第6章44話 1月3日 ~決戦前

 さて、現実世界に戻った後も色々とあったけど、もうそろそろ寝る時間と言ったところまで来た。

 心配していたムスペルヘイムの影響だが、どうやら少し地震があったくらいで済んだみたいだった。

 少し――と言っても震度3くらいはあったみたいだし、もしムスペルヘイムを倒さずに放置していたとしたら……もっと被害は出たかもしれない。

 うん、やっぱりちょっと無理はしたけど、あそこで倒しておいて正解だったみたいだ。

 ……色々と気になるところが残されてはいるものの、それは今考えても仕方ない。明日タマサブローに聞くことで解決するものもあるだろう。


『アニキ、ちょっといいっすか?』


 時刻は夜八時。お正月とは言え桃香も晩御飯やらお風呂やらは済ませてしばらくしたら眠るという時間だ。

 ちなみに、今日は桃香も私も鷹月家のあやめの部屋で寝ることとしている。

 ……どうやら今日来た親戚の中にちょっと――いや、相当厄介な人がいるらしく、桃香に万が一のこともないようにしてほしい、ということだった。

 そのあたりの詳しい事情は流石に私も聞けていないけど……それを伝えてきた桃也とうや君――桃香のお兄さんだ――の苦々しい表情を見ると何とも言えない……。


『”おや、千夏君。どうしたの?”』


 ともあれ、とにかく私たちはあやめの部屋でのんびりとしていていたわけなんだけど、そんな時に千夏君から遠隔通話で連絡が来た。

 はて、何か緊急事態だろうか? その割には別に千夏君の声に切迫した様子はないが……。


『その、申し訳ないっすけど、ちょっとクエスト行きたいなーって思って』

『”んん? 今から?”』


 千夏君が普段寝る時間は桃香たちよりは遅いらしいことは知っている。まぁそこは中学生だし、翌日に影響が出ないんだったら私としてはうるさく言う気はない。

 んー、でもこの時間からクエストに行くってのは……。


『明日に備えて、ちょっと「肉」補充したいなーって思って……』

『”あ、あぁ……そういうことか……”』


 千夏君の海斗君へのお願いは、『全力で戦ってほしい』というものだった。

 でも今日のムスペルヘイムとの戦いで、今までちょっとずつ増やしていった『肉』はほとんど消費しつくしてしまったのだ。

 ライズだけで戦うことも出来るけど、『全力で』ということになると当然メタモルとかも使いたくなってくる――相手に全力で戦うことを要求しているのに、こちらが全力を出せないってのも失礼な話だしね。

 ムスペルヘイムの肉が全部【捕食者プレデター】で吸収できれば十分すぎるほど賄えたんだけど、残念ながらそうはならなかった。

 ……まぁ、ほんのちょっとだけど残骸を吸収することはできたので、能力自体は幾らか得ることは出来た。肉自体はほとんど増えなかったんだけどね……。


『あら、いいんじゃないでしょうか? わたくしもお供いたしますわ』

『”えー、桃香も?”』


 寝るまでのちょっとした時間にクエストに行くというのはともかく、桃香も付き合う必要はないんだけど……まぁ私と千夏君だけでクエスト行って、桃香を置き去りにするというのも心苦しいといえばそうなんだけどさ。


『お嬢は流石にそろそろ寝る時間だろ? 別に付き合わなくてもいいぜ』

『わたくしが一緒にいた方が都合がよいかと思いますわよ? ラビ様をお守りするのにも、千夏さん一人では消費してしまうのではなくって?』


 う、確かに……。

 火山のムスペルヘイムに挑んだ際のように、ジュリエッタがメタモルを使って大人の姿になって私を胸に抱きかかえて守る、ということは出来るんだけど……あれはあれでメタモルを使っちゃう分、『肉』の消費をしてしまうんだよね。

 そして地味ながら割と致命的なことに、メタモルで変形した場合、ダメージを受けたりしなくても使った分の『肉』の消費は戻らないという問題点がある。

 ジュリエッタが私を守りながらクエストを進めて行こうとしても、毎回必ずそれなりの消費をしてしまうことになるのだ。


『……どうしましょう、アニキ?』

『”うーん……仕方ない。じゃあ、今から一時間だけね? 桃香もお眠の時間だし”』


 今日いっぱい頑張ってくれた二人に対して、少しでも報いてあげたいという気持ちもある。

 このくらいの我儘、今日くらいは聞いてあげるべきだろう、と私の方が折れた。


『あざっす! お嬢もよろしく頼む』

『ええ。ラビ様のことはお任せください』


 こういう時は何か二人して相性いい感じなんだよなぁ……別に嫌い合ってるわけじゃないならいいけど。


『”よし、それじゃ行こうか。あ、一応あやめには一言いってからね”』

『もちろんですわ』


 そんなこんなで、私たちは寝る前に千夏君ジュリエッタの『肉』を補充するためにクエストへと挑むこととなった。

 ……まぁ小物ばかり狩っても仕方ない、ということで割かし大物ばっかり出て来る微妙に難しいクエストばっかり二人は選んでいたので、結構ひやひやする場面もあったんだけど……。

 ああ、またありすがいないうちに色々と楽しんじゃったなぁ……なんて感想を抱けるくらい、私たちには余裕はあった。




*  *  *  *  *




 さて、日は変わって一月三日。

 今日は例の厄介な親戚がまだ居座っているため、桃香は鷹月家からは一歩も出ずに過ごしていた。

 何とかしてあげたいけど、私が口を出せる問題でも無し……桃香パパたちに頑張ってもらうしかない。

 まぁ流石に明日になれば会社勤めの人なら仕事はじめだろうし、今日を乗り切ればなんとかなるとは思うんだけど……。




 何て思っていたら、昼前には問題は解決してしまったみたいだ。

 根本的な解決――ってわけじゃないけど、やって来たお客さんによって厄介な親戚はあっさりと追い出されてしまったのだという。

 そのお客さんというのが、海斗君……と一緒にやって来た、海斗君のおばあちゃん、および彼の姉妹だった。

 特におばあちゃんが強烈な人だったみたいだ。私と桃香はややこしくなるので鷹月家にそのまま待機していたんだけど、その場にいたあやめ曰く、


『紅梅のお婆様がいらっしゃる限り、問題はないでしょうね……』


 とのことだ。

 ……やや遠い目をしながら言っていたのが気にかかるが……どんだけ強烈な人なんだろう……。




 本来はお正月にはこちらに来ない予定だったらしい(多分、高齢だったのと正月くらいしか家族がゆっくりできる時間がないことを知っていたためだろう)けど、突然の訪問だったらしい。

 後で聞いたところによると、昨日あやめが海斗君に連絡をして状況を伝えたら大激怒してこちらへと急遽来ることにしたみたいだ。

 どうも厄介な親戚は、桃香に対しても桃也君に対しても色々とちょっかいを出そうとしていたらしく、それがお婆さんの逆鱗に触れたっぽい。

 お婆さんに一喝どころか百喝くらいされ、厄介な親戚は退散。ようやく桜家に平和が訪れた……と思いきや、


『……今、お婆様は旦那様たちに「お説教」をされています。大変な剣幕ですので、しばらくは近寄らない方がよろしいでしょう』


 と、今度はお婆さんに怒られているみたいだ。

 ふーむ? 紅梅家って桃園だとどういう位置づけなんだろう? 桃香パパも全く頭が上がらないみたいだし、祖父母世代での兄弟とか何だろうか?




 まぁその辺は私の興味本位だし、深く追うつもりもない。

 とにかくお婆さんのお説教も一段落し、ようやく桃香も挨拶をして一通り可愛がられた後のことだ。




 大人たちはそのまま桜邸にて宴会――というほどにぎやかではないが、まぁとにかく話をすることに。

 海斗君の姉妹も夜にまたお婆さんを迎えに来る、とだけ言ってさっさと出かけてしまった。

 ま、下手に居残られてもそれはそれで私たちの目的には困るし、丁度いいと言えば丁度いい。

 私たちは大人の集まりからは離れ、再度鷹月家へと海斗君と戻り、ようやく本来の目的を果たすことが出来る。


「っす、お待たせしましたっす」


 ちょっと桜家の方がゴタゴタしていたこともあって千夏君には少し待っていてもらったくらいなんだけど。

 もう大丈夫っていうことで、あらためて鷹月家の方へと来てもらった。


”それじゃ、全員揃ったってことでいいのかな? 海斗君、タマサブローは?”

「タマサブローはどこにいるのかよくわからないんだよね……俺から連絡してみるし、クエストに行っちゃっていいんじゃないかな」


 ひょっとしたらシオちゃんの本体の方と一緒にいるのかもしれないけど、海斗君がこっちにあんまりいない都合上紅梅家にいるわけでもないみたいだ。

 タマサブローもこっちに合流してくれていたら、クエストでの乱入対戦じゃなくて通常対戦も出来たんだけど……。


「あの島で戦いたいっす。先輩もそっちの方が都合がいいっすよね?」

「え? あー、まぁ……」


 と実際に戦う千夏君が島での戦いを希望していた。

 まぁ乱入対戦は危険だろうけど、今更タマサブローたちが私の方を狙うとかそういうことはもう考えていない。

 流れ弾に注意するくらいで十分だろう。それにしたって、ヴィヴィアンという鉄壁の守りがいるわけだし、問題はないと思う。

 ……島で戦う方が都合がいいってところだけは少し気になるが……どうやら千夏君的には、プラムの『全力』を出すには対戦フィールドよりもあの島の方がいいと推測しているようだ。海斗君も躊躇いつつも頷いたので、推測は外れていないみたいだ。


「…………うん、わかった。

 タマサブローもクエストの方でいいって。シオちゃんも来るみたい」


 遠隔通話で話はついたみたいだ。

 向こうがいいっていうなら、まぁあの島へ向かってしまえばいいか。


”わかった。じゃあ私たちも出発しよう。

 連日でごめんだけど、あやめ、後はよろしくね”

「はい。お任せください」


 ほんっと、あやめには悪いとは思ってるんだけど……ただ、昨日のムスペルヘイム戦の時みたいに、現実世界でも影響が起きた場合なんかは桃香の身を守るためにも彼女が見守ってくれているとありがたいんだよね……。

 ともあれ、後のことを任せて私たちはマイルームへ、そこからポータブルゲートの光を潜ってあの島へと向かって行った。




*  *  *  *  *




 名もなき島――ムスペルヘイムによって大部分が更に破壊されて大分小さくなってしまった――へと再び降り立った私たち。

 おそらく、私たちがここに来るのも今回が最後となるだろう。


”さて、どうしようか? ジュリエッタもプラムも、準備は大丈夫?”


 今日ここに来たのは二人の対戦がメインではあるが、目的はそれだけではない。

 タマサブローにはちょっと聞いておきたいことが出来たからね。彼女ともおそらく会うのは最後になるだろうし、話をしたい。

 とはいっても話自体は別に後でも構わない。

 一番の目的である対戦を先にしたいというのであれば、それでもいいだろう。


「うん、ジュリエッタはもう大丈夫」

「私、も、構わない……わ……」


 どうやら二人とも心の準備は出来ているようだ。

 うーん、なら先に対戦を済ませちゃった方がいいかな?


”タマサブローはいい?”

”ええ、もちろん。あ、でも念のため先にルールの確認をしてきましょうか”

”そうだね”


 乱入対戦なのでシステム側でルールの制限をすることは出来ない。

 なのであくまで口約束、というか紳士協定に過ぎないんだけど、お互いにそれを破ることはないだろうと思っている。

 ここでするのはあくまで『確認』だ。




 まず、戦うのはジュリエッタとプラムのみ。ヴィヴィアンとシオちゃんはお互いの使い魔を守りつつ、手出しはしない。

 二人のうちどちらか一方の体力が尽きる、あるいは降参した時点で対戦は終了。負けた方が降参リザインする。

 戦いの舞台はこの島全域として、海の方には出ないこと。後、この花畑だけは例外とする。

 当たり前だけど一番重要なこととして、互いの使い魔に攻撃はしないこと。それと、使い魔からのアイテムやら遠隔通話やらの支援は無し。

 本人たちの回復アイテムの使用は自由としてある。手持ちアイテムの数によって有利・不利が発生する可能性もあるため、キャンディにしろグミにしろ『5個』までという制限にしておいた。

 ……で、更に肝心なことを二人には言っておいた。


”えーっと、まずはジュリエッタ”

「うん」

”《終極超態ギガロマニア》は今回は禁止ね”

「……えー……」


 若干不満そうだが、ぶっちゃけかなり危険な魔法だと思うのでこれだけは譲れない。

 ムスペルヘイム戦の時に何が起きたのかは後になって事情聴取をしていたのだけど、聞いててひっくり返りそうになったものだ……。

 特に《ギガロマニア》については、以前の《終極異態メガロマニア》の危険性を知っている私としては、どうしても使うのを躊躇わざるを得ない。まぁ、《メガロマニア》に比べればジュリエッタの意識もはっきりしていて、モンスターとして判定される恐れはないみたいではあるが、絶対ではない。

 ということで、アリスの《滅界・無慈悲な終焉ラグナレク》、ヴィヴィアンの《エクスカリバー》(あと実は使えるようになっていた《キング・アーサー》)に続いて、基本的には使用不可魔法とさせてもらった。

 ジュリエッタ自身も私が制限する理由はわかっているのだろう、一度死にかけたわけだしね。

 若干しょんぼりしているような表情だが、頷いてくれた。


”プラムの方は、《冥界柘榴ヨモツヘグイ》、後は《聖天囲うは祝福の花園ユグドラシエラ・アスガルズ》は禁止ね。

 ……ってか、何よ《冥界柘榴》って。わたし、そんな魔法知らなかったんだけど!?”

「……」


 知らないもーん、とでも言うように顔を逸らしているプラム。

 ……そうなんだよね、こっちも割と大概だったんだよねぇ……何さ、無敵になる替わりに絶対に戦闘不能になるって。

 まぁこちらに関しては今回の対戦に限っては使用不可ということだ。《冥界柘榴》に関しては、下手すると10秒間ジュリエッタが逃げ切るだけで決着がついちゃうし。

 《ユグドラシエラ・アスガルズ》については効果範囲が広すぎるということで花畑を巻き込む恐れがあるため、今回は封印だ。

 ただ、その他の魔法については一切制限しない。

 一部とは言え制限がかかってる状態での戦いが果たして本当の『全力』と言えるかは疑わしいが、危険なことは避けたい。

 二人も私たちの心配していることはわかってくれているみたいで、納得してくれた。


「……大丈夫、《ギガロマニア》に頼らなくても、ジュリエッタは全力で戦える」


 ……ま、まぁ相手の攻撃を受けてそれを通じなくさせるという《ギガロマニア》は、正直強力すぎて相手によっては戦いにならなくなる恐れがある。

 《ギガロマニア》抜きで戦うことこそが、ある意味でジュリエッタにとっては本当の『全力』なのだろう。そう思っておこう……。


「サモン《グリフォン》、サモン《プロジェクター》」


 ヴィヴィアンが召喚獣を呼び出す。

 後者の《プロジェクター》は、名前の通りの映像投影機だ……って、そんなものまで召喚できるのか……。


「お二人の戦いは、召喚獣の目を通じてこちらでも観戦させていただきます」

”おお、それは嬉しいね”


 《グリフォン》が見ているものを《プロジェクター》を通じて私たちにも見えるようにするということらしい。

 最初にオーキッドたちと火山に向かった時、召喚獣を通してヴィヴィアンには見えていたけど私には見えなかったことを気にして、新しく作り出した召喚獣のようだ。

 私も視界共有できる範囲では観戦しようと思ってたから、これはありがたい。




 ともあれ、これで準備は整った。

 二人は花畑から離れた平原――今やムスペルヘイムのせいで固まった溶岩で覆われた岩場と化している――へと移動。

 昨日は噴火やらで空は曇っていたが、今はすがすがしいほどの晴天だ。視界も広く、遮るものもほとんどない。まぁ足場はちょっとゴツゴツとしているけど。

 《グリフォン》が少し離れた位置からそれを映し出している。


”さて、それじゃいつでもいいわよ、ラビ”

”うん。よろしく、タマサブロー”


 ジュリエッタとプラムが互いに30メートルほどだろうか、結構な距離を開けて対峙したのを見て私がタマサブローに対戦依頼をかける。

 こうして、名もなき島における最後の戦い――ジュリエッタとプラムの決闘が始まったのだった。

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