第6.5章9話 お兄チャンバラ(後編)
「返し技と抜き技……?」
ピンと来ないのだろう、ありすはやっぱり首を傾げる。
横で聞いている私もあんまりピンと来ない。
『返し技』ってのは何となくわかるけど……。
「まず最初に言っておくが、教えはするけど実戦で使おうと狙うなよ? 本当にもうどうしようもない時に、もしかしたら身を守れるかも……くらいのつもりでいろ」
「んー?」
「……ま、やってみりゃわかるか。
よし、ありんこ。俺に面を打ってきてみろ」
「ん、わかった」
千夏君の言う通り、再度剣を構えてありすが真っすぐに面を打とうとする。
初めて教わった時よりも、ずいぶんとしっかりとした打ち込みだ。うーん、本格的に剣道習わせた方がいいんじゃないかな、って気になってくる。
さて、そんなありすの面だったが……。
「あ」
ぽこん、とありすのお腹に当たった千夏君の剣が音を立てる。
「これが『面返し胴』な」
ありすの面に対して千夏君は自分の剣で受け、更にそこから手首を返して胴を薙ぐ。
ふむ、面を返して胴を打つ、だから面返し胴というわけか。
返し技――つまりは『カウンター』かな。
「もう一回面打ってみろ」
「ん!」
……技の説明のためっていうことを忘れてるんじゃないだろうか、この子……。
割と本気で再度面を打つありすだったけど……。
ぽこんと音が鳴ったのは、やっぱりありすのお腹からだった。
「んー!!」
「これが『面抜き胴』……抜き技な」
今度はありすの面に対して自分の剣で受けることはせず、するっと潜り込むようにして胴を薙いでいた。
似てはいるんだけど、返し技と違って相手の攻撃を受けずに『抜ける』――だから抜き技か。
ゲーム風に言うなら……うーん、『回避カウンター』とかかな? 相手の攻撃を回避してカウンターを叩き込むっていう感じ。
「剣道の技だけど、俺も滅多に使わないやつだな。でも覚えておいて損はないだろう?」
うーむ、確かにこれはちょっと使いづらいな……。
狙ってやるのは難しいし、失敗したら逆に自分が打たれるだけで終わってしまう。
剣道の試合でならば当てたとて一本になるかどうかもわからないし、本当にどうしようもない時に一か八かで狙うって感じかなぁ。
「ん……難しそう」
「まぁそりゃな。でも、剣道の他の技よりは『ゲーム』では使いやすいと思うぜ」
それもまたそうなんだよね。
面・小手・胴……どれも実戦で使うには微妙な感じだ。胴ならば、まぁ……って感じではあるけど。
”そういえばさ、『突き』は?”
何かで見た覚えがある。剣道で実際に使える技は『突き』くらいだって、剣道の名人か誰かが言ってたような。
だが千夏君は首を横に振る。
「いえ……確かに『突き』だったら実戦で使えるかもなんすけど、俺使えないんすよ。『突き』って中学生までは禁止されてるんで」
”あ、そうなんだ……”
まぁよく考えるまでもなく『突き』って危険だもんね。
千夏君も自分で使ったことのないものは流石に教えられないか。
「よし、それじゃ説明はここまでにして、後は実際に身体を動かして慣らすぞ。
今度は打たれたからって止めなくていい。俺が『良し』というまで続ける」
「ん、わかった!」
……で、その後しばらくの間打ち合いを続けてたんだけど……。
「良し、ここで一旦ストップ」
「ん……はぁ、はぁ……」
涼しい顔の千夏君に対し、ありすの方は息が上がっている。
”……むぅ、流石に剣同士じゃ分が悪すぎるね……”
「はい。千夏様も大人げない、と言いたいところですが……」
”手を抜いちゃ意味ないしねぇ……”
そこそこの時間打ち合ってはいたものの、ありすの剣が千夏君に当たることはなかった。
さっきまでの三本勝負とは違い、今度は千夏君も面以外を狙うようになってきたし、前後左右に動いて体捌きだけでありすの剣をかわしたり、またさっきありすに教えた返し技抜き技で応戦してくる。
かといってありすが防御に回ろうとしたら、千夏君の方から容赦なく攻め立て、時にはパワーで強引にありすの防御を突破したりもしていた。
「……うーむ。おまえ、ちょっと遠慮してるな?」
「……? なつ兄相手に、手加減なんてできないよ……?」
「ああ、そういうことじゃなくてな。……ふむ、だったら――」
何やら呟き一人納得すると、千夏君がジュリエッタへと変身する。
「メタモル《
ジュリエッタへと変身後、今度はメタモルを使い姿を変える。
身長はありすよりも少し高いくらいに伸ばし、全身をゴツゴツとした鱗の鎧のようなもので包み込む。
見た目は人型のドラゴン、と言った感じの、完全にモンスターっぽい見た目だ。
「これなら、どこを殴ってもジュリエッタ痛くない。だから、ありすはもっと本気でかかってこい」
「……ん!」
――そうか。
当たり前のことだけど、ありすは別に人を殴ることが平気なわけじゃない。
確かにヴィヴィアンの出してくれた剣は当たっても全然痛くないけど、だからと言ってそれで他人に『暴力』を振るうことに無意識にブレーキがかかってしまっていたのだろう。
それを見抜いた千夏君は、ジュリエッタへと変身――更に見た目をモンスターっぽく、だけどユニット戦を想定した人型になったというわけか。
「……ヴィヴィアンも、やる?」
「そうですわね。その見た目でありす様御一人で戦わせるのは、少々酷に思います」
「……出来れば、ヴィヴィアンも桃香に戻ってもらいたいけど……」
そういえばなぜか千夏君はありすには変身させないようにしていたっけ。
何かそこにも意味があるんだとは思うけど……。
「ふむ……剣が消えないか、試してみましょう」
そう言うなりヴィヴィアンも変身を解いてみる。
桃香の姿へと戻ったが……。
「あら? 召喚獣は消えませんのね?」
「ほんとだ」
”ふーん、何でだろうね? あ、魔力自体は残ったままだからなのかな?”
微妙にバグくさい動きだけど、多分そういうことなんじゃないかと思う。まぁこのバグ、利用する場面は皆無だと思うけどさ。
ともあれ、一度召喚してしまえばヴィヴィアンから桃香に戻っても大丈夫、ということで改めて当たっても痛くない剣を三本に増やしてもらう。
「うふふっ♡ 二対一ですが、悪く思わないでくださいね♡」
「ん……一発、絶対入れる……!」
何やら微妙に目的が変わりつつあるような気もするけど、ありすと桃香の士気は高い。
うーん、でもそう簡単にいくかなぁ……?
……で、まぁ私の予想通り、二人掛かりでもジュリエッタには全然敵わなかった。
「ま、魔法使ってないですよね……!?」
「……使ってない……」
ジュリエッタの魔力は、最初のメタモル以降全く減っていない。ライズとかは全く使っていないことは確実だ。
だというのに、二人掛かりでもあっさりとあしらわれている。
ジュリエッタへと変身したことで身体能力は上がっているのを差し引いても、やっぱり技量の差は歴然としている――というよりも身体能力で差が出てしまわないように、むしろジュリエッタは控えめに動いているように思える。
「ほら、ありす。しっかりと『視』る」
「んーっ!?」
ぽこんっ。
「桃香はそんなへっぴり腰のままじゃ、だめ」
「あうっ」
ぽこんっ。
と、まぁさっきからぽこんぽこんと間抜けな音がずっと響いている状態だ。
うーむ。これは本当に近距離戦にかけては、ジュリエッタはほぼ敵なし状態なんじゃないだろうか……魔法を使って何かしらの手を打たない限り、近距離はジュリエッタの独壇場と言えるだろう。
でそんなこんなでチャンバラを繰り返して結構な時間が経つんだけど、次第にありすの剣がジュリエッタに届くようになってきた。
「! んっ!!」
そしてついにありすの振った剣がジュリエッタの右腕に当たり、『ぴこーん』と音を立てる――何で違う音なんだろう……? いや、まぁ違いがわかりやすいけどさ……。
喜ぶ――というか少し驚いた表情のありすだったが、すぐにぽこんと頭を叩かれる。
「あう……わたしの剣、当たったのに……」
「当たったからって油断しない。実戦だったら、今のでありすはやられてる」
ごもっとも……。
腕を多少やられたからといって、体力ゲージが完全に削れるまでは倒したことにならない。ジュリエッタの言う通り反撃でやられてしまうことだろう。
「『残心』――打っただけじゃ、ダメ。打った後こそ、油断しない」
「ん……!」
決して負け惜しみなんかじゃないだろう。これもまた剣道の基本だったはず。
今日ありすたちに教えたことを実戦を通して体験させようとしているのだろう、それだけではなく千夏君の知ってる剣道の基礎も合わせて伝えてくれているみたいだ。
いじわるとかでありすたちを打っているわけではもちろんない。そのことはありすたちもよくわかっているはずだ。
だからだろう、悔しいとかそういう感情ではなく、ありすも桃香も真剣な、だけど楽しそうにジュリエッタへと打ちかかっている。
……まぁだからこそ、『チャンバラ』に見えると言えばそうなんだけどね……。
その後、何度か『ぴこーん』と『ちゃららーん』――これは桃香の剣が当たった音だ――が鳴り響くものの、圧倒的に『ぽこん』が多いまま、対戦時間は終了になろうとしていた。
「よーし。今日はここまで」
変身解除して戻った後、千夏君がそう宣言する。
ありすも桃香もぜぇぜぇと荒い息を吐いてはいるものの、表情はむしろ活き活きとしている。
体力の限界まで遊んだ後みたいだ。
「今日教えたこと、まぁすぐに実践することは難しいだろうし理解もできないかもしれねーけど、とりあえず頭に入れておきゃそれでいい」
「ん、忘れない……相手をまず『視る』こと……」
「あ、あと、返し技と抜き技……ですわね」
「それと、残心……打った後も気を抜かない……」
チャンバラしながら教わったこともしっかりと覚えているみたいだ。
すぐさま劇的な効果を発揮する、なんて都合のいいことはないだろうけれど、覚えておいて損はないだろう。
……この教えをすぐに実践しなければ負ける、なんて相手、出てきてほしくはないし、仮に出てきたとしたら……それはもう勝つのは無理な相手なんじゃないだろうか……あまり悪いことは考えたくないけど。
”そういえばさ、なんでありすたちは変身させなかったの?”
いっこだけ気になってたことを解散前に尋ねてみた。
何か千夏君には考えがあってのことだと思ってたけど。
「あー……それなんすけど、根拠はないんすけど……」
やや言いにくそうに千夏君は理由を話す。
「俺たちの本物の身体とユニットの身体って結構差があるじゃないっすか」
”まぁ、そうだね……”
ありすも桃香も、変身後の方が身長とかも高いし大分身体のバランスが異なる。
千夏君に至っては身体のサイズが大幅に縮む上に、性別さえも異なっているわけだ。
「これは俺が勝手に思ってる持論なんすけど、
だからってだけじゃないっすけど、俺なんかはジュリエッタの時は『剣は使わない』ってようにしてるっす。ジュリエッタの動きで変な癖ついちまうと、本物の身体で剣道やる時におかしなことになるって思って」
”ああ、確かに。一理あるね”
『ゲーム』内での出来事は現実には基本的にはフィードバックされることはない。
だからいくら『ゲーム』の中で筋トレしたって、現実の身体の筋力が増えるなんてこともない。もちろん、怪我やダメージなんかも引きずることはない――例外が『冥界』の時のミオなんだけど、まぁアレは本当に例外中の例外だとは思う。
でも、『ゲーム』の中で色々と身体を動かした結果、その『記憶』だけは消えることはなく残ってしまう。
千夏君が心配しているのは、その『記憶』に引きずられて現実の身体も動かしてしまう、ということなんだろう。
うーん、確かにこれはありえるっちゃありえる。特に千夏君の場合は、ジュリエッタが格闘戦特化型だ。ありすたちに比べて、より身体を動かすことになってしまっている。
「で、今回は色々と剣の基礎――まぁ剣道にすぐ使えるってわけじゃないっすけど――を教えるってことで、あんまり変身後の姿で覚えさせたくなかったんすよね。
俺何度も言ってるっすけど、本気でやる気なら剣道の道場に通えって今も思ってますし、それで道場に通うことになってありんこがアリスの身体の方で覚えた動きに引きずられると、あんまり良くないって思って」
「んー……なつ兄の言うこと、わかるかも」
「そうですわね……ついうっかりヴィヴィアンのつもりで手を伸ばしてしまって届かない、ということありましたし……」
おっと、意外なところで『ゲーム』の弊害を見つけてしまったぞ……?
「でも逆に、基礎とかを本当の身体の方で覚えているなら、ユニットの方になっても意外と何とかなるんすよね。これは俺の実体験っす」
おそらくそれは人間の脳が補正をかけているせいかな。
身体に染みついた癖や技能なので、身体が変わってしまっても脳が補正して釣り合いを取れるようにするとかなんとか。
”なるほどね。千夏君がありすたちのことを考えてくれていたってのはよくわかったよ。
本当に今日はありがとうね”
これは心の底から感謝だ。
かつては敵として戦い、なし崩しのような形で私のユニットとなった千夏君だけども、今は本当の『仲間』だと自信を持って言える。
私だけじゃなく、ありすと桃香、それに千夏君自身だって胸を張って言えるだろう。
「……後は、まぁ……ここで思いっきり暴れておけば、この後よく眠れるかなーって」
”お、お気遣いありがとう……”
現実の肉体が疲労するわけじゃないけど、精神的には大分疲労していることになる。
確かにぐっすり眠れるかもしれないね。
”うん。それじゃ今日のところはこれで解散しようか”
「ん」
「はい♡」
「っす」
流石に今日はもうこれからクエストに行こう、という子はいなかった。
ありすたちは言わずもがな、千夏君も結構疲れたみたいだね。
特に反論もなく、私たちは今日のところは解散――後は現実世界で寝るだけとなった……。
* * * * *
「んー……視るって、難しい……」
”いや、ありす結構視えてるんじゃないの……?”
戻ってきて早々、寝る前にお風呂に入るということでありすに取っ捕まった私である。
くそー、逃げようとしたけど、その前にあっさりと捕まってしまったんだよなぁ……。
千夏君の言う、相手の動き――この場合は私だけど……――をしっかりと見て、私から動いたにも関わらずありすの方が素早く私を捕まえたのだ。
「ん、ラビさんの動きは見逃さない……」
”えー……”
なんかストーカーっぽくて怖いよ、それ。
ともあれ、千夏君の教えによって更にありすが私を捕まえる確率が高まってしまったようだった。
「……ラビさん」
”うん?”
「諦めが肝心」
くそぅ、実際逃げきったのって最初の頃だけだったし、そろそろ諦めるべきかもしれないけど……それをありすが言うか。
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