第6章49話 エピローグ ~ありすの帰還

 翌日1月7日――時刻は15時過ぎ。

 私と桃香は恋墨家の前までやってきていた。


「もうそろそろでしょうか?」

”そうだね。さっきありすから遠隔通話来たし、もう葦原沼には着いたみたい”


 何でここにいるかというと、ムーから帰国するありすたちを出迎えるため――それと私の引き渡しのためだ。

 言葉通り、さっきありすから葦原沼まで着いたという連絡は来た。

 そこから電車で帰ってくるのかと思ったら、美奈子さんが疲れたからという理由でタクシーに乗って帰ってくるらしい。

 葦原沼から車でなら混んでいなければ10~15分くらいだろうか。

 もうそろそろ帰ってきてもおかしくはない。


”桃香、寒くない?”


 私は暑さ寒さを感じないのでよくわからないが、一月の頭だ。寒くて当然だと思う。

 ついさっきまではあやめの車の中で待機していたので大丈夫だろうが、今は外だ。寒いんじゃないかと心配になって聞いてみた。


「いえ、大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございますですわ♡」


 強がるでもなく、桃香は笑顔でそう返して私をより強く抱きしめる。

 まぁふわふわの服着ていてあったかそうだし、大丈夫ならいいんだけど。

 ちなみにあやめはどこかへ車を停めに行っている――恋墨家の前の道路は一車線なので、下手に車を停めてしまうと道を塞いでしまうからだ。

 ……まぁ彼女の車がなければ、ありすへのお土産かつ私の宝物である海斗君のサインを持ってこれなかったので感謝はしている。桃香も一人で歩かせるの怖いしね。




 そうしてしばらく桃香と小声でおしゃべりしながら待っていると、通りの向こう側からあやめと共にありすたちの姿が見えてきた。

 何であやめと?


「ん、ラビさん、トーカ」

「あら~、寒かったでしょう? ほら、中に入って入って」


 二人とも旅行の荷物の他にコンビニの袋を下げている。

 どうやら真っすぐ家に帰らずにコンビニで降ろしてもらって買い物をしていたようだ。

 多分あやめも車をそこに停めたのだろう。で、私たちより先にありすたちと出会い、一緒になって戻って来たのだろう。

 ……彼女の手にもコンビニの袋が持たれているところを見ると、ありすたちの分も持って行っているみたいだ。全部ってわけじゃないみたいだけど。


”おかえりなさい、ありす、美奈子さん”

「おかえりなさいませ♡」

「ん、ただいま。

 それと、あけましておめでとう」


 いつもどおりのぼんやり顔のまま、ありすはそう言ったのだった。




*  *  *  *  *




 旅行から帰ったばかりで疲れているだろうし、と固辞する桃香たちであったが、


『うちに来たお客様におもてなしもせずに帰すなんて、出来るわけがないでしょう?』


 とどこかで聞いたようなことを言う美奈子さんに押し切られ、桃香・あやめ共々今ありすの部屋にお邪魔している。

 ……いや、まぁ私的には久しぶりに戻ったんだけどさ。自分の部屋ではないけど。

 今日の夜は流石に料理するのも面倒だし、買い物もしたくないということでピザの出前を取るとのことだ。ただ、飲み物やらが全然ないため、コンビニでそれだけ買ってきたようだ。


”はい、これありすに”

「ん、ありがとう、ラビさん」


 ありす分の海斗君のサインを渡すと、ほんのわずかだけど笑顔を浮かべてありすは受け取ってくれた。

 この子の場合、反応が普段から薄いだけに読み取りにくいけど、笑顔を浮かべたということは喜んでいると思っていいだろう。

 後日、私の分のサインと一緒に飾る、と言っていた。


「わたしからも、ラビさんに」

”私に? ありがとう”


 そう言って私に渡したのは――って、これ?


”私のキーホルダー?”

「ん、向こうでわたしも見つけてびっくりした……」

「ラビ様そっくりですわねぇ……」


 何と、私そっくりの人形のキーホルダーだった。

 話を聞くと、私みたいな姿の動物がムーにはいるらしい。

 ……現実には存在しない謎生物だと思っていたけど、実はこの世界には普通にいる生き物なのかも? まぁこの国にはいないみたいだけどさ……。

 このキーホルダーなら、クリスマスに貰った私の服にアクセサリーみたいにくっつけることが出来るだろう。

 うん、嬉しいもんだ。


「トーカとミドーにもお土産買ってきた。今度ミドーがいる時に一緒に渡す」

「はい♡ 楽しみにしていますわ」

「後、すず姉となつ兄にも……」


 桃香たちはともかく、そっちの二人には渡すのはちょっと調整が必要かな?

 まぁ千夏君に連絡すれば、美鈴とも話はつけやすいだろう。

 ……って、この場にいるのにあやめには無しかな? まぁ年の離れたお姉さんだし……と思ったけど、


「鷹月おねーさんにも」

「あら、私にもですか? ありがとうございま――」


 ありすの差しだしたものを受け取ろうとしたあやめが硬直した。

 ……何を渡そうとしたんだろう、と思って見てみると……。


”……これ、なに? お札?”


 何やら謎の呪文が書かれているお札だった。

 あ、怪しすぎる……あやめでなくても思わず硬直するわ。


「ん、ムーのお守り……」

「あ、あぁ、お守りですか。良かった……」


 怪しい呪術のアイテムっぽく見えるもんねぇ……。

 ほっとしたようなあやめだったが、続くありすの言葉に再び硬直することとなった。


「『交通安全』のお守り」

「………………お気遣いありがとうございます……」


 自覚はしていないだろうが、ありすの無慈悲な追い打ちに流石のあやめも自分の運転の未熟さを自覚してくれたようだ。

 ……多分。




 その後しばらくは部屋でコンビニで買ってきた飲み物とおやつをつまみながらまったりとしていたのだけど、千夏君から家に戻ったと連絡が来たので私たちは一旦マイルームへと移動することとした。

 あやめはいつも通り部屋でありすたちの様子を見守ってもらいつつ、美奈子さんが部屋に来た時に誤魔化してもらう役割を担ってもらう。


「なつ兄、あけおめ」

「おう、あけおめ。アニキとお嬢は昨日ぶり」


 ありすがムーに行ってから、なんだかんだでほぼ毎日顔を合わせてたよなぁ、振り返ってみると。

 まぁこれからはまた学校が始まったりするし、千夏君と直接会うことはぐっと減ってしまうだろう。

 千夏君へもお土産があることを伝え、美鈴と会うことの調整をつけてもらうこととする。

 『……まぁ、いいっすけど』と若干不満そうだったのは気のせいではないだろう……これ、美鈴かなり危ないんじゃないか……? 私から助け船だすことも出来ない状況だけど……。

 ま、それはともかく。


「で、何か面白いことあった?」


 ……いきなりそう来たかぁ……。

 だがありすが聞いてくることは予想済みだ。私たちは事前に相談してカバーストーリーでっちあげを共有しているのだ!


”そうだねぇ。『ゲーム』で福袋が売ってたからそれ買ったよ。あー、あとモンスター倒したりすると貰える『称号』ってのが増えたね”


 称号についてはどうせすぐにバレるのだ、隠しておく必要はない。

 案の定ありすは食いついてきた。

 自分についている『神殺し』の称号を見て、あっさりと『嵐の支配者』を倒したものだろうと見当をつけている辺り、流石にゲームに慣れているだけある。


「それと……おめーにもサイン渡したろ? 紅梅海斗先輩に会ったぜ」

「そうそう。紅梅さんも『ゲーム』の参加者だということがわかったので、一緒にクエストに行きましたわ!」


 ここがポイントだ。

 サインをもらったという時点で、海斗君のことは誤魔化しきれないだろうと踏んでいた。

 なので、ここも正直に伝える必要がある――ただし、具体的に海斗君たちと挑んだ『ムスペルヘイムとの戦い』について、更には報酬で貰った神核コアについては触れない。

 『????』なんてアイテムを見られたら終わりかもしれないけど、今まで持っていた白い神核についてはありすも気付いてなかったし、マイルームにある私のアイテムボックスに放り込んでおけば今後も気付かれることはないだろう……と思う。


「…………ふーん」


 疑うように私たちを見ていたありすだったが、やがて納得してくれたようだ。

 まぁ嘘はついていないしね。全部話してないってだけで。

 正直ありすに隠し事する必要があるかどうか、大分あやしいところはあるんだけどね。ありすが何を言っても、結局もうムスペルヘイムと戦うことは出来ないんだし……神核だって私がダメって言ったらよっぽどのことがない限りは納得してくれるだろうし。


「んー……じゃあ、クエスト行きたい」

”えー? うーん、千夏君は時間大丈夫?”

「っす。今日は平気っす」

”じゃあ、ありすも旅行から帰って来たばかりなんだし、桃香たちが帰る時間もあるから一回だけね”

「ん、わかった」


 一週間以上『ゲーム』に挑めなかったのだ。まぁこれくらいはいいだろう。

 ……そう思って了承したのが間違いだと気づいたのは、後のことだった……。




 週末だということで、レイドクエストが出てきていたのだ。

 目ざとくありすはそれを見つけ、行きたいと主張――桃香と千夏君も一回なら多少時間かかっても問題ないだろうと判断したのだろう、了承した。

 早々トラブルに巻き込まれることもないだろうし、今日まで我慢してきたのだからと私も甘い顔をしたのが間違いだった。

 クエスト自体は問題なく片付いた。

 『凍龍』という見たことのない、氷属性の大型のドラゴンが出てきたりはしたものの、アリス・ヴィヴィアン・ジュリエッタの三人が揃っている以上問題なく倒すことが出来た。

 ……出来たのだが……。




「…………ふーん」


 クエストを終えマイルームに戻ってくるなり、再度疑わし気な視線を私たちへと向けるありす。

 う、何だ……何かミスったか……?


「ほんとに、面白いこと、なかった?」


 確認するように尋ねて来る。

 こ、これ……何か気付いている……? い、いや、私たちのカバーは完璧だったはず……!?


”な、何もなかったよ! 本当だって!”

「そ、そうですわ! ねぇ千夏さん?」

「あー、まぁ……嘘はついてねぇし」


 全部話してないだけで。……あ、一応隠し事してることにはなるか。

 尚も疑わしそうな目を向けて来るありすだったが、


「……なつ兄」

「な、なんだよ?」


 狙いを千夏君へと定め――


「ちくビーム!」

「だからやめろって!?」


 まるで私をお風呂へと連れ込む時のような俊敏さで千夏君へとちくビームを繰り出す。

 今回は上半身が裸ではないのでダメージは少ないが、嫌なものは嫌なのだろう。手で胸を隠して必死に防ごうとする。


「だ、大体何を根拠に……」


 そ、そうだよ。何の根拠もなしに疑われたんじゃ、こっちとしてもどうしようもない。

 ……いや、まぁ実際今回に関しては隠し事してはいるんだけどさ……。


「んー……ジュリエッタが、見たことのない攻撃メタモルしてた」

「う……」


 ……あー、アレか……。

 ありすが言っているのは、《光神剣態クラウソラス》のことだろう。

 プラムとの対戦の時だと《災獣形態・焔ビースト》で変身した後に尻尾だけを剣に変えていたメタモルだけど、本来は結構特殊な変形をするメタモルなんだよね。

 『肉』の消費をしない、モンスターのメタモルでベースとなる『剣』に姿を変え、そこから更にライズのようにモンスターの力を足していく――名前通りの『剣への変形』をするメタモルなのだ。

 今回のレイドクエストでは、凍龍をはじめとして氷属性のモンスターが多く出てきた。

 それらを効率よく退治するために、ジュリエッタが《光神剣態》を使って剣と化し、アリスがそれを振るって魔力を節約しつつ攻撃していったのだ。

 《光神剣態》に使われているモンスターの素材としては、当然ムスペルヘイムも含まれる――というより、ムスペルヘイムの力を効率よく運用するためにジュリエッタが編み出したのが、《光神剣態》なのだ……。


「ヴィヴィアンも、見たことのない召喚獣を使ってた」

「わ、わたくしは…………うー……」


 更に悪いことに、ヴィヴィアンも《ヴォジャノーイ》やら《カリュブディス》やらを使って攻撃したんだよね……。

 前に天空遺跡で氷晶竜相手にホーリー・ベルがやった、水で攻撃して氷属性の相手を凍り付かせるというアレを思い出した私が、相手の動きを纏めて封じるために指示したんだけどさ……。

 ありすの推理は続く。


「ジュリエッタが見たことのない炎の攻撃をした、ということは相手は炎属性のモンスター……それも、普通だと攻撃出来ないような相手……だからヴィヴィアンが新しい水属性の召喚獣を作った……」


 うわぁ、当たってるよ、それ……。

 メタモルや召喚獣はどうせいずれ見られることになるだろうし、特に封印する理由もなかったので二人は気軽に使ったんだけど、まさかそこからありすに気付かれるとは……。




 ……結局、ありすの追求から逃れることが出来ず、私たちは正直にムスペルヘイムのことを話すのであった……。

 ありすには『わたしがいない時にずるい』って拗ねられたけど、どうしようもないことは本人もわかっているのであろう。千夏君へのちくビーム三連発で勘弁してもらった。

 ともあれ、ありすも帰って来たことだし、冬休みももう終わり学校も始まる。

 私たちの日常が戻ってくるんだろう――この時はそう思っていた。




 だけど――この時既に、私たちを取り囲む状況は変わっていたのだった。

 私たちの知らないところで、複数の陰謀が蠢き……そして、ついに私たち――いや、私たちを含む全プレイヤーに向けて牙を剥き始めたのだ……。




第6章『繚乱少女』編 完

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