第5.5章2話 水着回は修行の後で
桃園にある体育館は本当に広い。
普通の『体育館』と言われて想像するようなところ自体も広いし、剣道、柔道、空手とそれぞれの武道場もある。加えて、スポーツジムのような施設もある。
この体育館は四階建てとなっており、最上階の四階が屋内プールとなっている。ちなみに屋上にも屋外プールがあるらしいのだが、そちらは当然冬の間は閉鎖されている――兵隊さんたちが訓練で使うとかいう噂を聞いたこともあるけど……。
で、私たちは一階の武道場から移動し、三階の屋内プールへとやってきていた。
”ふわぁ……広いねぇ……!”
「っすね。俺も初めて来たけど、すげーな」
さっさと着替え終えた千夏君と、別に着替える必要もない私は一足先にプールサイドまでやってきていた。
二人で感心している通り、本当に広い。
50メートルプールをメインに、そのわきには25メートルのちょっと小さなプールもある。フロアの奥には潜水だか飛び込みようだかわからないけど、ものすごく深いプールのフロアがある(部屋に仕切りがあって中に入ることは出来ないけど)。
流石にウォータースライダーみたいな遊具はないけれど、市民プールとかなんかよりもずっと大きなプールだ。トレーニングルームもあるし、もう完全にスポーツジムと言っても過言ではないんじゃなかろうか。
ただ残念なことにこの屋内プールは基本的には一般に解放していないみたいだ。夏場には屋上のプールは解放されているらしいんだけど。
「……あいつらおせーな……準備運動しちまうか」
千夏君は早く泳ぎたいようでうずうずしているみたいだ。
”まぁ、女の子は時間かかるからね”
「? だって、服脱いで水着に着替えるだけっすよ?」
うーん、そのあたりの機微はまだ千夏君には早いかー。
疑問に思いつつも、宣言通り千夏君は準備運動を始める。さっきまで剣道やっていたとは言っても、彼にとってはほとんど運動にもなっていないレベルだったのだろう。ま、どっちにしろ剣道と水泳だと使う筋肉も違うだろうしね。
それにしても……。
”……ええ身体しとるやないかい……”
「? なんか言いました?」
”ううん、何にも?”
危ない危ない、思わず心の中の獣が暴れ出してしまった……。
まぁ冗談は置いておいて、改めて千夏君の身体を見てると結構スゴイことがわかる。
彼は身長はそこまで高いわけではない、むしろ小柄なくらいなんだけど、全身が何て言うか……こう、全力で『男』を主張している。
とにかく筋肉質だ。そして、実際に結構筋肉がついている。
ボディビルダーみたいなわかりやすく大きく盛り上がった筋肉ってわけじゃなくて、例えて言うなら――鉄の棒に針金を何重にも巻き付けたような、細さの割に筋肉の密度がスゴイ、引き締まった身体をしている。
剣道をやってるから腕なんかはわかるんだけど、それだけじゃなくて胸筋腹筋背筋、それに足にもしっかりと筋肉がついているのがよくわかる。
実戦で鍛えぬいた『若武者』――なんて言ったら言い過ぎかな。でもそんな感想しか出てこないくらい、すごい。
……これでまだ14歳なんだから、もっと大人になったら……想像するだけで涎が出てきてしまいますなぁ……。
ただ、一つだけ不満を述べるとするならば――
”千夏君”
「はい? 何っすか?」
”……どうしてブーメランパンツじゃないの!?”
「え、なんで俺怒られてるんすか!?」
彼が履いているのは、おそらく学校指定であろう紺色の普通の短パンタイプの水着だ。
惜しいなぁ、これがブーメランパンツならば彼は完璧になれたのに……。
まぁ、そんな馬鹿話を千夏君としているうちに、着替え終わった女子たちもやって来た。
「お、来たか」
「ん、来た」
「お、お待たせしました……」
女子小学生ズは、まぁ当然と言えば当然だけど学校指定の普通の水着だ。
うん、実に小学生らしくて結構。特に言うことはない。
……浮き輪やらビーチボールも持ち込んでいるのには目をつぶろう。本当ならダメなんだろうけど。
「皆様揃いましたね」
最後に現れたあやめはというと、こちらもシックな競泳水着を着ている――けど、流石女子高生というか、女子小学生ズとは比べ物にならない。色々と。
気になるのは、彼女は上にパーカーを羽織っているところだ。
「それでは、本日はこのプールは貸し切りとなっておりますので、ご自由にお使いください。ただ、あちらの潜水プールに関しては使用禁止となっております」
奥の方にあったやつか。まぁアレは流石に子供だけで使うには危険だしね。
それを言ったら子供だけでプールを使うってのもどうなんだろうと思ったけど、
「私はプールサイドで様子を見ていますので、何かあったらお声掛けください」
とあやめは言う。どうやら彼女が監視員代わりを務めるようだ。
”あやめは泳がないでもいいの?”
まぁ監視員がいないってのも不安だけど、あやめだって遊びたい年ごろだろうし。
しかしあやめは微笑みつつ首を横に振る。
「いえ、私は好きでこうしていますので」
……大人だ。
クリスマス前に一緒に料理した時とかにも少し話したんだけど、どうやらあやめは本当に桃香のお世話をするのが好きみたいだ。
あれかな、子供が遊んでいるのを見守ってほっこりしている大人な気分なのかな。
本人がいいなら、私が口を出せることじゃないか。
「ほれ、チビ共、ちゃんと準備運動しておけ」
あやめだけじゃなくて千夏君もいるし、まぁ大丈夫かな。彼自身はプールの中でフォローしてくれるだろう……多分。
「……おー、なつ兄、筋肉すごい……!」
と、ありすは千夏君の筋肉に目を輝かせている。
……そういえばありすはそうだったっけ。
「ね、ね、こうやって、こう!」
と力こぶを見せてとねだっている。
言われて悪い気はしないのか、
「おう、どうだ?」
千夏君も快く右腕の力こぶを見せてみる。
うわ、すごい。もりっと力こぶが盛り上がってる!
ありすも力こぶを作ってみるが、まぁ当然ながら全然盛り上がらない。
「……わたしも作りたい……」
しょんぼりとしながら言う。この子に限ってはおそらく本気で言ってるからなぁ……。
「あん? やめとけやめとけ。おめーの歳で筋トレなんてしたら、背が伸びなくなるぞ」
「んー……」
「そうですわ! ありすさんに筋肉なんて必要ないですわ!」
「羨ましい……」
「ははっ、まぁお前ももう少し大きくなったら筋肉つくんじゃねぇの?」
桃香の謎の力説はともかく、千夏君の言うことももっともだ。子供のころから筋肉つけすぎると背が伸びなくなるって言われるし――もちろんある程度運動しないとそれはそれで背が伸びなくなるとも言われるけど――ね。
というか、まぁ女の子でそこまではっきりくっきりと筋肉がつくのって、よっぽどスポーツしている人くらいじゃないかなぁ。後は女性のボディビルダーとか。
「むー……えいっ」
「おわっ!?」
調子に乗ってボディビルダーみたいにポーズを取って筋肉を見せつける千夏君に向けて、ありすが反撃をする。
……乳首抓って。
そうだよねぇ。男子は上半身裸だからねぇ……。
「ちくビーム!」
「ちょ、やめれ!」
「あははっ、あたしもー! ちくビーム!」
「うわっ、ダブルで来るな!?」
突如として
流石に千夏君もこれには反撃することが出来ず、逃げ回ることしかできないのであった……彼は彼で紳士だよねぇ。
「はー……疲れた……」
女子小学生によるダブル乳首攻撃から身を守っていた千夏君が、ややげっそりした表情で言う。
なんだかんだで彼もノリはいいんだけどね。小学生の無限の体力には負けるか。
「まぁ、気を取り直して――身体もあったまったし、俺泳いでいいっすか?」
”うん、もちろん。行っておいで”
律儀にありすたちの到着を待った挙句に乳首攻撃されるとか、ちょっと可哀想だ。
それはともかく、ようやく泳げるとなり千夏君はうきうきとしながらプールへと入る。流石に飛び込みができるほど深くない。
「ん……」
”あれ、ありすは泳がないの?”
プールサイドでちゃぷちゃぷと水に手を漬けているものの、ありすは一向にプールに入ろうとしない。
……まさか?
「わたし、泳げない」
”うそっ!?”
意外だ。運動全般苦手ではなさそうなのに。
「実はわたくしも……」
「あたしは泳げるよー」
こちらは別に意外でもないけど。
そっか、ありす泳げなかったのか……ああ、だから浮き輪持ってきてたのか。
「なつ兄」
「…………わかったわかった」
諦めたように千夏君がため息を吐く。
……彼には本当に世話を掛けるな……。
ということで、千夏君には悪いけど、剣道に引き続きプールにて突発の水泳教室が開かれることとなったのだった……。
まぁすぐに泳げるようにはなるわけではないが、慣れることくらいは出来るだろう。
うーん、剣道もそうだけど水泳も習わせた方がいいんじゃないだろうか? それを判断するのは美奈子さんだけど……今度機会があったらありすを交えて話してみようかな。
プールできゃいきゃいと騒いでいる子供たちを見つつ、私はそんなことを思うのだった。
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