第6章48話 ムスペルヘイム・エクスペリメンツ

 1月6日――私が桃香の家に泊まるのも今日で最後だ。

 結構長い期間お世話になったなぁ……。

 ともあれ、明日にはありすが帰ってくる。以降はいつも通り私はありすの家で暮らすことになる。

 ……これを機に、ありすたちの間で了解が取れるなら私は恋墨家と桜家に交互にお泊りしてもいいかもしれない。

 桜家に滞在している間に、思った以上に桃香が寂しい想いをしているんじゃないかと心配になったためだ。

 ま、この辺りはありすが帰ってきてから相談かな。ありすと桃香の家、私の身体だと移動も結構大変だし。




 それはそれとして、昨日一昨日と二日間は特に何事もなく平和に過ごしていた。

 千夏君は塾の冬期講習が再開されたとのことで昼間は大体いなかったし、桃香も残りの冬休みの宿題を片づけたりしたりで揃ってクエストに行く時間があまり取れなかった。

 少し心配していたものの、ムスペルヘイムが倒されたことにより大きな地震がその後来ることもなかった。

 海斗君も桃京とうきょうへと帰って行ってしまったし、とにかく今回の件は完全に決着が着いたと見ていいだろう。




 ……で、今日なんだけど、二人とも時間に余裕があるということで揃ってクエストに行くことに。

 ただ今回は漠然とクエストに挑むというわけではない。きちんとした目的があるのだ。


”よし、じゃあ今回のおさらいね。

 まずはジュリエッタの消費した『肉』の補充をしよう”

「……うん」


 第一の目標は、ムスペルヘイム戦およびその後のプラム戦で大分消費してしまったジュリエッタの『肉』の補充だ。

 プラム戦前にも多少は補充しておいたんだけど、やっぱり消費する方が早い。

 『冥界』戦以前くらいのように、余裕があればいいんだけどねぇ……大型モンスターを吸収すれば実入りはいいんだけど、そもそも倒すためにジュリエッタが消費してしまうので効率的には若干微妙といえるところだ。

 なので――


”それともう一つの目的――”

「はい。プラム様からいただいた『ムスペルヘイムの神核コア』の確認ですね」

”うん。ぶっつけ本番は流石に怖いからね、事前に確認しておきたいな”

「じゃあ、何かあっても大丈夫なように、弱いモンスターのクエストに行く?」

”そうだね、ちょっと面倒かもだけどジュリエッタもメタモルを使わないでも倒せるくらいのクエストを数こなしていこう”


 第二の目標である『ムスペルヘイムの神核』の効果確認だ。

 魔法の強化をしてくれるということだけど、実際にどんなものかはまだ私たちは試していない。

 使い方とかはプラムから聞いているし、彼女も使っていたということだから危険はないんだろうけど……口にした通りぶっつけ本番は流石におっかない。

 なので、(アリスが帰ってくる前に)事前確認しておきたいと思っていたのだ。

 そのためにはいざという時に簡単に倒せるモンスターが出て来る、簡単なクエストの方が望ましい。

 ついでに弱いモンスターとは言え『肉』は『肉』だ。ジュリエッタの補充も出来る――メタモルを使わずにモンスターを倒せば、収支はプラスになるわけだし。

 二人とも私の目的は理解してくれているのだろう、素直に頷いてくれる。


”それともう一つ。私たちが前から持っていたらしい、白い方の神核も同じ効果かどうか確かめてみようと思う”


 暫定『嵐の支配者』――グラーズヘイムの神核と思しき、白い『????』についても試してみたい。

 もしかしたら似ているだけでムスペルヘイムの神核とは全く違うアイテムなのかもしれないし、やはり神核だったとしても効果が異なる可能性だってある。

 余裕のある今確認しておきたい事項だ。


”じゃあ、この辺りのクエスト行ってみようか”


 私が選んだのはいつもの荒野――に現れるメガリス退治のクエストだ。

 ……プラムと話した『ゲーム』の正体の可能性について考えると、実はこのメガリスって不思議な存在なんだよね……。

 私たちだけじゃなく、他のプレイヤーだって結構倒しているはずなのに、一向に数が減る様子がないのだ。

 もし『ゲーム』の舞台が仮想世界ではなくどこかの現実世界なのだとしたら……割と本気でメガリスとかって絶滅しかねない勢いで倒されてると思うんだけどねぇ……まぁこの辺りは私たちの想像に過ぎない。今は考えたって仕方ないことと割り切ろう。




*  *  *  *  *




 さて、いつもの見慣れた荒野へと到着。

 今回の討伐対象はメガリスが30匹とかなり多い――まぁメガリス1匹あたりの単価は物凄く安いので、今の私たちにとってはジェム的には全く美味しくないクエストなんだけど。

 目的は他にあるのだ。それはそれで構わない。というよりも、メガリスとは言え30匹という大量の数なので、ジュリエッタの補充としては割と良い部類なんじゃないかと思う。


”レーダーを確認っと……ふむ、メガリスは一か所に大体集まっているみたいだね”


 メガリスだと散発的に集まってくることが多いんだけど、今回のクエストだと最初から集団となっているみたいだ。

 ……まぁぶっちゃけ、今更メガリスが束になって掛かって来たところで、ヴィヴィアンにしろジュリエッタにしろ苦戦する要素なんてないんだけどね――魔法が使えない状態だと、流石にヴィヴィアンは少し危ういかもしれないけど、彼女の場合体力が有り余っているのでメガリス程度ではよほどのことがない限りはリスポーン待ちまで追い込まれることはないだろうとは思うが。


「ヴィヴィアン、どっちが神核試す?」

「……悩ましいところですわね……」


 まずは黒いムスペルヘイムの神核を試すつもりだとは伝えてある。

 で、二人のうちどちらが使うかというところなのだが……。


”うーん、もし問題なければ、ヴィヴィアンにお願いしたいかな?”


 別に二人して尻込みしているというわけではないとは思うが、一応私の意見を伝えてみる。


「わたくしですか? ご主人様のご命令に従いますわ」

「うん、殿様がそういうなら、ジュリエッタもそれでいい」


 あっさりと二人は頷いた。

 ……信頼が重いなぁ……。


”じゃあ、ヴィヴィアン、よろしくね”


 ヴィヴィアンで神核の効果を試すのにはちゃんとした理由がある。

 彼女の魔法は『召喚魔法』だ。いざとなれば、リコレクトで消すことも出来るしインストールさえ使わなければヴィヴィアン自身に危険はないだろうという判断だ。

 これがジュリエッタの場合だと自分の身体を変形させたりする魔法しかないので、何か会った時が怖い――特に以前に《終極異態メガロマニア》という暴走状態を見ているだけに。ヴィヴィアンにも《アングルボザ》というのがあるけど、インストールさえしなければ大丈夫だろうとは思う。

 アイテム欄から『????』――あ、アイテム名からだとどっちがどっちかわからないや……とにかく『????』を選んで、黒い方をヴィヴィアンへと渡す。


「……」


 黒い石を手に取ったヴィヴィアンがしばらくじっと石を見つめていたが、やがて石がすうっと消えていく。


”ヴィヴィアン、入ったの?”

「……そのようです。本当に念じるだけで取り込めるようですね」


 特に胸に当てたりする必要もないみたいだ。


「ふむ……? ああ、何となく実感できます。確かに『馴染む』までに時間がかかるようですね」


 プラムの説明では、神核を取り込んだ後に魔法が強化されるまで――『馴染む』という表現がぴったりだろう――ある程度の時間がかかるとのことだった。

 私には全くわからない感覚だけど、ヴィヴィアンにはわかるのだろう。

 どのくらいの時間がかかるかわからない。

 とりあえず馴染むのを待つがてら、私たちは徒歩でメガリスのいる方向へと進んでいった。


 しばらく適当におしゃべりしながら進んで行くと、群れとなっているメガリスたちがこちらに気付いたのか向かってくるのがレーダーの反応でわかった。


”二人とも、メガリスたちが来る!”

「はい。どうやらこちらも準備が出来たようです」

「……なら、ヴィヴィアンに任せる」

「ええ、お任せください――サモン《ペガサス》!」


 いつものように《ペガサス》を召喚、メガリスの手出しできない頭上からの攻撃をしようとするヴィヴィアンだったが……。


「え……!?」


 戸惑いの声を上げるヴィヴィアン。

 口には出さなかったけど私たちも同じだ。

 いつもよりも強烈な光が放たれ、そこから《ペガサス》が出現したのだけれども、その姿が全く異なっていたからだ。

 ヴィヴィアンの召喚獣はどれもポリゴンで作られたような、ひどく直線的な形状をしている。ポリゴンが『粗い』のだ、まるで初心者が始めて3Dモデルを作ったような姿をしているのだが……。


「おぉ……ペガサス――ううん、アリコーンだ……」


 現れたのは完全に『生き物』だった。

 どこぞの世紀末覇者が乗っているかのような、まるで化物みたいに大きな巨体の白馬――背中からはこれまた大きな鳥の翼が生え、額からは槍の穂先のような鋭い角が伸びている。

 まさしく、有角有翼の馬――アリコーンである。

 神核の力で魔法がパワーアップしたせいだろうか、まるで本物の生き物のように召喚獣が変化している。大きさも普段の《ペガサス》よりも二回りくらいは大きいと思う、人間が乗るのに到底適さないような巨体だ。

 これはかなりの戦闘力の向上が見込めるんじゃないだろうか?

 ……が、何か様子がおかしい。


「こ、コントロールが……!?」


 ヴィヴィアンがその背に乗ろうとしたところで、急に《ペガサス》がいななくと共に勝手に空中に駆け上がっていく。


「ま、待ちなさい《ペガサス》……!!」


 うわぁ……これ、嫌な予感がするなぁ……。

 召喚主ヴィヴィアンを置き去りに《ペガサス》が空中へと舞い上がりメガリスの群れへと突っ込んでいく。




 ――そこから起きたのは、目を覆いたくなるような虐殺劇だった……。




”う……っわぁ……”

「これはひどい」


 ほんの数秒の出来事であった。

 メガリスの群れへと突っ込んで行った《ペガサス》は、もう本当に暴れ回った。

 ……うん、他に適切な表現が思いつかないくらい、文字通り暴れ回ったのだ。

 上空から一直線に群れへと突っ込んで着地地点にいたメガリスを踏み潰し、地上に降りてからも馬キックで叩き潰し、額の角で突き刺し抉り……。

 見ていて可哀想になるくらい、メガリスたちは蹂躙されていた。


「……」


 一番呆然としていたのは、《ペガサス》を召喚したヴィヴィアンだった。

 メガリスたちの返り血を浴びた《ペガサス》はというと、暴走はしていないのか殲滅後にヴィヴィアンの元へと戻ると、ふごっふごっと恐ろし気な息を吐いてはいるものの、つぶらな瞳でヴィヴィアンのことを見ている。

 ……もしかして、褒めてもらいたいんじゃないだろうか……?


「が、がんばりましたね……」


 ヴィヴィアンも《ペガサス》の気配を察したのだろう、ややひきつった顔ながらも無理矢理笑顔を浮かべつつ《ペガサス》の首を撫でてやる。


「グロ注意」

”……あれ、食べる?”

「…………一応、食べられる、と思う……」


 一方で私とジュリエッタは《ペガサス》に蹂躙されつくしたメガリスの死骸の山を見て現実逃避している。いや、まぁ死骸見て現実逃避もへったくれもないけど。

 とにかくほとんどのメガリスが文字通りの『ひき肉』と化していて原型を留めていない。

 これは……うん、誇張抜きでグロ注意だ。

 ジュリエッタの【捕食者プレデター】ならば、まぁ問題なく吸収することは出来るだろうけど……気分的にはあんまり良くないっちゃ良くない。虫を食べるよりはいいかもしれない……? 大差ないか。


「……ご主人様」


 《ペガサス》をリコレクトしたヴィヴィアンが私に何か訴えかけるように視線を向ける。

 私は――鏡をみたらきっと渋い表情をしていただろう――そんな彼女に頷き返す。


”…………これは、封印だね”

「…………そうでございますね」

「…………御姫おひぃ様には、絶対ないしょ」


 三人の意見は一致していた。

 うーん、これ……確かに魔法の強化はしているんだけど、ちょっとだ。

 機動力重視で戦闘力そのものはそこまででもない《ペガサス》でこの有様なのだ。もし《ペルセウス》やらを呼んだらどうなるかわかったものではない。

 ジュリエッタには絶対に使えない。本当に《メガロマニア》の再来の可能性もある。

 んで、アリスの場合はというと……正直予測がつかない。《赤色巨星アンタレス》とかですら試すのは怖いけど、強化された神装――特に《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》辺りを使ったら誇張抜きで世界を滅ぼしかねない。




 その後、恐る恐る色々と(ヴィヴィアンには悪いけど)試してみた――いや、封印するのは確定なんだけど、もう少し性質とか知っておきたかったし。

 結果、『魔法の強化は一度限り』であるということ。強化した魔法を使った後は、一度神核を取り出して再度取り込みなおさないと意味がないということがわかった。

 取り込み中だと魔法は強化されないということ。

 それと――やはりというべきか、白い神核も黒い神核と同じ効果を持っていたということだ。

 となると、白い神核はグラーズヘイムの神核ということになるのかな、やっぱり……。

 気になるのはアイテム欄での表記が相変わらず『????』のままだということだ。『ゲーム』の正式なアイテムとして認識されていないせいなのか、それとも何か他に理由があるのか……。


「……なんか、厄介なものを押し付けられた気がする……」

「ですわね。やはり腹黒ですわ」

”……まぁ、別に損はしていないけどねぇ……んー……”


 ひょっとして、これってプラム海斗君も持て余していたんじゃないだろうか。

 ムスペルヘイムという脅威がなくなったことで、安心して手放せるので私たちに押し付けたとか……?

 …………そういえば、これを受け取る時にプラムが笑ったような気がしたけど、気のせいじゃなかった……?

 ……うん、これ以上は考えても仕方ないだろう。


”とにかく、このアイテムは封印しよう。で、アリスには秘密ね”


 知ったら絶対使いたがるし。使ったらどうなるかわかったものじゃないし。

 私の言葉に二人は静かに頷いたのだった。




 ――この二つの神核が一体どういうものなのか? どういう意味を持っているのか?

 それを私たちが知るのは、もう少し先の話となる――

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