第5章93話 あなたを救いたいんです。

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタによって引きずり出された妖蟲は、それでもまだ抵抗を諦めていない。

 アンジェリカの身体からは追い出されてしまったが、別にアンジェリカでなければならない理由もない。


「む、ぐっ……!?」


 再びアンジェリカの身体に潜り込むのは難しい。

 ならば、今まさに自分の身を口に咥えているジュリエッタの身体へと潜り込んでしまえばいい。

 はともかくとして、少なくとも戦闘力という点ではアンジェリカよりもジュリエッタの方が高い――妖蟲による強化でさえも互角に戦ったジュリエッタの肉体を、妖蟲が寄生し強化したらどうなるか……? 考えるまでもなく、この場においてほぼ最強と言えるだろう。

 ジュリエッタが引っ張るのに逆らうことなく、むしろ自らアンジェリカから出てジュリエッタの内部に侵入しようとする妖蟲。


 ――そう来ると思ってた。


 自らの内部に押し入ろうとする妖蟲に抵抗することなく、ジュリエッタはそれをすんなりと受け入れる。

 きっと、こうなると彼女は予想していたのだ。


「メ、タ、モ、ル……!!」


 ジュリエッタは思う。

 妖蟲にとって最大の不幸は、知能の割には知性が低いということ。

 そして、他の妖蟲との情報共有が出来なかったということにあると。

 小柄なジュリエッタの身体に妖蟲が完全に潜り込んだ瞬間、ギリギリでジュリエッタはメタモルを使う。

 すると、ジュリエッタの全身が一瞬だけボコリと膨らみ――


「……ぷはー……」


 膨らんだ肉が分離、そこから褌一丁になったジュリエッタが現れる。

 アリスの《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》を回避した時や、アトラクナクア戦で使った『分離』である。

 ジュリエッタは妖蟲をアンジェリカの身体から取り除いたのことまで考えていた。

 追い出しただけでは妖蟲は死ぬわけではない。そうなれば、おそらく新しい体を求めるはずだ――そう予想していた。

 アンジェリカの身体に戻ろうとするのであれば、戻る前に倒せばいい。だが普通に考えれば、そのまま今度はジュリエッタの中へと逃れようとするだろう。幾ら防御力が高いとはいえ、寄生虫型の妖蟲なのだ、宿主の中にいなければそれほどの戦闘力を持たない。仮にジュリエッタがとどめを刺せなくても他のユニットによって簡単に殲滅させられることは目に見えている。

 だからジュリエッタは、敢えて自分の身体に妖蟲を受け入れることにした。

 そして、アンジェリカのように暴走する前に大量の『肉』と本体を切り離し、中身のない『肉の塊』に妖蟲を追いやったのだ。


「後、は……倒すだけ……くっ……」


 『卵』のようなものがないことは確認済みだ。

 となれば、後は『肉の塊』の中にいる妖蟲を倒すだけだ。

 立ち上がろうとするジュリエッタだったが、上手く体が動かずその場に崩れ落ちてしまう。

 度重なる戦いのダメージと、ジュリエッタの生命線ともいえる『肉』が底をついてしまったために、ついに身体が限界を迎えてしまったのだ。


 ――後、ちょっとだけなのに……!


 最後の一押しが届かない。

 ここで妖蟲を逃がせばまた誰かが犠牲になってしまうかもしれない。

 何としてでも決着はつけなければならない――まだ他のモンスターとアリスたちが戦っている状況で、とどめを刺せるのはジュリエッタしかいないのだ。


「ぐ、うぅ……!」


 悲鳴を上げる身体を無理矢理動かし、残った魔力で最後の一撃を叩きこもうとするが、立ち上がれず再び崩れ落ちてしまう。

 ここまでなのか……?

 そう思った時だった。


「ジュリ、エッタ……」


 掠れた声が聞こえて来る。


「……アンジェリカ……?」


 それは大鎌を杖代わりによろよろと立ち上がったアンジェリカだった。

 体内から妖蟲を引きずり出したというのに、その姿は変わらず大人の姿のままだ。

 まさか、ダメだったのか? 妖蟲を引きずり出すだけでは彼女を助けることは出来なかったのか……?

 無力感と絶望がジュリエッタの心を覆おうとしていたが……。


「……きっと、ジュリエッタなら……こうする、はず……」


 ふらふらと意識朦朧としているまま、アンジェリカはブツブツと呟きながら蠢く肉塊へと歩み寄る。

 妖蟲に乗っ取られた肉塊は不気味に蠢きながら形を変えているが、一向に襲い掛かって来る気配がない。

 それもそのはず。ジュリエッタの狙い通り、意思のないただの肉の塊なのだ。寄生虫如きが上手く体を操れるはずもない。

 それでもどうにか形を作ろうとしているのだけはわかる……尤も、形になる前に死神の鎌が振り下ろされることとなるが。


「私は……とは、違うんです……!!」


 辛そうな表情ではあるが、精一杯の気迫を込めてアンジェリカは肉塊を睨みつけ、きっぱりと言う。

 彼女の言う『貴方』が誰のことを指しているのか――それはジュリエッタにもわからなかった。


「もう、終わらせましょう……私の復讐を……!」


 誰の目にも明らかだ――アンジェリカは自身の意志を既に取り戻している。

 杖にしていた大鎌を大きく振りかざし、蠢く肉塊へと振り下ろす。


「――【復讐者アヴェンジャー】」


 真っ白な光が辺りを包む。

 アンジェリカのギフト【復讐者】が発動したのだ。

 彼女のギフトの効果は以前述べた通り――アンジェリカが受けたダメージを倍にして返す、というものである。そして、与えるダメージは

 ここに至るまで、アンジェリカは多くのダメージを受けてきた。

 妖蟲によって暴走している間も、だ。しかもそのダメージは妖蟲自身が回復させ続けてきた。

 つまり――今のアンジェリカが累積している総ダメージ量は、彼女自身の体力を大幅に上回るだけあるということ。しかもそれをにして返すことが出来るということである。




 光を帯びた鎌が肉塊に突き刺さる。

 それだけならばモンスターに対してダメージを与えることは出来ないように思えた。

 しかし、鎌の刺さった箇所からボロボロと肉塊が崩れ落ちていく。

 やがて肉塊は完全に消滅し、内部に潜んでいた妖蟲諸共灰となり消え去っていった。


「…………ずっと、考えてたんです……ジュリエッタなら、こういう時どうするか……って」


 ジュリエッタに背を向けたまま、ポツポツとアンジェリカは語る。

 彼女は妖蟲に乗っ取られた後、基本的には自分の意思で体を動かすことも出来なかったし、考えることも出来なかった。

 それでも時々、短時間ではあるが意識を取り戻すことがあった。ヨームに『強制命令』で動きを封じられた時が一番長い時間であったというほど、短い時間ではあったが。

 わずかな時間をアンジェリカはこの状況をどう覆すか、を考えていた。


「でも、わからなかった。妖蟲に身体を奪われて、どうにかする方法が私にはどうしてもわからなかった……」


 そもそも意識さえも失っている状態なのだ。自力でどうにかするのは難しいどころか『不可能』だったと言える。

 故に、アンジェリカは――


「だから……私は、ジュリエッタに助けてもらうのを待ちました。

 そして――その後に、蟲を倒す方法を考えました。ジュリエッタなら、最後に逆転するための方法を考えるだろう、って思って……」


 自力での復帰を諦め、ひたすら『力』を溜めることだけに集中したのだ。

 全ては妖蟲から解放された後、とどめを刺すために。

 『復讐者』で確実に息の根を止められるまでに力を蓄え――そのために敢えて自傷ダメージの激しい《ブレイズ・オブ・グローリー》や《シンデレラビート》を使うように妖蟲に、そして【復讐者】の存在はひたすら隠し続けていた。

 結果、アンジェリカは妖蟲から解放された後に、自らの力で妖蟲を撃退することが出来た。


「……アンジェリカ……ジュリエッタに、使おうとは思わなかったの……?」


 アンジェリカがやろうと思えば、【復讐者】はジュリエッタに対して使うことが出来たはずだ。

 妖蟲は無力な肉塊と化していたし、アンジェリカの魔法ならば【復讐者】を使わずとも焼き尽くすことは出来ただろう。

 もし【復讐者】をジュリエッタに使えば、たとえ体力が満タンであろうとも一撃で倒すことが出来たはずだ。それに、今ならばジュリエッタはロクに動くことが出来ず、回避することも不可能だった。

 ジュリエッタの言葉にアンジェリカはようやく振り返り視線を向ける。


「…………バカ」


 そう言って、地面に倒れたジュリエッタを抱き上げるとほっぺたを抓るのだった。


「……いひゃい痛い……」


 何で抓られているのかわからない、と言った表情で、しかし身動きも取れずジュリエッタはされるがままになっていた……。




 ――元『女王の城』に集まった無数の妖蟲たちを、アリスたちが殲滅し終わったのは更に30分程経った頃である。

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