第6章4話 星明神社にて(後編)

「バンちゃ~ん♡」

「うおっ!? やめろ馬鹿!!」


 突然現れた巫女姿の女の子は、躊躇いなく千夏君へと飛び掛かり――としか言いようのない動きだった――そのまま抱き着く。

 ……まさか現実で巫女服なんて見ることになるとは思わなかった……一瞬、ミオのことを想像してしまったが……そういえば彼女は元気かな? 後遺症とかはこの間バトーに聞いた時にはなかったみたいだけど。


「離れろっつーの!」

「年明けからバンちゃんに会えるなんて、今年はいい年になるにゃ~」


 千夏君に抱き着く巫女は一向に気にせず嬉しそうな笑みを浮かべながら、相変わらず抱き着いている。

 ……あ、何かわざと胸を押し当てているな、この子。

 …………ん? あれ? 語尾に「にゃ」って付けてて、服に隠れていてもわかるくらい胸が大きくて、千夏君に明らかに好意的……? そして千夏君とは知り合いっぽいと。

 もしかして、彼女が――


「ハナちゃん、ステイ。バン君が困ってる」


 と、そこへもう一人の巫女服を着た少女が現れ、抱き着く少女を引きはがす。

 抱き着きから逃れた千夏君がほっと息を吐く。


「……助かったぜ、星見座ほしみくら

「うん……」


 表情一つ変えず、抱き着いていた少女の襟をぐいっと引っ張って剥がした方の巫女。

 こちらは眼鏡をかけているけど……よく見たら二人は姉妹なのだろう、顔立ちがそっくりだ。


「千夏さん? この方たちは?」


 ちょいちょい、と千夏君の袖を引っ張る桃香。

 横で見ていた私たちは完全に置いてきぼりにされてしまっている。いや、まぁ何か巻き込まれたくないなぁとも思うんだけど。


「……あー、そうだよな、初対面だよな」


 困ったように頭を掻く千夏君だったが、やがて諦めたように互いを紹介する。


「こいつら――コスプレしているやつらは、星見座……俺の同級生で、この神社の娘だ」

「紹介が雑にゃ!?

 ――まぁいいにゃー。あたしがもみじにゃ!」

「……かえで。いえー」


 千夏君に抱き着いていた方が椛。言葉も態度も軽く、ころころと表情が良く変わる女の子だ。

 一方で椛を引きはがした方が楓。こちらは言葉は軽いんだけど……何というか、表情が全く変わらない。ある意味でありすに似ているかも。

 二人とも同級生ってことは、もしかしたら双子なのかな? そう思うと顔立ちが似ているどころか、髪型と眼鏡の差はあれど本当に瓜二つに見える。


「で、こっちが…………」

「? 千夏さん?」

「…………すまん、お嬢……本名なんだっけ……?」

「ひどすぎますわ!?」


 ふざけているわけではなく本気で名前を忘れているようだ。

 というか、よく考えたら普段から『お嬢』とか綽名で呼んでいるし、四六時中一緒にいるわけじゃないからね……。


「えーっと、あー、そうだ。桃香だ。桃園のとこのお嬢さん。

 で、こっちが美藤のところの妹」

「美藤っちの妹? あ、そっか、そういえば二人妹いたっけ」


 どうやら美々香の兄が千夏君たちと同級生だったようだ。彼のことは私はよく知らないけど、和芽ちゃんの一個上――つまり千夏君たちと同学年だったはず。


「それと、お嬢の保護者の鷹月あやめさん」


 あやめのことは流石にフルネームで覚えているか。当たり前だけど。

 紹介されてそれぞれが頭を下げる。

 ……が、何か椛の方が若干訝し気というか何というか……険しい表情であやめのことを見ている。


「……あの……?」


 あやめも椛の視線に気づき戸惑っている。

 あー……これはやっぱり、そうなのかなー……。


『”ねぇ千夏君。もしかして、椛って君と同じクラス?”』

『っす……』


 やっぱり。

 ということは、彼女こそが前に美鈴が言っていた『強力なライバル』なんだろう。条件はことごとく一致しているし。

 そして何であやめに剣呑な視線を向けているかというと――女の勘って怖いね、っていう話だ。

 ……よく気付いたもんだな……まぁ抱き着かれている時に、ちらちらと千夏君があやめの方を気にしていたっぽいし、そこからわかったのかな。

 やがて、椛が表情を崩す。


「んーん、何でもないにゃー」

「はぁ……?」


 表情や態度からだとわかりにくいな、この子……。

 もう片方の楓は輪をかけてわかりにくいけどさ……。


「で? 何でおまえらコスプレなんかしてるんだ?」


 ようやく場が落ち着いてきた。

 千夏君が誰もが思っていたであろう疑問をぶつけてみる。


「家のお手伝いにゃー」

「今年から、色々売り出すことにした……」

「ああ……だからか」


 今までだったらお正月でも特に何もしていなかったのだろう。

 だが今年から星見座の家では何かしらの販売をすることにしたらしい。それで人が増えているということか。

 中学生がバイトしていいのかな? とも思ったけど、『家のお手伝い』というのなら問題ない……のかな?


「ハナちゃん、そろそろ戻る」

「ちぇー。折角バンちゃんと会えたのににゃー。まー仕方ないにゃ。ここで働かないと、あたしらのお年玉がなくなっちゃうにゃ」


 どうやら家のお手伝いをして稼いだ分が彼女たちのお年玉となるようだ。

 ぱっと見た感じそこそこの人がいるし、ここで油を売っている暇もないだろう。


「バンちゃんたちはお参りかにゃ? いっぱいお賽銭入れてくれると嬉しいにゃ~」

「……俺たちに何を期待してるんだよ、おまえは」


 そうだよね、お賽銭も神社の大切な収入だよね。

 とまぁ、そんな感じで嵐のような遭遇を経て、星見座の姉妹はまた仕事に戻っていった。

 どうやら社へ昇る石段横で色々と売っているらしい。


「……しゃーねぇ。甘酒くらい買って行ってやるか……」


 破魔矢とかは流石に買っても持って歩くのが面倒なので、甘酒で妥協するようだ。

 なんだかんだで買って行こうとする辺り、人がいいなぁ……。




 さて、その後は私たちはお参りを済ませ、星見座姉妹のお店で人数分の甘酒を買ってから帰ることとした。

 ――ほんの一瞬、私の視界の隅に何かアイコンが見えたような気がするけど……気のせいかな?




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”うふふっ、あぶないあぶない”


 わいわいと何かを話しながら星明しょうみょう神社から出て行く一向を離れた場所――神社内でも一際高い木の枝の上から『彼女』は見ていた。

 近づきすぎて危うく『対戦可能』を示すアイコンが表示されてしまったが、すぐに距離を開けたために気付かれた様子はない。

 多少訝しんでいるかもしれないが……現在表示されていないのであれば、イレギュラーであるラビにはどうすることも出来まい、と『彼女』は思う。


『どうだったにゃ?』


 そこへ、『彼女』のユニット――椛から遠隔通話がやってくる。


『”ええ。どうやら全員が「ゲーム」の参加者のようね”』

『んー、そっかー……バンちゃんも敵になっちゃうかー……』

『……どちらにしろ、。バン君と一緒のチームになることは無理』

『そうだけど……残念にゃ……』


 椛との遠隔通話に楓が混じる。

 二人とも店番をしながらも平然と『彼女』との会話を続けている。


『”……じゃあ、のうちどちらかをユニットから外す?”』

『そ、それは嫌にゃ! あたしたちは全員一緒にいないと嫌!』


 『彼女』の問いかけに椛は必死になって否定する。

 どうやら『彼女』のチームは既に四人のユニットが揃っているようだ。

 その中で椛と楓以外の二人――そのうちどちらかを外して枠を余らせれば、と『彼女』は言っていたのだが、椛はそれは嫌らしい。


『”でしょう? まぁ、彼も既に誰かのユニットとなっているわけだし、仮に私たちに枠があったとしてもはい喜んで、とはならないんじゃないかしら?”』

『うん……バン君、義理堅いから、きっとない』

『うふふ……そういうところも素敵だにゃー』


 と、そこで椛の手が止まる。

 それを見た楓がぴしゃりと椛を叩いて正気に返し、二人は仕事を続ける。


『”――とにかく、私の眼でイレギュラー本人は確認したわ。

 さて、今日一緒に来た四人が全員イレギュラーのユニットなのかどうか……一人は違うのはわかるけれど、他三人がどうかしらね?”』


 使い魔ユーザーの持つ能力では、ユニットかどうかの判別は可能ではあるが、誰のユニットかどうかまでは見ることは出来ないようだ。

 流石にラビと共にいた四人――そのうち二人がそれぞれ別の使い魔のユニットであろうことは『彼女』の想像の及ばないところであった。

 ――ただし、そのうち一人はラビのユニットではない、ということがわかっているようだ。あやめか美々香のどちらかということになるが……。


『どうするの?』


 短く問いかける楓。

 『彼女』が何を目的とし、何を考えているのか全てを把握しているわけではないだろうが、ある程度のことはわかっているらしい。


『”…………そうね。そろそろ、かしらね……”』

『……あなたが最終的に何をしたいのかは敢えて聞かないけれど、やりたいことがあるならそろそろはっきりして欲しい』

『そうにゃ! 前にって言ってたのはそっちの方にゃ!』

『”えぇ……わかってる。

 ……楓、椛。賭けにはなってしまうけれど――私たちからあのイレギュラーへと接触するわ”』


 楓たちに押され、ついに『彼女』も決断をする。

 イレギュラーの存在自体は以前から知っていたし、その実力についても『彼女』の聞いて知っている。

 『彼女』の望む条件に限りなく適合していると言っていいだろう。

 問題は、接触後にイレギュラーラビがどう動くか予想がつかないというところだが……そこは本人が言っている通り『賭け』だ。


『あ、でも学校始まるまで待って欲しいにゃ』

『冬休みの間はかき入れ時……』

『”……………………そうね”』


 この世界の裏で動いている『ゲーム』の理は、所詮は現実の理には勝てないのだ。

 楓と椛にとっては正月における売り上げ=今年一年の軍資金の多寡にかかわってくるのだから、そうそう『ゲーム』にばかり興じていられない。

 『彼女』もその事情はわかっているので、諦め半分にため息をつくのであった。




*  *  *  *  *




”さて、これからどうしようか?”


 初詣に行く、という目的自体は達したわけだし解散してもいいんだけど――流石にこの短時間で解散ってのも少し寂しいかな。

 まぁお正月だし家の方でも何かあるのであれば無理に何かしようって気はないが。

 ちなみに今私たちは星明神社から既に出ており、近くのマンション下に屯っている。そこは小さな公園……というか広場になっているので、他人の迷惑にはならないだろう。


”美々香と千夏君は用事とか大丈夫?”


 初詣に引っ張り出しておいて今更だけど。


「あたしは夕方までは大丈夫だよ! 夜からおじいちゃんの家に行くけど……」

「俺は問題ないっす。つっても、まぁ晩飯までには家に戻らないと拙いっすけどね」


 そりゃそうだ。

 美々香の方は祖父母の家に行くのだろう。夜から行くとなると……そのまま泊まっていくのかもしれない。


「わたくしは全く問題ありませんわ♡」


 知ってる。

 桃香自身はこのお正月は暇を持て余しているくらいなのだが、実は大人の方がちょっと面倒なのだ。

 今日はいいんだけど、明日以降は親戚があちこちから挨拶にやってくるらしい。流石に桜邸に泊まっていく人はいないらしいんだが、まぁこの地域における桃園の代表だし仕方ないのかな。

 あまり年の近い子供がいないようで、桃香は親や豪先生たちもあまり相手にしてあげられないらしいので、あやめと一緒にどこか遊びに行けとまで言われている。

 ……そういう家柄に生まれた宿命とは言え、ちょっと可哀想にも思える。だから、せめて私くらいは桃香と一緒にいてあげようと思う。


「おや、少々失礼。母から電話です」


 今後のことをどうしようか、と神社で買った甘酒――当然子供も飲めるように作ってあるやつだ――を呑みながら相談していた時、あやめの携帯に着信があった。

 鮮美あざみさんかららしい。何かトラブルでもあったか? ……いや、鮮美さんだと何か出かけてついでに買い物を押し付けそうな気もするなぁ。


「と、ところで千夏さん……」

「あん?」

「あのお二人は……その、どういった方なのでしょう?」


 興味津々と言った感じを隠し切れずに桃香が千夏君へと尋ねる。

 ……彼女の場合、千夏君の浮いた話に興味がある、というのでは全くないところがややこしい。大方、あの双子が綺麗だったので興味を持ったのだろう。

 私の思ったことを裏付けるように、美々香は呆れたような表情だ。流石に長い付き合いだけあるね。


「どういうって言ってもな……妹の方はあんな調子だし、姉も正直よくわからんやつなんだよなぁ」

”ん? あんな調子って……椛の方が妹なんだ?”

「っす。まぁ双子なんで姉だ妹だーって感じは全然ないっすけどね」


 言われてみれば、まぁ何となく楓の方が落ち着いている雰囲気だったし『お姉ちゃん』と言えばそう見えるかもしれない。

 ……まぁ千夏君の言う通り、楓も何考えているんだかよくわからない感じだったけどね。


「うちの兄ちゃんとも知り合いなんだよね?」

「ああ。美藤――お前の兄貴もあいつらと同じクラスになったことあるな。小五と小六の時か、俺とあいつと姉の方が同じクラスだったわ」


 美々香の家はちょっと難しい位置にあって、小学校は桃園台南小の学区なのだけど、中学校からは別になってしまう。彼女のお兄さんも今は別の中学に通っている。

 でも星見座姉妹は、星明神社の娘だというしこの近所に住んでいるのだろう。千夏君とも美鈴とも割と近い位置の家なので、中学校は彼らと同じ実畑中学のようだ。

 千夏君の口ぶりからすると、美々香の兄と千夏君、それとあの双子のどちらか一方が同じクラスになったのは、小学校最後の二年間だけらしい。


”一応幼馴染って感じ?”

「いやぁ? 同じ小学校出身ってだけっすよ」


 ま、そのあたりの認識は人によるか。

 あの双子の妹――椛が千夏君を意識し始めたのがいつからなのかとか、気にはなるけど……あんまり興味本位で詮索するようなことじゃないよね。


「――失礼いたしました」


 とそこで電話を終えたあやめが戻ってくる。

 特に慌てた様子でもないし、緊急事態というわけではなさそうだ。あやめが慌てること自体あんまりなさそうだけど。


”どうしたの?”

「はい。つかぬことをお尋ねいたしますが――ラビ様、それと美藤さん。確か紅梅こうめ海斗かいとのファンでしたよね?」


 ……また妙なところで意外な名前が出てきたなぁ。

 念のため説明すると、件の人物は『マスカレイダー VVヴィーズ』の主演俳優さんだ。

 確かにしばらく前に桃香の家で、彼についてちょっと話したことがあったっけ。

 ファンかどうかって言われると……。


「は、はい!」


 美々香はブンブンと力強く首を縦に振って答える。

 そうだよね、美々香はファンだもんね。

 で、私はというと……。


”そうだね。応援したい役者さんだね”


 …………はい、ファンです。

 私たちの言葉にあやめは一つ頷くと、やんわりと微笑み衝撃的なことを告げるのだった。


「でしたら良かった。

 彼、正月休みということでこちらに戻ってきているようです。今は私の家に来ているようですが――お会いになりますか?」

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