第6.5章11話 鷲と鷹、それと金と蘭(中編)
* * * * *
私が『
そもそも、七燿
まず前提として、七燿の各家は別に親戚というわけではない。現に、黒堂に属する家――美奈子さんの妹である
同じ桃園に属する家でも、普段から付き合いのあるところでなければ、そして血筋的に近くなければわざわざ来たりはしないみたいだった。年賀状のやりとりくらいはしていたみたいだけど。
そういう事情もあり、同じ七燿族だとしても本来ならば桜家と霰三崎家は『親戚』というわけではないのだ。
でも、霰三崎に関しては少し事情が異なる。
確かに黄空に属する家ではあるんだけど、霰三崎の家長の奥さんが桃園の親戚筋なのだ。
……ちょっと複雑な事情を(なぜか)私も聞かされてはいる。
どうやら霰三崎氏とその奥さんは再婚なんだそうだ。互いに一人ずつ子供がいての再婚だったらしい――それが5年程前のことだとか。
で、その連れ子のうちの男の方……こっちが元からの霰三崎となる。
問題なのが元からの霰三崎側で、旦那さんの方もあまり評判がよろしくなく、また息子の方も同様に評判は良くない……いや、はっきり言って最悪に近い。
確証はないらしいけど、奥さんとの再婚も裏で色々と手をまわして結構強引に進めていたそうだ。桜家としても、比較的近い親戚だった奥さんを色々と手助けはしていたみたいだけど、流石に法律に反するわけにはいかない。法律的には何の問題もない再婚なのだから。
……で、霰三崎の厄介なところは再婚してからより明らかになったのだ。
どうやら旦那さんは自分の息子を桃香と結婚させようと画策している――というのが桜家、および桃園側の親戚の見解である。
それ聞いた瞬間、私は怒るより先に呆れてしまったものだ……すぐに怒り爆発したけど。
霰三崎の長男は今20歳過ぎ……ぶっちゃけ、桃香の倍以上の年齢である。確か桃香のお兄さんよりも年上だったはず。
再婚当初はまだそこまで警戒されておらず、その問題の長男と桃香も接触していたみたいだが……すぐに引きはがされることとなった。
『……あの方、その……ちょっと、いえかなり…………ぶっちゃけ、キモイですわ』
と、桃香は語ってた。桃香がそういうくらいなのだから、相当なのだろう。
実際、桃香もあやめも、そして海斗君でさえ彼のことを口にするとき、『ガマガエル』と呼んでたくらいだ。見た目も結構アレらしい。
まぁ見た目で人を判断してはいけないとは思うけど、彼の場合は中身も酷いみたいだ。
……はっきりと言おう。このお正月、桃香が避難していたのは彼のせいである。
下手に桃香に近づけてしまうのは身体的な意味で危険だ、と皆判断したのだ――桃香はまだその意味まではあんまりよくわかってないみたいだけど、知るのはそう遠い未来ではないだろう。
過去の話だしどうしようもないけど、桃香の男嫌いの元凶だと言える。
で、霰三崎の旦那さんは桃香だけではなく、お兄さん――
私も聞いた時は自分の知り合いとかを桃也君に宛がおうとしているのかなと思ってたけど……。
どうやら、あやめのクラスメートでもある『ランちゃん』こと霰三崎さんを桃也君と結婚させようとしているっぽい。
察するに、ランちゃんが奥さんの方の連れ子なんだろう。
同じ桃園の、更に親戚同士っていうのは……まぁ悪くはないんじゃないかと思うけど、だからと言って別に好き合っているわけでもないのに結婚話なんて出されたら不快になるのも当然だ。
ましてや霰三崎の目的は非常にわかりやすい。明らかに下心があって桜家に食い込もうとしている。
そしておそらくは桃也君よりも桃香の方を狙っている……。
胸糞悪い話だ。
……とはいえ、『ランちゃん』本人が悪いわけではない。
これもお正月に聞いた話だけれど、どうやら旦那さんにとって『ランちゃん』や奥さんは言葉は悪いけど桃園に食い込むための『道具』として扱われているみたいだ。
はっきりと虐待されているという証拠はないが、そういうのは見て取れるらしい。これも助けたくとも、いくら桜家であろうが他所の家庭に踏み込むことも出来ず、また役所とかもなかなか動きづらくどうにもならない状況だとか。
ますます胸糞悪くなってくる話である。
* * * * *
さて、あやめたち一行は車で試験会場から移動。
場所は七燿桃園の領域の近く――神道沿いにある喫茶店だ。
桃香の家からも近い。徒歩で余裕で行ける距離にある。
実は冬休みの間に桜家にお世話になっていた時、あやめに連れられてここでお茶したこともあるんだよね。
「店長、奥は空いてますか?」
「……おお、鷹月さんか。うん、今なら空いてるよ。いつものでいいかい?」
「はい。四人分お願いいたします」
去年、夏休みの終わりまであやめはこのお店でバイトをしていたそうだ。
バイトを辞めた後も友達とちょくちょく顔を出していて、よほどの無理でもない限りはある程度融通も利かせてもらえる。
ちなみにだけど、あやめと桃香とこのお店に来た時、私の話声を聞かれてしまっていて、店長は私が言葉を喋れるということも知っている――まぁ彼はユニットではないし滅多に会うわけでもないので仕方ないか……と自分に言い聞かせている。
あやめ(と抱かれた私)を先頭に、一同は喫茶店奥のスペースへ。
完全な個室というわけではないけど、他のスペースと違って天井近くまである仕切りに囲まれた席である。
なんでも、元々は喫煙席として使われていた名残らしい。
……むぅ、こっちの世界でも喫茶店ですら全席禁煙になろうとしているのか……いや、まぁ私はタバコ吸わないのでどうでもいいっちゃどうでもいいけど。
「はー……ようやく一息つけるねぇ」
席に着くなり人数分の水を用意|(セルフサービスなのだ)し、へにゃっと笑うあやめの友人――『カノン』って呼ばれてたっけ。
ボックス状の席に、あやめ(と私)・カノンちゃん、向かい側に『ランちゃん』『キム』がそれぞれ座っている。
「ははっ、タカ子さん相変わらず運転下手だよなー」
「…………め、免許持ってない人に言われたくありません」
キム君の揶揄いにあやめは反論するものの、免許持ってなくても運転下手かどうかなんてわかるってーの。
「ね、ねぇねぇあやめちゃん!」
「? どうしました、カノン?」
「そ……そのぉ……その子、抱かせてもらってもいーい?」
……来ると思ったよ……。
車に乗っている時、彼女が助手席に座っていたんだけど、あやめの替わりに私をぎゅっと抱きしめて離さなかったんだよね……。
お店に着いて車から降りる時、ものすごい切なそうな顔で見てきたし……。
「…………どうぞ」
車の時と違って断ることも出来るが、私の判断も仰ぐことが出来ない。
少し悩んだ後、どうせもう車の中で一回抱かせているのだ、二回も三回も同じだろうと判断したのだろう、私をカノンちゃんへと渡す。
いや、別にいいけどさ……。
「えへへ、やった」
可愛らしく微笑み、私を抱きしめるカノンちゃん。
むぅ、どう見ても桃香たちとほぼ同年代の子供にしか見えないんだけど、服の下に隠れた胸は年齢相応のボリュームがあるな……やはりあやめと同い年なのか……。
「キミのお名前は、なんていうのかな~?」
くっ、ぬいぐるみのフリしているので答えられない……。
「ラビさ……ラビです」
「ラビちゃんか~。私は、
と、私の耳をぴこぴこと動かしつつ裏声で私のセリフを代弁するカノンちゃん。かわいい。
……それにしても、最初に会った時からちょっと気になってたんだけど、この子どこかで会ったことがあるような気がするんだよね……うーん、でも思い出せないや。気のせいかな?
「!? ちょ、キム!?」
「キム君!?」
「
女子三人が何かに気付いて声を上げると同時に、
”うなっ!?”
私のお尻に衝撃が走る。
……いや、別にそんな痛いわけじゃないけど……。
結構な力で私のお尻をキム君が揉んだのだ――わざわざ机から身を乗り出してまで。
「え、喋った?」
……あ、しまった。お尻揉まれたショックで声出しちゃった。
「なんだよ、やっぱり喋れるんじゃねーか」
「……キム……あなたって人は……」
呆れかえるあやめだったけど、もう遅いか……。
”そ、その……今更だけど、驚かないでね……?”
ガチで今更だけどさ。
「すごーい! この子、可愛いだけじゃなくて賢いんだねー」
ほわほわっとした笑顔でカノンちゃんは私がしゃべるという事実を受け入れている。
あ、やっぱり『ちょっと賢い』程度の認識になるんだ。この辺りは桃香パパたちと同じなんだな……。ていうか、『ゲーム』の影響すごいな。
”ごめんね、驚かせちゃうかと思ってさ……”
あやめもどう誤魔化せばいいかわからずオロオロとしているだけだったので、仕方なく私は堂々としゃべって誤魔化すことにする。
「さっきも言ったけど、私は鷲崎花音。よろしくね、ラビちゃん」
”う、うん……よろしく、カノンちゃん”
「ほらー、キム君たちも自己紹介してあげなよー」
そう言って向かい側の席の二人を促す。
あやめにほっぺを抓られたキム君は、痛そうに擦りつつも笑みを浮かべている。
「ははっ、悪かったな、ラビ。
んじゃ折角だし……俺は
ああ、やっぱりそういうことか。私の学生時代も、同じ綽名の子がいたなぁ。
それはともかく。
”……んもー、いきなり人のお尻触っちゃダメでしょ! 相手が私だったからいいものの……痴漢だよ、痴漢!”
「悪かったって。いやー、そのまんまじゃちょっと居づらいかなーと思ってさ」
悪かったと口にしつつもあんまりそうは思っていなさそうだ。
……まさかとは思うけど、この子、私が喋れるってことに気付いてた? いや、
そう思って悪いとは思いつつ――今更だけどスカウターを使ってちらっと見てみると、キム君とランちゃんは既に誰かのユニットになっていた。カノンちゃんはユニットとしては選べないみたいだ。
……うわぁ、心当たりあるぅ……。
「…………あ、もり――じゃなくて、霰三崎……蘭子、です……」
”あ、うん。よろしくね、蘭子ちゃん”
どこかおどおどとしている様子の蘭子ちゃん。一旦言い直したのは、再婚前の方の苗字を名乗ろうとしてしまったのだろう――霰三崎になってから五年経つのにまだ言い間違えそうになるってことから、色々と察せられるものがあるけど……まぁそれは私が迂闊に触れていいものではないだろう。人によるかもしれないしね。
ひょっとしなくても、一番この場で居心地の悪い思いをしてるのって彼女なんじゃ……?
「失礼します。ブレンドコーヒーお待たせいたしました」
おっと、店員さんが来た。
『いつもの』で通じるあたり、もはや彼女たちは常連と言っても過言ではあるまい。
最安値のブレンドコーヒー四杯だ。
「……すみません、もう一つコーヒーを追加でお願いいたします」
「かしこまりました」
私が喋れることが全員にバレてしまったので、追加で更に私の分を注文してくれる。
別に水だけでも全然構わないんだけど……まぁいいか。
「……はぁ……いい……」
去っていった店員さんを見て、うっとりとしたようにキム君が呟く。キモい。
ちなみに、このお店は普通の喫茶店ではあるんだけど、制服がいわゆる『メイド服』っぽい感じなのだ。ミニスカートでコスプレ風っぽい感じじゃなく、ヴィヴィアンが着ているみたいなシックな、正に『給仕服』って感じのメイド服である。
そんなキム君の様子を白い目で見る女子三人。
気づいているのかいないのか――何となく気付いていながらスルーしているような気はする――キム君は続ける。
「タカ子さんもアレ着てたんだよなー。
……ふむ、中身はともかく割と似合ってそうだ……」
「やめてください気持ち悪いです」
本当に嫌そうな顔をするあやめ。
でもまぁ、確かにあやめにはああいうの似合いそうだ。
……あやめって桃香のお世話係と言いつつ、料理以外の桜家の家事全般をしているし、メイドって言えないこともないんだよね。ただ、クールで完璧なように見えて不器用だしおっちょこちょいなところもあるんだけど。
「ファル子さんが着ると――ぶふっ」
「あー、ひどーい!」
ファル子?
キム君の言葉にぷんぷん、って感じで可愛らしく怒ってみせるカノンちゃん。
ふーむ? ファル子=カノンちゃんなんだろうけど……なんで『ファル子』?? 名前のどこにも掛かってないと思うんだけど……。
”ファル子?”
「あ……き、気にしないでください、ラビ様!」
私の疑問の声になぜか慌てるタカ子……じゃない、あやめ。
「ははっ、タカ子さんが最初にそう言ったんじゃねーか。な、蘭子?」
「え? うぅ……あ、あたしに振らないで……」
「くっ……!」
愉快そうに笑うキム君に、同意を求められ慌てる蘭子ちゃん。そして悔しそうに顔を真っ赤にするあやめ。
「あはは……えっとね、私たちが学校で初めて同じクラスになった時にね、あやめちゃんが言ったんだよねぇ……」
「『鷲だから……ファルコンですね。かっこいいですね』ってな」
”お、おう……”
非常に残念なことに、鷲は『イーグル』だ。『ファルコン』は隼だね。ちなみに鷹は『ホーク』――更にちなみに言うと、これらって実は全部同じ種類の鳥なんだってね。大きさによって呼び分けているだけって聞いたことがある。
それはまぁ置いておいて、あやめの勘違いで『ファルコン』となってしまったカノンちゃん。それをそのまま(きっとあやめを揶揄うつもりで)綽名にしたのが『ファル子』かー。
”あやめ……君ってやつは……”
「そ、そんな目で見ないでください……」
可哀想なものを見る目でつい見てしまった。
むぅ、なんかどんどんあやめの化けの皮が剥がれていくなぁ……。
「まぁあやめちゃんの勘違いはともかく、私は……ほら、名前的にあんまり綽名で呼ばれることなかったから、結構嬉しいんだけどな」
「だよなー。ファル子さんが他の綽名で呼ばれるのって聞いたことないな」
あるとしたら……苗字からとって『わっしー』とか、名前から『かのちゃん』とか?
……あやめの場合だと、『タカさん』とかか……びみょーだ。色々と。ああ、だから『ファル子さん』に合わせて『タカ子さん』なのか。
「…………」
そんなきゃっきゃとやり取りしているあやめたちの横で、一人おどおどとした態度で距離を取っている蘭子ちゃん。
……むぅ、この子たち、クラスメートなのはわかってるけど……何というか、どういう関係なのかよくわからないなぁ……。
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