第5.5章4話 ニキなのネキなの

「ラビ様、少々よろしいでしょうか?」


 ありすたちが宿題に戻り、四苦八苦している時、こそっとあやめが私に話しかけてきた。

 はて、何だろうか?


”うん、いいよ。行こう。

 千夏君、悪いけど私少し席外すよ”

「っす。チビ共は俺が見とくんで」


 本当に助かる……。彼自身は別に宿題をここで片づけるわけでもなし、一人でいても暇だろうけど……。

 この場は千夏君に任せ、私はあやめに連れられて休憩室から出て行った。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「はーっ、終わったー!」

「ん、わたしも」

「早いですわ、二人とも!?」


 ラビたちが休憩室から出て行ってからしばらく経った後、美々香とありすがそれぞれ自分の宿題を終わらせる。

 残っているのは『書初め』くらいだ。別に今日やってもよかったのだが、習字の道具を持ってくるのが面倒くさいこととやはり年の初めにやった方がいいだろう、ということで後日に回している。ありすにとっては帰国後真っ先に手をつけなければならない課題となるだろうが。

 尚、桃香については二人の半分ほどしか宿題は進んでいない。


「うぅ~……っ!」

「まぁ、お嬢も別に今日中に全部終わらせないとダメってわけじゃないんだし、適当なところで切り上げたらどうだ?」

「……そ、そうですわね!」


 見かねた千夏が助け舟を出してやると、桃香はあっさりとそれに飛びついた。

 確かにここで全部の宿題を終わらせる必要は確かにないのだが、問題の先送りをしているだけなのであまり状況は変わらないことに、果たして桃香は気づいているのかどうか……。


「なつ兄、ジュース」

「あ、あたしも欲しい!」

「……へいへい」


 自分で淹れろ、とは突き放さないところが彼の甘いところである。

 まぁ真面目に宿題やってたし、これくらいはいいか……と千夏は自分を納得させる。

 三人にそれぞれジュースを渡す――尚、休憩室内では飲み物等は無料ではないものの、格安となっている。千夏も快く奢る。


「そーいえば、ラビちゃんたちどこ行ったんだろ?」


 途中であやめと共にラビが休憩室から出て行ったことには気づいていたが、特に行先は告げられていない。

 宿題が終わったのでようやく気に掛ける余裕が出てきたのだろう。


「ん……鷹月おねーさんと、遊びに行った……?」

「いやー、そりゃねーだろ」


 クリスマスの一件で二人は今まで以上に仲良くはなったようだが、宿題をしているありすたちを置いて途中で遊びに行くとは到底思えない。


「……あ、もしかしたらお母様に会いに行ったのかもしれませんわ」

「トーカのお母さんに?」


 何で? と首を傾げるありすだったが、すぐにその理由に思い至ったようだ。


「……そっか」

「ん? なになに? おばさんに何か用事でもあるの?」

「わたしが明後日からいないから、ラビさん、帰ってくるまでトーカの家にいる……」

「ええ。それでお母様に挨拶に向かったのではないかと」


 ありすは年末年始を父親のいる海外で過ごすこととなっている。

 そして当然のことながらありす一人で海外に行くわけではなく、母親の美奈子も一緒に向かうこととなる。

 そうなると恋墨家にはラビが一人取り残されることとなってしまうのだが、ありすたち不在の間は桃香の家にてラビは預かってもらうことになっていたのだ。

 ラビは『別に私一人でお留守番してるよ?』と言っていたが、桃香の強い熱意に押し負けて桜家に厄介になることになった。

 ――尚、ラビも一緒に海外に行こうと強硬に主張したのが母親の美奈子の方で、ありすとラビがそれを冷静に論破するという一幕もあったのだが……それは別の話である。


「まー、流石に俺ん家はなー」

「ん、確かに……」


 桃香の家にずっといるのも悪いから、と一時帰宅をするかあるいは千夏の家に行くかという話もあったのだが……。

 一時帰宅については家の鍵を持ち歩くのが不安というのもあり断念。クリスマスプレゼントで貰った服には飾りのポケットしかついていないので鍵を入れておくことは出来ないし、紐を通して首からぶら下げるというのは小動物の身体では少々怖い――意図しないところで紐が引っかかって……という場面を想像し、ありすが絶対ダメ、と強硬に主張した。

 千夏の家については行くのは問題ないのだが、家人に見つかると少々面倒になるということで諦めた。彼の家は動物NGであるためラビがずっといるわけにもいかないし、かといってぬいぐるみのフリをするにしても千夏の部屋にあるのは少々不自然だ。

 というわけで、桃香の家にずっと滞在するというのが一番の案なのである。


「あたしん家でも別にオッケーだよ? カナ姉ちゃんの部屋、ぬいぐるみでいっぱいだし」

「……お嬢の家もダメだったら、最終手段としてはアリだけどなー」

「ん、トーカの家がOKなら問題ない」

「ちぇー。一週間思う存分ラビちゃんモフれるチャンスなんだけどなー」

「うふふ、それはわたくしが代わりにやりますわ♡」


 なぜか女子小学生にモテモテのラビであった。


「そうだ、ありんこがいない間、『ゲーム』はどうする? 冬休みで部活もないし、冬期講習の時間以外だったら空いてるけど」

「ん、別に……トーカとなつ兄で行ってきて、いい」

「……いいんですの?」


 ありすが『ゲーム』に対して積極的なのは以前から変わっていない。

 むしろ、『冥界』での敗北を経て更に燃え上がっているのではないかと桃香たちは思っていたが、意外にもありすはさっぱりとしている。


「ん……わたしが我儘言っても仕方ないし……トーカたちが遊べないのは、いや」

「ありすさん……♡」


 何やら感動している桃香だが、千夏は苦笑いを浮かべている。


「……お前、そう言いつつも帰って来たらクエストヘビロテする気だろ?」

「当然……」


 旅行中は我慢を重ね、帰ってきてから欲望を全開放するつもりのようだった。


「やっぱりな。

 まぁそれじゃ、俺とお嬢でクエスト行くか? まぁアニキ次第ではあるけど」

「そうですわね。わたくしも色々と試したい魔法がありますし、千夏さんも『お肉』の補充が必要なのではなくて?」

「ああ。この間のでほとんど使い果たしちまったしな……ここ最近のクエストでもちょこちょこ貯めてはいるけど、消費の方がやっぱ激しいしな」


 『冥界』のクエスト終了後から今日にいたるまでにもクエストには参加している。

 ただ、千夏ジュリエッタに関しては『冥界』で消費した『肉』の量がかなり多く、その補充が追い付いていない状態なのだ。補充してもすぐにメタモルで使ってしまうため、なかなか貯まっていかない。

 このままの状態でも大抵のクエストはクリアすることは可能だが、また『冥界』のような強力な敵が多く存在するクエストに挑むには少々心もとない。

 冬休み期間、ありすのいない間はそう無茶をすることはないだろうし、これを機に『肉』の補充をしたいと千夏は考えていたのだ。

 その考えを桃香もわかっている。

 尤も、彼女は彼女で更なる召喚獣を考案し、それを試してみたいとも思っているのだが。

 利害は共に一致はしている。


「……それよりも千夏さん、この際はっきりとさせたいのですけれど!」

「うん? 何だよ?」

「ラビ様のことを『アニキ』と呼ぶのはどうかと思いますわ!」


 桃香の言葉に千夏は呆れたような表情を浮かべる。


「……アニキはアニキだろ」

「いいえ! せめて呼ぶならお姉さまですわ!」

「んん? お嬢はアニキのこと女の人だと言ってるわけか?」


 ラビの性別について特に深く考えてこなかった千夏は、ようやく桃香が何を言いたいのかを理解する。


「あー、そういえばラビちゃんって男なのか女なのかよくわかんないよねー」

「ん。他の使い魔はわかりやすい……」


 ありすたちが知っている中では、トンコツ、ヨーム、クラウザーは明らかに男性だと声からわかる。

 唯一不明なのはジュジュくらいだが……もはや会うことはないだろうし、そもそもジュジュが人間の言葉を喋っているのをありすは聞いていないため、今更判断することは不可能だ。

 翻ってラビだが、少なくとも声から男女を区別することは難しい。

 やや高めの男性のようにも聞こえるし、低めの女性の声にも聞こえる。


「うーん、口調も……正直どっちとも言えねー感じだしなぁ」


 今まで気にしていなかったが、話題になった途端に気になりだしたのか、千夏も首をひねっている。

 ラビの一人称は『私』ではあるものの、男性でも使うのは不自然ではない。その他の口調もはっきりとどちらとは言えない感じである。


「性格は……まぁ男らしいと思うんだが。器広れーし、見た目はアレだけど頼りになるしな」

「そんなことありませんわ! ラビ様の優しさ、包容力……どう考えても女性らしさに満ち溢れておりますわ!」

「えー、そうかー? それ、男でもいいんじゃねーの?」


 千夏自身、今までラビの性別を気にしてなかったこともあり、『正直どっちでもいい』としか思っていないが……。

 宿題をやっている傍ら一人で暇していたこともあり、桃香の話題に乗っかることにしたようだった。

 千夏は男派、桃香は女派で現在はイーブン。


「美藤さんはどう思ってらっしゃるの!?」

「お、そうだそうだ。美藤妹二号、お前の方が俺よりアニキとの付き合い長いだろ」

「え!? あたし!?」


 突然矛先が自分に向かってきた美々香は慌てふためく。

 彼女も千夏同様、特に気にしていなかったために突然振られても困るのだ。


「……うー、とは言ってもあたしラビちゃんのユニットじゃないし、バンちゃん先輩とそんなに変わらないと思うんだけど……」


 知り合ったのは確かに千夏よりも前だし、美鈴を除けばラビ以外のユニットでは一番長い付き合いにはなるだろう。

 しかし、だからと言って直接ラビと会った回数というのは非常に少ない。そのあたりを勘案すれば、期間は短くとも千夏の方がラビとの付き合いの密度は高いだろう。


「…………保留で」


 桃香たちの視線が突き刺さるのに耐えきれず、美々香はようやく答えを出す――が、それは消極的な内容だった。


「ふーむ、これで男1、女1、どっちつかず1、か……」

「ありすさん! ありすさんはどう思ってらっしゃるのですか!?」


 結論がどうであろうと別に構わないのだろう千夏は面白そうににやにやと笑いつつ、桃香は逆に必死になりながらありすへと詰め寄る。

 ありすがどちらに一票を投じるかによって、彼女たちの中で結論が出るのだ。

 ……尤も、いかに結論を出そうとも、それによってラビの性別が変わることはないのだが。


「……ふぅー……トーカも、なつ兄も、まだまだ……」


 と、なぜか悟ったような表情で――上から目線ともいう――ありすは『やれやれ』と言わんばかりに息を吐く。


「ほう?」

「あ、ありすさん……?」

「わたしはもう真実にたどり着いている……」


 この中ではラビとは最も長い付き合いなのがありすだ。その上、一緒に暮らしているのだから、桃香たちよりもラビについて詳しいと言える。

 そんな彼女が出した結論とは――?


「ラビさんは…………きっと、オカマさん」

「「「…………それだ」」」


 なぜか納得する三人。

 だが、確かに男性的でもあり女性的でもある――相反する二つの属性を併せ持つラビの性別について語るには、これ以上ない表現であろう。

 直前にバトーという実例を見ていたことが幸いした。もしかしたら災いなのかもしれないが。

 謎が解けてすっきり、と言った表情の四人だったが……。


”……君たち、ちょっとそこに正座しなさい”


 ちょうどタイミング良くあやめと共に戻って来たラビのお説教が待っていた。




*  *  *  *  *




”オカマさんはないでしょう、オカマさんは……”


 酷いや、皆。私のことそう思ってたなんて……。

 ……まぁ敢えて性別について誤魔化し続けた私が悪いと言えば悪いんだけどさ。


「んー、じゃあ、ラビさんがどっちなのかはっきりして」

”えー? 今、私って男でも女でもないしなぁ”


 使い魔の身体そのものには『性別』を示すようなものは何もない。

 これが例えば『ライオン』とかだったら、たてがみの有無だったりでわかりやすいんだろうけど、私の身体は猫なんだか兎なんだかよくわからない小動物だしなぁ……。


「うーむ、それじゃ、アニキの前世は?」


 くっ、そこに気付いてしまったか。

 ……ふっふっふ、でもまだまだ甘いな、千夏君。


”前世? 前に人間だった時の名前なら教えてあげるよ?”

「ん、聞きたい!」

「ぜひ!」


 そういえば名乗ったことないんだよね、私。

 最初からありすに『ラビ』って名前つけてもらって、それからずっとそれで通していたし。


”『冠城かぶらぎりょう』だよ”

「…………むぅ、名前からじゃ男か女かいまいち判別つかないっすね……」


 ふふふ……そうでしょうそうでしょう。

 ちなみに、下の名前の『りょう』は漢字ではなくひらがなそのままである。両親は何考えてひらがなでこんな名前にしたのか……そういえば由来とか聞いたことなかった気がするなぁ。今となっては永遠の謎だけど。


「……ラビさんの、家族って、どんな人……?」

”うん? 前世での家族かー……まぁ普通の家だったよ。両親と、お兄ちゃんと妹がいたね。あ、私以外の兄妹は結婚して子供もいたよ”

「アニキの兄妹か……」


 ……なぜそこで渋い表情をするのかよくわからないよ、千夏君……。


”ちなみに、お兄ちゃんの名前が『あきら』、妹が『しのぶ』。で、二人の子供がそれぞれ『とも』と『ゆう』”

「ち、中性的な名前を付けなければならない縛りでもあるのでしょうか……?」

”さぁ? でも両親は普通に性別わかる名前だったけどなぁ……”


 冠城家七不思議の一つなんだよね、これ。私とお兄ちゃんと妹の名前はまぁ両親の中で中性的な名前を付けるブームとかあったのかもしれないけど、甥姪までそんな名前にした理由はよくわからない……。


「というかさぁ、ラビちゃん、なんでそんな頑なに自分の性別隠すの?」


 美々香が直球で疑問を投げかけて来る。

 うーん、まぁその疑問はもっともなんだけど……。


”……だってねぇ……。

 ねぇ、ありす。私が『女』だったらどうする?”

「ん、別に、今まで通り……お風呂に一緒に入る。女同士ならトイレも一緒でも問題ない……」


 同性だってトイレは嫌だよ。


”『男』だったら?”

「んー、ラビさんのこと、もっと好きになっていい? 将来は結婚する……?」


 割と理解不能なこと言ってる気がするけど、まぁこれが理由だ。

 どっちにしても面倒なことになりかねない。


”ね?”

「……恋墨ちゃんのせいかー……」

「……ありすさんなら仕方ありませんね」

「仕方ないのかよ」


 納得していただけたようで何より。

 まぁ、前世での私の性別がどうであっても、今はどうあがいたって性別の謎の小動物なのは揺るがないんだけどね。

 ……それにしても、久しぶりに前世のこと思い出しちゃったな。

 もう私は向こうの世界では死んでいるのだろうし、今更戻りたいとかも特に思っていない。

 その理由は大体わかっている。


「ん、ラビさん……」


 ありすが何かを感じ取ったか、私を抱き上げる。


”うん、どうしたの、ありす?”

「んー……しばらくラビさんと会えなくなるから、今のうちにいっぱい抱きしめる……」

”えー? 家でもいいじゃない……”


 抱きしめるだけじゃなくて、ほっぺたをすりすりもしてくる。

 別に嫌じゃないけど、皆の見てる前だと流石にちょっと恥ずかしい。


「だめ、今したいの」

”……んもー、しょうがないなぁ……”


 とはいえ、確かに一週間もありすと会えない日々が続くのだ。私だって寂しいって思う。




 私が前世の――向こうの世界のことについて、戻りたいとか思わない理由。

 それは決して私が『ドライ』だからとかそれだけじゃない。

 きっと、彼女たちがいてくれるおかげなんだろうと思う。

 ……果たして私がこの世界にいることが出来るのか――それはわからない。

 『ゲーム』が終わったその時にはもういられなくなるのかもしれないし、もしかしたら『イレギュラー』ということである日突然『ゲーム』から追い出される――いわゆる『垢BAN』という状態だ――可能性だってある。

 ……正直なところ、今の私は前の世界への未練よりも、今のこの世界に対しての未練の方がきっと強いのだろう。

 放っておいたらどんな危険なことするかわからないありすのことを見守るつもりでいて、今はもう私の方がありすから離れられないんじゃないだろうか……。


”……ありす、そろそろ離して……”

「んー、もうちょっとー」

”いや、ちょ、少し痛いって!?”


 な、何かこのまま抱き潰されそうな勢いなんですけど!?




 ……でも、まぁ、こういう日常も悪くないと私は思うのだ。

『ゲーム』でユニットの子たちが得られるという、現実では得られない経験――それとはちょっと違うかもしれないけど、『ゲーム』によって私も様々な経験を得ている。

 だから、まぁ……『ゲーム』のわけのわからなさとかは置いておいて、この点については感謝してあげてもいいかな、なんて思うのだった。

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