第6章 繚乱少女 -Blooming in inferno-

第6章1話 プロローグ ~桜家の人々と

 ありすがムーへと旅立ってから数日――特に私たちの身に何かが起こるでもなく、無事に新年を迎えることが出来た。


”あけましておめでとう”

「あけましておめでとうございますですわ、ラビ様♡」


 こちらの世界でも、やっぱりと言うべきかお正月は日本と同じだった。

 桃香と新年のあいさつを交わし、桜邸一階のリビングへ。


「お、来たか」

”おはようございます、おじさん”

「あけましておめでとうございます、お父様お母様、おじ様」


 リビングでは既にお正月の料理の準備が整っていた。というよりも、既に酒盛りが始まっている感じだ。

 ……ちなみに、なんで私が今「あけましておめでとうございます」を言わなかったかというと、実は昨夜既にお互いに言い合ったからだ。

 今私は桃香の部屋で一緒に寝ているのだけど、昨夜は桃香が眠った後にこっそりと部屋を抜け出し、桃香パパたちと共に年越しをしていたんだよね。

 この家にお世話になってから数日が経っているけど、予想以上に馴染めたのは嬉しい。馴染みすぎて困惑している面もあるけど……。


 桃香パパ――桃太郎さんは、想像していたよりも厳つい、いかにも軍人って感じの偉丈夫だ。思わず『大佐!』とか呼んでしまいたくなるくらいの威厳がある――偉さから言ったら大将とかよりも更に上なんだろうけど。

 桃香ママ――菊代さんは以前にも会っている。こちらは相変わらずである。特に言うことはない。


「おはよう、そしてあけましておめでとうございます、お二人とも」


 ここにもう一人、今回初めて会う人がいる。

 いや、まぁ単に私が顔を合わせる機会がなかっただけで本当はいつもいたんだけど……。


”おはようございます、ごう先生”


 豪先生はもちろん綽名だ。本当なら豪さんとか呼べばいいんだろうけど、桃太郎さんからそう呼べって言われたしなぁ……。

 彼は鷹月豪……名前からわかる通り、あやめのお父さんだ。

 ……あんまり他所の家の事情に嘴を突っ込むのもアレだけど、桃太郎さん・菊代さん夫婦が桃香の年齢から考えると結構な高齢なのはわかる。この場にはいないけど、十歳以上年の離れたお兄さんがいるからね。

 ただ、豪さんに関しては……正直かなりの高齢だ。初対面ではもしかしてあやめのおじいちゃんなのかと思ったくらいだ。

 そういえば何で『先生』って呼ばれてるんだろう? 職業が『先生』って呼ばれるものではないし――彼は桃太郎さんの秘書というか何というか、桃香に対するあやめみたいな役割らしい。


 ともかく、私たちがリビングに来た時点で桃香パパ、桃香ママ、豪先生の三人は大きめの炬燵に入って既に酒盛りを始めていた。

 用意されていたおせちもある程度食い散らかされている状態だ。

 ……うん、まぁ偉い人って言っても家の中じゃ、特にお正月休みなんてこんなもんだよね……。


「あら、おはようございます」

”おはよう、あやめ”

「あやめお姉ちゃん、あけましておめでとうございますですわ!」


 リビングの隣にあるダイニングからあやめが顔を見せる。

 彼女は私たちを起こさずに、いつも通りに早起きをして大人の酒盛り相手におさんどんをしていたらしい。

 まぁ彼女は料理ほとんど出来ないままだし、お酒やらを出していただけだろうけど。


「桃香たちも起きたのであればちょうどいいですね、母を呼んでまいります」

”あ、いいよ。私が呼んでくるから、あやめも座ってなよ”

「でしたらわたくしも参りますわ♡」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 そう言って一礼すると、あやめもリビングへ。

 朝一からなんやかんややっていたみたいだし、お正月なんだしあやめもゆっくりすべきだろう。

 ……リビングへ送り出してからふと思ったけど、既に出来上がっている大人集団の中にあやめを放り込んで果たしてゆっくりできるのだろうか……?

 …………ま、まぁいいや、ストッパーを早めに呼び出しておこう。


”行こうか、桃香。中庭かな?”

「おそらくは」


 あやめの母親がリビングにもダイニングにもいないということは、きっと中庭なり外に出ているのだろうと見当をつける。

 入れ違いになってしまう可能性もある。私たちはリビングの窓から外へと出た。

 窓を開けた瞬間、酔っ払いたちのブーイングが聞こえたが……ま、いいや。


「はーっ、今朝もやっぱり寒いですわね……」

”うん。桃香もそんな厚着しているわけじゃないんだし、中で待ってていいんだよ?”

「いえ。寒さのおかげで、すっきりと目が覚めましたわ」


 本人がいいなら、それでいいけど……。


 さて、外へと出て桜邸と鷹月家の丁度中間地点――私たちが『中庭』と呼んでいる場所に、お目当ての人物はいた。


「あけましておめでとうございます、おば様」

”おはようございます、鮮美あざみさん”

「あー……起きたか、チビ共」


 ぶっきらぼうに私たちに挨拶をする女性……彼女があやめの母親の鷹月鮮美さんだ。彼女の手には火の点いたタバコがある。

 何で鮮美さんだけ外にいるかというと、彼女はこの家での唯一の喫煙者だからだ。家の中には未成年もいることだし、気を遣って外でタバコを吸っているらしい――尤も、鷹月家の中では吸っているみたいだけど。

 今は一服ついでに中庭の見回りとか郵便受けの確認やらをしていたようだ。


「ったく、あやめのやつ……チビ共が来たら呼べっつったのに」

「あ、それは――」

「あー、いーって。どうせおめーらが気を遣ってあやめの代わりに呼びに来たんだろ」


 ……しっかし、何て言うか……ものすごく乱暴な言葉遣いだ。最初に会った時には怒っているのか、あるいは歓迎されていないのかと思ったけど、どうもこれが彼女の素らしい。

 口は悪いが根は優しい女性……なんだろう、多分。

 タバコを持ってない方の手でくしゃくしゃっと桃香の頭を乱暴に撫でる。


「これ吸い終わったらそっち行くよ。嬢ちゃんは風邪ひかねーうちにさっさと戻りな」

「はーい」

”じゃ、桃香は先に戻ってていいよ。私は鮮美さんと戻るから”


 別に鮮美さんと話があるわけじゃないんだけど、お酒入った桃香パパたちの輪に素面で一人で途中乱入するのはちょっと気が引ける。


「なんだ、おまえさんも戻ってていいのに……って、まぁおっさんたちの中に入ってくのはちょっとな」

”えぇ、まぁ”


 敏いなぁ……的確に私たちの心の内を読んでいるみたいだ。

 それにしても――と鮮美さんの顔を見てみると、当然というべきかあやめとよく似ている。

 あやめをもう少し年を取らせて、やさぐれさせた表情をさせたらこうなるだろう。鮮美さんも美人には違いないんだけど、表情がちょっと怖い。

 ちなみに、実年齢は流石に聞けないけれど、見た目だけで言えばこの家の大人組の中で最も年若いのが鮮美さんだと思える。豪先生とかなり歳の差がありそうだけど……。


「……ラビ公」

”は、はい!?”


 おおう、丁度失礼なことを考えていたので思わず声が上擦ってしまった。


「あいつに料理教えてくれたんだってな」

”あ、あぁ……まぁ、とは言ってもケーキくらいですけどね”


 去年のクリスマスパーティーに向けて、本当は色々と作ろうとしていたんだけど、結局まともにできたのはケーキくらいだった。

 もう少し時間をかけていけば他の料理も出来るようになると思うんだけどね。


「感謝するよ。あいつ、本当に不器用でねぇ……」

”は、はは……”


 親の手前頷くこともできず曖昧に笑って受け流す。

 ただ、まぁ鮮美さんの深いため息の理由はわかる。あやめ、本当に見た目の印象とはそぐわないほど不器用なんだよねぇ……慣れたらちゃんと出来そうなんだけども。


「あの子がもう少し料理が出来るようになったら、この家のことはあの子に任せてあたしと旦那もに集中できるんだがねぇ」


 本職……?

 豪先生は桃香パパ、鮮美さんは桃香ママにそれぞれ付き人のように付き添っているのは知っている。

 家事はまぁそのついでにやってるってことなんだろう。で、桃香のお世話係であるあやめは必然この家にいることが多くなるので、料理も含めた家事全般を任せたいということかな。

 まぁあやめも来年の春から大学生になるんだし、そこまで家事に割ける時間は当分は取れなさそうだ。

 ……それ以前に、任せられるほど料理が出来るようになるまで、果たして後何年かかるだろうか……思わず遠い目をしてしまう。


「おまえさんにゃ手間かもしんねーけど、出来ればこれからも面倒見てやってよ」

”は、はぁ……私に出来る範囲であれば”


 定期的に料理教室を開くというのは難しいかもしれないけど、別に料理を教えたりは構わない。

 そもそもあやめには普段からお世話になっているしね。その恩返しという意味でも、彼女の手伝いは出来る限りしてあげたい。

 ……ま、私のこの身体じゃ出来ることなんてたかがしれてるけど。

 うーむ、普段お世話になっている美奈子さんにしろ、あやめにしろ、もちろんありすや桃香、千夏君たちも当然として――私の方がむしろ皆の世話になっているからなぁ。返さなきゃならない恩がどんどん大きくなっているような気がする。

 やがて鮮美さんがタバコを吸い終わり携帯灰皿へと吸い殻を捨てると、私を抱きかかえる。


「よし、じゃ戻るか。おっさんたちはどうせ酒飲んでりゃいいだろうし、チビ共の朝飯用意しねーとな」

”何用意するんですか?”

「お? そりゃ、おめー正月だぞ? 雑煮に決まってんべや」


 おお、こっちの世界にもやっぱりあるのかお雑煮……おせちがあった時点でそんな気はしてたけど。


「ラビ公、おまえモチ何個食う?」

”え、いや私は別に食べないでも大丈夫だし……”

「ばっか、おめー。折角ウチに来た客に飯出さねーとかありえねーべ」


 などと、そんな話を鮮美さんとしながら私たちは皆の待つリビングへと戻っていった。




 ――こうして、私がこの世界に来てからの初めてのお正月は始まったのだ。

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