第6.5章3話 Who is she?(後編)

 昼休みが終わり五時間目の授業となる。

 五時間目は国語だ。当然、教室での授業である。


”……か……”


 授業開始のチャイムと共にありすの視界と共有。クラスの子を確認すると……すぐにもう一人の子は見つかった。

 前はまだユニットになっていなかったが、今見ると既に誰かのユニットとなっているらしい。

 ありすの席は割と後ろの方にあるためちょっと顔を上げればクラスのほぼ全員を視界に収めることができるのだけど、当然ながら顔まではわからない。

 うーん、後ろ姿だけだとよくわからないな……。


『”ちょっと桃香の方と視界共有するよ”』

『はい♡ どんとこいですわ♡』


 桃香の席はありすよりも右前方――教室の前半分になる。

 問題のユニットの子とはほぼ横並びになっているのでやっぱり確認しづらいが……。


『”ごめん、少しだけ横向ける?”』

『おやすい御用ですわ』


 不自然にならないように、ちょっとだけ桃香が顔を横に向けてくれる。

 ……んー、だけど間に入っている子たちの顔しか見えない……。


『ラビさん、どのあたりの席の子?』

『”えっと……”』


 ありすの席からだと説明しづらいので、桃香から見てどの位置にいるかを二人に伝える。


『…………スバル?』

『…………ですわね』


 『スバル』という名前の子らしい。

 ふーむ、どういう子なのか、フーの可能性があるのかどうか、とか色々聞きたいことはあるけど……。


『”じゃ、授業頑張ってね。終わるまで待ってるから”』


 別に授業中に話す内容ではない。

 二人にはしっかりと勉強に集中してもらうこととしよう。

 私はさっさと視界共有を打ち切り、五時間目が終わるのを待つことにした。

 ……微妙に二人から不満気な気配が伝わって来たけど……だからといって授業を疎かにするわけにはいかないでしょ。




*  *  *  *  *




『んー、スバルかー……』

昴流すばるさんですか……』


 今日は五時間で授業が終わりなので、もう皆は帰るところだ。

 あれだ、『帰りの会』とかやって終わりである。

 先生が何やら話しているけれど、そこまで重要なことではないと思ったのか、二人の方から私へと遠隔通話を寄越して来る。

 ……寄越して来るなり、揃ってこれである。


『”ほらー、二人ともまだ先生話してるよ”』


 とまぁ口で注意はするものの、そこまで大切な話をしているわけでもないのでそこまで咎めたりはしない。

 配られたプリントとかもちゃんと受け取って後ろの人に回したりしているし……なかなか器用なことするなぁ、二人とも。

 それはともかく、帰りの会も特に何事もなく終わり、委員長の桃香が号令をかけて終了。

 後は家に帰るだけである。


『”んー、帰る前にちょっと昴流さんの顔を見ておきたいかな?”』


 私のリクエストに応え、ありすと桃香の両方が昴流さんの方へと顔を向ける。

 昴流さんは……あ、なんか白鳥院さんたちと話しているな。仲いいのだろうか?

 そんな昴流さんの容姿だけど……うわ、何かびっくりするくらい綺麗な子だな……。

 顔立ちは非常に綺麗に整っている。桃香も(中身はともかく)『美少女』っていう分類なんだけど、桃香はどちらかと言えば『可愛らしい』という表現なのに対し、昴流さんは誇張抜きで『綺麗』としかいいようのないタイプだった。将来、ものすごい美人になりそう。

 さらさらの黒髪のショートカットなんだけど、ボーイッシュって感じも受けない。どこか愁いを帯びているかのような、年の割には『陰』のある表情と雰囲気がまた更に美人度を上げているかのようだ。

 でもちょっと気になるのは……着ている服かな。濃紺のパーカーに黒いズボンと、まるで男の子にしか見えない。

 うーん、お兄さんがいてそのおさがりを着ているのだろうか。他所の家庭のことなので口出しは出来ないけど、もったいないなぁと思ってしまう。


『”うん、ありがとう二人とも。昴流さんの顔も確認できたよ”』


 あんな綺麗な子、一度見たらそうそう忘れることはないだろう。

 ……いや、まぁ覚えておいてどうなるって話でもないとは思うけど、念のためだ。ありすたちの近くに別の使い魔のユニットがいる――そのことに対して多少なりとも情報は握っておきたい、というのはそう腹黒い話でもないと思う。


『”じゃあ帰ろうか。何か学校に残る用事あるなら、私は先に帰るよ”』

『ん、今日はなにもない』

『わたくしもですわ。……そうですわ、ありすさんの家に寄ってもよろしいですか?』

『ん、おっけー』

『”あんまり遅くならないようにね”』


 手がかりゼロとは言え、一応今日の目的は完了した――達成できたわけじゃないが。

 その報告とまとめも兼ねて、ありすの家で話をしようというのだろう。

 暗くなるのも早い時期だしそんなに長い時間話してはいられないだろうが……。

 美々香にも声を掛け、三人は揃って学校を後にするのであった。




*  *  *  *  *




 ありすの部屋へと、桃香と美々香がやって来た。

 ……そういえば桃香の部屋には皆でよく集まってるけど、ありすの部屋ってのは初めてかもしれないなぁ。桃香はしょっちゅう来る印象あるけど。

 そのことを口にしてみると、どうやら美々香の家が結構遠いので、学校帰り以外で集まるのであれば中間地点となる桃香の家が一番都合がいいらしい。

 なるほど。だとすると、美々香の家に集まるのもちょっと難しいかもね。


「で? すばるんがユニットなんだっけ?」


 帰ってくる途中にありすたちが説明したのだろう、美々香が尋ねて来る。

 昴流だから『すばるん』か。いや、まぁそれはいいや。


”うん。どうやらそうみたい。

 前にヴィヴィアンが誰か、って探していた時にはまだユニットじゃなかったんだけど、その後に誰かのユニットになったみたいだね”


 ヴィヴィアンの正体が『ありすを知る誰か』ということがわかり、クラスにいるのではないかと捜索したことがあった。

 その時に、桃香と美々香がユニットであることがわかったのだった。あの時はまだ昴流さんはユニットではなかったため、ヴィヴィアンの候補からは外してしまい、それっきり忘れていたんだけど。


「んー……スバルは、流石に違うと思う」

「そうですわね。ちょっと思い当たる動機もありませんし」


 昴流さん=ドクター・フーの可能性はゼロではないが、二人の様子からしてありえないだろうとのことだった。


「まぁあたしもないとは思うけどねー。

 ……でもさ、ほら何て言うんだっけ……? 前にカナ姉ちゃんが言ってた――えーっと、そうだ。『ヤンデレ』! それだったら何かありそうな気はするねー」


 んん? 昴流さんがヤンデレだとなんでそうなる?


「……昴流さんが他の邪魔者を全部消して、ありすさんを一人にする……ということでしょうか? うーん、ありえないことはないですが、今回の場合だと昴流さん自身も死ぬ可能性がありましたし……」

「……スバルは違うと思う」

”待った待った! なんでそんな発想になるわけ?”


 桃香みたいな子が同じクラス内に他にもいるってことか? どうなってんだ最近の小学生……。

 だが、私の心配? は杞憂に終わった。


「ん? ラビさん、勘違いしてる?」

”勘違い?”

「ああ、もしかしたら……ラビ様、昴流さんのことを女性だとお思いでしょうか?」

”へ? 違うの?”

「すばるんは男の子だよー」


 うっそ、マジで!?

 服を除けば、本当に女の子にしか見えなかったけど……それもかなりの美少女に。

 ……あ、だから服が男っぽかったのか!


「スバルは……名前は、昴流――なんだっけ?」

「『雪彦』ですわ」

「そーそー、確かそんな名前だったね。皆して『スバル』とか『スバルちゃん』とか呼ぶから、あたしも忘れてたわ」


 酷いな。いや、まぁ性別違うクラスメートの下の名前なんてそんなもんかもしれないけど。

 昴流さん――改め、昴流雪彦君か。


”どんな子なの?”


 三人の感触的にはフーではないっぽいけど、まぁ聞いておいて損はないだろう。


「えっと、白鳥院さんがありすさんと仲がよろしくない原因……話しましたっけ?」

”うん。確か……白鳥院さんが好きな男子が、ありすと仲がいいから……だったよね”

「はい。その男子が、昴流さんですわ」


 おっと、そういう繋がりだったか。

 そういえば帰る時に白鳥院さんが何やら話しかけていたっけ。

 肝心の雪彦君の方はというと、嫌がっている素振りもなかったけど……よくわからなかったな。


「スバルは、わたしと同じ、図書委員」

”ああ、だからか。

 ……で、実際仲いいの?”


 ありすが男子と仲がいい、というのが何だか想像できない……思わず聞いてしまった。

 が、ありすはちょっと困ったような顔で首を傾げるだけだ。


「まー、悪くはないだろうけど……同じ図書委員ってくらいだよねぇ」

「ですわね」

”なるほど……?”


 まぁこの辺りも小学生ならよくあることだろう。

 仲がいいというよりは、同じ委員会なので絡む機会が多いということだ。それが雪彦君を好きな白鳥院さんからすると面白くない、ってことかな。


「あと……おえかきが上手」

「そーそー。っていうか、図工全般得意だよねー」

「一学期の時に粘土で作った像……すごかったですわね……」


 ふむ、見た目に似合わず……って言ったらアレだけど、手先が器用な子なのかな?


「成績は……『桃香ライン』は余裕で超えてるね。むしろ男子の中じゃ一番じゃない?」

「そうですわね……って、桃香ラインって何なんですの!?」

「ん、気にしない」

「気にしますわ!?」


 成績は全般的に悪くはなさそうだ。その中でも特に図工とかそっち系に強いってことかな。

 『桃香ライン』については……うん、まぁ大体予想つくし突っ込むのはやめておこう……。


「うーん……特別なことって強いて言うなら、ちょっと体が弱い、かな……?」

「ん、よく風邪ひくみたい」

「確かに……よくお休みされますし、心配ですわ」


 ということで、体育は苦手みたいだ。

 ……さっきのマラソンでは、それでも桃香より前を走ってたみたいだけど。


”むー……やっぱりフーとは無関係っぽいかなー”


 白鳥院さんもそうだけど、可能性がゼロになったわけではないんだけど、逆に黒であると言える根拠もまるでない。

 とりあえずわかったことは、ありすたちのクラスに別の使い魔のユニットがいる――ということだけだ。

 それ自体は知っていても無意味ではないことだけど……本来の目的である『フーの正体』は結局わからずじまいである。


”……そういえばふと気になったんだけど、桃香は昴流君のことは平気なの?”


 男嫌いってわけではないのは冬休みの一件――これも例の厄介な親戚絡みの出来事なんだけど、まぁまたいずれ――で知ってはいるんだけど、だからと言って彼女の女好き……いや言い方悪いな、『女の子好き』ってのには変わりはない。

 今はありすや美々香のことが好きみたいだし、昴流君とありすの仲が(本質はどうあれ)いいとか気になるんじゃないだろうか。

 だが私の疑問に対し、桃香は首を傾げ、やがて私の言いたいことがわかったのかにっこりと笑って答える。


「昴流さんは全然平気ですわ♡ あの方は、もう実質『女の子』ですから」

”酷いこというなぁ”


 見た目は確かにどこからどうみても女の子だったけどさ。


「んー……わたしもちょっと気になることがある」

”うん? 何だい?”

「……『ドクター・フー』って、本当に名前?」

”……偽名じゃないか、ってこと?”

「ん」


 確かに……本名っぽくないんだよね。

 ユニットの名前って、本体の方の本名とは異なっていることが多いんだけど、人名であることがほとんどだ。

 ……まぁ中には『シオちゃん』みたいな『ちゃん』まで含んで正式なユニット名、みたいな変なことになってるのもいるんことはいるんけどさ。

 それでも『シオ』で一応名前っぽくなってるし、他にも『プラム』とか『オーキッド』とかもいるけど、一応人名に使っても不思議ではないとは思う……こっちの世界での名付けとして一般的なのかどうかはわからないが。

 そう考えると、『ドクター・フー』ってのはいかにも偽名っぽく思えて来る。


「えーっと、ドクターはお医者さん、だっけ?」

”そうだね。医者とか……博士とか、後は研究者とか……そんな感じかな?”


 イメージ的には『医者』が一番思い浮かぶ人が多いような気はする。

 フーも白衣を着ていたし、まぁ『医者』モチーフなユニットと言えばそうなんだろう。


「フーは?」

”……うーん……私も外国語ペラペラってわけじゃないから間違ってるかもしれないけど、『誰?』って意味かなぁ”


 スカウターで見るとカタカナ表記になっているので正確なところはわからないけど、まぁ多分『who』なんじゃないかと思う。

 あー、未確認戦闘機フー・ファイターっていうのもあったっけ。アレはスペルの綴りは……『Foo Fighter』だったかな? 『Foo』という線もないことはないか。

 まぁどっちにしてもあんまり人名に使う単語じゃないってのは確かだと思う。私が知らないだけで他にもあるかもしれないけど……。


「でも、ラビ様がスカウターで見た時は『ドクター・フー』という名前でしたとのことですし……」

”まぁね。んー、でも名前以外のステータスが一切見えないとか、ちょっとおかしな感じだったし、その辺も何か弄ってる可能性あるんだよねぇ……”

「ユニットの名前を自分で変えたとかはあるかもしれないけど、ラビちゃんの言う通りの意味だと……『医者・誰?』って変な名前だしねー」

”そうなんだよねぇ”


 『医者・誰?』は流石にアレだから、まぁ『謎の医者』とかそんな感じかなとは思う。

 どっちにしても、最初のユニット名として付ける名前としては普通なかなか選ばない名前なんじゃないかなぁ。

 スカウターで名前以外見えないこともあるし、そもそも『ドクター・フー』という名前に拘るべきではないのかもしれない――そうなるとますます手がかりが無くなっちゃうんだけど……。




 結局、ドクター・フーが一体誰なのか、という疑問は解けることはなかった。

 ありすのことを知っており、かつありすを苦しめることを目的としていて――それでいて自分の命すらも度外視している、というちょっと普通とは思えない人物像……。

 彼女がこの先も私たちの前に立ちはだかるであろうことは想像に難くない。

 ……相変わらず姿を見せないクラウザーといい、ドクター・フーといい……非常に厄介な人物に目を付けられたもんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る