第5.5章7話 異世界レトロスペクティブ
さて、そんなこんなで日々は過ぎていき……ついにありすがムーへと出発する日となった。
「ラビさん、行ってくるね」
”うん、行ってらっしゃい。気を付けてね”
「ん」
特にドラマティックな別れの場面もあるでもなし、私とありすはまるでいつも学校に行く時のように軽く挨拶を交わす。
……そりゃね、一週間も離れているというのは初めてのことだけど、これが生涯の別れってわけでもないしね。
ありす的には『ゲーム』が出来ないというのがちょっと辛いみたいだ。まぁこれに関してはヨームに聞いたところでは桃園台付近でしか出来ないみたいだし、諦めてもらう他ない。
その分、帰って来たら存分に出来るのだから我慢してもらうしかないだろう。
「うぅ~、ラビちゃぁん……」
……で、問題はありすの方じゃなくて三十数歳児――っと、女性の年齢を言うのはアレだな――じゃなくて美奈子さんの方だ。
「ほんとに一緒に行かないの……?」
”んもー、美奈子さんの方が我儘言ってどうするんですか……”
ありすの方が聞き分けているというのに、まったく……。
”大体、私が飛行機に乗れるわけないでしょ……”
「だ、大丈夫よ! 荷物扱いとか……?」
”いやですよ……”
見た目はこんなんだけど、中身は一応人間だし……。
スリープモードを使えば貨物室に入っていても到着まで耐えられるだろうけどさ。
”ほら、そんなことより飛行機に間に合わなくなっちゃいますよ!”
「うぅ……」
「お母さん、諦めて」
10歳の娘にまで諭される母親って……。
段々とわかってきたんだけど、美奈子さんって意外と子供っぽいところあるんだよね。
普段はまぁちゃんと大人の女性で母親って感じなんだけど。
この間、
”さぁさぁ行った行った!”
「……わかったわよぅ……」
私とありすが折れることがないと諦めたか、それとも旦那さんと私を天秤にかけたのかは定かではないが、ようやく美奈子さんも諦めてくれたらしい。
家中の戸締りを再確認後、私も含めて外へと出て施錠。
「ん……寒い……!」
”真冬の早朝だしねぇ……”
飛行機の時間の都合で、家を早くから出て行く必要があったのだ。
まだ外は真っ暗で真夜中みたいだ。
これからありすたちは桃園台駅から電車に乗り、空港まで行く――日本で言う成田空港に当たるところだ。もし一本でも電車に乗り遅れたら大変なことになってしまう。
「それじゃラビちゃん、行ってくるわね」
”はい。行ってらっしゃい”
「ん、お土産買ってくる……」
”うん。ありがとう、ありす”
まだ早朝だし近所迷惑になるのでひそひそ声で私たちは互いに別れを告げる。
名残惜しそうに振り返る二人に向けて、私は手――は振れないので耳を振って見送った。
……さて、これからどうしようかな。
桃香の家にしばらくはお世話になるんだけど、流石にありすたちが出発する時間が時間なのでまだ眠っているだろう。
これを見越して前日から桃香の家に行くという案もあったが、まぁ私は別に寒さとかは全然平気だし物陰でスリープモードにでもなっておけば時間を簡単に潰せるので、ありすと一緒に最後の夜を過ごすことにした。
最後の夜っていうとちょっとアレだけど……今年最後の夜というのは間違っていないだろう。
まぁとにかく、桃香の家に行くにしてもちょっと時間が早すぎる。何時間かは時間を潰したいところだけど、この時間だとコンビニくらいしか開いているところはないだろう――ま、どっちにしても私は入れないし意味がないんだけどね。
ベランダまで自力でよじ登ってからどうしようか考えてみる。
”……折角だし、今年を振り返ってみようかな……”
桃香の家に行くまで、このままベランダでスリープしててもいいんだけど、それはちょっともったいないと思うのだ。
今年はまだ後数日残っているけれど誰も傍にいない時間というのは意外と貴重かもしれない。
そう考えた私は今年一年――というか、ありすと出会ってからのことを振り返ってみることにした。
* * * * *
ありすと出会ったのは、今から丸四か月くらい前になるかな? 後になって知ったけど、夏休みが明けてすぐの日曜日の夜中に出会ったのだった。。
知り合うと同時に謎の『ゲーム』……確かタイトルは『M.M.』だったか、それに二人で参加することになってしまったんだっけ。
……私としては未だに心の隅でありすを巻き込んでしまったことに罪悪感を覚えているのだけど……彼女は彼女で『ゲーム』を楽しんでいるし、それにありすが『ゲーム』に参加していなかった場合、桃香が大変な目に遭っていた可能性が高いのだ。正直何とも言えない感じだね……。
あの時はありすと分断されてクエストに挑戦するという、振り返ってみるとかなりピンチな状態だったと思う。もし美鈴とあのクエストで合流出来なかったとしたら、私たちはあそこでリタイアしていた可能性がかなり高い。
そして、あのクエストは現実世界に影響を及ぼすモンスターの出現、その最初であった。
……今振り返ると、あのアラクニドもきっと『冥界』で戦った
妖蟲の生みの親、あるいは黒幕と思しき人物――ヘパイストスの魔の手は、実はそんな前からあちこちに伸びていたのかもしれない。そう考えると、ヘパイストスこそ、この『ゲーム』で最も厄介な『敵』なのかも……いや、まだヘパイストスが犯人だと決まったわけじゃないから断定するのは早いかもしれないが……。
それから数週間は、美鈴とほとんど一緒に『ゲーム』に挑戦していたっけ。
今ももちろんなんだけど、あの時に美鈴と一緒に遊んでいたからこそ、私たちは仲間と共に『ゲーム』に挑む楽しさを知ったのだと言える。
美鈴と一緒に行ったクエストの中で一番印象に残っているのは――やはりあの『天空遺跡』だろうか。アラクニドの時とは違った意味で、『全滅』の二文字が頭に思い浮かんだ初めてのクエストだった。
……そういえば、あのクエストの最後で、黒晶竜から気になる言葉を貰っていたんだっけ。
――『アストラエア』がどうとか。
それと一緒に何に使うのかよくわからないアイテムも貰ったんだったなぁ。あれ、未だに効果不明なのでアイテムボックスに放り込んだまま放置しているけど……。
気になる点としては、『アストラエア』と『ヘパイストス』の関係だ。
ヘパイストスの話を聞いた後にふとアストラエアのことを思い出して調べてみたんだけど、どちらも元ネタはギリシア神話の登場人物だったと思う。ヘパイストスは鍛冶の神、アストラエアは確か乙女座の元ネタだったかな?
……それに、昨日千夏君から聞いた『プロメテウス島』……プロメテウスもそうだ。
まぁ、『ゲーム』関係者がギリシア神話と直接関連するとは到底思えないけどさ――ユニットの姿や能力、登場モンスターの大半がほぼ関係なさそうだし。
この辺の話はトンコツたちにも聞いてみたいところだけど……多分これは答えてくれない部類の問いかなぁ。
そして、美鈴との別れは月が変わってすぐの連休中だったか。
……まぁ、なんだかんだで美鈴はまた『ゲーム』に参加するようになっているみたいだし、あの涙の別れは何だったんだって感じだけどさ。いや、嬉しいことは嬉しいんだけど……。
私とありすがこの『ゲーム』をクリアする、という目標を定めたのはこの時だ。
あれ以来そこまで表立って口にすることはあまりないけれど、この目標は今も変わりない。
果たしてこの『ゲーム』にどこまで『悪意』があるのか……今も定かではない。
でも、この『ゲーム』をクリア――終わらせたい、という思いは同じだ。
* * * * *
美鈴と別れてから本当にすぐ、私たちはクラウザーという狂暴な使い魔と出会うこととなった。
そこで彼のユニットであるヴィヴィアンを、彼から解放してあげようということになったんだ。
とはいえ、特に何の手がかりもなくさてどうしたものか……というところで、私たちは別の使い魔――トンコツたちと出会うこととなる。
彼の協力――もっと言えば、
残念ながらクラウザー自体は取り逃すことにはなってしまったが、目標である桃香の救出は達成できた。とりあえずはそれで良しとしよう……。
ただ、クラウザーとの決着もそろそろ付けたいところだ。
最近は目立った動きを見せないものの、裏で何かやっていることは明らかだ。きっと、いずれ私たちの前に再び立ちはだかってくるだろう。
* * * * *
……あー、何かあんまり思い出したくないんだけど、スルーするわけにもいかないか。
桃香が私のユニットとなってすぐの時、『キング・アーサー』なんていう珍妙な敵とも戦ったっけ……。
いや、珍妙なのは言動だけで、その強さは本物だった。あれ、下手したら今までで一番強い敵なんじゃないかな……? こちらを一撃で粉砕する範囲攻撃を無制限に連発しつつ、一瞬で全回復する能力まで持っているんだから。
そういえばキング・アーサー戦の時だったっけ、ありすが初めて《
あの魔法も謎だらけのままなんだよね……魔力消費の割には神装を超強化出来る、という点だけ見れば便利な魔法とは言えるんだけど……。
同じ月の終わりらへんだったか、季節外れの台風みたいな大嵐が桃園台を襲ったのは。
大嵐の原因は、これも現実世界へと影響を及ぼすモンスター……私たちが戦った中では最大規模の力を持っていたであろう、神獣グラーズヘイム、通称『嵐の支配者』だ。
……本当に今振り返ってみても、よくあれに勝てたものだと思う。それだけ、『嵐の支配者』は印象深い。
とにかく無限とも思える配下を率いているのだけでも厄介なのに、本体自体もとんでもなく強いのだから始末が悪い。おまけに『風』の神獣であるためか、配下の風竜を吸収することで回復までするのだから、バランス崩壊もいいところだ。
あの戦いで私と
あれも結局なんだったんだろう? 二人揃って夢を見ていたのかもしれない、と誤魔化したくなるくらいのわけのわからなさだ。今も結局なんだったのかは不明のままだ。
そうそう、『嵐の支配者』戦の時に私たちを助けてくれたのが、ホーリー・ベル改めケイオス・ロアと名乗る美鈴だった。
……本当に美鈴を取り巻く状況がわからなくて不安になってくる。彼女も困っていたら私に相談する、とは言ってくれているし今のところは何とも言って来ないから問題はないのかもしれないけど……。
* * * * *
『嵐の支配者』を倒してからしばらくは平和な時間が過ぎて行った。
だが、更に月が変わって11月――後半に入ったくらいだったか、再度クラウザーが私たちへと襲い掛かって来た。
しかも今度はヴィヴィアンの時とは違って、戦いに関してはかなり積極的な魔法少女ジュリエッタを引き連れて……。
私たちは強力なモンスター・冥獣テスカトリポカと同時にジュリエッタを相手にしなければならなかったが、何とか撃退することに成功する。
……けれども、クラウザーとジュリエッタはそのすぐ後にトンコツたちを襲い、プリンという使い魔とそのユニットのうち一人をゲームオーバーへと追い込んでしまう。
当時はそんなこと全く予想だにしていなかったとは言え、もうちょっと何かうまい方法があったんじゃないか……そんな後悔がないわけではない。私が他人の心配するなんて、傲慢かもしれないけどさ。
その後、トンコツの協力もあり私たちはジュリエッタを撃破することに成功する。
しかしクラウザーにとってジュリエッタは『捨て駒』だったのか、ジュリエッタに霊装を破壊させメタモルを暴走――《
もしかしたらこのままジュリエッタは『モンスター』として『ゲーム』に処理されてしまうかもしれない。そうなったら、ゲームオーバーになるだけでは済まず、本体の方も死んでしまうかも……そんな恐れもあり、私たちは放っておけずジュリエッタを救出することにした。
散々苦戦させれたけど、私たちは何とかジュリエッタを助けることが出来た。ジュリエッタを助け出すために、私のユニットとして一度登録するというのは少し事情が複雑だったけどね。
で、紆余曲折はあったけど、本人の強い希望もあってジュリエッタ――千夏君はそのまま私のユニットとして活動していくことになったのだった。
* * * * *
さてそれからのことだが……もう割と最近のことだね。
12月に入ってから、ジュリエッタがゲームオーバーへと追い込んだ使い魔の元ユニットであるアンジェリカが、ジュリエッタに対して復讐戦を挑んできた。
だけど今のアンジェリカの使い魔であるヨームは、このままアンジェリカに復讐心だけで『ゲーム』に参加してほしくない、ということで私にも協力を要請してきたのだ。
ただねぇ……じゃあどうすればいいの? って話で……結局、アンジェリカとジュリエッタを何回も会わせ、対戦させたり一緒にクエストに行かせたりしながら氷解けを待とう、ということくらいしか出来なかった。
ま、それも最終的な結果だけ見れば正解だったのかなぁ、という気はするけど。
で、そのまましばらくはアンジェリカのことに私たちが関わっていた裏で、(暫定)ヘパイストスによる『冥界』の侵略が始まっていた。
ありすたちが好奇心で覗きに行った『幽霊団地』がどうも『冥界』の入口になっていたのか、彼女たちが眠っている間に強制的にクエスト内に閉じ込められてしまったのだ。
私とトンコツ、そして救援に来てくれたヨームで『冥界』へと挑んだのだが、これもなかなか大変な戦いだった。
特に捕らえたユニットの力を吸収して自在に操るアトラクナクア……これは本当に強敵だった。
以前から『冥界』へと縁があったバトーとそのユニットの協力もあり何とかなったけど……『嵐の支配者』の時と同じく、これも誇張なしに『全滅』を覚悟させられる戦いだった。
……戦いの最中、ありすと桃香が相手の能力を封じるために自分からモンスターにやられに行った時は、本当に心臓が止まるかと思った。
二人にはお説教をしたものの……そんな事態になるまで何も出来なかった私自身に責任はある。今後はこういうことを二度と起こさないように、もっと私もしっかり考えないと……。
そうそう、結局アンジェリカだけど、ジュリエッタに対して復讐をするという気は無くなったみたいだった。
彼女の心の動きまでははっきりとはわからないけれど、引っ込みがつかなくなっちゃっただけで元々そんなにジュリエッタのことを憎んでいたわけではないんじゃないかな、と私は思う。
……まぁ、何か、彼女については余計にややこしい事態になった気がしないでもないんだけど……千夏君も災難だなぁ――なんて他人事みたいに言っちゃ悪いか。
* * * * *
そして現在へと至る、という感じか。
うーん、今振り返ってみるとたった四か月程度なのに本当に色々なことがあった……。
大きい出来事から小さい出来事、色々とあったけど……。
……うん、やっぱり私、この世界に来て後悔はないかな。
なんだかんだで楽しい毎日を過ごせているしね。
まぁ、一番肝心な『ゲーム』についての謎は一向に解けないままなんだけどさ……ま、これも今後『ゲーム』に参加していけばわかるのかもしれない。
……仮に謎が解けなかったとしても、私のやることには変わりはない。
これからも、きっと私はありすたちと共にいるんだろうと思う。
”――さて、そろそろ桃香の家に向かおうかな”
色々と振り返りつつ物想いに耽っていたら、結構な時間が過ぎていた。
もうとっくに太陽は昇り、外を人が普通に歩いている時間帯だ。
ここからのんびり桃香の家に向かって行く途中で、きっと桃香も起きているだろう。
そう思いながら、私は恋墨家のベランダから降り、桃香の家へと向かって行くのであった。
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