第5章100話 冥界の闇は深く

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 『冥界』に巣くう妖蟲ヴァイスは、そのほぼ全てを魔法少女たちによって駆逐された。

 黒死龍の巨体による破壊だけではなく、クエストクリア前にアリスの放った《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》の炎は『冥界』の大半を焼き払い、悍ましい妖蟲の巣はほぼ壊滅状態に至っている。

 生き残っているのはわずかな数だけであり、その上積極的に襲い掛かって来ていたものとは異なり戦闘力に乏しい小型のものばかりである。

 妖蟲によって侵蝕され滅びたこの世界は長い時を経てゆっくりと傷を癒していく――




 そんな『冥界』の中心に存在していた『女王の城』――その跡地にて。


「――ふむ……」


 多くが消し炭と化し、原型を留めていない女王の間の瓦礫を足で弄びつつ、詰まらなそうな表情を崩さないままドクター・フーは何事かを考えている。

 ――そう、ドクター・フーだ。

 三度に渡りラビたちの前に現れ、そして倒されたはずのドクター・フーがそこにいる。

 ラビたちの予想通り、彼女はまだ倒れていなかったのだ。


のためには、欠片の回収が必要になるか……。優先度としてはそれほど高くはないが、改善は必要か」


 今、ドクター・フーの周囲には三つの青白い光が浮かんでいる。

 まるで『人魂』のようなその光はフワフワと宙を漂いつつ、ドクター・フーを取り囲んでいる。


「……リーディング」


 ドクター・フーが右手を掲げると、そこへと『人魂』は集まり――やがて彼女の身体の中へと吸い込まれるようにして消えて行った。


「……なるほどな。

 くくっ、これは――実になぁ」

「ふん、貴様だけで納得するでない。ワシらにも説明せい」


 一人笑みを浮かべるドクター・フーだったが、その後ろから声を掛けるものがあった。

 突然現れたわけではない。最初から彼女の後ろにいたのだが、今まで黙っていただけである。


「……ああ。そうだな――まずはこのクエストで起こったことを説明しようか」


 言いながらドクター・フーは懐からタバコを取り出し、火を点ける。


「キミは――このクエストについて何か説明を受けていたんだったかな?」

「うむ。とは言え、ワシが使い魔あやつから聞いていたのは、このクエストがユニットを多く始末するための罠だということくらいじゃがな」

「ああ、その通り。ここは、ユニットを誘い込み、そしてが目的で作られたフィールドだ――ま、たまたま我がパトロンのでちょうどいいから流用されただけだがね」

「ふむ……?」


 色々と引っかかるものはあるが、敢えて深堀はしないようだ。


「概ね我がパトロンの目的は達せられた――と言っていいだろう。でもある程度の収穫はあったようだ。

 ……ま、その罠も今はもう気付かれ、大半が潰されてしまったようだがね」

「ふん、貴様らの悪だくみについてはもうよい。それで? 一体このクエストで起こったこととはなんじゃ?」

「ふむ……」


 タバコを一口吸い、ドクター・フーは続ける。


「ここが他の罠と異なっていたのは、どうも妖蟲以外の脅威が潜んでいたことによるらしい。

 私の予測だが、おそらく妖蟲に対抗するために原住民が何かしらの対抗策を仕掛けたか……あるいは」

「……『星の意志』が対抗策を生み出した、か?」

「……ふん、『星の意志』なんてものは存在しないよ」


 嘲るようにドクター・フーは笑う。


「それで、その対抗策とやらが貴様たちの悪だくみを阻止した、と?」

「ある意味ではね。

 私がここへと来た時点で、。幾つか強力な個体は残っていたものの、そのままでは罠としては機能しない――ユニットと戦えば簡単にやられてしまうだろうことは目に見えていたからな。

 なので私はを作り出した――私自身の実験も兼ねて、な」


 それこそがアトラクナクア――ラビたちを追い詰めたあのモンスターである。

 そこまではドクター・フーと語らう彼女は知る由もないが。


「しかし、だ。驚くべきことに死んだはずの女王が生きていたのだよ。これは推測でしかないが、おそらくは彼女を倒したであろう『対抗策』と同化してね」

「……で、そいつによってクエストは破壊された、というわけか。何とも言えぬな」

「くくっ、言葉もないね。

 知能は高いとは言え、所詮、蟲は蟲。どうも自分の配下の妖蟲を私と新女王に取られたことがお気に召さなかったらしい。前女王に存在だったXC-10等は最後の最後に裏切ってくれたよ」


 ――まぁ、ある意味では知能が高い故に、前女王への忠誠心を持っていた、とも言えるがね。そうドクター・フーは内心でつぶやく。

 彼女の話を纏めると――

 まずクエストが始まる以前に最初の女王は『何者か』によって倒された。しかし、その倒した『何者か』と女王は融合し、雌伏の時を過ごしていた。

 その後にドクター・フーが『冥界』へと降り立ち、生き残っていた妖蟲を統べ、更に新しい女王――アトラクナクアを作り出したというのだ。

 後はラビたちが『冥界』にやってきてからの物語通りである。

 ラビたちが知らない点と言えば、最後に現れた『冥界への復讐者ジ・アヴェンジャー』こそが『何者か』と融合した前女王であり、後始末のために現れたということだろう。

 ……だが、実際にドクター・フーの言葉は全て正しいわけではない。

 アヴェンジャーが新女王へと対抗するために現れたというのであれば、もっと早くに現れてもおかしくない。実際に凛風たちを襲ったドクター・フーを倒した時点で女王の城へは侵入していたのだ、アトラクナクア戦に乱入することも可能だったはずだ。

 だというのにそうしなかった理由は――もはやもう誰にもわからない。アヴェンジャーのみが知ることである。


「…………ふむ、予想はしていたが、やはりあったな」


 と、話を終えたドクター・フーが地面から何かを掘り出す。

 手を使わず、謎の魔法を使って掘り起こされたそれが空中へと浮かび上がる。


「……それは?」


 大きさは幼児ほどもあるだろうか、かなり大きな『黒い石』のように見える。

 ただ、鉱物のような感じはない。


「これは『卵』さ」

「卵……女王のか?」

「ああ」


 不思議な光沢の黒い石の正体は、ドクター・フー曰く『卵』であるらしい。

 アトラクナクアは蜘蛛の化物ではあったが、どうやら卵を産むことで増えるようだ――そのあたりが普通の生物と違うのは、もはや妖蟲だからとしか言いようがないが。


「ほう? よくこの惨状で無事だったものじゃのぅ」

「ああ。そういう風に出来ているからな」


 蟲の中では、卵や幼虫時など、ある条件を満たしている限り、どのような高温・高圧・低温、その他生物の生存不可能な過酷な環境であろうとも死なない、というものが存在する。

 有名なところでは『クマムシ』だろう。


「くくくっ、炎が世界を終わらせても、蟲は滅ぼしつくすことはできない、か」


 《終焉剣・終わる神世界》ですら、妖蟲を殲滅することは出来なかったのだ。もちろん、アリスたちがそれを知ることはないが……。


「それで? その卵はどうするつもりじゃ?」

「無論、回収する。そのためにわざわざここまで戻って来たのだからね。

 ――『ルールームゥ』」


 ドクター・フーが背後へと呼びかける。

 すると、先程まで彼女と話していた人影の更に後ろから、のっそりと『何か』が現れる。


<ピポパ……ペポ>


 ――それは、奇妙なユニットだった。奇怪さという点では、フランシーヌと共にいた『ゼラ』といい勝負かもしれない。

 姿としては人型、かつ大きさも普通の人間とそう変わらないと言っていいだろう。むしろ、小柄な部類と言える。

 だが、明らかに普通の人間ではない。

 全身は灰色の『金属』で作られ、『ピポパ』とチープな電子音を奏でているのは、大昔にあった玩具のロボットのような顔だった。頭にはいわゆる『クマ耳』……のようなものが生えているが、よく見るとパラボラアンテナのようなものであった。

 彼女の名は『ルールームゥ』。特異な姿をしているが、これでもドクター・フーたちと同じ魔法少女ユニットである。


「キミがこれを運んでくれ。そうそう壊れることはないが、丁重にな」

<ペペッポ>


 了解の意を示すようにルールームゥの両目に当たるパーツが明滅し、ドクター・フーから卵を受け取ると軽々と持ち上げる。


「……一応聞いておくが、何に使うつもりじゃ?」

「ふむ――使い道は色々とあるが……まぁ、とりあえずは孵化させ、そして成長させてから考えるとしよう」

「……考えておらんのか。いや、貴様のことじゃ、きっとろくでもないことを考えておるのじゃろう」


 この場で問い詰めても答えは返って来まい、とため息をつきつつ諦める。


「あ、あのぅ……もう、ここでの用事は終わった、んですよねぇ……?」


 そこで、更にルールームゥの後ろに隠れていたもう一人の人影が、恐る恐ると言った調子で声を掛けて来る。

 こちらはルールームゥとは違い、普通のユニットと言える姿である。

 ところどころに『雪の結晶』の刺繍が施された真っ白な着物に頭巾を被った、十代前半か……あるいはもっと年下の幼い少女の姿をしている。

 おどおどびくびくとしている態度だが、どこか油断なく周囲を窺っているような……そんな、どこか狡猾さを感じさせる。


「ああ、ここでの用事はもう済んだ。キミたちのとしては少々物足りないがね」

「よ、良かったぁ……。な、ならもう帰っていいですよね? ね?」

「……フブキよ、貴様それでも誇りある我が精兵か?」


 睨まれ、びくりと身を震わせる雪女――フブキ。


「い、いやだなぁ、違いますよぉ。わた、わたしは、このままだとんじゃないかって心配で……。

 残念ですねぇ、もうちょっと時間さえあれば、わたしの実力をお見せできたんですけどー!」

「……ふん、調子のいい奴め」


 『働く気はあるんですよ?』と必死にアピールするフブキであったが……。


「ふむ、ではフブキ。早速働いてもらおうか」

「……ふぇ?」


 ドクター・フーの言葉と共に、地面が激しく揺れ――


「な、なななな、何ですか、アレー!?」


 彼女たちのすぐ傍の地中から、巨大な『蛇』が現れた。

 黒死龍程ではないが、それでもモンスターとしてはかなりの大型だ。人間どころか、大型の動物すらも丸呑みできるほどの大きさの蛇である。


「ほう? なんじゃ、妖蟲とは異なるようじゃが」

「くくっ、これだから生き物というのは面白い……! どうやら、の生命は妖蟲に根絶やしにされたわけではなく、隠れ潜み、短時間で進化していたというわけか」

「んなーっ!? ちょ、ルールームゥちゃん! お願いしますよぉ!?」

<ペッ>


 慌てふためくフブキに対し、他の三人は全く落ち着き払っている。

 そうこうしている内に次々と『蛇』は現れ――総勢8匹ほどの巨大蛇が四人を取り囲んでしまった。


「ふぅー……試運転としては面白いが、まだフブキも本調子ではないか。

 仕方ない……頼めるか?」

「ふん、情けない……じゃが、科学者殿の言うことじゃ。仕方なかろう」


 そう言うと共に、その人影はわたわたと慌てているフブキへと向けて、を振り下ろす。


「あいたぁっ!?」

――《魔力強化:フブキ》。ほれ、やれ、フブキ」

「……わ、わかりましたよぉ、様ぁ……」


 鞭で叩かれ涙目になりつつも、フブキは渋々と従う。

 彼女の前に立つ人物――黒衣の軍服を纏った小柄な少女、ヒルダへと向けて若干恨みがましい視線を送りつつも……。


「よ、よーしっ! ヒルダ様の強化バフも貰ったし、へ、蛇なんて怖くないぞー!

 ウェザーリポート――《アイスエイジ》!!」


 フブキが自らの魔法を解き放つと共に、炎によって浄化された『冥界』は……一瞬のうちに、あらゆる生物が死に絶える極寒の世界へと変貌したのだった。




「くくっ……ああ、面白いなぁ」


 襲ってきた蛇だけではなく、他の生き残りの生き物や妖蟲全てが死に絶えた世界で、ドクター・フーは笑みを浮かべる。


「ご機嫌じゃな、科学者殿。なんぞ嬉しいことでもあったか?」


 この結果は当然、と言わんばかりに仏頂面を崩さずにヒルダが問いかける。

 絶好調のフブキは氷漬けになった蛇に『こ、こいつめ! こいつめ!』と死体蹴りを放って足を滑らせて転んでいる。

 ルールームゥは何を考えているのか全くわからず、卵を抱えたまま彫像のように動かない。


「ああ――そうだな。何しろ、私と我が使い魔殿の思惑通りに事が進んでいるし、何よりも――想定以上に面白いだと言うことがわかったからな」


 いつも詰まらなそうな顔をしていたドクター・フーであったが、今この時だけは実に楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 ――その笑顔は、決して無邪気なものなどではなく……裏に潜む邪悪さと、他者を嬲ることに楽しみを見出す嗜虐性を露わにしたものであった。


「本当に楽しいよ……なぁ、




第5章『復讐少女』編 完

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