第5.5章 年末少女 -Farewell song-

第5.5章1話 ありすの剣術修行

「…………」

”えーっと……?”


 ありすが部屋で床にうつ伏せに寝ている。

 いや、まぁさっきまで起きて一緒にマスカレイダー見ていたはずなんだけど。

 うつ伏せになって寝っ転がりながら『万歳』しているような体勢だ。

 ……五体投地? いや、土下……?


”何、してんの? ありす……?”

「謝って」

”……はぁ?”

「ラビさんも、早く謝って!」

”えぇ……?”


 どういうことなの……?

 わけもわからず、私もとりあえず『ははーっ』とよくわからないものに対して跪く。

 ……意味がわからない……。


”……で、何に対して謝ったの……?”


 たっぷり5分くらいは謝ってただろうか。やがて、ありすは起き上がり神妙な顔で私に語る。


「わたしは、フィオーレをあなどっていた……」


 ちなみに、先週は『冥界』に囚われていたりその後また桃香の家に泊まったりでバタバタしていた影響もあり、『マスカレイダー フィオーレ』は録画しただけで見ていなかった。

 今週は今週でクリスマスパーティーのあれやこれやでやっぱり録画しただけだった。

 今日、ようやくまとめてみることが出来たというわけだ。尚、来週再来週は年末年始で放送はお休みとなってしまう。

 で、フィオーレの内容なんだけど……確かに色々と凄かった。


”うん、まぁ確かに『VVヴィーズ』に比べたら最初は微妙だったけど、先週今週の展開は凄かったねぇ”


 まさか、1クール目の終わりであんな展開になるとは……。

 まぁぶっちゃけ、子供向け特撮の展開としてはどうなんだ? って言うところはないわけではないんだけど……ドラマとしては非常に面白い展開になってきたと言える。


「フィオーレはもしかしたらレイダーの最高傑作かもしれない……」

”ありす、それ――毎年言ってるんじゃない?”

「だから、わたしたちはフィオーレに謝らないといけない……」


 くそぅ、華麗にスルーしおった! いや、まぁいいけどさ……。


”ほら、おバカなことしてないで準備しよう。時間に間に合わなくなっちゃうよ?”

「ん、わかった」


 茶番は終わりにして、さっさとありすに準備をさせよう。

 今日は昨日に引き続き、色々と約束があるのだから……。




*  *  *  *  *




 場所はうって変わって、桃園の中にある体育館。

 今日はここで何をするかというと……。


「なつ兄、よろしく……」

「ああ。まぁ、やるつった以上はちゃんとやるぞ」


 ありすは運動しやすいようにジャージに着替えており、対する千夏君は紺色の胴着を着こんでいる。

 二人とも手には竹刀を持っており、準備は整っているようだ。


「おまえ、確か美藤妹にちょっとは教わったって言ってたよな?」

「ん。素振りの仕方教えてもらった」

「そうか。んじゃ、まずはその復習からだな。やってみろ」


 千夏君に言われ、ありすが竹刀を両手で構えて素振りを始める。




 今日は、千夏君に『剣道』をちょっと教えてもらっているのだ。

 まぁ千夏君としては、


「うーん、真面目にやるならちゃんと道場に通った方がいいんだけどな……」


 と最初は渋っていたものの、ありすの熱意に押されて『一回だけ』『絶対に喧嘩とかに使わない』という条件で教えてもらうこととなった。

 後者に関しては、まぁありすなら心配ないとは思うけど。

 何でありすが剣道を教わろうとしているのかというと、前回の『冥界』でのクエストが原因となっている。

 千夏君も交えてクエスト後に話し合った時、ありすは『冥界への復讐者ジ・アヴェンジャー』に《竜殺大剣バルムンク》が通用しなかったのは自分の技量が低いから、と改めて分析していたんだよね。

 結局のところ、アヴェンジャーは《嵐捲く必滅の神槍グングニル》ですら耐えきったのだから、技量の問題なんて些細なことでヤツの装甲を貫くことは物理的に無理だったのかもしれないけど。

 ただ、それはそれとしてありすが武器の扱いに関しては素人というのは変わりない。


「ん、今後のためにも、わたしもしっかりと武器が使えるようになりたい」


 というのがありすの意見だ。

 それで白羽の矢が立ったのが、現役剣道部員かつ剣道歴も長い千夏君というわけだ。

 もちろん、一日程度教えてもらったところで劇的に変わるわけなんてないんだけど……。


「ふーむ……じゃあ、こうするか……」


 何やら千夏君には考え付いたことがあるらしい。

 その後、先に上げた条件を付け、練習場所や道具の貸し出しはありすの方でやらせて――まぁ結局そこは桃香とあやめに頼ることになったんだけど――今日この場が実現されたというわけだ。

 ちなみに今は『剣心会』は冬休み期間ということで体育館は空いていた。千夏君も午前中は部活だったが、午後からは空いているということで時間と場所の問題は共に解決されている。

 ……むしろ、ありすの方が時間に問題があったんだけど……まぁそのことはまた後程。


「よし、一旦素振り止め」

「ん……」


 前後素振りを二十本ほどやったところで千夏君が止めさせる。

 たった二十本とはいえ、普段から慣れていないありすにとってはそこそこの運動になっただろう。


「真っすぐ竹刀構えてみろ」

「ん」

「……ああ、ほら。握りが甘い。もっと、手首をこうして――」


 どうやら構え自体がまだまだイケてないみたいだ。

 千夏君がありすの手を取り直接指導する。


「ぐっ……!? まさか、千夏さん、指導にかこつけて……!?」

”……いやぁ、千夏君はそんなことしないでしょ”

「そうそう。桃香じゃないんだからさぁ」


 横で大人しく見学していた桃香は、ありすと千夏君が密着しているのを見て歯ぎしりしている。横で見ている私と美々香は別に何とも思ってないが。

 ……けど、まぁあの二人に限ってはそういうの全くないだろうなぁ……。

 というか、千夏君割と本気で指導しているな、あれ……体育会系ならありがちであろう竹刀でひっぱたいたりとかはないんだけど、『背筋が曲がってる!』『足開きすぎ!』『また手首が開いてる!』とビシバシ指摘しつつ、軽く手でぺしん、と叩いて教えている。

 桃香の目には千夏君がありすにセクハラボディタッチしているように見えているのだろうか……見えているんだろうなぁ……。

 それはともかくとして、今度は竹刀の振り方について指導している。

 千夏君が自分の顔の前で竹刀を横にして構え、ありすがそれに打ち込んでいる。

 で、逆にありすに竹刀をガードするように構えさせ、今度は千夏君が打ち込んで教えている。

 本当なら防具を付けて直接打ち込ませる方がいいんだろうけど、そこまではするつもりはないみたいだ。


”……へぇ、短時間で変わるもんだねぇ”


 全く剣道については私は知らないけど、横で見ていて明らかにありすの打ち込みがよくなったのがわかる。

 最初の方は本当に『ただ棒を振り下ろしている』だけだったのが、今だとちゃんと『打ち込んでいる』って感じになっている。

 ありす自身も手応えを感じているみたいだ。いつも通りのぼんやり顔だけど、ちょっと目が輝いているみたい。


「ふむ、まぁ振り方はこんなもんか。

 ポイントはわかるか?」

「ん……腕の力で振るだけじゃなくって、打ち込む時にちゃんと手首を締める……」

「そうそう。後は、まぁ剣道に限っての話だが、右腕は添えるだけな。左手一本で振るつもりでな――まぁだからと言って片手で素振りはしないでいい。『ゲーム』に応用するつもりならな。本気で剣道するつもりなら、『剣心会』なり別の道場なりで教わるだろ」


 ありすの目的が『ゲーム』での武器の扱いに慣れることであることは千夏君もわかっている。

 だから彼も一から全部『剣道』の基礎を教えるのではなく、竹刀の振り方をメインに教えているみたいだ。

 ……うーん、これはありすにちゃんと道場通うように言った方がいいかなぁ。『ゲーム』関連は置いておくとしても、彼女にとってマイナスになることなんてないと思うし。


「んじゃ、次は――」


 千夏君の指導はまだ続く。

 事前にどこまで教えるかは聞いていたが、一応一通りの剣道での『技』は教えるつもりみたいだ。流石に一日でありすが完璧に使えるようにはならないだろうけど、教えるだけ教えて後はありす自身の反復練習に任せるという方針らしい。

 『一日だけ』という条件付きではあるものの、後々疑問に思ったことやわからないことがあったら聞いてくれれば答えてくれるとのことだ。まぁ、彼としては間違ったままありすが覚えてしまう方が嫌なんだろう。

 ……本当に面倒見がいいなぁ。

 完全に脳筋のありすと、脳筋なのかよくわからないけど突拍子もないことをたまにしでかす桃香に対して、千夏君はいい兄貴分になってくれるだろう。

 別にそれが理由ってわけじゃないけど、彼が私のチームに加わってくれて本当に良かったと思う――まぁ『ゲーム』へ参加し続けることの是非はともかくとして。


「ね、ねぇねぇ! バンちゃん先輩! あたしもやっていーい?」

「お? 別にいいぞ?」

「え? じゃ、じゃあわたくしも……」

「……まぁ、構わねぇが……」


 やがて見ているだけでは収まらなくなったか、結局美々香と(多分流されて)桃香も練習に加わることとなった。

 二人には最初から教え直しになったが、復習と理解度の確認を兼ねて今度はありすに説明させていた――ところどころ怪しいところは千夏君が補足や訂正をしていたけど。


”……うん、何か良い感じになってきた気がする”


 『ゲーム』内でのバランスもそうだけど、現実世界でも割といい雰囲気――恋愛とか関係なしに――になってきているんじゃないかな。

 ヨーム曰く、この『ゲーム』で得られる一番の成果は『現実世界では得られない経験』だという。私もそれはそう思う。

 でも、こうして『ゲーム』を通じて知り合った縁が現実世界でも活きて、それで得られるものもきっとかけがえのないものなんだろうと思うのだ。




 千夏君による指導は、一時間ほどで終了した。

 流石に長時間やっても一気に全部覚えられるわけでもないし、無駄に疲労するだけだろうという判断だ。


「じゃ、後は自主練するように。変な癖とかついてもアレだから、わからなかったら俺に聞け――つっても、リアルの方じゃなかなか時間合わないだろうから、『ゲーム』内でになりそうだけどな」

「ん。わかった」

「ありがとうございました、バンちゃん先輩!」

「……ぜはーっ、ぜひーっ……」


 ……桃香だけは息も絶え絶えといった様子なのは、突っ込まないでおこう……。ありすは見た目の印象と違って運動苦手じゃないみたいだし、美々香なんて運動勉強なんでもござれの『完璧超人』らしいからね……二人と比べるのはかわいそうだ。


「……それでは皆様。は整っておりますので」


 練習が終わったところで、控えていたあやめが声を掛けて来る。

 その途端、女子小学生ズ――特に桃香――の目がきらりと輝く。


「片づけをして、へと参りましょう」


 ――そうなのだ。今日、特別に体育館内にある温水プールを解放してもらっているのだ。

 練習で汗をかくだろうし、ということであやめが手配してくれていたのだった。

 もちろん、全員そのことは事前に知っているし、各々水着も用意している。

 意外だったのは千夏君もプールがある、と聞いて結構乗り気だったことだ。むしろ、練習はおまけでプールの方が本番だと思っているような節もある。


 ともあれ、私たちは借りていた竹刀やらの片づけと道場のモップ掛けをし、プールへと移動することとなった……。

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