第5.5章3話 ラビさんの子供何でも相談室 ~どうして勉強しないといけないの?編~
ふぅー、遊んだ遊んだ。
……結局、水泳教室はそこそこに、ほとんどの時間はビーチボールを使っての水中バレー大会となった。
泳げないありすでも十分足のつく深さだったので、遊ぶのには支障はなかったのがよかった。
女子小学生ズvs千夏君一人というハンデ付きだったものの、流石は現役運動部の男子中学生。負けはしたもののほとんど互角の勝負を繰り広げていた。
そんな皆の様子を、私とあやめはプールサイドから微笑ましく見守っていた。
さて、そんなこんなで楽しい遊びタイムは終了。
プールから上がって髪を乾かした後、私たちはそのまま体育館内にある休憩室へと移動していた。
そのまま帰ったら寒くて風邪ひいちゃうかもだしね。少し温まってからということになったのだ。
ついでに、女子小学生ズは本日の目的の一つでもある『冬休みの宿題』の片づけを行っている。
「……お前ら、結構真面目だなー。もう冬休みの宿題やるんか」
ホットコーヒーを飲んでのんびりしている千夏君が、呆れるやら感心するやら何とも言えない表情で声を掛ける。
「ん、トーカとミドーはほんとはやらなくてもいいんだけど……」
「どういうことだ?」
「わたし、明後日からいないから」
そう、今日宿題を片づけなければいけないのは、実はありすだけだったりする。
以前から少し話題に上がっていたと思うけど、冬休みの期間中にありすは父親のいる外国へと行ってしまうのだ。
帰ってくるのが来年の一週目の日曜なので、早めに宿題をやらないと間に合わなくなってしまう。
で、今日集まるのはいいんだけどそうすると宿題をやる時間がないし……ということで、桃香と美々香も同じ量だけ宿題があるわけだし、一緒にやってしまおうということになった。
その辺の事情は流石に千夏君も知らないので簡単に説明する。
「ほー。外国って、どこ行くんだ?」
「ん、
…………ん? 何か、今私の知識では聞こえちゃいけない単語が聞こえた気がするんだけど……?
「ちょっと千夏さん! 集中力が乱れますわ! お喋りするくらいなら手伝ってくださいまし!」
桃香が割と本気で千夏君を非難する。
言外に潜んだ『お願いします手伝ってください』という気持ちがひしひしと伝わってくる――ああ、これが桃香の『手伝ってあげたくなる魔力』か。初めて実感したわ……まさか宿題なんかで実感するとは思わなかったけど。
「んー? まぁ、わかんねーとこあったら教えてやらんこともないが……」
「ん、ダメ、なつ兄。トーカを手伝ったら、多分全部なつ兄がやることになっちゃうから」
「そーそー。桃香のお願いは聞いちゃダメだよー」
「えぇぇぇっ!? ふ、二人とも酷いですわ!?」
流石、桃香との付き合いの長い二人だ。桃香の扱いを心得ている。
しっかし恐ろしいな……ちょっと手伝ってあげるつもりが、いつの間にか全部やってあげちゃうことになるなんて……。
ま、まぁ宿題は本来一人でやらなきゃいけないんだし、当然と言えば当然なんだけどさ。
きっと桃香の場合だと、子供の宿題を親が見ているつもりでいようとしても、全部やっちゃうようなことになるんだろうなぁ……考えようによってはなかなか不幸な体質だ。
尚もブーブーと文句を言う桃香ではあったが、一応宿題をこなす手は止めないでいた。彼女も自分の特異な性質については理解しているのだろう。
さて、それから三十分くらいか。
三人が冬休みの宿題をこなしている間、私と千夏君とあやめは暇を持て余していた。
……とは言っても、千夏君は緊張しているせいかあやめとあまりうまく話せずもじもじとしているだけだったし、あやめは別に沈黙が苦ではないのか黙って桃香たちの様子を見ている。時折飲み物を淹れたりするくらいだ。
「……あー、もー! 何でうちのクラスだけこんな宿題多いのー!?」
と、ついに美々香が爆発した。
確かに……冬休みということで期間も短いし、まぁ終わらないってことはない量なのは私が見てもわかるんだけど、だからと言って決して少なくない量だとも思う。
小学生お馴染みの漢字書き取りやらドリルやらはそれなりの量ある。今日はやらない予定だけど、冬休みらしく『書初め』なんて宿題もある。
「んー……」
「うー、みーちゃ――美藤さんやありすさんはともかく、わたくしには少々辛いですわ……」
計算問題なんかだと、桃香と他二人の間には露骨なスピード差があるのはわかる。
一応今日中に大半は終わるだろうとは予め見込んではいたけど、ちょっとギリギリかもしれない。
「そもそもさー、なんでこんなに勉強しなきゃいけないわけー?」
「ん、同意」
「全くですわ……」
ため息をつきつつ愚痴を吐く三人――その視線が、なぜか私の方へと向けてきた。
”…………え、何で私を見るの?”
いや、何となくわかるんだけど。
「ラビさん、ねぇなんで?」
ほら来た……。
「お、それ俺もちょっと気になるっす」
「そうですね。私もラビ様の意見に興味があります」
千夏君とあやめまで……。
まぁ大学受験は推薦で終えたとは言っても、あやめもまだまだ学生生活は続くのだし気になると言えば気になる話……なのかなぁ。
五人の期待の眼差しが突き刺さって痛い……。
”……えー? うーん……”
適当に誤魔化してもいいんだけど、うーむ……。
仕方ないか。
”じゃあ――簡単に済む話と簡単に済まない話、どっちがいい?”
「難しくないお話でお願いいたしますわ♡」
私に対しては物凄く難しい話題を振ってるんだけど……まぁいいや。
”うーん、簡単に。
『いい学校に進学して、いい会社に入って、いい将来になるようにするため』、はい以上”
まぁ、それだけが人生じゃない、って反論はあるだろうけど……。
私個人の考えを言わせてもらうのであれば、色々とこまごまとした理屈を付けたとしても結局は上記の理由に集約されると思うのだ。
そして、その細々とした理由を説明しても……まぁ『なんで勉強しないといけないの?』と疑問に思うような子はきっと納得しないと思うんだよね。特に、小学生とかまだまだ年齢の低い子の場合。
「……難しい方のお話、して」
今までもきっと親とか教師とかから聞かされたであろう回答だ。納得してくれるわけないか。
んー……しょうがないなぁ。
”それじゃあ、ちょっと難しい話ね。
あ、一応最初に言っておくけど、これから話す内容は私のオリジナルの考えってわけじゃないし、もちろん絶対に正しいって保証はないからね?”
予防線は張っておく。
……ほんとは予防線なしに自信満々に答えられれば一番いいのかもしれないけどねぇ。まぁ、私は前世でも普通の会社員だったし、人様に人生論を語れるほどの立派な人間でもない。
後、『私オリジナルの考えじゃない』って宣言した通り、はっきりと覚えてはいないけどテレビか本で読んだ内容を私なりにアレンジした内容となっている。
”じゃあ――まずさ、さっき私が言った『いい将来』って一体なんだと思う?”
一方的に私が話すのではなく、子供たちにも考えさせてみる。どうせ話している間は宿題の手が止まるのだ、だったらここは彼女たちも巻き込んで議論――というほどにはならないかもだけど――形式にした方がいいだろう。その方がきっと彼女たちも消化しやすいはずだ。
私の問いかけにすぐには答えられず、皆頭を悩ませているみたいだ。
ま、そこは予想通り。
「えーっと、『お金持ち』になるとか?」
”うんうん、他には何かあるかな?”
「……ん、好きなこと、いっぱいやれる……」
”趣味とかだね。他には何か思いつく?”
「…………その、素敵な方と、けっ、結婚したり……とか……」
”なるほどね。結婚、それに子供が出来たりとかして、幸せな家庭を築くっていうのもあるね。
――大体こんなところかな?”
実際にはそんなガッツリとした議論をするつもりもないし、時間の制限もある。質問は適当なところで切り上げてしまおう。
でも、短時間で女子小学生ズがいい回答をしてくれた。概ね、私の期待通りの回答だ。
”実はさっきの回答の中で、一番『答え』に近いのって――美々香ちゃんの答えなんだよね”
「へ? あたし? 『お金持ち』になるってやつ?」
”うん。『いい将来』って何だろうって色々と考えていくと、結局のところ行きつくのって……『お金』なんだよね”
「……何か、意外っす。夢も希望もないっすね」
”そう?”
まぁあんまり子供向けの話じゃないのは確かだけどね。
ただなぁ……何をどう考えても、最終的に必要になってくるのは『お金』なんだよね。
”好きなことして暮らすにしても、結婚するにしても、『お金』は必要だよ。こればっかりは誰が何を言っても変わらない、この社会の『真理』だね”
あくまで『資本主義的世界』の中では、だけどね。
今私が住むこの国は日本とほぼ同じだし、資本主義的なものの考え方で間違いないはずだ。
よっぽどのことがない限りは変わらないんじゃないかな。だから、敢えて『真理』とまで言い切ってみた。
”ただ、まぁ『お金』を稼ぐだけが人生じゃない。稼いだ後に何に使うかは人によるよね。
ありすが言ったみたいに、好きなこと――趣味とかに使う人もいるし、桃香の言うように結婚するのであれば家族のためにお金を使う人だっている”
……中には本当に稼ぐことしか興味がない人もいるだろうけど。ゲームのスコアを稼ぐ感覚で。
ここであらゆるパターンを想定して話をしても纏まらないしキリがない。
敢えて『一般的』と言っても差し支えがないだろうパターンを想定してのお話に留めておこう。
”さて、じゃあお金を稼ぐためにはどうしたらいい?”
「そりゃ、仕事するしかないんじゃないっすか?」
”ま、そうだね。
それじゃあ、お金を稼ぐことを目的とした仕事に就くにはどうしたらいいと思う? あるいは、どうやったらお金を稼げる仕事が出来ると思う?”
この辺は流石にまだ学生にはぱっと答えは思いつかないかな?
「……職業の選択が重要になってくるでしょうか?」
この中では最年長、かつ実際に桃香のお世話係ということで働いているあやめはそう言う。
うん、正解。
”そうだね。で、ここで職業選択というところにおいては、大きく二通りの道があると思う。
一つは、さっきから言っている通り『お金を稼ぐための手段』としての仕事。もう一つは、ありすがさっき言ったのにも関連しているんだけど、『やりたいことを実現するための手段』としての仕事だね。後者については……そうだなぁ、とりあえずは『将来やりたい仕事』とかのレベルで考えていいよ”
もちろん、この二つを両立することも不可能ではない。まぁなかなか難しいんじゃないかなとは思うけど。
”ここからが肝心なところね。
さぁ、どちらの道を選ぶにしても、仕事をする――まぁここでは『就職』に限った話にしようか。『就職』をしなきゃいけないわけだけど、自分の思った通りの職に就ける確率ってどれくらいだろうか。
職業選択の自由は保障されているし、本当なら望んだ仕事に全員が就けるならいいんだけどねぇ”
残念ながらそういうわけにはいかないのが社会というものだ。
人によっては先祖代々続く仕事をしなきゃいけない、という場合もあるだろうけど……ま、それは今この場ではいいか。
”『お金を稼ぐ手段』としての仕事を選ぶ場合、当然だけどお給金のいい仕事を選ぶことになるよね。で、お給金のいい仕事――会社となると、前提となってくる条件もある”
「学歴、ですか」
”その通り。一概には言えないけど、就職って皆で『枠』を奪い合うことになる。で、その時に同程度の能力を持ってる人が二人いたとして、どちらか一方だけしか雇えないとなった時に何が決め手になりやすいかというと……あやめが言う通り、大体は『学歴』、つまりどんな学校に通っていたのかってことになると思うんだ”
もちろん、その他人柄だとか健康状態だとか、職種によって見るところは違うだろうけどね。
”そしてもう一つ、『やりたいことを実現するための手段』としての仕事だけど、例えば……そうだなぁ、外国語の通訳とか翻訳を仕事にしたい、と思ったら当然外国語の知識が必要になるよね。後は、わかりやすいところだとお医者さんとかかな。専門の勉強をしないとなれない職業もある”
他には弁護士とかもそうなのかな? 資格試験にさえ通ればなれるものもあるんだろうけど、独力でやれるっていうのは極少数派だと思う。
”――さて、ここで話は最初の『なんで勉強するのか?』に戻るんだけど……。
ズバリ言っちゃうと、要するに『選択肢を広げる』ためなんだと思うんだよね”
「選択肢を、広める……」
”別に『いい学校』――偏差値の高い学校に行くというのもそうだし、ものすごく専門的なことを学ぶためにはそこしかない、みたいな学校を選んだりとか……それって、全部その
本当は能力があるのに『学歴』で差をつけられちゃったり、いざやりたいことが見つかっても専門的な勉強をしてなかったからやれません、みたいなことは普通に起きちゃうんだよね。
そういうのを避けるためにも……後は特にすぐにやりたいことが見つからないとしても、見つかった時のことを考えて勉強しておくってのがいいと思う”
後は、まぁ子供のころから勉強する癖をつけておかないと、大人になった後に新しいことを学ぶときに勉強の仕方がわからなくて困る、というのもあるかな。まぁ勉強の仕方についてはちょっと話が逸れるし、ありすたちにはまだ早い気もするから今はいいか。
”それとね、勉強……『学力』って、意外と自分の力でどうにかしやすい部類なんだよね。『就職』なんかだと、不景気だなんだで自分の力じゃどうしようもない時とかもあるんだけど、『学力』は努力次第で何とかなるものだし。
勉強出来て得することはあっても、損することなんて何もないと思うな”
「えー? でもちょっと馬鹿な方が女の子はモテるっていう話聞いたことあるよー?」
”……それでモテて嬉しいかなぁ? ちょっと話が飛ぶけど、就職の他にも大きな転機があるよね――そう、桃香が最初に言った『結婚』ね。これもまぁある意味じゃ自分ではコントロールできないものかもしれないけど……”
相手を見つけるところから始めなきゃいけないし、難易度としては就職よりも高いかもしれない。
”結婚するってことはその後の長い人生、その人と一緒に過ごすわけだ。
……で、まぁちょっと厭らしい話なんだけどさ、自分の思い描く理想の相手を都合よく捕まえられると思う? 顔や性格がいいって条件だけならまぁ何とでもなるんだけど、生活に不安のない相手とか色々と条件が付いた時……自分が相手と同じレベルでないと、まず見つからないと思うんだよね”
女性の場合は、まぁ色々とそれをクリアするための裏道というか、まぁ何というかそういうのはないことはないけどさ……。
普通に考えて相手に良い条件を望むのであれば、自分もそれに釣り合うレベルでないと選択肢には上がらないと思うんだ。『年収1000万の人と結婚したい』と思うのは自由だけど、それで自分が『(仕事してない)家事手伝いです』とか言って相手にされる確率は物凄く低いと思う。
”ちょっと長くなっちゃったね。
結論としては、なんで勉強するのか? それは今後の人生における『選択肢』の幅を広げるため、だね。勉強しなかったから選べない選択肢はあっても、勉強したから選べないなんてことはおそらくない……だから、少しでも自分の可能性を広げるためには、勉強をしなきゃいけない、と私は思う。
で、何で選択肢を広げる必要があるかというと、最初に言った最終目標――『いい将来』を迎えるための手段を選ぶためだね。お金目的でもやりがい目的でも、仕事を選ぶ上で選択肢が狭まっているよりは広い方がいいに決まってるし、結婚相手だって条件のいい人を見つけるためには自分もそれに見合ったレベルにならないといけないし”
繰り返すけど、例外は幾らでもある。ただ、それについていちいち論じていたら話が進まないし、例外について話すことで『勉強しなくていいじゃん』なんて安易な結論に至って欲しくないので触れるつもりはない。
”……わかったかな?”
途中からはついついいつもの調子で私が延々と話してしまったけど……伝わっただろうか?
五人の顔を窺ってみると――うん、大丈夫そうな気はするな。
「ん、ラビさんの言いたいことは何となくわかった」
”何となくでもいいよ。それに、ありすたちはまだ深く考えなくたっていいんだよ? もう少し大きくなってからでも”
あやめや千夏君はそろそろ考え始めないといけない頃合いだろうけど。
この二人に関しては表情を見ればわかる。納得してくれたみたいだ。
「うーん、まぁ結婚相手のくだりはちょっと納得できないこともありましたけど、アニキの言いたいことはわかりました」
「ええ。参考にさせていただきます」
言っててなんだけど、あやめについては将来の仕事とかどうするのか気になる。このまま桜家の補佐というかそういう仕事に就くのだろうか?
まぁ言外に『仕事以外』の生きがいとかやりがいを求めるためには、安定した収入が必要と言ってたつもりだから、それを理解してくれていればいいかな。必要なら個別に話してもいいし。
「……結局、宿題はやらなきゃいけないわけかー」
「そ、そうですわね」
”……当たり前でしょう……”
仮にここで私が『宿題なんてやらなくていいよ』なんて言ったところで、冬休み明けに怒られるのは君たちなんだからね?
「ん、じゃあ続き、やる」
「だねぇ」
「はい……」
さて、彼女たちの期待する答えになったのかどうかは定かではないが、観念して宿題の続きをやることにしたらしい。
一体皆がどんな将来を迎えるのか……?
それが楽しみではありつつも――果たして私はその時どうなっているのか? この世界にこの姿のままいるのだろうか、それとも……。
……何て、少し不安にも思うのであった。
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