第5章96話 エピローグ -Avengers- ~12月23日(前編)
12月23日土曜日――時刻は15時ちょっと前。
『場所、ここであってるっすよね?』
『”うん、多分……”』
私と千夏君はある場所へと来ていた。今日はありすも桃香も連れては来ておらず、千夏君だけである。
千夏君の家から桃園台南小の反対側……彼が通う中学校のある方面へと進んで行った先に、結構大きな公園がある。
『
……その前に、少しだけ実畑地区について語っておこう。
ありすたちが住む桃園台地区とは異なり、実畑地区は大分起伏に富んだ地形となっている。この公園に来るまでも、坂を降り、坂を上り、また坂を下り……と徒歩で移動するにはちょっと疲れる道のりだった。
とはいっても、普通に道路は通っているし住宅も立ち並んでいるので、坂がある以外は桃園台とそう変わりはない。むしろ、こっちの実畑地区の方が古くからある町なのか、大昔からあるような古くて大きな屋敷があちこちにあったりもする。
実はありすや千夏君の家は、桃園台地区と実畑地区の境界に近い位置にあり、道路一本渡ると地区が変わったりもするのだ。当然、地区が変われば学区も変わる――中学校の学区は、桃園台も実畑の方に含まれているようだが。
『いやー、でもこの公園来るの久しぶりっす』
実畑自然公園に入り、懐かしそうに千夏君が周囲を見回している。
公園は坂を下り切ったところ――ここからはまたしばらくは平地になるみたいだ――にあり、入り口だけは普通の公園のように見える。置いてある遊具なんかも別におかしなものはないし、水飲み場やちょっと大きめだけどトイレと手洗い場もあったりする。
で、この公園が『自然公園』と名付けられている理由は、今いる『入口』部分の公園以外にも『本当の公園』があることにある。
『”へぇ、スゴイね、この公園。奥の方が全部森? 山? になってるんだ”』
『っす。流石に本当の山登りってほどじゃないっすけど、ハイキングとかするのにちょうどいいくらいっすね』
公園奥に見える木々……どれだけの面積があるのかわからないけど、とにかく見える範囲が全部公園の敷地だというのだから驚きだ。
実際に歩ける道は少なく、自然のままの森や山が残っているみたいだ。
桃園台記念公園もかなり広かったけど、多分実畑自然公園の方が面積はあるんじゃないかな。あっちは人間の手で作られた公園で、こっちはほぼ自然のまま残しているという違いはあるけど。
『”じゃあ……どうしようか。ベンチにでも座って待ってようか”』
『そっすね』
ちなみに私はリュックの中に隠れている状態だ。
私が外から見えない状態にしろ、中学生男子が一人で公園で突っ立っているってのはあまり外聞のいいものでもないだろう。近くの砂場では、小さな女の子が何か遊んでいるし、少し離れた位置にあるベンチに座っていかにも『人と待ち合わせています』な雰囲気を出していた方が千夏君のためだ。
……で、何で私と千夏君が二人でこの公園に来ているのかというと。
『……流石にちょっと緊張するっすね』
『”まぁね……”』
『うーん、アンジェリカの本体か……』
今日ここに来た理由、それは千夏君とアンジェリカの本体が直接対面して話すため、なのだ。
この間のクエスト後の会談、その最後でヨームが提案して来たのだが……。
正直、私としては快くは頷けない提案だった。
気になるのはヨームもちょっと躊躇いがちだったことだけど……。
流石にもうアンジェリカ本体が千夏君に危害を加えるとかは余り心配はしていないんだけど、やっぱり万が一とかを考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。
けど、千夏君に聞いてみたところ、
『え? 別にいいっすよ。てゆーか、もうそろそろ直接会ってケリ付けるべきっすよ』
と案外簡単に言ってのけてしまった。
彼の言うことにも一理ある。『ゲーム』内であれこれするのはもう限界……というかこれ以上は進展はないだろう、とは私も思っていた。
ならば、後は直接会って話すべきだろう。危険はあるけどもそれはもう避けられない。
……出来れば現実世界では危険のないようにしたいところなんだけど、千夏君もアンジェリカのことについては片を付けたいみたいだし、仕方ないか……。
待ち合わせの日時と場所はいつも通りヨームと相談し、ここ――実畑自然公園と決めた。いつもの桃園台記念公園とは反対側なので、ヨームはかなり遠くなっちゃうんだけど、それでもここを選んだということはおそらくアンジェリカ本体は実畑地区に住んでいるのだろう。
さて、少し待ち合わせには早く着いちゃったけど……。
『……アニキ』
『”うん?”』
緊張しつつアンジェリカ本体を待っている間、千夏君が真剣な声で呼びかけてきた。
はて、何だろうか?
『その、この前のクエスト、すんませんでした』
『”え!? 何が!?”』
突如の謝罪に戸惑う。
一体彼が何を謝ることがあるというのだろうか。彼がいなければ、ありすたちを助け出すことなど到底出来なかったというくらいに活躍してくれたと思うけど……。
『ほら、ありんこたち……あんなことになっちまって……』
……ああ、そうか。あの時のことか……。
アトラクナクアの使う魔法を封じるために、ありすと桃香は自らモンスターの前へと立ち――あんなことになってしまった。
そうなる前にアトラクナクアを倒せなかったことを千夏君は悔いているのだ。
『”あれは……仕方ないよ。千夏君のせいじゃない”』
『……』
どちらかと言えば、傍についていながら何も出来なかった私の方に責任があると言えるだろう。
それに、アトラクナクアに対して有効な助言も何も出来なかったしね……何て思うのは少しおこがましいかもしれない。
『”ありすたちも別に気にしてなかったでしょ?”』
『はぁ、まぁ。
……ありんこのヤツ、「……ん、今後も精進するように」とか言ってやがりましたが』
うわぁ、想像つくわ。
『流石にちょっとイラっときたんで、デコピンしてやりました』
『”うん、まぁお手柔らかにね……?”』
ゲーム関連の話となると、ありすってナチュラルに煽ってくることあるからなぁ……。
まぁともかく、ありすたち本人も別に千夏君のせいでああなったとは全く思っていないことは確かだ。
『”じゃあ、千夏君が気にする必要なんてもうないよ。
……まぁ、敢えて言うなら、あんな無茶は出来ればもう勘弁してほしいかな。心臓が止まるかと思ったよ”』
今の私の身体に心臓ないけど。多分。
わざと相手の攻撃を喰らってやられたフリをして……とか、アンジェリカの時もあやうく
そうせざるを得ないとは言っても、あんまり危険なことはしてほしくない、というのが本音だ。
今のところは影響はないとは言っても、今後もそうとは限らないのだし。
『……善処するっす』
『”善処じゃなくて確約して欲しいんだけどなぁ……”』
苦笑いしつつ応える。
でもまぁ、確かにあれだけの無茶を繰り返さないとどうにもならない戦いだったとは思う。
本当に無事に終わって良かった……終わり良ければ、で済ませていい話でもないけど――今後ももっとヤバい強敵とかが出て来るだろうし――とりあえず今は安心しておいていいだろう。
……ちなみにだけど、それはそれとしておいて、ありすたちにはきつくお説教はしておいた。あやめの前なのでクエスト中の時は置いておいて、子供たちだけで勝手に『幽霊団地』に行ったことについて、だ。
三人とも反省しているようだったし――クエスト内で聞いた話からすると、あの子たちを放っておいた私たちにも責任あるし……――同じことを繰り返すような子たちでもないので、今回は良しとしよう。
『……アニキ』
『”うん?”』
『誰か近づいてくる』
千夏君と話している間に、待ち合わせ時刻が来たのだろう。誰かが私たちの方へと近づいてくることに千夏君が気付いた。
アンジェリカの本体が来たのだろう。
一応私も立ち会うことは伝えてあるが、余り口を挟むつもりもない。リュックの中で大人しくしてようと思ったけど――
”……あれ?
「…………」
ベンチに座る千夏君の前に現れたのは、未来ちゃんであった。
私の声に反応して何事か言ったようだけど、相変わらず肉声は聞き取れない。
「え、っと……? アンジェリカ、なのか?」
「…………」
恐る恐る声を掛ける千夏君に対して、未来はぷるぷると首を横に振って否定する。
……ですよねー。びっくりした。これで実は未来=フォルテじゃない、とかなったら頭がこんがらがるところだった。
「………………」
”えーっと、ごめん、未来ちゃん。携帯か何かで話してくれる?”
「……」
こくり、と頷くと鞄の中からスマホを取り出して物凄い勢いで何事か書き込んでいる。
”えっと、彼女がフォルテね。で、ちょっと声が聞き取りにくいんだ……”
「そ、そっすか」
初めて見たら面食らうよねぇ……。
まぁそれはともかくとして――何で未来がここに? ヨームの姿は見当たらないから、彼を連れて来るために……ってわけじゃなさそうだけど。
『ニキはジュリエッタなの?』
と、やがて文字入力が終わったのだろう、メモ帳アプリに入力した内容をこちらに見せて来る。
「???」
”君がジュリエッタか? って聞いてるみたい”
未来の
……どうやら千夏君はそこまでネットスラングに詳しいわけでもないみたいだ。いや、まぁ私だってそんなに詳しいわけじゃないけど。
とりあえず彼女の質問の内容がわかったらしく、千夏君は真っすぐに彼女を見つめて頷く。
「ああ。俺がジュリエッタ、だ」
その言葉を聞いて、一瞬何やら複雑そうな顔をした未来だったが、再度文字を入力して見せて来る。
『おk』
”……わかった、って”
うーむ、未来も身内以外と話す時くらい普通にして欲しいんだけど……。
と、未来の入力していた内容はまだ続いていた。
やたらと改行が入ったその後に、たった一言。
『すまそ』
とだけ。
「?」
”えーっと?”
何やら謝っているようだが、この場面で謝る意味がわからない。
私と千夏君が二人揃ってその意味を理解しようとしていた時だった。
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