第5.5章6話 混沌と黒き騎士。そして――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
12月半ば頃――ラビたちが『冥界』へと赴き、
「……大体片付いたわね」
全身に包帯を巻いた、『悪堕ちした魔法少女』めいた姿をしたユニット――ケイオス・ロアが周囲を見渡し呟く。
どんよりとした薄紫色の不気味な濃霧の立ち込める世界。
そこに立つケイオス・ロアの周囲には、毒々しい色をした無数の生物の死骸が転がっている。
タコやイカ、エビ、カニ等の甲殻類に、更には魚類――それらが混ざり合った悍ましい姿をした無数のモンスターの死骸が文字通り山と積み重なっている。
「『BP』、終わったわ」
「……」
ケイオス・ロアのすぐ傍に立っていた大柄な黒い影――全身を漆黒の鎧で身を固めた、魔法少女と呼ぶにはかなり抵抗の姿のある『黒騎士』はケイオス・ロアの言葉に無言で軽く頷く。
そんな態度には慣れているのか、ふぅ、と一息つくケイオス・ロア。
「これで……幾つだったっけ?」
「……」
黒騎士『BP』は少しだけ考えるそぶりを見せると、やがて右手の指を三つ立ててケイオス・ロアに見せる。
あくまで言葉は発しないつもりらしい――尤も、もしかしたら言葉を話せないのかもしれないが。
「三つか……はぁっ、何かまだまだありそうな気がするわね……。
ったく、うちらのリーダーもアルももうちょっと働いてくれないかしらね」
「……」
これには諦めたように『BP』も首を横に振る。
「……まぁいいわ。それじゃ戻りましょう、『BP』」
「……」
こくり。
「…………ねぇ、『BP』。あたしのこと、嫌いなの? 何か、その、ちょっと虚しくなってきたんだけど……」
巻かれた包帯で目が隠れているため外からどんな表情なのかはわかりにくいが、それでもわかるくらい明らかに拗ねたような態度でケイオス・ロアは語り掛ける。
ただ、だからと言って無視しているわけでもなく、言葉を掛ければ身振り手振りでコミュニケーションを取ってはくれる。
反応が返ってくるだけマシなのかもしれないが、時々壁に向かって語り掛けているように思えて来るのがケイオス・ロアには不満なのだろう。
「……」
聞かれた『BP』は首をぶんぶんと大きく横に振ってケイオス・ロアの問いを否定する。
勢いの強さからかなり必死に否定しているようには見えるが……。
それはケイオス・ロアにも伝わったのだろう、はぁっ、と大きくため息をつきながら続ける。
「いや、そんな必死にならなくても……冗談だって」
「……」
若干安堵したようにほっと息を吐くような動作をする。
言葉を発しない分、動作自体はややオーバーになり気味のようだ。
「でも貴女、魔法はどういうわけか使ってるのよね……喋れないのに」
「…………」
周囲に転がるモンスターの死体は、全てケイオス・ロア一人で片づけたわけではない。
当然、一緒にクエストへと参加している『BP』も協力しているのだ。
とはいえ、一部の例外を除けば魔法を使わずにモンスターと戦えるはずもなく……『BP』も何らかの魔法を使って戦っていることは間違いない。
ケイオス・ロアもそれはわかっているのだが……。
「…………喋れないわけじゃ、ない」
「……お?」
ポツリ、と鉄兜の奥からくぐもった声が聞こえて来る。
ただ――その声はくぐもっているにも関わらず、はっきりとわかるほど甲高く細い声であった。
見た目の印象とはかなり違うことにケイオス・ロアは戸惑うが……。
「――ああ、そういうことか」
「…………察していただければ、助かる」
おそらくは見た目にそぐわない可愛らしい声を本人は気にしているのだろう。
だから喋らずにジェスチャーのみで意思疎通をしていたのだ、そうケイオス・ロアは察する。
魔法に関しては、鉄兜の中で小声で唱えているのだと思われる。声を他人に聞かせないと効果を発揮しない魔法ならば別だが、そうでなければ問題ないはずだ。
「別に笑わないわよ? まぁ、貴女が気にするというのなら無理に喋れとは言わないけど……。
……あたしと二人だけの時くらいは喋ってもらいたい、かなぁ」
「……善処、します」
――お互い、会話なしのままは辛いものね……。
内心でケイオス・ロアは呟く。
モンスターとの戦いに関しては、話をしないでも十分戦えるほど『BP』は手練れであるし、お互いの魔法は他人との連携を前提としていないため特に問題はないのだが。
「さて、それじゃ戻りましょうか、『BP』」
「……うん」
どうやら『BP』はケイオス・ロアの要望に応えてくれるらしい。
これで少しはクエストも楽しくなるかな、そんなことをケイオス・ロアは思う。
――あの胡散臭い使い魔だけはどうにも……だけどね……。あたしたちも何やらされてるんだかよくわからないし。
気がかりなのは、ケイオス・ロアの使い魔である『ミトラ』のことだ。
滅多に姿を見せないものの、クエストには基本的に自由に参加していいとは言われている。回復がままならないのは不便ではあるが、自由に『ゲーム』に参加させてくれるのはありがたい。
しかし、時折現れてはよくわからない指示を下してくるのが気にかかる。
今回も急に、『BP』と共にとあるクエストへと赴き、モンスターを
それも立て続けに三回……。いずれも、冥獣が討伐目標となる、それなりに難易度の高いクエストだった。
クエストに参加すること自体は異論はないのだが、使い魔が何を考えているのかわからないというは地味にストレスだ。
――……ラビっちに相談する? うーん、でもまだよくわからないし……。
少なくとも噂に聞くクラウザーのように他人に危害を加えるような素振りは見えない。
一度はゲームオーバーとなった自分を、再度『ゲーム』に参加させてくれたという『恩』もないわけではない。
果たしてラビに相談するようなことがあるのかどうか、それすらもまだわからないという状態である。
――もう少し、様子を見るか……。
自分の使い魔が『悪』なのかどうか。
うさん臭さという点では以前の
悪人と断定することの出来る要素は全くない。同時に、善人であるとも言い切れないのだが……。
考えていても結論は出まい、とケイオス・ロアは割り切りもうしばらくは現状を維持することに決めた。
それに――いずれ敵対するであろうラビに対して、どこまで相談していいものか悩むところもある。
いくら胡散臭いと言っても、ミトラこそが今の自分の使い魔であり、仲間なのだ。
そう簡単に裏切ることなどできない。
……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
草原と湖を模したマイルーム――使い魔ミトラのマイルームにて。
「――というわけで、ケイちゃんと『BP』が三つ潰したってさ、ご主人」
”そうかい。
……んー、これで大体の『罠』は潰せたかな”
湖に半身を沈めた、人魚姫のような姿をしたユニットと、彼女の使い魔――小さな蛇の姿のミトラが話している。
ケイオス・ロアたち他のユニットは見当たらない。この場には二人しかいないようだ。
「『罠』ねぇ……ユニットだけを潰すことを目的としているけど、使い魔の方はスルーする――ふふっ、回りくどいことするよね」
人魚の少女――ケイオス・ロアに『アル』と呼ばれていたユニットは可笑しそうに笑う。
彼女たち曰く、『罠』とはユニットを潰す……すなわち『ゲームオーバーへと追い込む』ことだけを目的としており、使い魔自身をどうにかするような意図はないらしい。
……実際にラビたちが赴いた『冥界』にしても、結果として使い魔もモンスターに襲われてゲームオーバーになる危険性はあったものの、ユニットだけをクエストに送り込んだりすることから目的は使い魔ではなくユニットのみに向いていると言える。
回りくどい、と言えばそうだが、無意味とさえ言えるだろう。
いくらユニットを潰したとしても使い魔自身が無事であれば問題はない。新しいユニットを選択するだけである――最初から成長させなおす必要があるため『ゲーム』の進行は確実に遅れるが、それでも致命的な程ではないだろう。
”ふむ……まぁ
「ふーん。なら放置していても良かったんじゃない?」
なぜか不満そうにアルは口を尖らせる。
そんなアルにミトラは苦笑混じりの口調で答える。
”そういうわけにもいかないよ。見つけちゃった以上ね……”
「ふふっ、
”まったくだね”
――ミトラはトンコツたち
どうも彼は『運営』側の者であるらしい。
ラビの言うところのデバッグ目的で参加しているのかどうかは定かではないが……。
”やれやれだよ。アレス――クラウザーも好き勝手に色々やろうとしているみたいだし、まさかヘパイストスまで参加してくるとはねぇ。ちょっと想定外だったね”
「……うそつき♪ ご主人、
”……ストップ、アル。ボクたちの『計画』は、二度と口にしちゃいけない――そういう約束だったでしょ”
「おっと、そうだった」
まるで反省していないかのように、『てへっ♪』と言わんばかりに舌を出して笑うアル。
そのような態度には慣れているのであろうミトラは小さくため息を吐くだけでそれ以上は咎めない。
”ま、いいさ。
ヘパイストスには恨まれるかもしれないけど、こればかりは仕方ない。こっちも仕事なんでね”
「はいはい。うちのご主人は忙しいことよー。
……でさ、その忙しさにかまけて、ちょーっとケイちゃんたちのこと、放置しすぎじゃない? 特にケイちゃん、今はまだクエストに自由に参加出来ていれば文句はないみたいだけど……そのうちご主人に不信感抱くと思うよ? いや、もしかしたらもうかも?」
”そうだねぇ……うーん、でもこればかりはなぁ……”
ミトラとて、自分がケイオス・ロアたちを放置気味であることは理解している。
そのくせ、時々顔を出しては偉そうに『あのクエストに行け』などと指示しているのだ。もし自分がケイオス・ロアの立場なら反感を抱くのも無理はない。
”……うん、いつまでも放置しているのもアレだし、そろそろボクらも真面目にクエストに挑んでみようか”
「ん? それもしかしてあたしも?」
”当たり前だろ? ……って言っても、確かにちょっと全員揃うかどうかは怪しいところなんだよねぇ……ケイオス・ロアと『BP』はともかくとして、
「…………なんでそんな人をリーダーにしたんだろうね、あたしたち」
”ほんとにね……まぁ、正直
でも、彼女の戦闘力は放置して他のプレイヤーに取られるのも惜しいからね”
「うっわ。ひどいご主人だ。それって、人間の言葉でいう『飼い殺し』っていうやつじゃないの?」
揶揄うようにアルは言うが、その目は笑っていない。
……そして、彼女の言葉からすると、彼女自身もまた『こっちの世界』の人間をミトラ同様に違う位置から見下ろしているようにも受け取れるが……。
”間違ってはいないよ。でも、それは――彼女に限った話じゃない。ケイオス・ロアも、『BP』も、そして
……あ、君に関してはちょっとだけ意味が違うかもしれないね”
「…………」
ミトラの言葉を聞き、初めてアルが表情を変える。
他人を揶揄うような笑みを消し、一瞬だけ――『恐れ』を含んだ表情に。
”アル、君はこの『ゲーム』に勝たなきゃいけない。そうだろ?”
「……ええ、そうよ」
”ふふふ……大丈夫さ、勝ちさえすれば
「…………」
アルは俯き、何事かを考えていたようだったが、やがて無言のままマイルームから去っていく。
一人残ったミトラは小さく吐き捨てるように呟く。
”全く……めんどくさい生き物だ、この世界の猿共は”
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