第5章97話 エピローグ -Avengers- ~12月23日(後編)
「えへへ、だーれだ?」
「うおっ!?」
”千夏君!?”
「あ、ラビちゃん先生も動かないでねー? お兄ちゃんのお目目、潰れちゃうかもー?」
「……っ!?」
うげ、何だこの状況……!?
リュックの中からだとよく見えないけど、どうも千夏君は後ろから目を覆い隠されているらしい。
……そうか。何で未来がいるのかと思ったけれど、私たちの注意を反らすためか……。
「おにーちゃん、ほんとにジュリエッタ?」
「……そうだよ」
「ふーん」
一体誰だ? 聞いたことのない声だ、
舌ったらずな、子供の声なのはわかるけど……。
というか、めちゃくちゃ怖いな、この子!? 千夏君は後ろから両目を塞がれているし、言葉通り下手すると……。
そう思うと下手に動くわけにもいかない。脅しだとは思うけど、そうでない場合のことを考えたら……。
「ねぇねぇ、おにーちゃん!」
「な、何だよ……?」
この状況には流石に千夏君もびびっているようだ。声が少し震えている気がする。
想定外すぎるわ、この状況。
だが、次に続く言葉は余りに意外なものであった。
「アンジェリカのこと、好きー?」
「……は?」
状況と質問の内容がかみ合っていないように思えるのは気のせいではないと思う。
いや、まぁ何を聞かれているのかはわかるんだけど……。
「…………嫌いじゃない」
何と答えれば正解なのかもわからない。千夏君はとりあえず無難と思える回答を返したが、
「えー? 好きか嫌いかー」
アンジェリカの正体と思しき子にはお気に召さなかったらしい。
好きか嫌いかはっきりしろと要求してくる――この状況で。
……これはもう『脅迫』なのではないだろうか。果たしてこの子が理解しているかどうかはわからないが。
「どっちか!? う、うーむ……」
「どっちー?」
「……す、好き……かな?」
はっきりと嫌いと言えるほどではないし、まぁそれが無難な答えだよねぇ……。酷い二択だ……。
「……んふっ」
千夏君の答えが満足だったのか、その子が微かに笑う。
そして――
「んー、ちょっと待っててねー。振り向いちゃダメよー」
「……わかった」
どうやら目を覆っていた手を離してくれたらしい。
でもここで下手に動いたらまた何されるかわかったもんじゃない、と私と千夏君は緊張したまま振り返らず待機する。
ベンチの後ろの方で何やらごそごそと動いている音が聞こえる……。
『”な、なにする気なんだろ……?”』
『うぅ、何かこの子、めっちゃ嫌な気配がするんすけど……!?』
わかる。何て言うか、すっごく『不穏』な感じが漂っている……敢えて言うなら、粘着質なストーカーっぽい気配が。
やがて後ろのガサゴソ音が消えたかと思うと……。
「えいっ」
「おわっ!? ……ふおわぁっ!?」
また後ろから千夏君の目を覆い隠したのであろう、だが今度は千夏君が何やら悲鳴を上げる。
”千夏君!?”
流石にこれはもう放置できない。
リュックから飛び出して千夏君の方を見ると、
「うがぁぁぁぁ、目が、目がぁぁぁぁぁぁぁ!?」
千夏君がどこぞの王族のように両目を押さえて悲鳴を上げていた。
まさか、目つぶしを喰らったのか!? と心配するものの、ボロボロと涙をこぼしてはいるものの特に目が大変なことにはなっていないようだ。
……よく見ると、目の周りに何やらクリームのようなものが塗りたくられている。
「えへへっ♪ じゃーねー、おにーちゃん、ラビちゃん先生!」
”あ、こらっ、ちょっと!?”
「目が痛いぃぃぃぃぃっ!?」
私たちの混乱に乗じて、アンジェリカ本体の子はそのまま茂みの中へと消えて行ってしまった……。
後ろ姿さえも見えなかった……。
……って、今はそっちよりも千夏君の方だ!
”ちょ、大丈夫、千夏君!?”
「うぅ、目が痛くて開けられないっす……」
”ちょっと見せて――って、うわ、これは……”
落ち着いてよく見てみると、どうも目の周りにべったりとついたクリームが原因っぽい。
あれだ、スース―するタイプのやつを塗られて涙が止まらなくなっている感じか。
……失明はすまいが、危ないことするなぁ……って呑気にしている場合じゃないか。
”千夏君、こすらないで、目に入っちゃう!
未来ちゃん! 水! 水持ってきて!”
「……」
くそう、未来ちゃんもこうなるの知ってたな!?
とはいっても私に言われた通り近くの水飲み場から水を掬って来てくれたので、問い詰めるのは後回しにしよう。
”……ラビ氏”
”ヨーム!”
アンジェリカと入れ替わるように、茂みの奥からヨームが現れる。
表情が全くわからないポーカーフェイスというのは相変わらずなんだけど、心なしか今は申し訳なさそうな顔に見える。
”ちょっと! どういうことなのさ!”
”……ふむ……少々説明しづらいのだが……いや、まさか私もこうなるとは……”
「水、水早く!」
阿鼻叫喚だ……。
”――えーっと、つまり……アンジェリカは、ジュリエッタのことが『好き』になった、と……?”
”うむ……”
未来のおかげで少し視界が戻った千夏君は、今は自分で水飲み場まで行って顔を洗っている最中だ。
その間にヨームを問い詰めた結果が、これである。
……いや、まぁ何となくアンジェリカからそんな気配があったのは気づいていたけどさ……だからって、何でまたこんなことを。好きな子をほど虐めたくなるとか、そういう話じゃなさそうだし。
”えっと、アンジェリカはじゃあ何であんなことを?”
”……わからない”
”……だよねぇ”
流石にこれがヨームの指示だとは思わない。言葉通り、彼にもアンジェリカの子が何を考えてあんなことをしたのかはわからないのだろう。
もしかして『ゲーム』では
…………ダメだ、全くわからない。
”……というわけで、ラビ氏”
”うん”
”ラビ氏とフレンドになる、というのは…………なしにしましょうか”
”……そうだねぇ……”
実は私とヨームがフレンドになろうか、という話が『冥界』から帰って来た後に持ち上がっていたのだ。
フレンドが増えること自体は私もヨームも特に異論はなく、むしろメリットの方が大きいだろうとは思っていた。
ただ、気がかりなのがアンジェリカとジュリエッタの関係だったので、今回の現実世界の対面の結果次第でどうするか結論を出そうということだったんだけど……。
フレンドになれば今までよりも気軽にアンジェリカもジュリエッタと会うことが出来るようになる――いや、この場合は
幾ら『好き』だからと言って、正直今の状況では怖すぎる。
”ただ、もう対戦は不要、でしょうなぁ”
”そうだね。その点だけは良かったかな”
薄々感じてたことだけど、アンジェリカの復讐心はもうなくなってしまったようだ。
きっと彼女の中では対戦や『冥界』での戦いを通じて色々な葛藤があったに違いない。
全てを水に流してくれた、とまでは思わないけど……前みたいにジュリエッタに『ゲーム』から降りてもらいたい、とは思っていないようだ。
……いや、本当は最初から『ゲーム』から降りることまでは望んでいなかったのかもしれない。そう言う以外に感情の行き場がなかっただけで。
”じゃあ、アンジェリカはそのままヨームのユニットを続けるっていうことになるのかな?”
”ええ、そうなります。
……まぁ色々と言いたいことはお互いあるでしょうが、あの子がこの『ゲーム』でこれから良い経験を積めることを願っていますよ”
”うん”
それだけは本当にそう思う。
ヨームが言う、ユニットの子たちが『ゲーム』から得られる本当の糧――現実世界では到底得られない『経験』。それは私もそう思う。
……出来れば、あんまり辛かったり悲しかったりする目には遭わないで欲しい、というのが本音ではあるけどね……。
とにもかくにも、まだクラウザーのユニットだった時代から続く、ジュリエッタとアンジェリカの因縁――長い復讐の戦いは、ようやく終わったのだ。
手放しで全て喜ぶことは出来ないけれど、これで一段落ついたと思っていいだろう。
…………何か、より厄介なことになったような気がしなくもないけど!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
えへへー、よかった! ジュリエッタの正体が
それに、
……うーん、でもわたしのことも見て『可愛いよ』って言って欲しかったなー。でも、お兄ちゃんと比べたらわたし子供すぎるし……もうちょっと大きくなるまで待っててね!
でもお兄ちゃんにごめんなさい言えなかったなぁ。
でもでも、お姉ちゃんが言ってたし。『ケジメはちゃんとつけなさい』って。だから……いいよね!
……あ、ヨームおじさんと未来お姉ちゃんにばいばいって言うの忘れてた! ……ま、いっかー。
プリンちゃんと
あーあ、わたしもラビちゃん先生のところの子だったら、お兄ちゃんと一緒にいられるのになぁ。
っと、いけないいけない。お姉ちゃんからいつも言われてた、『義理人情は大切よ』って。よく意味わからないけど、きっとおじさんたちと仲良くしなさい、って意味だよね?
とゆうか、プリンちゃんはともかくお姉ちゃんは……まぁ別に家でも会えるし、『ゲーム』で一緒じゃなくてもいいかなー。
お姉ちゃん、あれしなさいこれしなさい、あれはダメこれはダメ、ってうるさいんだもん。家でもうるさいし、『ゲーム』の中でまでお小言聞きたくないしー。
あ、そーだ、帰ったらお姉ちゃんに自慢しよう。わたしに超かっこいい
……え? 彼氏、だよね?
だって、わたしに思いっきり『ちゅー』したでしょ?
お姉ちゃん言ってた。『ちゅー』は好きな人同士じゃないとしちゃいけないって。
だから
わたしが大きくなったら、お兄ちゃんと結婚するんだろうなー。楽しみだなぁ。
「うふ、うふふ……」
待っててね、お・に・い・ちゃん♡
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