第5章98話 エピローグ -Revengers- ~12月25日・その2
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あたしがアビーのことを好きだと思ったのは、いつだったかな……割と早いうちには好きになっていたような気がする。
でも、はっきりと――疑いようもなく、自分の中の『好き』っていう気持ちを認めたのは、やっぱりこの間のクエストが終わった時だった。
以前からそれとなくバトーには相談していたんだけど、あいつ、いつも『うふふ……』とか笑って誤魔化すのよねぇ……。
……いや、あいつ――自称・
「……そろそろ時間、かな……?」
大体このくらいの時間、というアバウトな集まり方だったからもしかしたらちょっと遅れるかもしれないけど……。
待つのも楽しみだ、とか何かで聞いたことあるけど、正直あたしにとっては心臓に負担がかかるだけの時間だ。
早く会いたい――ああ、でもでも、あたし、見た目がこんなんだし……。でも、早く会いたい……!
どういう結果になるにせよ、会ってしまえば一区切りはつく。
会ってからどうなるかは……もう今考えたって仕方ない。
うん、良し、決心は固まった! ……と思う。
『”あら、ようやく腹括った?”』
『……ええ、もうジタバタしたってしょうがないしね』
頭の中に不意に響く声――『遠隔通話』を使ってあたしの使い魔であるバトーが語り掛けてきた。
どう聞いても男の人の声にしか聞こえないんだけど、口調は物凄く軽いし……『おねぇ言葉』とでも言うんだろうか。でも、それを違和感なく使いこなしているところがまた何とも……。
ちなみにバトーは今もあたしのすぐ近く、というかあたしの持ってきた鞄の中に入っている。
狭いだろうけど我慢してもらうしかない。ぬいぐるみのフリは出来るだろうけど、流石にあたしが女だからと言ってもこの年でぬいぐるみを抱えていたら確実に
腹を括る……うん、正にそれだ。
覚悟を決めた、と言い換えてもいいけれど。
『”そ? じゃあ、もういいわね”』
『……へ? 何が?』
バトーの言葉の意味を理解するよりも早く、
「ねーねー、お姉ちゃん!」
「……ふぁっ!?」
いつの間にかあたしの前に一人の子供が現れた。
……いや、あたしがずっと考え込んでて気づかなかっただけで、本当はずっと近くにいたのかもしれないけど……。
…………え? まさか?
「……え、と……その、君は……」
まさか、まさか……!?
「ぼ……俺、
にかっと笑ってなぜかVサインを出す子供。
……『
「りゅ、竜之介、君……?」
「なぁに、お姉ちゃん?」
キラキラとした笑顔であたしの顔を見上げて来る竜之介少年。
……うっわぁ、その笑顔、彼女にスゴイ被って見える……。
「……えっと…………何歳?」
「はっさい!」
「そ、そっかぁ……」
小学校低学年っぽいとは思ったけど、八歳ってことは二年生か三年生かぁ……。
「ねーねー、お姉ちゃんがミオ?」
「!?」
突如現れた竜之介少年にどう対応すべきか考えていたら、いきなり直球で切り込んできた!?
……こう聞いてくるってことは……。
「…………うん…………」
ほとんど消え入りそうな声で、いたたまれない気持ちで、あたしは小さく頷きそのまま俯いてしまった。
――あたしの『ゲーム』での名前は『ミオ』。
そして、現実でのあたしとは似ても似つかない、ほっそりとした、楚々とした美少女剣士……あ、自分で言ってちょっと恥ずかしいな、これ。
「そっか! あ、ぼ……俺、アビゲイル!」
「う、うん……」
さっきから一瞬『僕』って言いそうになって慌てて『俺』って言いなおしてる。ちょっと可愛い。
それはそれとして、やっぱり竜之介君がアビー……あたしの想い人のアビゲイル本人で間違いないようだ。他の事ならともかく、『ゲーム』に関することで無関係の人が嘘を吐くこと自体ありえないしね。
一瞬だけ、アビーの正体が女の子じゃなかったことでほっとしかけたけど、だからと言ってあたしの半分の年齢の子じゃ……。
そう思って自己嫌悪。アビーのことを好きだという気持ちは嘘じゃないし、それをしっかりと自覚はしたけれど――相手の正体が小さな男の子だと知って一瞬だけ
あたしの『好き』って気持ちはそんなものなのか? あれ、でも竜之介君子供だし……。
……ダメだ、頭がこんがらがってきてしまった。自分でもはっきりわかるくらい混乱している。
「……」
「えへへー」
俯くあたしの顔を、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべて竜之介君は見つめて来る。
正直恥ずかしい。
竜之介君はまだ小さい子だからというのもあるけど、元から結構整った顔をしているせいかちょっと女の子みたいなかわいらしさも感じられる。
……将来、きっとイケメンになるだろうと容易く予想出来てしまう。
そんな彼と比べてあたしは……。
「ねー、お姉ちゃん、名前なんてゆーの?」
「へ? え、あ……
――そう、何の因果かわからないけど、実はあたしの名前は『澪』だったりする。ユニットの時と同じ名前って珍しいのかな? まぁその疑問を持ったのも、アビーと会った時からなんだけど……他のユニットと会わなかったしね、あたし。
……同じ名前だからこそ、ますます現実での
「ミオ姉ちゃん!」
何が嬉しいのだろう、ますます輝く笑顔で竜之介君は言う。
……居たたまれない……っ!
「ご、ごめんね、竜之介君」
「?」
「ほ、ほら……お姉ちゃん、ミオと全然違うし……」
バトー曰く、今回現実世界で会うことには
『冥界』に囚われ、あたしは危うく『ゲーム』から離脱するかもしれない、というところまで追い込まれてしまった。
それもあって、彼は現実でも会いたいと強く願うようになったのだとか。
バトーが言うには現実でも顔を合わせておけば、仮に『ゲーム』から離脱することになったとしても『現実で会ったという記憶』は無くならないのだとか。
……だからあたしたちが顔を合わせることに意味はある。あの時はそう思ったのだ。
…………そんなに会いたいって思うってことは、ひょっとしてアビーもあたしのことを……? とか期待していたのは否定しない。
実際、あたしの方はそのつもりだったし……。
でも会ってみたら……何て言うか、『あたし、何を浮かれてたんだろう』って気持ちになってきてしまった。
「うーんん」
だが竜之介君は首をぶんぶんと横に振ると、
「おふっ!?」
突然あたしに飛びついてくる。
……あ、抱き着いた時に胸にわざと顔を埋めたな? 意外にスケベだ、この子。
「優しそうで可愛いお姉ちゃんで良かった!」
「……へ?」
予想外すぎる竜之介君の言葉にあたしの思考は再度フリーズする。
その時だった。
「竜之介ー? ちょっと、あんた何して――」
大人の女性の声が聞こえる。竜之介君のお母さんだろう、きっと。
……いかんいかん、あたしが一応女だからといって、顔見知りでもない小学生の男の子と密着しているのを見られるのは非常によろしくない。
昨今、女性から男性へもセクハラが成立する世の中だ。痴漢……じゃない痴女としてあたしが通報されることだってありえる。
そこまではあたしの頭でもわかる。咄嗟に竜之介君に離れるように言おうとしたが――
「んー、ちゅー!」
「っ!?!?」
――っ、なっ、なっ……!?
「え、ちょ、こら、竜之介!?」
『”うふふっ……”』
またまたあたしの頭はフリーズした――いや、もうショートした。
竜之介君のお母さんの慌てた声と、バトーの面白そうに笑う声も遠くに聞こえて来る。
……何を思ったのか、竜之介君はいきなりあたしの唇へと自分の唇を押し当ててきたのだ。
…………いや、これ、世間一般的には『キス』と呼ばれる行為なんだろう。
………………え? マジで? 何してんのこの子?
「えへへっ、ジュリエッタの真似してみたー。
それじゃーね、ミオ姉ちゃん!」
周囲の驚きやあたしのフリーズにはお構いなしに、唇を離した竜之介君は笑顔で手を振ってその場から走り去っていく。
……離れる瞬間、思いっきり胸揉んでったな、あのガキ……! いや、そんなことより!
「す、すみません! うちの子が……」
竜之介君を追いかけるべきかどうするべきか、迷ってしまったのか混乱しているのか、お母さんが申し訳なさそうに慌ててあたしに頭を下げる。
……いえいえ、あたしが痴女として通報されなければ結構ですので……。
「い、いえ……子供のしたことですから……。それよりも、あの子行っちゃいますよ……?」
お母さんが冷静さを取り戻してあたしの方へと矛先を向ける前に、竜之介君の方へと注意を向けさせる。
……いや、まぁあたし自身の保身もあるけど、実際あの子が一人でどっか行っちゃうのも拙いと思うし……。
「ほ、本当にすみません!」
「大丈夫ですから……」
ぺこぺこと頭を下げつつ、お母さんが竜之介君を追いかけて行ってしまう。
一体お母さんに竜之介君が捕まったらどうなるのだろう……それは少し気になるけど、まぁあたしが心配することでもないか。
そんなことより――
『”あらあら。昨今、自分の子供がやらかしても逆切れする親もいるっていうのに、ちゃんとした母親ねぇ”』
『……ねぇ、バトー』
何やら一人で勝手にほっこりしているバトーに、心の中であたしは冷たく問いかける。
『……アビーの正体が、あの子だって知ってたでしょ?』
『”え? そりゃそうよぉ。当たり前じゃない”』
まぁそりゃそうだよね。
何でそれを黙ってたかって――ああ、これはあたし自身のせいか。
あたしの現実での姿を知られたくなくて、マイルームでも変身を解けないようにしてくれって頼んだの、あたしだった……。
『うぅ~……ファーストキスだったのに……』
いや、まぁ別にあたしはそこまで気にする方ではなかったけど……流石にアレはあんまりじゃないだろうか。
というよりも、竜之介君だって初めてだろうし、数年後にトラウマにならないかの方が心配になってきてしまった。それだけ、あたしは自分に自信がないのだ。
『”まぁまぁ。良かったじゃない? きっと、竜之介は将来いい男になるわよぉ。
……何か女泣かせになりそうな予感もしてるけど”』
『ちょっと! 聞こえてるわよ!』
まぁ同意だけど。
何かあの調子で色んな女の子に粉掛けそう……いや、もしかしたら既に……?
『ああ、もう……あたし、どうすればいいのよ……!?』
今度アビーと顔を合わせた時、一体どんな顔をすればいいのかわからない……。
まともに彼女の顔を見ることさえも出来ないかもしれない。
『”んー? まぁそのうち慣れるでしょ。「ゲーム」内でも、現実でも”』
『は?』
『”竜之介、意外と近所に住んでるわよ? すれ違ったりしたことくらいあるんじゃないかしら”』
『はぁっ!?』
そ、それは知らなかった……。まぁ今日初めて竜之介君のことを認識したわけだし。
……知ってたらそれはそれで、怪しさ満点の女って気もする。
慣れ……るのかなぁ……?
『”まー良かったじゃない、澪。将来有望な彼氏が出来て”』
『彼氏じゃないわよ!? 大体、あたしと竜之介君が何歳離れてると思ってるの!?』
犯罪だよ!?
ていうか、あたし、小学生男子の好意に縋らなきゃいけないほどモテないって思われてたの!?
『あぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉっ!! バトーの馬鹿! オカマ!』
『”ちょっ、何よ!? あたしはあんたのためを思って――って、今禁句言ったなこの野郎!”』
口には出せないので遠隔通話であたしとバトーは罵り合う。
まぁアビーには見せたことないけど、実はこれ結構日常風景だったりする。
……するんだけど、今回ばかりは割とどっちも本気だ。
てか、本当に何考えてたのよ、バトー!?
その後、竜之介君を捕まえたお母さんが改めてあたしのところに戻ってくるまで、あたしたちは遠隔通話で口喧嘩をし続けるのであった。
後、これは後日談になるんだけど――
バトーの言う通り本当に近所だということがわかり、その縁もあり、かつあたしが実は結構偏差値の高い高校に通っていることを知ったお母さんから竜之介君の家庭教師をお願いされることになるのだった――
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