第6.5章10話 鷲と鷹、それと金と蘭(前編)
翌日――日曜日。
今日は千夏君は午前中部活、午後から友達と約束があるというのでクエストには不参加。
ありすも午後は美鈴と久しぶりの『デート』ということで出かけるし、桃香も他のクラスメートと会う約束があるという。
珍しく……ってわけでもないけど、全員が揃って何かしらの用事があるため、『ゲーム』のことは忘れて一日のんびりしようという日である。
美奈子さんもパートがあるというので出かけてるし、じゃあ一日のんびり家でネットやったりしてようかなーなんて思っていた私だけど、なぜか今あやめと共に大学のキャンパスにいる。
”…………ねぇあやめ。私がここに連れてこられる理由、あった?”
「これは異なことを」
おほほ、とわざとらしく笑うあやめ。
ちなみに今私はあやめにぬいぐるみのように抱かれている状態だ。
私が午後丸々予定が空いているということを聞きつけたあやめによって、半ば拉致されてここに来たのだが……。いや、それは言いすぎか。一応出かける前のありすに声はかけていったし。
”そもそもさ、なんで大学?”
私たちがいるのは、さっきも言った通り大学のキャンパスである。
桃園台から駅とは逆方向――
春からあやめも大学生になるわけだが、通うのはこの大学ではない。
「…………その、一人だと緊張してしまいまして……」
”……はぁ?”
あやめと緊張するという言葉が今一つ結びつかない。
いつも涼しい顔でいるし、失敗したところでやっぱり涼しい顔をしているイメージしかない――『冥界』の時くらいか、取り乱したのを見たのは。二度と見たくないけどさ……。
……ん? そうか、ひょっとして――
”もしかして、今日ってセンター試験の二日目かな?”
一月の第二週の土日……ってことは、日本だったらセンター試験やってる日だな、確か。
こっちの世界もほぼ日本と同様だし、もしかしたらと思って聞いてみたんだけど……。
「はい。知っておられましたか」
”ああ、やっぱり……”
どうやら正解だったみたいだ。
んー、でもあやめは推薦でもう大学決まってるし、センター試験を受ける必要はないはず――実力テストのつもりで受ける人もいるらしいけど。
というか、もう午後をかなりすぎている時刻だ。仮にあやめが受けるにしても、そもそも試験時間に間に合っていない。
”んん? でも何で?”
だから、何であやめがセンター試験会場に今更やって来たのかがさっぱりわからない。
そして何で私が連れてこられたのかも。
「そ、その……私の友達が試験を受けているんです……」
”あー、なるほど……”
あやめ自身はもう大学は決まっているけど、普通に受験する子はこれからが本番だ。
で、センター試験はその最初の本番となる。
あやめの友達は受験をする子なのだろう。そして今日センター試験を受けるということで、あやめは気になって気になって仕方ない。だからここへと来たのだが、一人だと待っている間の緊張に耐えられないので、私を連れ出したということか――あの恐怖のドライブに巻き込んで。
…………え、マジ迷惑なんですけど……。
”…………え、マジ迷惑なんですけど……”
「そ、そんな!? ここまで来たんですから、一緒にいてくださいよ……私たちの仲じゃないですか」
おっと、本音を口に出してしまったか。
おろおろと見たことのない狼狽した表情で訴えかけて来るあやめ。
……んもー、しょうがないなぁ……。
”……まぁ、ここまで来ちゃったし、仕方ないかぁ……あ、でも友達の子とは私は話さないからね?”
「は、はい。ありがとうございます……!」
口にした通り、ここまで来たのだから仕方ない。
あやめを置いて帰っちゃうのも何だし……まぁ別に暇だったし、いいか……と諦めの境地である。
で、待っている間に少し話を聞いてみた。
なんでも、あやめの『親友』が今日この場所でセンター試験を受けているのだとか。
既に大学決まった子がこれから受験本番の子に試験会場で会うなんて冷やかしみたいじゃないかな、と心配していたんだけど……。
「試験が終わった後、お茶でもしようということになっておりまして」
ということらしい。
彼女たちのよく行くたまり場――という名の喫茶店が少し遠いので、あやめの車で送り迎えをする、ということになっているみたいだ。
……試験終わりであやめの運転かぁ……友情に亀裂が走らなければいいけど、なんて割と本気で心配する私であった。
”おや? なんかいっぱい人が出てきたね”
「はい。どうやら試験終了のようですね」
チャイムとかは聞こえなかったけど、私たちが来た頃にはもう終わっていたのかな?
後片づけを終え、試験から解放されたと思われる若者たちが建物内から出てきて帰路につこうとしているのが見えた。
…………表情は様々だ。うん、まぁこれも青春だね。
「……あ、いました! カノン!!」
辺りをきょろきょろと見回して友達を探していたあやめが、やがて目的の人物を発見したのだろう、珍しく大きな声を出してその子を呼ぶ。
そろそろ私は黙っておくとするか。違和感は持たれないとは言っても、ユニットじゃない子――かどうかはわからないけど――とあんまり会話をすべきではないと思うし。
「あやめちゃん!」
向こうもこちらのことを見つけたのだろう、人込みの中からとてとてと一人の可愛らしい……いや、これ……本当にあやめの友達……? っていう感じの小さな女の子が走り出て来る。
何というか、ものすごく……ミニマム……いや、うーん? 幼い感じに見える女の子だ。ぶっちゃけ、ありすたちと大して年が変わらないように見える。
「ちーっす、タカ子さん」
「…………こ、こんにちわ……」
「……やはりあなたたちもいるのですね……」
あやめの元までやって来たのは、見た目小学生な女の子だけではなかった。
結構長身でイケメンなんだけど……髪がまっきんきんで耳に幾つものピアスを付けているチャラ男と、ややうつむき気味でぼさぼさの黒髪でまるで顔を隠しているかのような女性も一緒だった。
察するに、彼らもあやめの知り合いなのだろう――ってか、『タカ子さん』って……あやめの綽名かな?
「ダイゴとか教授たちはいねーけどなー。こっちの会場は俺たちだけだぜ」
「そうですか……まぁ流石にこれ以上の人数は私の車には乗れませんし、仕方ないですね」
『ダイゴ』『教授』……クラスメートなんだろう。これも綽名かな?
うーむ、そういえばあやめの交友関係って今まで聞いたことなかったけど、この場にいる子たちも含めてちょっと気になるな。まぁただの好奇心でしかないけど。
「……ぶふっ!?」
と、チャラ男君があやめ――そしてあやめに抱かれている私を見て、ものすごく変な顔で噴き出す。
……まぁ、真面目な顔して
「……キム」
こちらは表情を一切変えず、チャラ男君――『キム』という綽名らしい――のスネを蹴り上げる。
こらこら……暴力はいかんよ、暴力は……。
「いや、わりーわりー。
「……?」
……ん?
「あやめちゃん、ここで話してるのもなんだし、移動しよ」
「……っと、そうですね。では、キムと――
――『霰三崎』……!?
その名前、悪い意味で聞き覚えある……けど……。
動揺して少し体が動いてしまった。でも、私が動揺する理由もわかっていたのだろう、あやめがぎゅっと強く抱きしめて誤魔化してくれる。
……むぅ、好奇心だけでなく、ちょっと本気であやめの交友関係が気になって来たぞ……?
「あ、あの、あの……あたしも、いいんですか……?」
今までずっと発言しなかった黒髪の子――霰三崎さんが遠慮がちにあやめへと尋ねる。
「――……いえ、無理にとは言いませんが」
ぐえっ、答えると共にあやめの腕がよりきつく私を抱きしめる。
彼女にも思うところがあるのだろう。気持ちはわかる……わかるけど、苦しい……。
霰三崎さんはあやめの言葉に、少し考えた後首を横に振る。
「だ、大丈夫、です……行きます……」
どうやら彼女も一緒に来るらしい。
「それじゃ、いこっか。キム君、ランちゃん」
あやめと霰三崎さんの様子を見守っていた少女がとりまとめ、私たちはあやめの車で移動することとなった。
うーむ……まさかこんなところで『霰三崎』の人間に会うとは思わなかったなぁ……。
一体何のことかと言うと――このお正月、桜家の人間を悩ませた『厄介な親戚』の苗字が霰三崎……正式な名前は、『七燿
流石にこんな珍しい名前、他にそうそうあるわけはないと思う。
あやめの態度からしても……どうもやっぱりあの霰三崎の人間っぽいし……。
むぅ、もしかしてあやめ、霰三崎さんがいることを想定していたかな……? だから、私にも来て欲しかった――事情を知るものの一人として――のではないだろうか。もちろん、友達の試験を一人で待っているのが不安というのもあるんだろうけど……。
ともあれ、私たちは彼女たちのたまり場となっている馴染みの喫茶店へと向かうこととなった――恐怖のドライブで。
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