第5.5章5話 J.Cによろしく

”聞いてよ千夏君!”

「……え、なんすか一体?」


 桃園の体育館で集まった日の翌日、そしてありすが外国へと出発する前日のこと。

 私は千夏君の家へとやってきていた。

 ありすたちは明日から出発なのだが、幾つかまだ事前に準備しておかなければならないものがあるということで、今買い物へと出かけている。

 私も一緒に行っても良かったけどちょっと話したいことがあったので一人残った。

 で、今日は千夏君の家には行けるということでお邪魔しているわけだ。


”すごいよ! ムー大陸だよ!!”

「え? ああ、ありんこが行くところっすか。そうっすね、ムーっすね」

”……何でそんな反応薄いの!?”


 だって、ムー大陸だよ!?

 昨日ちらっと聞いた時には聞き流しちゃったんだけど、改めてありすから聞いたところによると、間違いなくムー大陸らしい。

 別に私はオカルトマニアというわけではないし、そこまでムー大陸やらに興味があるわけではないけど……前の世界では存在しないとされたムー大陸がある、となったらやっぱり心躍る。

 で、千夏君は実はそっちの方が結構好きということを以前ちらっと聞いている――彼もオカルトマニアというわけではなく、大昔の遺跡とかそういうのが好きっていうだけみたいだけど。

 ありすに私のワクワク感を伝えたかったのだが、どうにも反応が鈍かったので千夏君ならば、とやって来たのだが……。


「いや、だって、そりゃムーなんて別に珍しくもないっすよ? お隣の国なんだし……」


 …………あ。

 そうか……こっちの世界ではムー大陸は幻でも伝説でもなく、大昔から存在するのか……。


”………………”

「そ、そんなしょんぼりしないでくださいよ……」


 思いっきり落胆してしまった私を見かねて慌てて声を掛けて来る。

 いや、まぁ、私が先走りすぎたのは事実だ。


”そっか……こっちの世界だとムー大陸は普通に昔からあったんだよね……”

「ええ。アニキの世界だとそうじゃないんすか?」

”うん。まぁ、実在はしないらしいけどね”


 なんか色々な説があったらしいけど、ムー大陸の存在は確か否定されていたような気がする。まぁロマンのある話だとは思うんだけどね。

 元の世界とこの世界、かなり似通ってはいるんだけど違いも多々ある。

 世界地図を広げて見てみると、『あれ? こんなところに半島あったっけ?』とか、逆に『ここは半島だったような……?』みたいな違いがよくある。残念ながら私は地理はそこまで詳しくないので詳細な差異は全部はわからないけれど。


「まー、ムーっつったら、うちの国とは大分長い付き合いっすよ。

 ……色々とあったみたいっすけどね」


 学校の授業とかでも話には出て来るのだろう、千夏君もある程度のことは知っているらしく、私に教えてくれた。




 ムーというのが、現在の国名らしい。

 太平洋のど真ん中にある、結構大きな大陸とその周囲の島々が国土となっている。

 こっちの世界では失われた謎の大陸なんてことはなく、大昔から存在している大陸だ。

 歴史は結構複雑で、『連邦』の名の通り大陸内には幾つも国があったみたいだ。もしかしたら間違っているかもしれないけど、日本の戦国時代とか大昔の中国の戦国時代なんかがイメージとしては近いかな。

 で、日本に当たるこの国にとっては、東にある大国……ということになり、何度か攻めたり攻められたりしていたらしい。


 以前、私の世界との歴史の大きな違いとして『世界大戦』の有無について語ったことがあったと思うが、正確には『二度目の世界大戦で日本に当たるこの国は敗戦国となっていない』という違いがある。

 なんでそんなことになったかというと、実はそこにムーが関わってくるのだ。

 私は歴史にそこまで詳しくない――という前置きを加えて、ざっくりと説明すると……。

 元の世界では第二次世界大戦、そのうちの日本が主に戦っていた『太平洋戦争』は、まぁ主に日本vsアメリカみたいな感じだったと思う(もちろん他の国も色々と参加していたのは知っているけど、あくまでざっくりだ)。

 こっちの世界では、それがムーvsアメリカ(に当たる国)で行われた、ということになっている。

 戦争の始まった経緯なんかはわからないけど……とにかく、こっちの世界での太平洋戦争はムーが主役となった戦いなのである。


 で、この国は当時はアメリカに当たる国側についていたのだという。ムーを東西から挟み撃ちする形になるね。

 ただ、別にそこまで積極的に戦争に参加していたのではなくて、主に牽制する役割だったみたいだ。

 ……これは私の推測だけど、結構小狡く立ち回ったんじゃないかな。ムーとしては西側――この国、およびさらに西のユーラシア大陸に当たるところまで進出したい、アメリカ(に当たる国)としても太平洋に進出したい。もっと言えば中国(にあたる国)も東へ進出したいし、この国だって資源の確保のために進出したいという思いもあっただろう。

 それらが色々と絡み合った挙句、メインとなるのが太平洋上でのムーとアメリカ――もう面倒だ、とりあえず『アメリカ』と呼称しておこう――で戦争になったので、この国はムー・アメリカ両方の西への進出を警戒するため、とりあえずムーを挟み撃ちにすることになったんじゃないかと思う。

 この辺りはきっとちゃんと歴史の勉強をしないとよくわからないところなんだろうな。

 ……自分の世界の方の歴史もちゃんと知っているか怪しい私が口に出すのは烏滸がましいか。


 さて、まぁ紆余曲折ありつつも、現在のこの国とムーは普通に交流があるし、一触即発の状態というわけではない。

 パスポートは必要だけど普通に旅行で行くことも可能だ。

 ありすの父親は今はムーに滞在していて、そこで家族そろって年末年始を迎える予定だという。




「でも、聞けば聞くほど、アニキの元いた世界とこの世界って似てるんすね」

”そうだね……ムー大陸は流石にびっくりしたけどさ”


 古代遺跡好きの千夏君と色々話してたんだけど、意外と有名な遺跡とかで共通しているものは多い。全く同じじゃなくて、名前が違ったりするものはあったりするんだけど……。

 例えば、私でも知ってる『ナスカの地上絵』や『ピラミッド』なんかはこっちの世界でもある。

 反対に有名どころだと『万里の長城』はこっちの世界にはなく、代わりに謎の地中遺跡なんかがあったりする――『兵馬俑』とかじゃなくて、本当に地中に広い空間があってそこに街が広がっているのだ。


「ムー以外に何か伝説の大陸とかないんすか?」


 異世界の古代遺跡の話を聞いて千夏君の目が輝いている。

 本当にこういうの好きなんだろうなぁ、というのがよくわかる。うーん、私にもう少し知識があれば良かったんだけど……。


”うーん、そうだねぇ……あ、大西洋の方に『アトランティス』ってのがあるよ”


 ムー大陸と双璧を成すであろう伝説の大陸だ。

 元ネタは……なんだっけ、プラトンか何かだった気がする。ムー大陸よりは信ぴょう性はある話なんだけど、多分実際には別の島かなんかを『アトランティス』って呼んでただけなんじゃないかって説があったかな。


「アトランティス……はないっすね」

”おお”

「んー、でもその手の伝説みたいな話もないっすね」

”ありゃ、そうなんだ”


 それは残念――と思いきや、


「ただ……それっぽい島はありますよ。『大陸』とは流石に言えないくらいの大きさですけど」

”え、あるの!?”


 どうやら何か島はあるらしい。

 千夏君の説明から推測するに、元の世界でいうスペインの西――アメリカ大陸との間、ややユーラシア大陸寄りの位置に、大陸とまでは呼べないけどかなり大きな島が存在するらしい。


「そこ、いつか行ってみたいんすよねぇ……ここからだと飛行機乗り継いだりとかで、行くの超面倒なんすけど」

”まぁ、地球の反対側だしね”


 元の世界でもヨーロッパまで行くのですら結構大変だったはず。まぁ、私は日本の外に出たことないんだけど。


”どんな島なの?”

「そうっすねぇ……一言で表すなら、『神様の住む島』っすかね」

”……神様?”


 ちょっと意外な単語が出てきた。


「うーん、何とも説明が難しいんすけど、そこの島は大昔から『この星の神様』を祭っている島らしいっす。でも、別に『何とか教』みたいなのがあるわけじゃないんすよね」

”ふむん? 土着の宗教って感じかな……?”


 一応、この世界にも元の世界でいう『キリスト教』とか『仏教』みたいな超巨大宗教はある。

 でもその島は、きっと島の中だけで完結している宗教なんだろう。それこそ、今で言う『何とか神話』みたいな話を延々と受け継いできているような。


”その島、何ていうの? 島っていうか、国かな?”

「えーっと、何だったっけ……プロ――何とかだったような?」


 プロ……プロバンス、プロビデンス、辺りがぱっと思いつくけど……。


”地図帳とか見てみたら?”

「……確かに」


 まぁ私が家に帰ってからありすの地図帳で調べたり、ネットで調べたりでもいいんだけど。

 千夏君が棚に仕舞ってあった地図帳をペラペラと捲り、やがてその島の描かれたページへと行きつく。


「――、ああ、そうだ、そんな名前だった」


 ……ふーん? 確か、ギリシア神話か何かで、人類が火を使えるようにした神様……だったっけ? こっちの世界の神話だとどうだったかな……?


「あー、思い出した。そっか、ありんこの親父さんもなのか……」

”へ? ありすのお父さんがどうかした?”

「あれ? もしかして知らないっすか? 多分、あいつの親父さん、プロメテウスの出身っすよ」

”そうなの? ……あれ? ていうか、千夏君、ありすのこと覚えているの?”


 前に美鈴の家に来た時には気にはなってたけど確かめなかったが……。

 千夏君はああ、と頷く。


「まぁ今話しながらそう言えばって感じっすけどね。ホーリーにやたらと懐いていたちびっ子がいたなーって」


 ありすそのもののことは覚えていなくても、流石に美鈴に関することは覚えていたのだろう。


「んで、ホーリーの母親が外国人ってのは知ってますよね? あいつの母親と近所のおじさんが同郷だって聞いたことあるっす。何かの時にホーリーの母親の出身がプロメテウス島って聞いたんだったかな」

”なるほどね。ありすのお父さんと美鈴のお母さん以外にも外国の人が近所にいたら話は別だけど――”

「俺の覚えている限りじゃ、それはないっすね」

”だよねぇ”


 そうか……それじゃ確定かなぁ。

 実はちょっと気になっていたんだけど、ありすたち家族と美鈴の家族が近所にいたことが『珍しいな』とは思っていた。

 言っちゃなんだけど、大都会というわけでもない地方のベッドタウンで、すごく近い距離に国際結婚――まぁありすのお父さんは帰化しているから厳密には違うんだけど――している夫婦がいるってのが、私の感覚では珍しいなと思っていたんだよね。

 私の視野が狭いだけで、本当はそんなに珍しくはないのかもしれないけど――

 気になるのは、美奈子さんが美鈴のお母さんのことを『ソフィ』と愛称で呼ぶほど親しい、ということ。

 後は、結構昔の写真とか見てると……ありすや美鈴が生まれる前の写真でも、美鈴のお母さんの写ったものがあったということだ。

 だからありすの父親と美鈴の母親――二人が同郷で、実は結婚前からの知り合いだというのであれば、それも何となく納得できることではある。


”う、ん……”


 でも――何だろう?


「……アニキ? どうかしました? 気分でも悪くなりましたか?」

”い、いや……”


 私の様子が変わったことに気が付き、心配そうに声を掛けてきてくれる千夏君。

 それを否定するけど――何だろう、さっきから何か胸の奥がざわざわしてくる……。

 ……その名を聞いた時に、何か言いようのない感覚が沸き起こってきている気がするのだ。




 『プロメテウス』、この単語を忘れてはならない。

 今はちょっと調べる気にはなれないけれど……いつか、もうちょっと気持ちが落ち着いたらプロメテウス島について調べてみよう、そんなことを私はこの時思った。

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