第6.5章8話 お兄チャンバラ(中編)
三本勝負――と言っていいのかは微妙だけど――が終わり、一旦ありすたちは剣を納めて話し合うことに。
剣はまた後で使うということで
「さぁて……それじゃ、まずは一本目のことからだな。ありんこ、どう思う?」
千夏君の言葉にありすは一本目のことを思い返しながら、ゆっくりと答える。
「ん……んー……わたしが先に打った、はずなのに、なつ兄に負けた……」
だね。
思い返してみると、確かにありすの方が先に動いていたはずなのだ。
だというのに、結果はというと千夏君の剣の方が先にありすへと当たっていた。
「ふむ。何でだと思う? ……あ。ヴィヴィアンとアニキも何か気づいたらどうぞ」
って言われても……多分当事者のありす以上にわかることなんてあんまりないと思うけど。
「なつ兄の方が、パワーもスピードがある……?」
「んー、まぁそれは確かにな」
実は変身前だと、体力――『ゲーム』的な意味での、いわゆる『HP』の方だ――については変身後と変わらないんだけど、その他の身体能力は見た目通りとなっているのだ。何とも歪だとは思うが、これはそういう仕様なのだから私が言っても仕方ない。
だからまぁ当然と言えば当然だけど、変身前の姿でまともに腕力勝負をするとなると、ありすは千夏君には到底敵わない。
ありすの意見は真っ当ではある。
しかしヴィヴィアンは続ける。
「……いえ、ありす様の仰ることはごもっともなのですが、それだけではないとわたくしは推測いたします」
「ん……」
ありすもそれはわかっていたのだろう、否定はしなかった。
「ふふ。じゃあ次は二本目はどうだ?」
解答は出さず、千夏君は二本目へと話題を移す。
これは私にもわかる。
”二本目は、完全にありすがビビッてたせいだね”
「……ビビッてないもん……びっくりしただけだもん……」
可愛らしく頬を膨らませて反論するありすだったけど、説得力ないよ……。
苦笑いしつつもこちらも否定しない千夏君。
「最後、三本目は?」
これにはすぐにはありすも答えられないみたいだ。
横で見ていた私たちにも何が起きたかよくわかっていない――ただ見ただけだと、一本目と同じくありすから打ったのに千夏君に打ち負けた、というようにしか見えなかったけど……。
「……もしかして……わたし、
やや自信なさそうなありすだったが、千夏君はそれが正解だ、と言わんばかりの笑顔を浮かべる。
「そうだ。よくわかったな」
「ん……」
そういえば三本目の時、ありすの表情が『しまった』と言っているように見えたっけ。
確証はなかったんだろうけど、ありすも何となくそう思っていたからこそ今『打たされた』という回答が出来たのだろう。
「じゃあ最初っから説明するな。
まず、今回の剣の修行についてだが、完全にユニット戦を想定している――ってことはいいよな?」
こくりと頷く。
まぁこれは今更言わなくても暗黙の前提ではあった。
『冥界』で遭遇した『
千夏君が想定しているのは、対ユニット戦だ。
「もし、俺と同じ程度の相手と戦った場合――そして何らかの理由で魔法よりも武器を使って戦う必要がある場合、まともにやったらお前は負ける」
「……むー……」
膨れっ面をするけど反論は出来ない。
変身前なのでステータス補正が効いていないとは言え、千夏君には手も足も出なかったのだ。彼の言う通り、千夏君と同等――そこまでいかなくてもある程度剣道なり空手なり武道の心得がある相手と戦ったとしたら、ありすは勝てないだろう……今のままなら。
「まー前提としちゃ微妙なところだけどな。でも、いざという時のことを考えて、剣の基本を知っておくことは悪くない判断だと思う。
……それが、今回お前にもう一回剣を教えてもいいと思った理由だ」
なるほどね。
前にも言っていた通り、千夏君的には真面目にやるつもりなら桃園の道場なりに通ってもらいたいと思っているみたいだ。
でも『ゲーム』での対戦に対応するのであれば、それでは遅すぎる。
ドクター・フーやら、姿を見せないクラウザーやら……一筋縄ではいかない強敵の存在は既に明らかになっているのだ。
それらに対抗するためにありすが強くなるためには、彼の信念を少し曲げてでも教える方がいいと判断したのだろう。
……ほんと、彼にはいくら感謝してもし足りないなぁ……。
「で、改めてさっきの勝負についてだ。
一本目……お前は『パワーもスピードも負けてた』って言ってたが、まぁそれは要因の一つだな。剣道の試合なんかだったら、正直パワーとかっていらねーんだわ」
これは素人の私でも知ってる。
どう見てもよぼよぼのおじいちゃんなのに、気力も体力も充実しているはずの若い男性に普通に勝ったりするのが剣道――というか武道なんだと私は思う。
もちろん試合なんかじゃなくて本当の『ゲーム』での対戦であれば、パワーもスピードも重要になってくるとも思うけど。
「ヴィヴィアンが何か別の要因があるって気付いたみたいだが、その正体まではわかってないんだよな?」
「……そうでございますね。ただ、それがインチキやトリックのようなものではない、とは思いましたが」
「当たり前だっつーの。
で、あんまり引っ張るのも何だし正解を言うと――
……ふむん?
「ん……?」
ありすも千夏君の言おうとしていることがよくわからないのだろう、首を傾げている。
細かい解説はせずに、千夏君は話を進めていく。
「二本目は飛ばして三本目。これ、実は一本目と結構共通しているところがあるんだよな。
お前、自分が打たされた、ってのには気づいただろ?」
「ん、なつ兄の剣がぴくって動いた時、動いちゃった……」
お、おう……横で見ていた時には気づかなかったけど、三本目が始まった後しばらく動かずににらみ合っていただけのように見えたが、実は千夏君の方が少し動いていたみたいだ。
ほんの少しだけ剣先を動かすことで、ありすが弾かれたように動いてしまった、ということか。
「フェイントですか」
「うーん、まぁそこまで露骨なもんじゃないけど、そう言えるかな?
で、この三本目の時も、俺はしっかりとお前を視ていた。だからわざと剣先を動かしてお前を誘導した後、きっちりと対応できたってことだ」
なるほど? 一本目と三本目は本質は同じってことか。
一本目はありすから――言葉は悪いけど――何も考えずに打ってきたのを迎え撃ち、三本目は千夏君の方から動くように誘導してこれまた迎え撃ったということになる。
”うーんと、千夏君。その『視る』ってことが重要なのはわかるんだけど、具体的にはどういうことなの?”
いまいちそれがよくわからない。
「はい、説明するっす……とは言っても、俺自身も最近になってようやく掴みかけてきたところなんで、上手く伝えることができるか微妙なんすけど」
そう前置きしつつ千夏君は続ける。
「何というか……ちょっと感覚的なもんなんですぐに実感できるようなもんじゃないけど、『自分が今打てるか?』ってのを相手を視て判断するんだ。
相手の構えや視線、呼吸、剣先のブレ……そういうのを全てまとめて視て、『自分が打てる』と確信できているのなら、相手がどう動こうがすぐに反応出来る。一本目なんか正にそれだな」
「…………三本目は、わたしがずっと構えててなつ兄も打てなかった……だから、フェイントを仕掛けた……」
「そうだ。まぁぶっちゃけお前相手なら強引に力で抜けないこともないんだが、それじゃお前の修行にならねーからな。お前が緊張しているのはわかったから、軽く揺さぶって
仮に二人の腕力が均等だったとしたら、三本目でフェイントをかけずに千夏君が打った場合、ありすはそれを防ぐ――技術が伴えば千夏君のようにカウンターを仕掛けることが出来たのだろう。
その状態が続けばただの膠着状態だ。
膠着を崩すために、あえて千夏君は揺さぶりをかけた――ありすはそれにまんまと引っかかってしまったってことか。
……うーん、理屈としては何となく私にもわかるんだけど、難しいな……。
「まー、モンスター相手だと向こうからガンガン襲ってくるからあんまり意味ないかもだが、同じユニット相手であれば『視る』ことは大切だと思う。実際、俺――ジュリエッタが戦う時なんて、そうだしな」
”そうなんだ。ジュリエッタの時だと剣道っぽいことしないから、全然関係ないかと思ってた……”
ジュリエッタが『剣』とかを使った戦い方ではなく、モンスターの力を使った格闘戦ばかりしていたことについて、実はちょっとだけ疑問は持っていたんだけど。
「あー、その点についてもちょっと後で説明するっす。
……で、二本目についてだが」
「んー、これもなつ兄はわたしがびっくりしたのを視ていた……」
「そういうこと。二本目は、俺から打てるように相手を動かした、ってところだな」
『自分が打てるか?』を視るというけれど、視た結果『打てない』と思ったらどうするか? ということについての回答がこれか。
二本目はありすをビビらせて打ち込めるように、三本目はありすを動かすことで自分が打てるように……剣道に限らずだけど、攻撃する時って急に止まったりすることは難しいんだよね。だから、打てる状況じゃないのに打ってしまったありすは、千夏君のカウンターに対応することが出来なかったというわけだ。
むぅ、こう言っちゃなんだけど、千夏君、本当に色々考えながら動いているんだな……。
「二本目については、まぁそもそもビビんなって話だけどな」
「……ビビってないもん……」
「うそつけ」
「むにー……」
相変わらずビビッてないと言い張るありすの鼻をからかうように摘まむ千夏君。
本人がどう言い訳しようとも、まぁあれはビビってたとしか言いようがないわな……。
「じゃあ言い換えてやると――お前は『気合負け』したんだ」
「……ん……」
その言い換えはお気に召したのか、今度は素直に頷くありす。
……意味的には何かより悪くなったような気がしないでもないけど。
「声のデカい方が勝つってわけでもないんだけど、不思議なもんで声出さないやつって基本何においてもあんまり勝てないんだよな」
”あー、まぁ確かに……競技にもよるけどね”
気合の雄たけびって馬鹿にしたもんじゃない。
確か同じ動作でも声を出す出さないで力の入り具合が全然違う、っていうことがありえるらしいと聞いたことがある――科学的根拠とかあるのかは私は知らないけど。
”ありすだってさ、『ゲーム』で本気で戦っている時とかって、結構叫んだりしてるじゃない?”
「……たしかに……」
「声に出すと力出しやすいしな。かっこつけて声出さないでクール気取って負けるくらいなら、ガンガン叫んでけ」
そりゃ、ありすたちは別に暗殺者系のユニットじゃないんだし、基本正面から相手と戦うこと前提だ。
だったら大声出して自分を鼓舞し、更にそれで相手が委縮してくれたら儲けもの、くらいに考えていけばいいんじゃないだろうか。
「色々と言ったが、土壇場で考えすぎて動けなくなる、なんてことだけはしないようにな。とりあえず『視る』という意識を忘れなければいい」
「ん、わかった」
考え込みすぎて動きが悪くなるようじゃ本末転倒だ。
今はそういう物の見方もある、ということを覚えておけばそれでいいだろう。
……千夏君だって最近になってようやくわかってきた、と言っていたくらいだ。ありすがすぐにマスターできるものとも思えないしね。
ただ、ユニットの子の大半はそういうことすら知らない――当然と言えば当然だけど『戦闘の素人』なのだ。知っておくことで得られるアドバンテージは少なくない、と思う。
「さて、これで今日一番伝えたかったことは伝えたんだが……」
「……なつ兄、技も教えて」
「簡単に言ってくれるぜ……いや、まぁいいや」
『視る』ということが非常に重要だというのはわかるけど、ありす的にはもっとわかりやすい『技』とかも知りたいのだろう。
……これも教わったからと言って即実戦で使えるかは微妙なところだけど……。
「時間もあるし、そうだな――」
対戦時間はまだまだ残っている。
千夏君は少し考えた後に、ありすへと教える『技』を説明する。
「実戦で使える『技』なんて、実は剣道じゃほとんどない。ぶっちゃけ、漫画とかの技を真似た方がいいかもしれねー」
いやー、あれはあれで見た目はともかく内容真似るのは難しい気はするけど……。
「それに教えたところですぐに使いこなすってのは難しいし、下手に使おうとして失敗しました、じゃ洒落にならんしな。
だから、俺が教えるのは『いざ』という時にもしかしたら身を守れるかもしれない、そんな技だ」
「おー……」
何かかっこいい……。
「教えて欲しい」
「うむ。
俺がお前に教える技――それは、『返し技』と『抜き技』だ」
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