第6.5章4話 インフェクション・オブ・ザ・デッド
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
舞台は一風変わった『ダンジョン』ステージである。
通常、クエストの舞台となるのは広く開けた――障害物の有無はあるが――フィールドであるのだが、このステージはそれとは異なる。
かつてラビたちが挑んだ密林遺跡よりも更に狭く、建造物の内部が舞台となっている。
複雑に入り組んだ通路に部屋や広間……RPGに登場するような、『城』や『遺跡』といったダンジョンがそのまま舞台となったようなステージである。
「はぁっ、はぁっ……もー、何なの
肩で荒い息をしつつも後方を警戒しているのは、灰色の髪の少女――ジェーンだ。
その傍らには、同じくはぁはぁと苦し気に喘いでいる探偵少女シャルロットと、彼女に抱えられた牛のぬいぐるみの姿をした
”全く、わけがわからん……”
「で、ですね……はぁ、はぁ……」
「むー、折角の『高難易度クエスト』なのに、これじゃクリアできないじゃん!」
憤慨するジェーンだが、その表情はあまり明るくない。
彼女たちが今いるダンジョンを舞台にしたクエストは、『高難易度クエスト』なのだ。
当然高難易度故に制限が課されている。ただ、このクエストについてはある意味で当然と言うべきか、建造物の破壊が出来ないという密林遺跡同様の比較的緩い制限ではある。
「……レベル5のモンスターも倒せるようになったのに、まさか
シャルロットが呟く。
――そう、つい先日の出来事だが、ついに彼女たちは他のユニットの力を借りず、独力でレベル5のモンスターを倒すことに成功したのだった。
ラビたちに遅れること数か月とはいえ、それはラビたちのスピードが速すぎるだけのこと。
『ゲーム』全体の流れからすれば『ほんの少し遅れ気味』という程度である。
ともあれ、レベル5を倒すことが出来るようになり、少し自信のついた一行は、試しにと高難易度クエストへと挑戦してみたのだ。
彼女たちが選んだクエストは高難易度を謳ってはいるものの建造物破壊が出来ないという制限しかなく、またクエストのクリア条件も『ダンジョンの奥に到達する』という、『探索型クエスト』と呼ばれるものであるため危険は少ない……はずだった。
”シャロ、
「わかりません……《アルゴス》の範囲には見えないですぅ……。で、でも
「うわっ、ヤバい! 走って!!」
辺りにモンスター等の気配がない、と思って少し休憩していたのだが、すぐに三人は窮地に追い込まれたことに気が付く。
今三人は少し広めの通路――前後が見渡せるので敵が近づいてきてもわかりやすいからだ――にいたのだが、その両方からモンスターの群れが接近してきているのがわかった。
彼女たちがやってきた方向からは、人間の大人程の大きさがある巨大トカゲ型のモンスターの群れ、進行方向からはこれまた大人の頭部程もあろうかというコウモリの群れが迫ってきている。
「……コウモリの方は
「た、多分……」
”仕方ねぇ、このまま前進して突っ切るぞ!”
トカゲとコウモリ、どちらが脅威かと問われれば――『ゲーム』の都合的にも、彼女たちが今直面している危機の意味でも、トカゲの方が脅威である。
『リザードファルス』という名の巨大トカゲのモンスターレベルは3、対して『ヴァンパイアバット』はレベル2だ。どちらも群れとなっている以上、レベルの高い方が厄介というのは間違いない。
ただ、それはあくまで『ゲーム』的な都合での脅威度だ。
「シャロ、アタシが前に出て突っ込むから、後ろ気を付けてて!」
「う、うん!」
ほぼ戦闘力のないシャルロットが前に出ることはまずありえない。
ブーメラン型の霊装『牙神』を剣のように持ち、ジェーンがコウモリの群れへと突進。その後をトンコツを抱きかかえたシャルロットが追いかけて行く。
……その更に後ろからはトカゲの群れが追いかけて来る、という構造だ。
「あー、もうっ!! アクション《ベルゼルガー・モード:グリーン》!!」
ジェーンが自らの魔法を解き放つと共に、その体が薄い緑の光に包まれる。
『冥界』での戦いにおいて使った《ベルゼルガー》の派生魔法――自らの肉体そのものを指定した『属性』へと変換する魔法である。
レッドならば『炎』、グリーンであれば『風』といった具合だ。
制御が難しく、一歩誤れば肉体を保つことが出来ずに霧散してしまうという危険な魔法ではあるが、使いこなせればこれほど心強い魔法はない。
トンコツたち一行がラビたちと行動を共にせず自分たちだけでクエストに挑んでいたのは、ジェーンのこの新たな《ベルゼルガー》を物にする修行のためだった。
結果としてジェーンは何とか《ベルゼルガー》を制御することに成功。シャルロットのサポートを加えつつも、彼女たちだけの力でレベル5のモンスターを倒すことが出来たのだが……。
「うにゃあぁぁぁぁっ!!」
『風』と一体化したジェーンが通路を駆け、コウモリたちを巻き込んで叩き落していく。
いかに超音波で障害物を察知しながら飛行しているとはいえ、周囲の大気が激しく渦を巻いている状況ではコウモリたちも飛んではいられない。
”とどめを刺す必要はない、一気に駆け抜けるぞ!”
「おっけー!!」
墜落し、あるいは壁に叩きつけられたコウモリたちを倒す必要はない。
トンコツの指示通り、ジェーンはコウモリへと追撃を加えることなく、一直線に通路を駆け抜けようとする。
「……うわぁ……後ろ、酷いことになってる……」
”……ああ”
ジェーンの後ろから着いてきているシャルロットたちは、ちらりと後ろを振り返ると――動けなくなったコウモリに、トカゲが群れとなって襲い掛かり次々と噛みついている様子が見えた。
”……拙いな、これ……”
「ですね……」
「うー……でも
”そうだな……”
ジェーンの言葉通り、コウモリたちはトカゲに襲われはしたものの、死んではいない。
それどころか深く噛みつかれたにも関わらずむくりと起き上がり、トカゲと一緒になって後ろからジェーンたちを追いかけ始めてきた。
”シャロ!”
「はい! コンビネーション《プリズムウォール》!」
すぐさまシャルロットは《アルゴス》を操作――幾つもの《アルゴス》が光の線を照射、それぞれが結びついて『壁』を形成し通路を塞ぐ。
《アルゴス》の光の壁に阻まれ、トカゲたちの足が止まった隙をついてジェーンたちは更に距離を稼ごうとする。
「……もー! ほんっと何なの!?
まだまだ通路は続いており、コウモリも断続的に襲い掛かって来る。
それらを振り払いながらジェーンは若干涙声でやけくそ気味に叫んだ。
――『あいつ』……この事態を引き起こしたと思われる、異様なユニットのことである。
見た目は他のユニットと同様……いやそれ以上に特徴に乏しい、一見するとユニットとは思えないような普通の少女のような外見だった。
着ているのは
……それだけならば――言葉は悪いが――漫画にでも出て来るような『(没落した元)清楚なお嬢様』と言えないこともない。
だが……。
――ぅ……ぁぁ……
「!? ひぃっ!? あ、あいつの声……!?」
”ああ、俺にも聞こえた! クソっ、どっかから回り込もうとしているのか!?”
どこからか響くうめき声に、ジェーンが怯えたような悲鳴を上げる。
それと共に、ペタ……ペタ……と水気を含んだ足音が
「ひっ、前から来た!?」
ペタペタと言う足音――それは、彼女が足に何も履いていないからだ。
素足で石造りの通路を歩いているために、そんな足音に聞こえているだけである。
ゆっくり、ゆっくりと……通路の奥から現れたのは――先のワンピースの少女だったが……。
「う……ぅ……お……」
それは、生きた人間ではなかった。
先程上げた見た目の特徴など些細な話だ。
彼女の特異な見た目は――そんなものではない。
「うぐっ……!? こ、こいつマジでアタシの天敵だよぅ……」
彼女が近づいてくるとより強くなる『臭気』にジェーンは顔を顰める。
ジェーンの持つ
臭いというのは度を越えるとそれだけで『攻撃力』を持つ凶器と化す。
パッシブ故に自分でコントロールできない《ユーバーセンス》が、
”ちくしょう……こいつも
後ろから迫るトカゲたちも脅威だが、それよりも目の前にたつ少女の方が圧倒的に脅威だ。
それこそ、レベル5のモンスターですらこの少女に比べたら与しやすい相手だと言えるほどに。
「うぅっ、やだもぅ……
「ぐすっ、アタシだって苦手だよっ!?」
――ある点を除いた見た目だけを語るのであれば、『清楚なお嬢様』だろう。
だが、彼女はそうではなかった。
『ゾンビ』――シャルロットの言葉通りの存在だったのだ。
全身の肉体はどす黒く変色し、ところどころ崩れ落ち、気色の悪い体液を垂れ流している――水気を含んだ足音というのは比喩ではない。じゅくじゅくと体液を垂れ流しながら歩いていたためである。
目は虚ろ……これも比喩ではなく、眼球は腐り落ちぽっかりと虚ろな穴が開いている。
辛うじて歯は残っているものの、唇は醜くひび割れまともな言葉を発することもない。
彼女の名は『ベララベラム』。トンコツの言う通り、ドクター・フーと同じく名前以外のステータスが一切わからない存在である。
ベララベラムの持つ能力は推測することしかできないが、一つだけ非常に厄介な能力は確実にわかっている。
ジェーンたちの後ろから追いかけて来るトカゲやコウモリ……それらはもはや
「……ダメだ、逃げられない!
師匠、あいつをどうにかして突破するよ!」
”ああ、わかってるとは思うが、絶対に噛みつかれるなよ!”
「うん!」
ベララベラムの動きは、『ゾンビ』の見た目通りでかなり緩慢だ。
油断したりしなければそうそう攻撃を食らうこともない……とは思うが、それでも何をしてくるかわからない。
「アクション《パワフルスロー》!!」
だからジェーンは迂闊に近寄ることはせず、遠間からブーメランを投げつけて遠距離攻撃で片を付けようとする。
高速で回転し襲い掛かるブーメランを、ベララベラムは受け止めようとゆっくりと手を上げるが、全くスピードが追い付いていない。
「ぐ、ぅ…………ぉ……」
ブーメランがベララベラムの右腕を叩き潰し、切断。
「うぇっ、気持ち悪い……」
腐った肉片が霊装に付着しているのを見て顔を顰めるも、攻撃そのものが効いていないわけではない。そのこと自体は喜ぶべきことだろう。
しかし、それが決定打にならないこともジェーンたちは既に知っている。
”足だ! 足を潰せ!”
「うん! もういっちょ、アクション《パワフルスロー》!」
腕を潰されたにも関わらず、ベララベラムは苦痛を感じる様子もなく――見た目通りの『ゾンビ』なのだろうか――ゆっくりとジェーンたちに近づいてくる。
とりあえず動けなくすれば逃げることが出来る。そう考えたトンコツはベララベラムの足を潰すことを指示、ジェーンもそれに従いブーメランを再度投げつける。
「……ろとぅん」
が、ブーメランが投げつけられると同時にベララベラムが魔法らしきものを使用する。
すると破壊不可能なはずの床が一瞬で溶け落ち、ベララベラムの姿が床下へと消える。
”くそっ、逃がしたか!?”
「いや、でも勝手に下に落ちてくれたし、今のうちに!!」
ベララベラムの魔法――名前からしておそらく『
だが事実として床はロトゥンによって一瞬で腐り落ちてしまっている――ただ、攻撃を回避するために使ったのだろうが、ベララベラム自身も穴に落ちてしまったためにすぐさま追撃を仕掛けることが出来ないでいる。
これを好機と見て、ジェーンたちは穴を飛び越えて先へ、先へと進んで行く。
”……訳が分からんが、どうやらあいつの魔法はこのダンジョンの床やらも壊せるみたいだな……”
「は、はい。だから前から回り込んできたりしているんじゃないかと……」
「もー! ゾンビっぽく動き鈍いくせに、先回りとかやめて欲しいんだけど!」
――いや、逆に安全だと思ったところにいきなり現れるところなんか、ゾンビっぽいと思うけどな……。
トンコツのその感想はとりあえず口には出さずにおいた。
やや自爆気味だったとはいえ、ベララベラムは床下に落ちてしばらくは這い上がってくることは出来ないだろう。
ならば今のうちに距離を稼ぎ――クエストの
最奥の部屋に辿り着ければクエストはクリアできるのだ。そうすれば脱出アイテムを使って逃げ出すことも出来るだろう。
「…………あ」
しかし、三人は失念していた。
ベララベラムが彼女たちの
「ま、前からも
――ベララベラムの恐るべき点は、破壊不能なオブジェクトをも腐食する魔法でも、ゾンビの如き異様な見た目でもない。
先の交戦で接近戦を避けた理由でもあるのだが、理屈は不明にしろベララベラムは他者をゾンビ化させるという能力を持っているのだ。
最初に三人が追われていたトカゲの群れも、既にゾンビ化していた。
トカゲに襲われたコウモリが喰われることなく、また復活して襲い掛かって来たのもこのためだ。
そんなベララベラムが彼女たちの
「くっそー!? こうなったら、《レッド》で一気に焼き尽くして――」
「!! ジェーンちゃん、横!!」
全身を炎の塊へと変える《ベルゼルガー・モード:レッド》ならば、ゾンビを焼き尽くすことも可能だ。
ただ、《
それゆえ今までは使っていなかったのだが、前後をゾンビモンスターに囲まれた状況では使わざるをえない。
そう決断したジェーンに、悲鳴のような声でシャルロットが警告の声を上げる。
「――んなっ!?」
「うぅぅ……お……ぉ……!!」
一体どのようなルートを辿ったのか定かではないが、ジェーンの横の壁が腐り落ち、そこから出現したベララベラムが襲い掛かって来たのだ……!
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