゃん、上手くいくといいね」
「そうですね。カノンも上手くいくといいですね」
「う、そ、そうなんだよね……」
ああ、受験の話か。
「大学受験の結果が、彼女の思う通りになれば――状況は少しは好転するとは思います」
「だね。んー、でもランちゃんの成績ならなんとかなるんじゃないかな」
どうやら成績そのものは悪くはないらしい。
となると……心配する原因は他にあるということか。それが何なのかまではプライベートなことなんだろうし、流石にこの場で私が聞けないや。
その後、結構な距離――あやめの不安定な運転が主たる原因だけどさ――走って、ようやくカノンちゃんの家の近くまで着いた。
地理的には桃園台および尚武台の北東側……『
「ありがとうね、あやめちゃん。また明日!」
「はい。また明日、カノン」
最後に私にほおずりをしてから、カノンちゃんも車から降りて家へと歩いて行った。
ふーむ、今後会うことがあるかどうかは微妙だけど、ほわほわっとしてて可愛らしい子だったし、抱きしめられて悪い気はしない。
「それでは、遅くなって申し訳ありませんがラビ様をお送りいたします」
”……うん……”
もはや逃れられぬ運命なのだろう。
私は諦めの境地だ。
……心を無にして、家に辿り着くのを待とう。
……って思ってたんだけど、
「……カノン、どう思いましたか?」
”え? カノンちゃん?”
運転しながらあやめが私に尋ねて来る。
今日会ったメンバーの中で、私にも一応関係ある人間と言えば蘭子ちゃんなんだけど、そっちじゃなくてカノンちゃんの方?
”うーん、可愛らしくていい子だと思うよ。まぁ最初に見た時はびっくりしたけどね”
どう見ても小学生だったし。
でも話してて、年齢相応――いやそれ以上にしっかりした子だというのもわかった。
喫茶店で雑談していた時にちらっと聞いたけど、なんでも士官学校の前生徒会長を務めていたのだとか。
そりゃしっかりしてるよなぁ、と思ったものだ。
「ラビ様の目から見て、不自然なところはなかったですか?」
”不自然? ……いや、特には……”
思い返してみるけど、特に気になる点はなかったように思う。
強いて言うなら、あのメンバー中ではまとめ役というか突っ込み役をしている感じなんだけど、私を抱きしめる時とか、仕草の一つ一つがどことなく見た目通りの子供っぽさが見え隠れしていたことくらいかな?
……まぁ、見た目の可愛らしさもあり、私としては微笑ましいと思ってたくらいなんだけど。
「……そうですか。ラビ様からも特に気になる点がないというのであれば、結構です。良かった……」
ほっとするあやめ。
ふむん? 何か気がかりなことでもあったのだろうか?
それを尋ねてみると、
「いえ、今日――というわけではありません。
その……去年の一時期、思い悩んでいるような気配だったので気になって……」
”受験が近づいててナーバスになってた、とか?”
「そうなのかもしれません。ただ、年末辺りで急に以前のような元気を取り戻したのが気になっていまして……」
”年末辺り……っていうと、クリスマスあたりとか?”
「あ、はい。そうですね……クリスマスの前、二学期が終わるよりも前くらいですね」
…………それって……もしかして、クリスマス前に彼氏が出来たとかそういうことなんじゃないかな……。
いや、でも受験生だしなぁ。短い時間会話しただけだけど、そんな時期に彼氏出来て浮かれるっていうキャラには思えなかったし……。
「……ラビ様の仰る通り、受験で少しナーバスになっていただけかもしれないですね。元気であれば、それで良しとしましょう」
半ば自分に言い聞かせるようにあやめはそう締めた。
ともあれ、彼女たちはまだセンター試験が終わっただけだ。受験本番はこれからなのだから、悔いの残らないように頑張って欲しい。
”まー、どっちかというと、私は蘭子ちゃんの方が心配だけどね”
これは本音だ。
霰三崎には正直いい感情は持っていないんだけど、だからと言って蘭子ちゃん個人についてどうこうは今のところ思っていない。
多分だけど、この間彼女には助けてもらったしね……。
「霰三崎さんですか……まぁ彼女は心配しないでも大丈夫でしょう」
と、私の心配とは反対にあやめは特に気にもしていないようだ。
うーん、ちょっと彼女に対して当たりが強い気がするけど……。
「ラビ様、霰三崎さん――蘭子は、ああ見えて結構図太くて強かですよ。子供の頃とは確かに大分印象は異なっていますが……彼女の家庭の問題は、おそらく彼女にとっては大した障害となりえないでしょう」
”ふむ……?”
そっか。再婚前から親戚づきあいはあったわけだし、蘭子ちゃんの昔をあやめは知っているわけだ。
まぁ家庭の問題に首突っ込むことは出来ないし――桜家の方にちょっかいかけて来る分には容赦なく撃退できるだろうけど――今のところ心配することしか出来ないか。
それでもあやめは『問題ない』と思っているらしいし……当たりの強さは、霰三崎とは関係なく、当事者間の相性の問題なのかもしれない。
”ま、何にしても皆受験上手く行くといいね”
「ええ。本当に」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ねぇ
あやめの車から降りた後、二人で並んで歩く悠星と蘭子。
蘭子がおどおどとした態度なのは悠星相手でも変わりはないらしい。
「ははっ。まぁ別にバレたって平気っしょ。あいつ、悪いヤツじゃねーだろうし」
「そ、それはあたしもそう思うけど……」
まるで自分がラビのことを『悪人』あるいは『敵』だと思っているような言われように、慌てて蘭子は否定する。
ラビとの付き合いは
「なぁ、蘭子。今更だけどよー……一つ聞いていいか?」
「なに?」
歩きながら、悠星が真面目な声音で尋ねる。
「そのさ……何で俺だったんだ?」
「なんで、って……」
「ほら、女子連中の方がさ、色々と話やすいじゃん? まぁタカ子さんはあのクソ親父のこととか色々あるから話づれーかもしんねーけどさ……。ファル子さんやダイゴ、それにマリ姐なら……」
悠星が名を挙げた『ダイゴ』『マリ姐』はどちらも二人のクラスの女子である。
少し考えるそぶりを見せた後、蘭子は答える。
「……全員が全員、ユニットになれるってわけじゃないからね……。
だから、別に悠星君だからユニットにしたってわけじゃないよ?」
「…………マジか」
「ふふっ、自分が『特別』だから真っ先にユニットに選んでもらった、って思った?」
おどおどした暗い表情から一転、悪戯っぽい笑みを浮かべ、長身の悠星を下からのぞき込む。
「うっ、こいつ……!! そういうこと言ってからかうんなら、もう勉強教えてやらねーからな! おめー一人で受験なんとかしろよな!」
「うふふっ、ウソウソ。悠星君だから、あたしはユニットにしたんだよ? 本当だよ?」
「だ、騙されねーからなコンチクショー! もうゼッテー助けてやんねー!」
「えー? いいじゃない、親友なんでしょ、あたしたち?」
「……親友じゃなくて、
「……何か違うの?」
「微妙に意味が違うんだが……いや、説明めんどくせーからいいや」
などと、軽くじゃれ合いながら二人は歩いている。
――家路を急ぐ、ではない。むしろ、家に帰りたくないが故か、その足取りは非常にゆっくりとしている。
「……悠星君。さっきの話だけど……」
「ん? ……ああ、なんでクラスの女子を選ばなかったかってやつか?」
「うん、そう」
もうじき蘭子の家に着くところで、今度は蘭子の方が真面目な声で悠星へと語り掛ける。
「あのね……悠星君をユニットにした後にね、
「そうなのか? ……あのウリ坊、俺には何にも言ってねーぞ……」
「ごめんね。入れるかどうかはその時は未定だったから、伝えなくてもいいってあたしが言ったの」
「……そっか。まぁそれはいいや。んで?」
「うん……」
少し言い淀んだ後、蘭子は告げた。
「その……ダイゴちゃんとマリ姐さんはユニットにはなれない子だったんだけど……鷹月さんと
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