第6章42話 Thirty Seconds To Inferno 6. 炎獄にて咲き誇れ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 オーキッドの食した《冥界柘榴ヨモツヘグイ》の効果が切れるほんの数秒前。

 彼女の《冥界柘榴》の効果が切れればリスポーン待ちとなり、当然『エンペルシャーク』も消えてしまう。

 そうなる前に――というよりもオーキッドが最後に自爆覚悟で使った《カリュブディス》のダメージを無駄にしないためにも、ジュリエッタは『エンペルシャーク』から飛び出してムスペルヘイムへと向かう。

 しかし、水蒸気爆発の影響で周囲の気温が若干は下がっているとは言っても、ユニットにとってはほぼ致死の熱量であることには変わりない。

 ジュリエッタにしろプラムにしろ、《冥界柘榴》を使わねば耐えきることが出来ないはずであった。


 GYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!


 噴煙ならぬ水蒸気によって辺り一面に濃い――そして灼熱の――霧が発生している。

 その霧の中、巨大な影が飛び上がり、ボロボロになりかけたムスペルヘイムへと向かって行く。




 その姿は、かつてジュリエッタがクラウザーの手によって強制的に変身させられた《終極異態メガロマニア》に似ている。

 牛か馬に似た顔に複雑に枝分かれした鹿のような角。大猿にも似た人型――ただしその大きさは巨人の如きもの――の魔獣。

 現れた魔獣は全身を焼かれ、皮膚を爛れさせながらも止まることはない。

 背中からは大きな翼を生やし、自在に空中を舞いムスペルヘイムへと向かおうとする。


 ――これが、ジュリエッタの最後の奥の手……!


 《終極異態》の時とは異なり、今のジュリエッタには自分の意識が残っていた。

 彼女に残された『肉』を全て使い切る勢いで、奥の手となるその『変身メタモル』を行っている。

 その名は《終極超態ギガロマニア》。

 終極メガロマニアを超えた、更に先へ――人智を超越した怪物と戦うためにジュリエッタが編み出した魔法だ。

 魔法の効果自体は《メガロマニア》と大差はない。最も大きな違いは、ジュリエッタ自身の意識は残されているという点だろう。

 ……ただし、それがであるとは必ずしも言えないのだが。




 次第に上昇していく熱が《ギガロマニア》となったジュリエッタを焼いていく。

 それをメタモルを使うことで自動で再生し続けるジュリエッタ。


 ――……痛い……ッ!!


 《ギガロマニア》となったからといって痛覚がなくなるわけではない。

 以前の《メガロマニア》であれば、ジュリエッタ自身の意識が無くなっていたこともあり痛みを感じることはなかった――実はあの時も意識があれば激痛に苛まれていたのだが。

 身体が焼かれて行く端から再生、しかし再生したところもすぐにまた焼かれる……常人ならば耐えることなど出来ないであろう苦痛を、ジュリエッタは必死に耐えていた。

 ここを逃せば、もう次はない。リスポーンして再挑戦するにしても、リスポーン時間が長すぎて現実にどんな影響が出るかわからないのだ。


 ――痛い、けど……絶対に退かない!!


 ジュリエッタ自身はムスペルヘイムを放置することで現実世界がどうなるか、いまいち実感は湧かない。『嵐の支配者』戦も途中で抜けてしまったし、結局のところ大嵐はさしたる被害もなく通り過ぎて行ってしまったためだ。

 にも関わらず退くことを選択しないのは、ひとえにここで負けることを良しとしない、彼女の『負けず嫌い』な性格によるものだった。

 それに加えて、『嵐の支配者』戦におけるアリスの孤軍奮闘ぶりを目にしていたということもある。

 絶望的な戦力差であるにも関わらず、たった一人で戦い続け、最後には勝利したアリスを知っているからこそ、そう思っているのだ。

 激痛に負けず、ひたすら再生を繰り返しながら突き進むジュリエッタが、ついにムスペルヘイムの元へと到達した。

 ここに至るまで約10秒――《冥界柘榴》の効果時間が過ぎるところではあった。


 ――!! 爆発が、来る……!


 今のムスペルヘイムに果たして思考する能力があるのかどうかはわからない。

 だが、『エンペルシャーク』を迎え撃った時と同様、身近に迫った危機ギガロマニアに対する防衛本能か、爆発の予兆――激しく収縮を繰り返すのを見せた。

 爆発の間隔がかなり短い。そのため初回の爆発や『エンペルシャーク』を迎撃した時に比べたら爆発の規模は大分弱くなる……という期待はあるものの、至近距離で爆発を受けたとしたら流石の《ギガロマニア》と言えども無事では済まないだろう。


「……プラム、準備はいい!?」


 爆発が来る瞬間、ジュリエッタがその名を呼ぶが、プラムの姿はそこにはなく――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタの予想通り、時間が短かったせいか連続での爆発だったためか、爆発の威力は前二回よりは大分劣ったものであった。

 だからといってこれも予想通り、本来ならばユニットが直撃を受けたら無事では済まない威力であることには変わりない。

 たとえ《ギガロマニア》、あるいは《メガロマニア》であろうとも耐えきれるものではない。

 この二つの魔法は相手の攻撃を受け、それを通じなくするようにメタモルを繰り返す……という効果を持っている。

 すなわち、のだ。

 一撃必殺の攻撃を受けた場合、いかに超再生能力を持っていようとも意味をなさない。

 この点は、《メガロマニア》と戦った時のラビの戦略と同じだ。再生不可能なほどのダメージを一気に与えて倒す――ムスペルヘイムがそう考えたかは定かではないが、《ギガロマニア》を倒すための唯一の手段がそれなのだった。

 ……そもそもそれ以前に、ジュリエッタのメタモルは取り込んだモンスターの力を扱うものである。

 果たして火山の噴火に耐えきれる生物がこの世に存在するのか……少なくとも現時点でそのような能力を持ったモンスターをジュリエッタは吸収していない。故に、《ギガロマニア》であっても食らった端から再生してゆくという手しか使えていなかったのだった。

 故にムスペルヘイムの苦し紛れの爆発はジュリエッタにとって致命的なダメージとなる――はずだった。




 GOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!




 爆風をまるでそよ風のように受け止め、爆炎の中より巨獣が姿を現す。

 それは《ギガロマニア》の姿であった。

 もしもムスペルヘイムに知能が残っていたとしたら、そのありえない光景に目を疑ったことだろう。

 咆哮し、巨大化した腕をムスペルヘイムへと叩きつけて外殻を完全に割ろうとする《ギガロマニア》に対し、ムスペルヘイムは成す術を持たなかった……。




 種を明かせば簡単なことだった。

 そもそもジュリエッタは《冥界柘榴》を使のだ。

 《冥界柘榴》を使わず、《ギガロマニア》の力だけを使って自力でムスペルヘイムの炎に耐えていたのだった。

 全てはこの瞬間のため。

 ムスペルヘイムが連続して爆破は出来ないであろうことを予想したジュリエッタは、敢えて相手に爆発を起こさせて無防備な瞬間を作り出し、更に爆発に紛れ込んで接近するためにあえて《冥界柘榴》を使わなかったのだ。

 そして爆発が来る直前、《ギガロマニア》でも耐えることが出来ないであろう爆発を『無駄撃ち』させるために《冥界柘榴》を使い、爆発をやり過ごしたのだった。


 ――残り10秒!!


 《冥界柘榴》の効果はプラムから聞いて知っていたし、実際に先に使ったオーキッドの様子を見てその破格とも言える効果は確認済みだ。

 であれば、その力はムスペルヘイムへととどめを刺すために温存し、自力でしばらくの間は耐えることが出来れば勝利は目前となる――そうジュリエッタは判断していた。


 GRYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!


 ムスペルヘイムの外殻に両腕の爪が食い込み、力づくで引き裂こうとする。

 相手も熱を発して《ギガロマニア》を焼き尽くそうとするものの、《冥界柘榴》の効果を受けている以上それは全く意味をなさない。

 やがて、まるで果物の皮を剥ぐかのように、ムスペルヘイムの外殻が左右に引き裂かれる。


 ――……こいつが、コア……!!


 外殻だけでなく本体そのものまで食い込んだ爪が肉を裂き、球体の中心にあったを露出させた。

 それは、ドクター・フーが突き刺した謎の剣――《終末告げる戦乱の角笛ギャラルホルン》だった。

 術者がクエストから立ち去っているというのになぜそれが残っているのか、そのことについて考えても仕方がない。

 重要なのは、この《ギャラルホルン》こそがムスペルヘイムの『核』となっていることだ。

 ドクター・フーの言葉を信じるのであれば、なぜか失われていたムスペルヘイムの核を補う効果をこの剣は持っているはずだ。

 であれば、この剣を排除すればムスペルヘイムは動けなくなる――というよりも剣を突き刺される前の『死骸』へと戻るはず、そうジュリエッタは考える。


 ――これが最後……!!


 《冥界柘榴》の効果が切れるまで、残りわずか2秒。

 ジュリエッタはそのタイミングで《ギガロマニア》を解除。新たなメタモルを使用する。


「メタモル……《金剛力態ディアマンテス》!!」


 残った全ての力を右腕にだけ集中させた異様な形態となったジュリエッタが、肥大化した右腕を露出した《ギャラルホルン》へと、ムスペルヘイムを地上に叩き落さんとする勢いで叩きつける。

 ありったけの強化ライズを込めた一撃が《ギャラルホルン》へと振り下ろされる。

 ……もし、これがただの打撃であったのであれば、おそらく叩きつけたジュリエッタの腕の方が《ギャラルホルン》によって断ち切られたことだろう。

 ジュリエッタが知る由はないが、およそ切り付けるという用途に向かない形状の《ギャラルホルン》ではあるが、『能力』の特性上非常に硬く鋭い刃を持っているのだ。

 ムスペルヘイムの暴走をより長引かせるため、他者による妨害を防ぐため――ヴィヴィアンの召喚獣に匹敵するであろう硬さの剣に、強化を繰り返したとはいえ獣の腕だけでは対抗することはできない。

 ……はずであった。


 ガギン、バキン!


 と、腕が叩きつけられると共に硬い金属音が響く。


「……正解、だった」


 ジュリエッタは冷静に呟く。

 彼女の腕自体は《ギャラルホルン》によって半ばまで切り裂かれている。

 だが、完全に切断されてはいない。

 腕の中にあるものによって、そこで止まっているのだ。


「――《妖精剣・湖光奔流アロンダイト》!!」


 は、出発前にヴィヴィアンに召喚してもらった武器型召喚獣――《アロンダイト》だった。

 ジュリエッタは借りた《アロンダイト》をそのまま振るのは難しいと判断。巨大化させたに仕込んでいたのだ。

 腕の中に仕込まれた《アロンダイト》が《ギャラルホルン》と激突したため、先程の金属音が響いたのである。

 ジュリエッタが《アロンダイト》の力を解放――鮮やかな水色の光がムスペルヘイムの爆炎を切り払ってゆく。

 《エクスカリバー》の全力解放と同じ、周囲一帯を薙ぎ払う魔力の閃光による攻撃だ。

 光の奔流がムスペルヘイムの肉を吹き飛ばし、《ギャラルホルン》を削ってゆくが――そこでジュリエッタに残された《冥界柘榴》の期限が切れてしまう。


「後は任せた……プラム……!」


 いかなる魔法を使おうとも、《冥界柘榴》を使った制約――10秒後に強制的にリスポーン待ちとなることは避けられない。

 《アロンダイト》での攻撃でもとどめを刺すことは出来なかったが、後一押しであることは実感している。

 最後の望みをプラムへと託し、ジュリエッタの姿が消えてゆく。

 ――ジュリエッタの姿が消える正にその瞬間、彼女のプラムが飛び出していった!




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《アロンダイト》の時と同じである。

 プラムは『エンペルシャーク』墜落後から、ずっとジュリエッタのにいたのだった。

 《冥界柘榴》の効果は破格だが、10秒間という時間は絶対だ。それが変わることはない――そもそも様々な魔法を使った結果、ようやく10秒まで効果時間を延ばすことが出来たのだ、それ以上は望みすぎというものであろう。

 そして10秒間無敵になるとはいえ全員で散発的に攻撃を加えても然したる効果は望めないだろうことはわかっていた。集中砲火で倒せるような相手ならば、ここまで苦労はしまい。

 よって、ジュリエッタたち三人は細かい作戦を考える時間はなかったものの、たった一つだけ共通の認識を共有していた。


『《冥界柘榴》は同時に使わず、使


 最初にオーキッドが使い、10秒間持ち堪える――彼女が無事な限り、『エンペルシャーク』も残り続けるのだ。少なくとも船の中に隠れていれば、ジュリエッタたちはムスペルヘイムの炎ですぐさまやられるということはない。

 次に使うのはジュリエッタだ。彼女の場合、更に攻撃する時間を延ばすために《ギガロマニア》を使って自力で耐え、そこから更に《冥界柘榴》で10秒間戦うことが出来た。

 最後はプラムである。オーキッドとは話すことは時間の都合で出来なかったが、ジュリエッタとは相談することが出来た。

 プラムの場合、《ギガロマニア》を使ったジュリエッタの体内へと入り、ジュリエッタの力でムスペルヘイムの炎から守ってもらっていた。

 そしてジュリエッタの《冥界柘榴》が切れると同時に自身が《冥界柘榴》を使い、最後の10秒間を得てとどめを刺す――そういう作戦だった。

 もちろん、どこかで危なくなったらすぐに《冥界柘榴》を使うことは当然である。10秒間の無敵時間を抱え落ちしてしまうのが最悪なのだから。

 事実、オーキッドの無敵時間が切れるよりも早く『エンペルシャーク』は限界を迎えてしまっていた。《ギガロマニア》という奥の手をジュリエッタが使ったことにより、その分のロスは埋め合わせることが出来たが……。


 ともあれ、既にプラムも《冥界柘榴》を使ってしまっている。

 残り時間は泣いても笑っても10秒間。

 それでとどめを刺すことが出来なければ、この島を巡る戦いはムスペルヘイムの勝利となり――現実世界はムスペルヘイムによって甚大な被害を被ることとなるだろう。




「グロウアップ《茨鞭ソーンウィップ》、インプルーブ《耐熱レジスト》!」


 ジュリエッタの腕から飛び出し、ムスペルヘイムの頭上を取ったプラムが自らの身体に『無色の種ブランクシード』を植え、茨の鞭を作り出しムスペルヘイムへと投げつける。

 目的は攻撃ではない。ムスペルヘイムへと植物を近づけるためだけだ。




 プラムの植物を操る魔法には、一つ重大な欠点がある。

 それは『植物』を作り出すという性質上、種を植える場所を選ぶという点だ。品種改良魔法インプルーブによって耐熱性を備えた植物を作ることが出来るのは、『発芽した後』なのである。

 よって、地面そのものの温度が高すぎたり逆に低すぎたり――例えば今のこの島の状態や、地面が凍結するような低温域等だ――する場合、グロウアップを使っても植物を作ることが出来ない。

 《冥界柘榴》によってプラム自身がダメージ無効状態となっていたとしても、魔法までそうなるわけではない。本来ならばグロウアップは使えない状態なのだ。

 ただし、一つだけ例外もある。プラム自身の身体に種を植えた場合だ。

 これならば例え外が灼熱地獄であろうとも、問題なくグロウアップ、そしてインプルーブを使って熱に(ある程度は)耐えられる植物を作ることが出来る。

 代償としてプラムの体力が消耗するというものはあるものの、何も出来ないよりはマシだとプラムは判断している。


 伸ばした鞭がムスペルヘイムへと命中する――が、流石に炎の塊に耐えきれるほどの耐熱性は得られないのか、すぐさま鞭は炎上してしまう。

 だがそれでも構わない。


「グラフト――《鱗樹スケイリーウッド》!」


 更に続けて新たな魔法――グラフトを使うと、焼け落ちたはずの茨の鞭から新たに漆黒の『樹』が伸びる。

 接木魔法グラフト、それはプラムの魔法で生やした植物に対して、名前の通り『接ぎ木』する魔法だ。『無色の種』を使って作った植物からであれば、魔力消費のみで新たな植物を作ることが出来る、という効果である。

 先の《聖天囲うは祝福の花園ユグドラシエラ・アスガルズ》で無数の枝を伸ばしたり、新たな植物を作り出していたのはこのグラフトの効果による。

 そんなグラフトで新たに生やした植物は、異様な植物であった。

 新たに接ぎ木された黒い樹は、ムスペルヘイムの炎にも耐えているのだ。《カリュブディス》やジュリエッタの攻撃によってムスペルヘイムは傷つき、その分だけ炎も弱まっているとはいえ植物が耐えきれるはずがない。

 無論、黒い樹――《鱗樹》でもこのままであればいずれ燃えてしまうであろうことは間違いない。それでもわずかながら耐えているのは、この樹が普通の樹ではないからだ。

 深海に生息する『ウロコフネタマガイ』という生物がいる。この奇妙な生物は、自分の身体に硫化鉄を身に纏うという他の生物にはない不思議な生態を持っている。

 硫化鉄を鱗のように身に纏うことから、別名『フット』とも呼ばれる。

 《鱗樹》もそれと同じ性質を持っている。

 流石に溶岩の上でも生長するほどの耐熱性は持っていないが、スケイリーフット同様に硫化鉄を纏い植物とは思えないほどの強靭さを誇る魔法植物なのだ。

 幸いにして、は火山とほぼ同様の状態だ。身に纏うための鉱物も、そして硫化水素も幾らでも存在している。


「インプルーブ《伸長グロース》、【収穫者ハーヴェスター】!」


 漆黒の樹が【収穫者】の力によって姿を変える。

 燃え落ちそうになりながらも樹が長く伸び、そして【収穫者】によってプラムの望んだ形状へと変化する。

 鉄を纏う木材がプラムの足を包み込む。

 それは脚甲だった。

 アリスが冥界にて使用した《屍竜脚甲ニーズヘッグ》と同様、足を守るための防具ではなく、攻撃力を高めるための武器としての脚甲である。


「グロウアップ《最果ての黄金竜果ヘスペリデス・ラードーン》!!」


 更にもう一つ、自己強化魔法を使う。

 プラムの身体が黄金の光に包まれ、全てのステータスがほんの一瞬ではあるものの限界近くまで強化される。


「これが最後の一撃――」




 ――プラムこと紅梅海斗が演じた『マスカレイダー VVヴィーズ』では、主役となるマスカレイダーが2人いることは既に述べた(どちらも海斗が演じているのだが)。

 一人は主人公・加賀美光太の『マスカレイダー ヴィクトリー』。

 もう一人は相棒のキョウが変身する『マスカレイダー ヴェンジェンス』。

 だが、ヴィクトリー・ヴェンジェンスは共にの名前である。

 昨今のレイダーシリーズにおいては、話が進むごとに第二、第三の強化フォームが登場するのが常となっている。

 『VV』においてはやや特殊で、主役レイダーの最終フォームが登場するのが最終回なのだ――なぜ最終回にならないと最終フォームが登場しないのか、等諸々の事情は『VV』のストーリーに関わる話なのでここでは割愛する。


 『VV』の最終フォーム、その名は『ヴァンキッシュ』――『打ち倒すもの』と言う。




 プラムにはアリスの《嵐捲く必滅の神槍グングニル》のように、攻撃魔法を使ってレイダーのフィニッシュブローを再現することは出来ない――そもそも再現することに意味があるのかはこの際置いておいて。

 しかし、それでもプラム海斗は敢えてを選択した。

 黄金の光が、漆黒の脚甲で包まれた両足へと収束。

 全魔力を集中させたプラムのフィニッシュブロー、その名は――


「ヴァンキッシュ・ストライクッ!!」


 プラムの叫びと共に、黄金の矢が《ギャラルホルン》へと突き刺さる。




 ……オーキッドによる《カリュブディス》によって外殻を破壊され、ジュリエッタの《アロンダイト》によって刀身にダメージを受け、そしてプラムの全力の一撃がついに《ギャラルホルン》の禍々しい刃を打ち砕く!

 《ギャラルホルン》が失われると同時に、急速に周囲の熱が失われ、まるで何事もなかったかのように辺りは静寂を取り戻す。

 吹き出していた溶岩も一瞬にして固まり、噴出していた溶岩はその形のまま奇妙な石柱となっている。




 ――ホノウ・オ・メルト……。




 《ギャラルホルン》を打ち砕き、その勢いのまま地上――固まった溶岩の上へと降り立ったプラムの耳に、どこかから声が聞こえてきた。

 ムスペルヘイムの中から現れた謎の巨人スルトの声のように聞こえたが、先程とは異なり穏やかな、どこか弱弱しく思える声であった。


「……」


 何を言ったのか、言葉の意味はわからなかったものの……。


「……今度こそ、終わった、わ……」


 きっともうムスペルヘイムが現れることはないだろう、そんな奇妙な確信があった。


「ありがとう、皆」


 既にリスポーン待ちとなっているオーキッドにもジュリエッタにも、そしてもちろん遠くへと避難していったラビたちにも聞こえてはいないが、プラムは心の底からそう思い呟く。

 そしてほんの少しだけ満足そうに笑顔を浮かべ――《冥界柘榴》の効果時間が切れ、彼女もまた消えて行ったのだった。

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