第6.5章5話 使い魔座談会 in らぁめん屋

*  *  *  *  *




”……そ、それでどうなったのさ!?”


 一旦言葉を切ったトンコツ。

 くそ、焦らしてくれるじゃないか……!


”ああ、その後はもう散々だったぜ……。間一髪でジェーンは何とかヤツの攻撃をかわせたんだが、もうゾンビが溢れ出てどうしようもなくなってな……結局、諦めて離脱リーブを使って撤退した”

”そ、そっか……”


 まぁよくよく考えればこの場にトンコツがいるんだから、何とかなったことは確実だったんだよね。

 それにこの話、実は去年末あたりの出来事だったという話だし、お正月に美々香と私は会ってたわけだから『ゲーム』からリタイアしたってこともないし、ゾンビ化して戻れなくなったというわけでもない。




 今私たちは『らぁめん屋』へと集まっているところだ。

 理由は、お正月に私たちが戦ったムスペルヘイム――そして再び現れたドクター・フーに関する情報の共有のためと……まぁ後は新年のあいさつ、かな。


”ふむ……”


 私とトンコツ以外では、当然と言えば当然だけどヨームもいる。

 ま、『らぁめん屋』で集まっている以上、凛風がいるのも確定だし、だとしたらヨームがいてもおかしくはない。というか、私がトンコツにお願いして誘ってもらったんだけど。

 ちなみに今日は美々香たちが帰省&旅行から帰って来た翌日。ありすが帰国する二日前である。

 集まっているのは、私とトンコツ、ヨームの使い魔三人。

 そして場所を提供してくれた嵐にヨームを連れてきた未来みくちゃん。それと同じくトンコツを連れてきた和芽ちゃん。

 …………それと、非常に不本意ではあったけど、私を連れて来てくれたあやめだ。




 トンコツと久しぶりに話をしようと提案した時、ヨームの方も都合がつくだろうということでお願いしたのが間違いだった……。

 『らぁめん屋』は今年末年始休業ということで空いているため、そこでゆっくりと話をしようということになり……。


『それでは私がお連れいたしますね!』


 と、あやめが物凄い勢いで張り切ってしまったのだった。

 いや、まぁ確かに『らぁめん屋』遠いけど……私の身体は無限のスタミナあるし、別に時間かかってものんびり散歩ついでに行こうと思ってたんだけどね……。

 お正月もあやめに色々とお世話になったし、『運転練習しなよ』と言っていたせいもあって『らぁめん屋までの運転で練習になると思いますが』というあやめの言葉に、ついに私は折れざるを得なかったのだ。

 ……ま、始めはついてくる気満々だった桃香だけど、


『そ、それではわたくしは宿題をやっていますわ!』


 と逃げ続けていた冬休みの宿題の残りをやる気になったみたいなので、よしとしておこう……。




 それはともかく。

 集まったところでムスペルヘイム、およびドクター・フーのことについて話し終わった後、トンコツからも気になることがあった、と続けてさっきまでの話をしてくれていたわけだ。




”うーん……その『ベララベラム』って子も、ドクター・フーと同じか……”


 気になるのは、トンコツたちが遭遇したゾンビ少女ベララベラムも、名前以外のステータスが見えないという点である。


”ああ。何度か確認したから間違いねぇ。

 それに……”

”ふむ……乱入対戦の承諾をしていないのに、勝手に対戦が始まった――か”


 もう一つの気になる点はヨームの言った通り。

 これもまた、あの島でドクター・フーたちと遭遇した時と同じ状況だ。


”ラビもドクター・フーと――何て名前だったか、もう一人と会った時、同じだったんだよな?”

”うん。えっと、確か『ルールームゥ』……って名前だね。乱入対戦が勝手に始まっていたし、ステータスも見えなかった”


 ベララベラムの時はドクター・フーはいなかったらしいけど、流石に無関係には思えないかな……。

 これで実は無関係でした、となると訳の分からない存在が二組以上存在することになってしまう。願望ではあるけど、そんな複雑なことにはなってほしくない……。


”……二人とも。実は私たちもそういう存在に遭遇しているのだが”

”ヨームも?”

”うむ。我々が遭遇したのは、つい昨日のことである”


 なんとヨームもルールームゥやベララベラムのような存在と遭遇していたらしい。しかも昨日とは……。


”我々が出会ったのは……ふむ、あれは何と呼べばよいのかね?”


 ヨームの問いかけは嵐と未来に向けられていた。

 ふむん? 何か説明しづらい姿のユニットだったのだろうか。


「…………」

「あー、そうそう。そうだね、奇術師マジシャン? っていう感じだったね」


 相も変わらず何を言っているのか聞き取れない未来の言葉を、嵐は聞き取れているらしい。


「シルクハットに、スーツ……じゃないか、燕尾服? っぽいのを着てて、手にステッキ持ってた」

”マジシャンというか、紳士というか……”


 何とも判断に困る格好だ。


「……」

「そうね。使ってた魔法とかからすると、やっぱりマジシャン、かなぁ……」


 聞くところによると、物の姿を消したり、シルクハットから何か取り出したりとかしていたらしい。

 ……むぅ、それは確かにマジシャンっぽいな。


”名は『ルシオラ』。名前以外のステータスが見えないのも、突如乱入対戦が始まったのも同じであるな”

”むぅ……”


 これで名前しかわからない謎のユニットは……ドクター・フー、ルールームゥ、ベララベラム、ルシオラの計四人。

 フーたちがユニットであること前提だけど、一人の使い魔が持てるユニットは最大四人なので数のつじつまは合っていることになる。

 けれども、続くヨームの言葉は私の想像を裏切るものだった。


”それと。『ボタン』という名の……”

「んーと、大学の卒業式とかで女の人が着るような着物ね。あんな感じで、傘持った子だったよ」

”そう。そのような姿のユニットもいた”

”……え!? じゃあ、私たちの知る限りで五人はいるってこと!?”


 それはちょっと予想外だ。


”うーん……ねぇ、もし彼女たちが誰かのユニットだと仮定して――ユニットを四人以上持つことってありえるの?”


 何かしらの例外があるのではないか? それとも、私が思い違いをしているだけでユニットは四人以上持てるのが普通ということはありえないだろうか?

 そんな思いを込めて聞いてみたんだけど……。


”いや……ユニット枠は一人当たりで四人が最大のはずだ。

 ユニット枠を制限しないと、極端な話、百人単位のユニットを揃えちまえばクエストを数の暴力でクリアできちまうだろ? ま、ユニット枠を買うジェムは必要だろうがな”

”あ、そりゃそっか……”


 流石にムスペルヘイムとかは幾ら数揃えても厳しいかもしれないけど、他のモンスターならばトンコツの言う通り数の暴力でどうにかなってしまうか。


”ふむ……だとしたら、何かしらの仕掛けがあるのか、それとも……謎のユニットを持っている使い魔が最低でも二人以上いるか……”

”むぅ……”


 ドクター・フー、ルールームゥ、ベララベラム、ルシオラ、ボタン……わかっているだけで五人になってしまった。

 私とトンコツが彼女たちと遭遇した後に誰か一人をユニット解除して新しくルシオラかボタンを入れた、となれば数のつじつまは合うんだけど……うーん。


 ――この時は私たちは誰も思いつかなかったんだけど、三日後に千夏君が思いついた『ユニットのように見えるけどユニットではない』という発想……それを思えば、五人いても不思議ではない。まぁそのことに思い至ったのは先の話なんだけど。


”とりあえず、何かわけのわからない存在がいるってことだけは気に留めておこう。

 幸い、前のクラウザーの時みたいに脱出アイテムも封じられるっていうことは今のところないみたいだし、危ないと思ったら逃げるのが最善かもね”


 今後も脱出アイテムが使えるかどうかはわからないが、無理に戦うよりは逃げる方を選択するのが賢いと私は思う。

 これはトンコツたちだけでなく私も同じだ。……まぁうちの子たちだって本当に危険な時は逃げることも厭わない、と思うし……いや、どうかなぁ……ちょっと自信なくなってきた……。


”後は……去年の『冥界』の時みたいな状況にならないように、だな”

”うむ。こちらが逃げるわけにもいかない状況で、あれらに襲い掛かられると飛躍的に危険は増すであろうな”


 だね。あの時はドクター・フーだけだったし、向こうも別の思惑があったのか積極的に襲い掛かって来た、というわけではない。

 でもアトラクナクアやら妖蟲ヴァイスをけしかけてきたり、敵意がないわけではなかった。

 もしあれらと共にドクター・フーが攻撃を仕掛けてきたら、私たちはかなり危なかったかもしれないと今も思っている。




 結局、ドクター・フーらについては今はどうすることも出来ない。

 出てきたら状況を見て撤退することも考える、というくらいしか対処法がない。

 ……ドクター・フーについてはありすの知り合いっぽいし、ありすが帰ってきてからまた相談することにしよう。


”そういえばトンコツさぁ”

”あん?”

”ライドウって使い魔に私のこと喋ったでしょ?”


 忘れてはいけない。個人情報の保護についてトンコツには一言申さなければ。


”……あー”


 思い当たることがあったのだろう、気まずそうにトンコツが視線を逸らす。


”んもー、ダメじゃない。個人情報を勝手にばら撒いちゃ”

”わ、悪ぃ。ついな……”

「そうですよ師匠。師匠の国ではどうだかわからないですけど、私たちの国って今そういうのうるさいんですよ」

”わ、悪かったって……”


 私だけでなく和芽ちゃんにまで叱られて流石に反省してくれているみたいだ。

 まぁ私としても別にそこまで怒っているわけではないし、反省してくれればそれでいい。


”トンコツは以後気を付けるってことで。私はともかく、ありすたちや和芽ちゃんたちのことを迂闊に他人に話したりしたら、本気で怒るからね?”

”わかってるよ……”


 そこらへんはトンコツも理解しているだろうし、ペラペラと喋るとは思っていないけど念押しだ。


”それにしても、トンコツって顔広いよね。私は偶然ライドウと会ったんだけど、まさかトンコツの知り合いだとは思わなかったよ”

”ふむ……確かにトンコツ氏は知り合いが多いな。元々の知り合いも多かったのかね?”

”あー、いや。大半はこっちで知り合ったやつばっかだぜ? ヨームもプリンもそうだし、ライドウもな。

 ……前からの知り合いってーと、バトーくらいか? あいつもあいつで顔広いんだよなー”


 それはそれで意外だ。

 バトーとは知り合いだったみたいだけど、『ゲーム』内では『冥界』で会うまでは接触したことない。

 そのくせ、初めて会ったヨームたちとはフレンドになっているとか。

 はぁ、と和芽ちゃんがため息を吐く。


「師匠はコミュ力だけは高いんですよぉ。

 私の魔法であちこち見ていた時、ちょっと気になった人とかいたら積極的に話に行こうって……最近はなくなりましたけど、私ずっとあちこち付き合わされましたからね……」

”す、すまん、カナ。でも、結果として仲間も増えたし……”


 あー、なるほど。

 和芽ちゃんことシャルロットの魔法には攻撃能力がほとんどない。切り札の孵化魔法インキュベーションを使えば状態異常をばら撒くことが出来るんだけど、シャルロット自身はロボットのようになってしまい柔軟性が失われてしまう。

 今は相方のジェーンがいるためそこまででもないけど、最初の頃は相当苦労したみたいだ。

 で、低い戦闘力を補うためには幾つか方法があると思うが、トンコツは『フレンドを増やす』方向で最初は考えていたのだろう。

 シャルロットの《アルゴス》であちこちを監視しつつ、良さげな人を見つけたら声を掛けてみる……ということをやっていたのだと思う。

 それでフレンドとなったのが、ヨームと今はなきプリンさんというわけか。

 ライドウともその辺で知り合ったのかな?

 ……まぁそれであちこち引き回されていたシャルロットは大変だっただろうな……。




*  *  *  *  *




 さて、そんなこんなで色々と情報交換だったり、ただのお喋りだったりしつつ、嵐が作ってくれたラーメンを食べたりしていた私たちだったが、そろそろ解散しようかという時間になった。

 外はまだ明るいけど、日は傾き始めている。すぐに暗くなってしまうだろう。


「……あのさ、鷹月さん。悪いんだけど、未来ちゃんも送っていってくれないかな?」

「はい。構いませんよ」


 申し訳なさそうにお願いしてくる嵐に、あやめは快諾する。

 未来ちゃんの家は『らぁめん屋』からだと歩いて10分もかからない距離だけど……。


「最近さ、ちょっとこの辺り物騒なんだよね」


 私の内心の疑問を見透かしたか、嵐がそう続ける。

 ……そういえばその話、聞いたっけ。

 何でも、神道を挟んだこちら側――桃園台記念公園から尚武台、そこから更に北尚武台にかけての結構な広範囲なんだけど、今少し治安が悪いらしい。

 とは言っても流石にどこぞのスラム街かってほどではなく、ややガラの悪い繁華街のような感じらしいんだけど……忘れてはならない、この辺りは住宅街なのだ。そう考えると、かなり治安は悪いと言えるだろう。


”なるほどね……確かに近いとは言っても、もう暗くなるし未来ちゃんを歩いて帰すのはちょっと怖いかな”

「でしょ。だから、悪いけどお願い!」

「もちろんです。日生ひなせさんも送りますよ?」

「あー、あたしは大丈夫。ってか、家隣だし」


 『らぁめん屋』は残念ながら住居と一体となっているわけではない。

 それでも嵐の家はすぐ隣だそうなので、まぁ流石に心配することはないだろう。


「和芽ちゃんも、これからウチに来る時は気を付けてね。ほら、お兄ちゃんいたでしょ? 来るならお兄ちゃんと来るとかの方がいいよ」

「あ、はい。うーん、でもお兄ちゃん着いてきてくれるかなぁ……」


 嵐と和芽ちゃんは顔見知りのようだ。

 というか、和芽ちゃん、ラーメンが好きらしくよく『らぁめん屋』に食べに来るみたいだ――ちなみにだけど、『らぁめん屋』は魚介豚骨が一番人気メニューである……後はわかるな?




 店の戸締りをする嵐を待って、彼女が家に入るのを見届けてから私たちはあやめの車で帰ることとなった。

 もちろん、和芽ちゃんとトンコツも同乗している。来るときは自分たちで歩いて来たんだけど。

 ……被害者が増えてしまうが、安全には代えられない。

 …………いや、あやめの車の方がある意味危険、なのか……?

 ともあれ、私に出来ることは心を無にして耐えることだけだ……。




”…………ふむ、これが噂に聞く『ジェットコースター』というものか……”


 未来ちゃんの家の前で車を降りる時、感心したようにヨームが勘違いを呟いていたが、それを訂正する気力を誰も持っていなかった……。

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