第6章5節 山河死しても華は枯れず

第6章43話 勝利の報酬 ~お宝発見?

*  *  *  *  *




 ムスペルヘイムが倒れ、クエストクリアの通知が来てからしばらくが経った。

 ……まさか突撃していった三人が全員揃ってリスポーン待ちになるとも思っていなかったし、リスポーン待ちになりつつもムスペルヘイムを倒せるとは思っていなかったけど。

 とりあえず三人の復帰も完了し、今私たちはプラムの花畑へと集まっているところだ。


”……よくもまぁ、ここは無事だったものねぇ……”


 感心したように、あるいは呆れたようにタマサブローが呟くが私も同意だ。

 島の大部分はムスペルヘイムによって焼かれたか、もしくは噴き出してきた溶岩に覆われてしまってほぼ壊滅状態なのにもかかわらず、花畑自体は無事だというのだから……。


「周囲を木で囲っていたのが良かったのでしょう」

”うん、多分そうだね”


 ヴィヴィアンの指摘通り、花畑周囲を木で囲っていたのが原因の一つだろうとは思う。

 防風林ならぬ防火林となっていたおかげだろう。まぁ、代償として木々の方はほとんど燃え尽きてしまっていたり、爆風で薙ぎ倒されたりしてしまっているんだけど。


”ともあれ、皆、お疲れ様! クエストは完全にクリアしたことになっているし、もう大丈夫だと思う”


 現実世界に戻って確認しないことには安心できないとは言え、流石にクエストクリアと表示されているならほぼ問題はないだろう。

 私の言葉に皆も揃って頷く。

 ……流石にムスペルヘイムと最後に戦った三人はお疲れの様子だけどね。


「…………あ、お宝!!」


 と思いきや、オーキッドが勢いよく立ち上がり叫ぶ。

 あ、そうか。そういえば元々オーキッドはお宝目当てに戦っていたんだっけ。

 んー……でも、お宝なんて本当にあるのかなぁ?


”……あれ? そういえば――ジュリエッタ、『称号』が増えてるね”


 ふと気になったのでジュリエッタのステータスを確認してみると、確かに称号が新たに増えているのだ。

 しかもこれは……。


「殿様、どんな称号?」

”……『神殺し』だって”


 そう、アリスが『嵐の支配者』を倒した時に得たであろう称号と同じものがジュリエッタにも追加されていたのだった。

 『神殺し』の称号を得たと聞いて、ほんのわずかジュリエッタが嬉しそうな笑みを浮かべる。

 ……そうだよね、かっこいいもんね、『神殺し』。


”おや? ヴィヴィアンにもついてるね”

「ふむ……? ああ、ジュリエッタに《アロンダイト》を貸したため、でしょうか」

”そうかもしれないね。別にとどめを刺す必要はないのかな?”

”あら? プラムにも『神殺し』がついたわね。シオちゃんにはないけど……”

”ぬぅ? こちらもオーキッドに『神殺し』があるな”


 私の言葉を受けてタマサブローとライドウもそれぞれ確認してみたらしい。

 ふーむ? まとめると、ジュリエッタ、ヴィヴィアン、プラム、オーキッドの四人に『神殺し』の称号がついたみたいだ。


”とどめを刺したのはプラムだけど、ジュリエッタとオーキッドもダメージを与えていたし……”

「アタシが与えたダメージなんて、ほとんどがメイドの嬢ちゃんから借りた魔法だったけどな」

”ああ、なるほど……《アロンダイト》と《カリュブディス》の与えたダメージがヴィヴィアンのものって判定されて、ヴィヴィアンにも称号がついたのかな?”


 『ゲーム』のシステムのことなんてさっぱりわからないけど、おそらくはムスペルヘイムに対して与えたダメージが一定を超えるとか、倒すために貢献した度合いによって称号がつけられるのかもしれない。

 そう考えるとジュリエッタ、プラムは言わずもがな。ヴィヴィアンについては貸した召喚獣のダメージによって、オーキッドは『エンペルシャーク』によって皆を運んだ貢献度によって、それぞれ称号が得られたと考えられる。《カリュブディス》のダメージについては、もしかしたらヴィヴィアンとオーキッドでそれぞれ加算されているのかもしれないね。


「……くく、我が盟友よ」

「ん、どうしたキンちゃん?」

「その『称号』こそが、汝の探し求めていた宝なのかもしれぬぞ?」

「…………え……?」


 ……うん、実は私もその可能性を考えていた。

 オーキッドのギフト【探索者エクスプローラー】が反応するのが、物質的な意味でのお宝だけではない可能性はありうる。

 特に『称号』については昨日実装されたばかりの新機能なのだ。【探索者】がどういう反応を示すかは未知数だ。

 キンバリーに言われたことの意味が理解できたのか、呆然としていたオーキッドの表情が怒りだか悲しみだかなんだかわからない感情でゆがむ。


「う、うそだろー!? アタシはお宝が欲しいんだって! 『称号』なんて腹の足しにもなりゃしねー!!」


 うがー! と吠えんばかりに叫ぶオーキッド。

 だけど、まぁ……どう足掻いてもお宝が湧いてくるわけではない。


「ふぅむ……では、こう考えようではないか。

 我らはあの強大な『炎獄の竜帝』を見事撃破し、この花畑を守り抜くことが出来た――この荒れ果てた島にある、楽園の如きこの花畑こそが、この島における本当の『宝』なのではないか……とな」


 う、うーん……まぁそういう考え方も出来るか。

 実際、この花畑に込められた想いとか考えれば、確かに『宝』と言えるかもしれない。

 キンバリーの言葉を受けて、未練がましく花畑に視線を送るオーキッドだったが、やがて諦めたのかがっくりと肩を落とす。


「はぁ……仕方ねぇ。いくら花畑がお宝だったからって、丸ごと持ってくこともできねーしなぁ……」

「も、もっていっちゃダメでしゅ!」

「持っていかねーよ、安心しろチビ助」


 流石にこの花畑自体を持っていくのは無理があるだろう。『エンペルシャーク』に丸ごと移植するのも難しいだろうし。


「……と、いうことにしておけばよいか、麗しき華の乙女プラムよ?」


 こそっと、オーキッドに聞こえないような小声でキンバリーがプラムに囁く。


「…………そう、ね……そういう、こと……に、しておい、て……」


 ふぅ、とため息をつきつつプラムが頷く。

 ふむん? もしかして、実はキンバリーは何かに気付いている……のだろうか? それが何なのかはわからないけど……。

 まぁオーキッドがこの島にあるであろう『お宝』を諦めて余計なちょっかいを出さないようになれば、プラムたち的にはオッケーということなんだろう。キンバリーもプラムたちと事を構える気はないみたいだし、オーキッドを納得させられればそれでいいという考えかな。




 さて、三人のリスポーンも終わり、しばらくの時間が経った。

 この間、私たちは花畑でただのんびりとしていたわけではない。

 念のためヴィヴィアンの召喚獣で島を探索してもらい、危険がないかどうかの確認を行っていたのだ。


「――どうやらムスペルヘイムの眷属たちもいなくなったようです。火山の方も沈静化し、今は溶岩も止まっています」

”そっか。ドクター・フーも戻ってこないみたいだし……これで完全に決着がついたかな”

「はい。その認識でよろしいかと」


 ムスペルヘイムの身体は吹き飛んでいるし、幾らなんでもここから復活させることはドクター・フーにだって無理だろう……そう言い切れない不気味さはあるんだけど。

 まぁこっち側でムスペルヘイムを倒したことで現実世界にも影響が出なくなったことでフーの目論見が崩れたことに気付いてはいるはずだ。

 でもそれなりに時間が経ったというのにフーが戻ってこない、ということは――まぁもうこの島にちょっかいを出す気はないと考えていいだろう。


”ふぅ……良し! それじゃ、皆、とにかくこれで戦いは終わったことだし、現実世界に戻ろうか”


 とりあえずこれ以上島に留まる意味はないだろう。

 現実世界で何が起きたか確認したいし、ここは一旦戻るべきだと思う。


”それもそうね。プラム、島の修復は――”

「わかってる、わ……また、のんびり、やるわ……」


 どうやらプラムはまだ島の修復は諦めていないらしい。

 まぁ懸念だったムスペルヘイムはこれで完全に倒せたわけだし、これからは安心して植物を育てることができるだろう。焦らずじっくりとやるつもりみたいだ。


”うむ。今回は実によい経験を積むことが出来た!”

「……結局お宝は手に入らなかったけどな……」

「くくく……」


 まだぶつくさと言っているオーキッドだけど、今回はとりあえず諦めたっぽい。

 そんなプラムの様子を見かねてか、プラムがふぅと息を吐くと――


「仕方ない、わね……。

 グロウアップ《冥界柘榴ヨモツヘグイ》」


 地面に植えた種から、薄気味悪い青白い果実を作り出しそれを一個渡す。


「あげる、わ……何かの時に、使える、でしょ……」

「お、サンキュー! スティールっと」


 手ぶらで返すわけにもいくまい、とプラムが《冥界柘榴》という魔法植物を作ってそれを渡してあげていた。

 ……あの《冥界柘榴》、ムスペルヘイムを倒すキーアイテムであったみたいだし、10秒後に強制的にリスポーン待ちになるのは怖いけど効果としてはかなり破格だと思う。

 戦闘力が若干微妙なオーキッドたちにとっては、いざという時の切り札として使えるだろう。


「……オーキッド、キンバリー……あなたたち、にも……感謝、している、わ……」

「へっ、水臭ぇこと言うなって」

「くく……我が盟友が迷惑をかけた詫びと思ってくれればよい」


 お宝さえ絡まなければ、まぁこの二人だって悪人ってわけでもないし、プラムと対立する理由もない。

 どうやら当初の悩みである『めんどくさいやつら』に絡まれるのを何とかしたい、っていう件についてもこれで完全に解決かな?

 なんだかんだで全部丸く収まったと思っていいだろう。


「よっしゃ、それじゃアタシたちは先に帰るぜ! キンちゃん、ライドウ! 次のお宝探しに行くぞ!」

”応! その意気である!”

「……くく、全く……」


 キンバリーだけはちょっと苦笑い気味だったけど、特に否はないみたいだ。


「じゃーな、おめーら! またどっかで会おうぜ!」


 ライドウたちはもうこの島自体には用はないのだろう、来た時みたいに『エンペルシャーク』に乗って帰るのではなく、脱出アイテムを使ってゲートまで戻っていった。

 ……あ、折角だからライドウとフレンドになっても良かったかもしれない……今更か。


”さて、それじゃ私たちも戻ろうか”

「うん」

「はい。わたくしたちもアイテムで戻りますか?」


 うーん、それなんだけど……。


”いや、今回も『ポータブルゲート』使うつもり。

 ……いいよね、プラム?”


 厄介事は諸々片付いたけど、今回の件については全部が終わったわけではない。

 私の言葉にプラムは頷く。


「えぇ……もちろん、よ……」

「ふふっ、プラム様へのお願いもまだ叶えてもらっておりませんものね」

「……うん」


 別にうやむやにしようとは思っていなかっただろうけど、並々ならぬうちの子たちの熱意に今度はプラムが苦笑いを浮かべる。


”今日――はもう流石にアレだし、明日またここで合流でいいかな?”

「構わない、わ……明日は、私――現実の方の私、も、そちらにお邪魔させてもらう、わ……」


 おや、海斗君も桜邸……あるいは鷹月家に来るってことか。

 それはそれで別に構わないか。


「じゃ、ジュリエッタも、そっち行って、いい?」

「ええ。時間は……どうしましょう、午後になってからでよろしいでしょうか?」


 ヴィヴィアンの提案に対して反対意見は特に出なかった。

 海斗君も来るということだし、そちらでメンバーが揃ってから適当にクエスト――この島に来るということでいいだろう。

 シオちゃんはどうするつもりかわからないけど……この子は本体の方の事情もよくわからないからなぁ。

 まぁそこは私が気にすることでもないか。


”よし、じゃ戻ろうか。また明日ね、プラムたち!”

「え、ぇ。また、ね……」

「あ、あの……ありがとうごじゃいましゅた!」


 ぺこり、と可愛らしくお辞儀をするシオちゃん。

 私たちとしては好きで戦ったという面もあるのでお礼を言われる筋合いはないっちゃないんだけど……。


「シオ、よく頑張った」


 初対面でぶつかりあったジュリエッタだが、だからこそ色々と思うところがあるのだろう。

 お辞儀したシオちゃんの頭をぽんぽん、と軽く撫でるように叩いてねぎらう。

 そういうジュリエッタの方こそ、今回は最初から最後までずっと頑張ってくれていたんだけどね。


「プラム、明日」

「……わかってる、わ」

「ふふ、それではまた明日お会いいたしましょう」


 ジュリエッタはいつも通り、むすっとしているような無表情で。ヴィヴィアンは優雅にお辞儀カーテシーをしてそれぞれ別れを告げる。

 私はアイテム欄から『ポータブルゲート』を取り出し、その場で使用。

 ……こうして、名もなき島を巡るムスペルヘイムとの戦いは終わり、私たちは現実世界へと戻っていったのだった。

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