第6章40話 Thirty Seconds To Inferno 4. 奈落の華

 決め手となるのは、『エンペルシャーク』の主砲だ。

 霊装化した魔法、武器諸々を合わせて考えても、あの主砲以上に強力な威力を持ったものは存在しないだろう。

 《ケラウノス》や、さっきムスペルヘイムを《ユグドラシエラ・アスガルズ》ごと地面に叩き落した《影月の涙ルナ・ティア》というものがあるが、それは今は使えないので考える必要はない。

 問題は一つ……。


「ん? どーやったら主砲当てられるかアタシにはわかんねーけど、それはキンちゃんたちが考えてくれるんだろ?

 だったらそれは任せたぜ! アタシは船に乗って主砲を撃つ。それだけだ」


 主砲を発射する、ということは……オーキッドは船に乗らなければならない。

 そうなると下手をすれば炎に焼かれてしまうかもしれないのだ。

 上手い具合にムスペルヘイムを倒せたとしても、すぐさま熱バリアが無くなるとも限らない。良くて『相打ち』になってしまうかもしれない。

 その危険性を説明しても、オーキッドは『問題ねー』と笑って応えるだけだ。

 むしろ、作戦を提案したキンバリーの方が辛そうな顔をしている。


「盟友よ……」

「キンちゃん、平気だって! なーに、アタシゃ痛いのには慣れてんだ。さっきも一遍死んだけどよ、痛いのは一瞬だったしな。あんなんだったら、毎月のアレの方が――」

「! ば、馬鹿者!」


 慌ててキンバリーがオーキッドの口をふさぐ。

 ……何を言おうとしたのかはわかるけどさー……テンション上がってるせいかどうかわからないけど、もう少しオブラートに包んで発言して欲しい。

 ほら、プラムとジュリエッタが物凄く気まずそうな顔をしてるし……。


「あ? あー……まぁ、アタシのことはいいんだよ。別に問題ねー。

 ライドウ、リスポーン代はあるんだよな?」

”う、うぬ。それは問題ないが……”


 自分の失言に気付いたか、今度はオーキッドの方が気まずそうな顔になるも、すぐに話題を変えようとする。

 リスポーンがまだ出来る、それは救いかもしれない。

 ……あんまりやりたくないけど、リスポーンを繰り返して何度も主砲をブチ当てる、というのが一番威力が高いやり方だとは思う。

 ただ……フーの言葉が正しいんだとすると、そこまで時間に余裕はないだろう。リスポーンを待っている間にタイムオーバーという可能性もありうる。

 だから、やるならば一度の攻撃で仕留めたい。


”……わかった。オーキッド、よろしく頼むよ”

「おう、任せとけ!

 代わりと言っちゃなんだが、『お宝』はアタシのもんだからな!」


 それはもう好きにしてくれって感じだ。どうせ私たちには上手く使うことも出来ないだろうし。


”何度も攻撃のチャンスはないと思う。これで決めよう”


 私の言葉は本音だし、実際時間もあまりかけられない。

 一度の攻撃でムスペルヘイムを今度こそ倒す――そのための作戦を立ててからが本番だ。


「ラビ……船、を……近づける、の、は……シオに、任せましょう」

”シオちゃんに?”

「シオちゃんでしゅか!? ……あ、そっか!」

「えぇ。シオ、の、魔法……なら……溶岩の海を、渡るより、早い……わ」


 そうか、シオちゃんの投擲魔法ジャグリングで『エンペルシャーク』を投げ飛ばすってわけか!

 確かにそれなら溶岩の海を渡るより圧倒的に早いだろう。直線で投げ飛ばすのではなく、上から放物線を描いて投げてもらえれば尚いいだろう。

 ……まぁ中にいるオーキッドがそれで大丈夫かってところは問題あるんだけど、どうもあの船、乗っている限りはあんまり慣性とかは関係ないっぽいし大丈夫かな?


「それ、に……船には、私も、乗る、わ……」

「ジュリエッタも行く」

”え、でも……”


 『エンペルシャーク』主砲で倒せなかった場合、詰めの攻撃は必要となってくる。

 それに備えてプラムとジュリエッタが行くというのはわからないでもないんだけど……。


「大丈、夫……熱は、私に、任せて……」

「殿様、プラムを信じる」

”…………わかった。任せるよ”


 不安は不安だけど、二人を止められる言葉を私は持たない。

 もう私に出来ることは攻撃前の魔力の回復くらいしかないのだ。ここは二人に任せよう。


「ヴィヴィアン、召喚獣出して」

「構いませんが……?」


 ジュリエッタたち自身が炎に耐えきれないかもしれないが、かといって持ち込んだ武器がダメになったらそれはそれで意味がない。

 念のためヴィヴィアンの呼び出した召喚獣をオーキッドに霊装化しておいてもらう、というのはいい案だと思う。


「それで? わたくしは何を召喚すれば?」

「うん……ジュリエッタ、武器が欲しい」

「ふむ……でしたら――サモン《アロンダイト》」


 ヴィヴィアンが召喚したのは、両刃の長剣――円卓の騎士ランスロットの剣と言われる《アロンダイト》だ。まぁ、実際のアーサー王物語だと剣の名前なんてなくて、後世の創作らしいけどね。

 それはまぁいいとして、ジュリエッタの体格だと扱いづらいであろう長剣だ。《エクスカリバー》みたいに妙な暴走は起きはしないみたいだけど、威力とかは充分だろう。


「ふむ。もう一つ召喚を頼んでもよいか?」

「はい、キンバリー様。何なりと」

「盟友よ、その召喚獣を霊装としておくといい――念のためな」

「おう、いいぜ」


 キンバリーは船に乗ってムスペルヘイムとは戦わない――彼女は【日陰者シェイダー】も打ち止めになってしまったため、もはやムスペルヘイムへと攻撃する術がないのだ。

 その分、ジュリエッタたちと共に戦術を練る役割を担ってくれている。

 細かい戦術はユニットの子自身に任せた方がいいだろう。

 私はヴィヴィアンの魔力を回復させつつ、私を含めた居残り組をどうするかタマサブローたちと相談する。


”やっぱり、私たちは『エンペルシャーク』には乗れないね……”

”そうね……出発前に回復することくらいしか出来ないかしら”

”ぬぬ……口惜しや”


 出来れば着いて行ってあげたいけど、下手をすると私たちがムスペルヘイムの炎で昇天してしまう。

 なのでジュリエッタたち突撃組だけでなく居残り組も、口をそろえて『ダメ』と言って来ている。

 ……自分だけ安全な場所で待機っていうのも悔しいけれど、確かにここで使い魔も全滅してしまったらリスポーンして再挑戦、という最終手段も使えなくなってしまう。


”仕方ない。私たちはヴィヴィアンの《ペガサス》に乗って退避していよう。

 で、危なくなったらユニットを強制移動で呼び戻すか――”

”……リスポーンするか、であるな”


 そういうことになる。

 出来ればリスポーンなしに無事に終わってくれるといいんだけど……。




 作戦の概要は決まった。

 『エンペルシャーク』へと乗り込み、ムスペルヘイムへと攻撃を仕掛けるのが、ジュリエッタ、プラム、オーキッドの三人。

 『エンペルシャーク』をそのまま溶岩の海で渡らせるのは時間がかかる。霊装の攻撃が届くのはわかっているけど、時間がかかれば霊装だって破壊されてしまう可能性はある。

 そこで、一気に距離を詰めるために『エンペルシャーク』をシオちゃんの魔法ジャグリングで放り投げてもらう。

 シオちゃんが投げた後は、ヴィヴィアンの《ペガサス》や《ワイヴァーン》を使って私たちは海の方まで退避する……もし攻撃が失敗した時にジュリエッタたちを強制移動で呼び戻したりリスポーンしたりする必要があるためだ。

 ただ、そう何度も攻撃のチャンスがあるとは限らない。

 現実世界の方も心配だし、最悪の場合は撤退する必要もあるだろう――流石にこの期に及んで花畑を守るということに固執すべきではない。あやめとも約束しているし、現実世界で身を守ることの方が重要だ。

 ……まぁ、ムスペルヘイムがこのまま現実にも影響を与え続けた場合、現実世界の方が崩壊する恐れもあるんだけど……こればかりは予測がつかない。


「おーし、んじゃ船を呼ぶぜ! チビ助、準備はいいか!?」

「どんとこい、でしゅ!」


 巨大海賊船『エンペルシャーク』が召喚され、シオちゃんを押しつぶそうとするが、


「ジャグリング!」


 それをシオちゃんは片手であっさりと受け止め、持ち上げている。

 相手が抵抗さえしなければ、それなりの魔力消費でどんな大きなものでも簡単に持ち上げ、狙った箇所へと向けて投げつけることが出来る……ジャグリングもやっぱり結構規格外の魔法だと思う。

 対戦とかでも相手を投げ飛ばして体勢を崩したり、ジュリエッタ戦でやったみたいに障害物を投げつけたりと色々と使い道がある魔法だろう。


「おっしゃ、乗り込め野郎ども!」


 シオちゃんに持ち上げられたままの船へと、オーキッドたちが乗り込んでいく。

 決死の突撃になるだろうと言うのに、彼女たちには悲壮感は全くなかった。

 ――これで決める。

 あるのは、その決意だけだ。


「シオ、投げるタイミング、は……私、から、伝える、わ……」

「はいでしゅ!」


 ふむ……?

 乗り込んですぐに攻撃開始しても構わない――むしろ時間のことを考えるとそうすべきだとは思うけど、どうもプラムには何か考えがあるみたいだ。

 船内でジュリエッタたちと相談するのかな?

 ……わざわざ船内でってことは気になるけど……うーん、何か私たちに聞かれたら困ることでもしようっていうのかな……?

 しかし今それを突っ込むことは出来ない。安全圏に避難する私に、それを糾弾する資格はないだろう。


”ヴィヴィアン、召喚獣を用意しておこう”

「畏まりました。《ペガサス》にはわたくしとご主人様が。《ワイヴァーン》も呼び出しますので、シオ様とキンバリー様はそちらへ」


 別に狙ったわけではないけれど、各使い魔のユニットが一人ずつ残る形となる。

 であれば、自分の使い魔は自分で抱えていた方がいいだろうという判断だ。

 《ペガサス》の方が最高速度は速いのでいざという時に逃げ切れる……というのは《ワイヴァーン》に乗る二人には悪い気もするんだけど、《ペガサス》並の飛行速度かつ乗り込める召喚獣って今のところないんだよね……。

 シオちゃんが船を投げ飛ばした後、私たちは召喚獣に乗って海の上まで避難する。

 ……後はジュリエッタたちに任せるしかない。




 プラムから連絡が来るのを待っている間、シオちゃんはジャグリングで慎重に船を投げるコースを設定している。

 一直線に投げるのが一番早いのは間違いないが、今回はそうではなく上から放物線を描いて投げてもらうようにお願いしてある。

 まっすぐに飛んでいった場合、ムスペルヘイムから外れてしまうとそのまま遠くへと行ってしまう恐れがあるからだ。

 上からならば、多少逸れたとしてもムスペルヘイムの近くへと着することが出来るだろう……まぁ、熱バリアのただなかに取り残されてしまうので、その時点で攻撃失敗が確定するのだけど……。


「! プラムしゃまからおっけーってきましゅた!」


 待つこと一分くらいだろうか。

 シオちゃんへとプラムから遠隔通話で合図が来たみたいだ。


”よし、シオちゃんお願い!”

「はいでしゅ!

 いっき、まっしゅ、よぉ!!」


 片手で船を持ち上げたまま、やり投げの要領で軽く助走をつけ――ジュリエッタたちを乗せた『エンペルシャーク』が空高く放り投げられた!


「皆様、召喚獣へ! こちらも避難をいたします」


 後は――攻撃組が無事にムスペルヘイムを倒してくれるのを祈るだけだ。

 私たちは召喚獣へと乗り、船とは反対側の海へと離脱を開始する。




 炎獄の竜帝ムスペルヘイム――ヤツとの最後の戦いは、この後ほんのわずかな時間で決着が着くこととなる。

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