第6.5章6話 "黒"の再来
「桃香ー!! いる!? いるわね!!」
「ぎゃー!?」
1月4日――名もなき島での一連の出来事も片付き、厄介な親戚を含むあれこれも全部片付き、家でのんびりしようとしていた日だ。
千夏君は今日から冬期講習が再開されるということで午前中から塾へ。
桃香とあやめは家でまったりだ――まぁあやめは家事をしたりしているので、完全に休んでいるわけじゃないけど。
で、そんな私たちだったんだけど、突如として部屋に乱入してくる人がいた。
彼女が部屋へと飛び込んでくるなり、桃香は悲鳴を上げてテーブルの下に隠れようとする。
「い、いませんいません! 桃香なんて子はここにはいませんっ!!」
そ、それは流石に無理があるような……。
ちなみに私は彼女が乱入してきた時点でぬいぐるみのフリをすることにしている。突っ込みを入れるに入れられない……。
「……
「遅いですわ!? そして何か同じことがあった気がしますわ!?」
奇遇だなぁ。私も同じ感想だよ……。
「あら? 今日は恋墨ありすはいないのね?」
どうやら彼女はありすが海外へと行っていることは知らないらしい。
まぁそれを除いても、お正月なんだし友達が入り浸っていることはあんまりないとは思うけど。
ぷるぷると小鹿のように震えている桃香と対称的に、まるで部屋の主かと言わんばかりに堂々とした態度で凛子はテーブルにつく。
「……良かったわ、元気そうで。まぁ、無事なのは知ってはいたんだけど……」
と、テーブルにつくなりちょっと殊勝な態度へと変化する。
……ふむん?
「悪かったわね。本当は去年のうちに来ようと思ってたんだけど、ちょっと踏ん切りがつかなくって……」
「?? 何の話ですの?」
急に態度の変わった凛子に対し、不審そうに桃香が尋ね返す。
すると、凛子の視線が桃香――に抱かれた私の方へと向けられる。
「ねぇ、あなた――
……え?
確かに凛子がユニットであることは以前会った時に見たので知っていたけど、どうして凛子の方が私が使い魔であることを知っているのだろう?
「……ああ、そっか。こっちが一方的に知ってるだけだったわね。
ほら、あの気味悪いクエスト――『冥界』だっけ? あそこで会ったでしょ?」
はて……あそこで会ったというと、トンコツとヨームの正体知ってる組は除くと……。
うーんと、バトーたち一行、それとドクター・フー、後は……ジュリエッタが助けた蜂に捕まっていた子たち……。
「…………ふ、フランシーヌさん……ですか?」
あ、そういえば。
女王の城に乗り込んだ時にドクター・フーと遭遇し、その後に乱入してきたのがいたっけ。
彼女の助けもあって私たちはフーをかわして奥へと進むことが出来たんだった。
恐る恐る尋ねる桃香に、凛子はあっさりと頷いた。
「そうよ。私もユニット……名前はフランシーヌ。あのクエストで桃香たちを見かけた時、心臓が飛び出るかと思ったわよ」
――びっくりするくらいあっさりと、凛子は自分がフランシーヌであることを明かしたのだった……。
* * * * *
”……じゃあ、君の使い魔――リュウセイは、あの『冥界』のことに気付いていたんだ”
「ええ……まぁ私には結局細かいことは話さなかったけどね……そのせいで桃香たちを危険に晒すなんて……本当に申し開きのようもないわ」
突如フランシーヌであることをカミングアウトしてきた凛子。
事ここに至ってこちらがとぼける必要もあるまい、と私もぬいぐるみのフリをやめて堂々と彼女と会話することにした。
「むー……では、『幽霊団地』でお化けを見て、具合の悪くなった方がいるというのも――?」
「あ、それは本当。でも、あなたたちの話と合わせて考えると……多分、その子があなたたちが見た、蟲に捕まっていたユニット……だったんじゃないかしらね」
何もかもが嘘というわけではないみたいだ。
というよりも、凛子としては別に桃香たちを危険な目に遭わせようという気は全くなく、『幽霊団地』があの『冥界』のクエストに関係していることがわかっていたため、情報を集めたいと思っていただけのようだ。
桃香たちに『幽霊団地』の話をした段階では、ユニットであることはわかっていなかったみたいだし、『幽霊団地』の噂を集めて行けば誰かしらユニットも見ていることがありえるため、有益な情報が集まるだろうと彼女の使い魔には言われていたという。
……うーん、全面的に信じるには凛子がどういう人間かはわかってないんだけど、少なくとも目の前でしおらしく話している様子を見る限り、あんなことになるとは思ってもいなかったとは私には見える。
”その具合の悪くなった子、無事に元気になった?”
「ええ、その子の兄妹が私の知り合いなんだけど、去年末くらいから落ち着きを取り戻したみたいよ」
そっか。それは何よりだ。
どういう状態だったのかは推測するしかないけど、クエストに捕らわれたまま蟲に食われ続けていたのか、あるいは一旦解放はされるものの『ゲーム』に参加しようとしたらあの場所にまた強制的に戻されるようになっていたのか――蟲に取りつかれたミオのように、クエスト間を跨って影響を及ぼされていたのか、まぁ本当のところはわからないけど。
ともあれ『冥界』に捕らわれていたユニットは解放できたし、『冥界』そのものもアリスの魔法で焼き尽くしている。もう『冥界』の被害者は出てこないだろう――いたとしても解放されているはずだ。
「その……本当にごめんなさい……」
凛子は再度頭を下げる。
『冥界』で桃香たちを見かけてユニットであることを悟ると共に、自分の発言で危険に晒してしまったことを心から悔いているみたいだ。
”……桃香”
「……はぁっ、凛子お姉さまがおバカで騙されやすいというのは知っています。
わたくしも、ありすさんもみーちゃんも無事に済みましたし、結果おーらい、ということでいいですわ」
本当に結果論だけどね。
桃香たちにしたって、私やあやめに黙って『幽霊団地』に行ったがために危険な目に遭った、という自覚はあるのだろう。
それ以上凛子を責めることはしなかった。
桃香の言葉を聞いて、少しだけほっとしたような表情になる凛子。
彼女だって使い魔に騙された――かどうかはちょっと悩ましいけど――側なのだ。これ以上責めたって仕方ない。
”とりあえず君の使い魔の言い分を纏めると――あの『冥界』は本来クエストとして選ばれるはずのないフィールドで、存在自体が罠ということ……”
「そう。それと、何だってそんな罠を仕組んだかというと……これはちょっとアイツにもわからないみたいなんだけど、まぁ多分プレイヤーを減らすためなんじゃないかって」
「……クラウザー様とは別方向でプレイヤーを減らそうとしている、ということになるでしょうか。でも回りくどいし、あんまりいい手とは思えませんわ」
”そうだね。罠にはまらないと『冥界』まで誘導することは出来ないし、上手く誘導出来てもよっぽどの事情がない限りは逃げられるしね。効率は良くないと思うんだけど……”
私たちの場合はちょっと事情が特殊だったので『逃げる』という選択肢はなかった。この辺はバトー一行も同じだ。
他の子にしても、ミオのような状況でなければ何とか逃げることは出来たはずだ――あのクエスト、不気味だし謎だらけだけど離脱アイテムを封じるとかそういう特殊効果は持っていなかったし。
「まぁね……そこが何か気味悪いし引っかかるんだけど……」
凛子も疑問には思っていたのだろう、どこかおさまりが悪い。
ただこのことに関してはここで議論していてもこれ以上進展はないだろう。
凛子の使い魔リュウセイにしても、本人曰く『わからない』と言っているみたいだし……どうにかして問い詰めたいところだけど、正直に話してくれるとも思えない。
とにかく、リュウセイという人は色々と情報を握っているみたいだ。『冥界』の存在も罠だとなぜか気付いていたみたいだし……ひょっとして『ゲーム』の運営側に通じているのかもしれない。
出来れば話を聞いてみたいところだけど……こういう人間が素直に話してくれるとも思えない。
というより、一応『ゲーム』的にはイレギュラーであるらしい私を前にしたら、
仕方ない。『冥界』の件にしろ、リュウセイの持っているであろう情報にしろ、今はどうにかなることじゃない。一応記憶には留めておいて、放置しておくしかないか。
その後は、『ゲーム』の話題から離れて普通のお喋りをしていた。
「ほら、見てよ! 可愛いでしょ!?」
「……ああ、そういえば犬を拾ったって言ってましたっけ……」
”へぇ”
満面の笑みを浮かべながら携帯で撮った写真を私たちに見せつける凛子。
そこに写っていたのは、もふもふの子犬だった。
ふむ? 桃香の言葉によれば、どうやら元捨て犬だったみたいだ。
”凛子が拾ったんだ”
「ええ。だって、可愛そうだったんだもの……」
あらまぁ、意外と……と言ったら何だけど、優しいところあるのね。
聞けば近所にうろついていた野良犬――首輪がついていたので飼い犬なのは間違いない――を拾ったものの、飼い主が一向に見つからないまま時が過ぎ、今は凛子の家で飼っているらしい。
名前は『サスケ』。捨て犬、とは言ったが未だ飼い主が見つからないだけで迷い犬なのかどうかもわからない。
ともあれ、今は凛子の家の一員として可愛がられているようだ。
「……凛子お姉さま。一応言っておきますが、犬は食べ物ではありませんよ?」
「……だから、あんたは私を何だと思ってるの!?」
余計なことを口にしてほっぺたを激しく抓り上げられる桃香。
……うーん、桃香的には凛子のことが苦手らしいけど、凛子に色々とやられる原因ってむしろ桃香の方にあるんじゃないかって気がする……。
「んー、でも最近、尚武台の方も物騒になってきててねー……あんまり私が散歩に連れて行ってあげられないのよねぇ……」
替わりに彼女の両親とかが連れて行っているみたいだ。
日中ならばそこまで危険でもないだろうけど、やはり早朝とか深夜――までいかずとも日が落ちた後に犬と一緒とは言え凛子一人で散歩に行かせるのは親としては怖いのだろう。
「物騒と言えば――なんか最近、桃園台記念公園でUFOが出て来るらしいわよ?」
「……はぁ?」
桃香はその手の話は全く信じていないみたいだ。
いや、彼女の場合は怖い話は信じたくない、という感じなんだけど。
”UFOぉ?”
かくいう私も、UFOとか宇宙人とかは興味の範疇外だ。
そりゃ、宇宙は広いんだし他の星に知的生命体が絶対にいない、なんて言い切れないけどさ。
「そう。桃園台記念公園だけじゃないわ。尚武台とかの方でもちらほらと見かけるって」
凛子自身がどこまで信じているのかは不明だけど、そういう噂はキャッチアップしているみたいだ。
”……うーん、まさかとは思うけど、それも『幽霊団地』みたいに『ゲーム』絡みだったりしないかなぁ?”
「どうかしらね? リュウセイは何も言ってなかったし、前みたいに具合が悪くなった人がいる、とか宇宙人に攫われた人がいる、とも聞いてないけど……」
まぁ『幽霊団地』の時とは違い、これはただの噂だろうとは思うけど……。
”桃香。公園は結構近いし、少し気を付けた方がいいかもね”
「ゆ、UFOなんて何かの見間違いですわ! わたくし、信じませんわ!」
「そうねー、人魂とかの見間違いかもねー」
「だからやめてくださいまし!?」
凛子も凛子で、桃香を怖がらせたりしてからかってるなぁ……。
まぁしつこく怖がらせようとしているわけでもないし、注意するほどでもないか。あやめも黙って様子を見つつ、のんびりお茶啜ってることだし。
そんなこんなでやって来た凛子だったけど、帰りはあやめの車で送ってもらうこととなった。
散々からかわれた桃香は全く止める様子もなく、私としても凛子自身が乗り気だったために止める言葉を持たなかった……。
あの千夏君ですら泣き言を言うあやめの運転かぁ……いつか上手くなるのかなぁ……料理同様、かなり遠い未来になりそうだけど……。
”桃香、さっきは軽く流したけどさ”
「はい?」
”桃園台記念公園、しばらくは近づかない方がいいかもしれないね。ほら、凛子もあっちの方が少し物騒になってきてる、って言ってたし”
あやめと凛子が出て行った後、私は桃香にそう忠告する。
とはいっても桃園台記念公園は普段から子供や近所の人も立ち寄る場所だし、『幽霊団地』ほど危険があるというわけでもない――まぁ『幽霊団地』だって誰も住んでいないから荒れ果てているってだけで、中に入り込もうとしなければ別に危険なんてないはずなんだけど。
「……ラビ様がそうおっしゃるなら。まぁ最近はあまりあちらまで足を伸ばしませんし……一応みーちゃんたちにも伝えておいた方がよろしいでしょうか?」
”……うーん、そうだね。一応、ね”
気になるのは『UFO』を見たという話だ。
もしかして、『幽霊団地』のお化け同様、これも現実世界へと影響を及ぼすモンスターの可能性もありうる。
それに、UFOのことを別にしても、治安が悪化しているというのはより現実的な意味で危険だと思う。
車で移動するあやめとかならまだともかく、桃香たち小学生にとっては暴漢……まではいかなくてもガラの悪いやつらに絡まれる方が危険だろう。
私が心配していることはわかってくれているのだろう、桃香は素直に頷いてくれる。
……ありすが帰って来たら、伝えておいた方がいいかな。千夏君も通っている塾が桃園台駅付近だというし、こっちにも後で伝えておこう――彼は別にオカルト全般が好きってわけでもなく、UFOとかは大して興味なかったと思うから、探しに行こうなんて無茶はしないだろうし。
”それにしても、何か嫌な空気だな……”
思わず私は呟いてしまう。
『幽霊団地』の件もそうだし、それ以前にも『嵐の支配者』とかみたいに現実世界に影響を及ぼすモンスターが存在している。
何というか、徐々に『ゲーム』が現実へと侵蝕してくるような……そんな嫌な気配を感じてしまうのだ。
まぁ今回のUFOとか治安の悪化が絡んでいるかどうかまでは流石にわからないけど、っていうか多分無関係だとは思うんだけど……。
何となく、そんな嫌な気配を感じてしまう私であった。
『ゲーム』開始からもう四か月が過ぎようとしている。
今まではとにかく目の前のクエストやら問題やらを片づけるので精一杯だったけど、そろそろ私たちも積極的にクリアをするためにどうすればいいのか、真剣に考える必要があるかもしれない。
具体的にどうすればいいのかはさっぱりわからないけど、このまま流されるだけだと良くないんじゃないか……そんな気がするのだ。
後になって思えば、この時の私の直感は
しかし、この時点で既に手遅れだったのだ……
――ちなみに、どうでもいい話ではあるけれど、あやめの
『最高にエキサイティングな体験だったわ! 流石あやめお姉さまね! またドライブに行きたいわ!』
とキラキラと輝く瞳で後日桃香に語っていたらしい。
それを聞いたあやめが、どうだと言わんばかりに胸を張って誇らしげにしていたとかいないとか……。
……やめてくれよ……変にあやめに自信つけさせるの……。
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