第6.5章7話 お兄チャンバラ(前編)
「なつ兄、わたしに剣を教えて」
ありすのそんな一言から、千夏先生による第二回剣術教室が開かれることとなった。
千夏君的には、前に『教えるのは一回だけ』って約束だったのであんまり乗り気ではなかったみたいなんだけど、ありすの熱意に押し負けてしまった感じだ。
「わたし、向こうでも素振りとかちゃんとしてたもん」
と言ってた通り、実はありすは今家の中でも千夏君に習ったことをちゃんと復習していたのだ。
まぁ流石に竹刀とかは触れないので、短い棒を構えて振っているだけなんだけど。
(マイルーム内でだけど)構えて見せて、それが思った以上にしっかりしていたことに千夏君は感心していた。
「……わかった。じゃあ、今度はもうちょっと実戦的なことを教える。
……んー……ほんとは俺もそんな人に教えられるようなもんじゃないんだけどなぁ……」
千夏君には色々と思うところがあるのだろう。
散々悩んだ結果、ありすへの教育プランを思いついたみたいだ。
で、今日――学校が始まって最初の週末、土曜日――開催することとなった。
場所をどうするかでちょっと悩んだのだが、また桃園の体育館を借りたりするのもちょっと手間なので、今回は『ユニット間対戦』を使うことにしてみた。
ユニット間対戦とは、自分のユニット同士で対戦を行う機能である。
今まで特に触れてこなかったけど、実は私たちはこの機能はたまに使っている。頻度としてはそんなに高くはないのだけど、特に行きたいクエストもない(メガリスとか弱いのばっかりとか)時とか、ちょっと運動してストレス発散したい時とか、対ユニット戦を想定した魔法の実験とか……そういうのに使っていた。
”えーっと、メンバーはどうしようか? アリスとジュリエッタの対戦にしておけばいいかな?”
今私たちはマイルームで対戦の設定を決めているところだ。
まだ皆変身はしていない。
「あー、いや。ヴィヴィアンも入れてください。別に勝敗にはこだわらないんで、二対一でいいっすよ」
”ヴィヴィアンも?”
「はい。悪ぃ、お嬢。ちょっと対戦に入ったところで色々と頼みたいんだ」
「はぁ。わたくしは構いませんわよ」
よくわからないけど、千夏君には何か考えがあるのだろう。
見ているだけの桃香も暇しないで済むように何か考えているのかな? 桃香的には見ているだけで十分、と言っているのだが――彼女の場合、アリスの戦う姿を存分に眺めるだけで満足するだろうけど、それ以上に『視る』ことで色々と知識を貯め込むことが出来る。
『見取り稽古』と千夏君は言ってたっけ。もちろん、ただ漫然と見ているだけじゃ意味がないんだろうけど。
”わかったよ。それじゃ……アリスとヴィヴィアン対ジュリエッタでいいかな?”
「はい、お願いします」
対戦の設定――実はちょっと面白い特徴がある。
普通に考えれば対戦って『同数同士』の戦いが基本となるだろう。
だけど今回みたいに二対一とかの数の釣り合いが取れない場合、基本的には『数の少ない方に合わせる』というのが、この『ゲーム』のデフォルト設定となっている。
なので釣り合いが取れない場合はいちいちメンバーの追加設定をしなければならないのだ。その上で、更に数の少ない方が承諾する必要がある。
……これはこれで面倒だなぁとは思うものの、他の使い魔との対戦で数の釣り合いが取れなかった時に揉める可能性があるため仕方ないとも思う。
ちなみに、今回の場合だと一対一対一のバトルロワイアル対戦にするという手もあるんだけど、まぁそれはいいや。
”対戦時間は……どうしよう、とりあえず1時間にしておけばいい?”
「そっすね。二人は時間大丈夫か?」
「ん、問題ない」
「はい。わたくしも平気ですわ」
最悪、対戦なのでどちらかが
とはいえ、時間無制限にするのも何なので、とりあえずそこそこ長い1時間としておこう。
皆都合は大丈夫そうなので設定っと。
”……うん、よし。設定完了。いつでもいいよ”
これで後はマイルーム内のゲートから対戦フィールド――今回はコロシアムだ――へと移動すればオッケーだ。
「あざっす!
んじゃ、行くか――あ、ありんこは変身しないでそのままでな。お嬢はヴィヴィアンになっておいてくれ」
「? わかった」
ふむ? どうやら対戦とはいいつつ、アリスとジュリエッタには変身しないで、そのままの姿で何かするつもりらしい。
でもヴィヴィアンは変身してもらうってことは……。
まぁ行けばわかるか。
とにかく私たちは対戦フィールドへと移動していった。
* * * * *
「じゃあまずヴィヴィアン。俺とありんこの分の剣を出してくれ――当たっても痛くないやつで頼む」
「……かしこまりました」
なるほど、ヴィヴィアンに変身してもらったのは召喚を使うためか。
ジュリエッタに変身してメタモルを使えば武器っぽいものを作れることは作れるが、アレ自分の分しか作れないしね……。
千夏君の要望に応えてヴィヴィアンがサモンを使い、二本の剣を作り出す。
大して重くもないのだろう、片手で振ってみたり自分の頭を叩いたりしてみたりして感触を確かめる千夏君。
「……よし。サンキュー、ヴィヴィアン」
当たっても痛くはないが、『ぽこん』と間の抜けた、けれど大きな音が響く剣が完成していた。
その出来が満足いくものだったのだろう、千夏君は一本をありすへと渡す。
「さて――それじゃ、始めるか」
「ん、お願いします」
これで準備は整った。
「まず最初に……色々と口で説明するのも何だし、ちょっと打ち合ってみるぞ。構えろ」
「! ん……!」
真剣な顔をして、綺麗な正眼に構える千夏君。
対してありすの方も表情を引き締め……ても何だか少しぼんやりしたような顔なんだけど、とにかくこちらも正眼に構えて相対する。
互いの剣の切っ先が触れ合うくらい――剣道で言う一足一刀の間合いで二人は構える。
「本当の剣道じゃないから一本かどうかの判定は難しいだろう」
……というより、剣道経験者が千夏君しかいないから審判なんて出来っこないしね。
「だから、相手に剣が先に当たれば一本。そういうルールだ。
……都合いいことに、この剣当たったら音が鳴るしな」
もしかして、こうなることを見越してヴィヴィアンはそういう剣を召喚したのだろうか?
だとしたら結構すごい洞察力だ。
ヴィヴィアンは静かに佇み、果たして何を考えているのか表情からは読み取れない。
続けて千夏君が更にルールを説明する。
「――で、
「ん……足とかでも?」
「ああ」
ふむ……?
ハンデ、と考えていいのだろうか? それとも、千夏君には何か考えがあるのか……? 私には判断がつかない。
「ヴィヴィアン、開始と終了の合図頼む」
「承知いたしました」
そう言って一礼すると、一歩前へと出て二人を見回す。
話は終わった、と千夏君の視線はありすへと真っすぐに向けられ――ありすの方も千夏君へと集中する。
ヴィヴィアンが右手を真っすぐ上へと上げ……。
「――はじめ」
開始の合図と共に腕を振り下ろす。
こうして千夏君によるありすの剣術特訓が幕を上げた。
「…………ん……」
開始の合図と共に打ち合う、とばかり私は思っていたけど、予想に反してどちらもすぐには動かなかった。
千夏君の方は悠然と構えて揺らぎもしていない。
ありすの方はというと、おそらく『どこを打ってもいい』というのが逆に悩ましいのだろう、攻めあぐねているようにも見える。
……この打ち合い、当然剣道のルールではない。
千夏君に至っては面――つまりありすの頭しか狙わない、とさえ言っている。
極端な話、ありすは剣を頭の上に構えて防御していれば絶対に負けることはないのだ――もちろん、そんなことをしてたらありすからも打てないので勝つこともできないんだけど。
そんなことはありすもわかっているだろう。故に、打ち込もうとしてどうすればいいのかで迷っているのか。
「……」
ヴィヴィアンも今回ばかりは口には出さない。
何か発言してしまえば、それがきっかけとなって事態が動いてしまいかねないからだ。
それに、彼女のことだ。きっちりと二人の動きを『観察』しているに違いない。
「……っ」
と、ついにありすが動いた。
前に千夏君に習った通り、真っ直ぐに、千夏君の『面』に向けてまるで突き刺すように飛び込み剣を振るう。
私は剣道素人だから知らなかったんだけど、『面』を打つにしても大きく振りかぶって打つわけではないみたいだ。実際の試合ではほんの少しだけ剣を浮かせて、最小限の動きで一瞬で『面』に当てる『差し面』がメインとなるらしい。
ありすの差し面は姿勢も真っすぐしていたし、スピードも申し分ない――と私からは見えたけど。
「面、と」
ぽこん、と千夏君の剣から音がなる。
ありすの面に合わせて打った千夏君の面が先に当たったのだ。
「……そこまで」
ヴィヴィアンが終了の合図を送る。
「……ん……?」
別に痛くはなかったのだろうが、何で自分が打たれたのかわからずありすは不思議そうな顔をしている。
そりゃそうだろう。だって、今、明らかにありすの方が先に動いていたというのに、千夏君の剣の方が先に当たっていたのだから。
「まずは一本、と。
さて、二本目だ」
「ん……! 今度は負けない……!」
剣道の試合なら二本先取した方が勝ちだ。これは剣道じゃないけど、まぁそこはいいや。
とにかく二本目である。
ありすも今度は負けまいとやる気を更に出している――この子、ほんと見た目によらず負けん気が強いよなぁ……。
「では――二本目、はじめ」
ヴィヴィアンの合図と共に二本目開始。
今度はありすは迷わず動こうとした。
――その瞬間だった。
「かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「――っ!?」
突如千夏君の上げた咆哮――文字通りの『咆哮』としか言いようがない――が辺りに響き渡り、ありすがびくっと身を竦ませる。
……横で見ていた私やヴィヴィアンも同じだ。
だが千夏君はそれだけでは止まらなかった。
「面!」
「……あ」
ぽこんとまたありすの頭に叩きつけられた剣から音がする。
「……そこまで、です」
我に返ったヴィヴィアンが終了の合図を。
……二本目もあっさりと千夏君が決めてしまった……。
「どうする? 剣道ならこれで終わりだが、三本目行くか?」
「……行く」
挑発するようににやっと笑う千夏君に対し、ありすは更に燃える瞳ではっきりと返す。
……おそらくはそれが望んだ言葉だったのだろう、よし、と呟くと千夏君が再度構える。
「ヴィヴィアン、これがラストだ」
「は、はい……それでは、三本目、はじめ!」
そして三本目が始まる。
今度はありすもすぐに飛び掛かるようなことはせず、一本目二本目の反省を生かしてしっかりと構え、千夏君の動きへと対応しようとする。
千夏君も気合いの声を上げることもなく、こちらは一本目同様静かに構えている。
ふむ……察するに、一本目と二本目でありすが打たれたことで警戒し、より慎重になることを見越していたかな?
しばし二人は切っ先だけを突き合わせつつ、睨み合っていた。
”……”
動きこそないものの、スゴイ緊張感だ……。
今までの二本の影響もあるのだろう、ありすは迂闊に動けば自分が打たれることは理解しているみたいだ。
かといって先に千夏君に打たれたらそれはそれで防ぐことは出来ないだろう、ということも理解していると思う。
……自分から攻めても、守っていても勝てない……強大なモンスターとは異なる方向で、ありすは今追い詰められているのだ。
「……っ」
――と、睨み合いが唐突に終わる。
一本目の時と同じ、正々堂々と真正面から面を打つありすだったが、その表情はなぜか『しまった』といった感じであった。
……結局、ぽこんとまた音を立てたのはありすの頭の方であった……。
むぅ、そりゃ千夏君に真正面から剣で挑んでありすが勝てるとは思えなかったけど、ここまで圧倒的に差を見せつけられるとまでは思わなかったなぁ。
まぁ千夏君は小学生の頃から今に至るまで剣道やってたんだし、いい勝負が出来ると思う方が彼に失礼だとも思うけどさ。
とにもかくにも、まだ千夏君による指導は始まったばかりだ。
これでありすも何かを得ることが出来ればいいんだけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます