第5章92話 なろうとも
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アンジェリカの体内にいる妖蟲は、おそらく『ミミズ』……あるいは『ウジ虫』のような形状。要するに手足のない紐状の姿をしている。
ただし、その硬度は異常に高い。ジュリエッタであれば竜巻触手などの強力なメタモルを使えばダメージを与えられるかもしれないが、そうするとアンジェリカ自身にもダメージは避けられない。
アンジェリカをリスポーンさせずに妖蟲だけを先に倒さなければ意味がない。アンジェリカをリスポーンさせれば妖蟲だけを倒せる、などという楽観的には考えない方が良いだろう。
よって、どうにかして妖蟲をアンジェリカの中から引きずり出さなければならないのだが……。
「…………やるしかない」
最も難しいであろうそれを、ジュリエッタはやりとげなければならない。そして、どうすればいいのか思いついていた。
アトラクナクア戦の時同様『賭け』にはなってしまうが……確実に勝てるような相手であれば、今こんな苦戦はしていないだろう。
どうせ命がけなのだ。そんな綱渡りはさっきからずっとしている。
「ライズ《フレイムコート》、ライズ《アクセラレーション》、ライズ《ストレングス》!」
立て続けに三連続でライズを使い強化、更に、
「メタモル!」
肉体を大きく変化させる。とはいえ、いつものメタモルのように怪物の姿に変えたわけではない。《
やろうと思えば《狂傀形態》でなくとも大人の姿に変わることは可能だ。単にリーチが伸びるだけで、あまり意味がないので普段は使わないだけで。
もし《狂傀形態》と同じ性能を発揮させようとするなら、更にライズを重ね掛けすれば可能だ。
だがそれは今回は必要ない――必要なのは、自在にメタモルをすることが出来る状態、かつアンジェリカを一瞬でいいから抑え込めるだけの体格だ。
「ジュリエッタァァァァァァァァァッ!!」
叫びながらジュリエッタへと向かってくるアンジェリカ。
その叫びを聞いて一瞬表情を歪めるものの――
「……これで、終わらせる」
沸き起こる感情を抑え込み、ジュリエッタも今度は自ら前へと出る。
注意すべきはジュリエッタのメタモルを実質解除に追い込める魔法『メルティ』だ。この魔法だけは、ジュリエッタには対抗の術がない……使われても当たらないようにする以外に方法が存在しない。
イグニッションの炎は《フレイムコート》で抑え込み、《シンデレラビート》の強化についていけるように常にライズを使い続ける。
……手持ちのアイテムの残数から考えて、この攻防が最後となる。それをジュリエッタは確信していた。
失敗の許されない一発勝負だ。これでダメなら、もうジュリエッタには成す術がない。
振り下ろされた大鎌を回避、懐へと潜り込もうとする。
「がぁっ!!」
ジュリエッタ自身が前に出て来ることを警戒したか、アンジェリカは膝蹴りを放ってジュリエッタを攻撃しようとする。
飛んできた膝を、ジュリエッタは肘打ちで迎撃。そのまま体当たりをしてアンジェリカを押し倒そうとする。
「……っ、熱い……!」
《フレイムコート》で防御しているにも関わらず、熱と炎がジュリエッタの体力ゲージをみるみるうちに削っていく。
体に身に纏う《ブレイズ・オブ・グローリー》の炎だけではない。アンジェリカ自身に肉体が《シンデレラビート》によって高温になっているのだ。
「ライズ……《ミリオンストレングス》!」
押し倒したアンジェリカを完全に抑え込むために使ったのは、普段使う
そのパワーは《シンデレラビート》で強化したアンジェリカでさえも押し返せないほどのものであった。
だがこれがもつのもほんの一瞬。効果が大きければ大きいほど、ライズの魔力消費量も大きくなる。
残りのアイテム数からしても、そう何度も使えるわけではない――暴走状態にあってもその程度の知識はアンジェリカにも残っているだろう。
だからここを乗り切ればアンジェリカの勝利だ。
「逃がさない……!」
当然ジュリエッタもそんなことはわかっている。
彼女もここで決める気なのだ。無駄な時間は使えないし使わせない。
全力でアンジェリカにしがみつき、手足を動かせないように封じる――柔道の縦四方固め、が一番近い形だろうか。圧し掛かったアンジェリカが抱き着くようにして動きを封じようとする。
アンジェリカも抵抗するが……。
「このっ!!」
「ぐがっ!?」
暴れるアンジェリカの顔面に向けて、ジュリエッタは全力で頭突きを食らわせる。
――たとえユニットになっていても人間の生理的な反応はほぼ同じだ。おそらくは、催涙ガスや悪臭などをモンスターが使う場合に効果を発揮できるようにしているためだろう。
鼻の頭に頭突きを喰らったアンジェリカの目に涙が浮かぶ。
本当は顎の先端に一撃を加えて昏倒させる、といった方が効果的なのだろうが体勢的に難しい。それに、体内の
アンジェリカが意識を失うのが一番ではあるがそれは別に必要な条件ではない。
ただ一瞬、動きを止めることが出来ればそれでいいのだ。
そして、ジュリエッタの狙い通りアンジェリカの動きが一瞬止まった。
――今!!
「アンジェリカ……
なぜか謝罪をしながらジュリエッタは再度頭突きを――
――否。
「~~~~~~~っ!?」
暴走状態だったはずのアンジェリカだが、大きく目を見開き動きを止める。
何事か叫んでいるようだがその声は誰にも届かない。
なぜならば――アンジェリカの口は塞がれてしまったからだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
既にジュリエッタとアンジェリカ以外の戦いは終わっていた。
残りのモンスターを退治しつつ、彼女たちの戦いの行く末を見守っている状態だったのだが……。
「うおっ、やるじゃん、ジュリエッタ……」
「え、えぇ……?」
ミオが助かったことにより余裕を取り戻したアビゲイルは、「ひゅーっ♪」とでも言うように口笛を吹き、ミオは逆に顔を真っ赤にしつつも困惑している。
”な、なにやってんだ、あいつ……!?”
トンコツは呆れかえり、未だに危機的な状況は変わっていないのはわかっていながらもシャルロットは驚きで固まり、ジェーンは首を傾げる。
「き……キス、したアル……?」
「…………あぁ、アンジェリカ……そんな……」
凛風の言葉が状況を余すことなく表していた。
傍から見れば、アンジェリカを床に押し倒したジュリエッタが、強引に
もちろん戦闘は継続中だし、色めいた状況ではないのは誰もがわかっているが……この場にいるユニットの全員は、忘れがちではあるが『ゲーム』の外では十代前後の子供なのである。男女の色恋――人によっては同性同士もありうるだろうか?――に興味津々な年ごろである。
そんな彼女たちが、唐突なジュリエッタの口づけを目にして戸惑わないわけがないのだ。
どれくらいの時間が過ぎたか――実際にはほんの数秒の出来事であったろうが、衝撃を受けた彼女たちにとってはそれなりに長い時間に感じられた。
ジュリエッタが顔を上げ……そして、アンジェリカの身体が激しく痙攣する。
「……なるほどな」
モンスターを撃退しつつ様子をチラチラと見ていたアリス――彼女は全く動揺していない――が、ジュリエッタが何をしたのかを理解する。
アンジェリカの口の中から、何かが伸びている。その先端はジュリエッタがしっかりと咥えていた。
”あぁ、そういうことか……!”
ラビもまた理解する。同時に、他のメンバーも。
ジュリエッタは――アンジェリカの体の中にいる妖蟲を無理矢理引きずり出そうとしているのだ、と……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そう分の悪い賭けではない、とジュリエッタは踏んでいた。
妖蟲が体内にいる、というのであれば必ずどこかから侵入してきたはずなのだから。
アンジェリカが妖蟲に取りつかれた経緯は聞いていないので想像でしかないが、十中八九『口』から妖蟲が侵入したのだろうとジュリエッタは確信していた。
であるならば、少なくとも口から腹部までは妖蟲が通った
人体の内部については大分いい加減な作りの『ゲーム』だが、少なくとも魔法以外で理屈の通らない不条理は余り存在しない。大体においては何かしらの理屈が付けられることばかりだ。
だからジュリエッタは、妖蟲が腹の中にいるのであれば、入った道から同じように引きずり出せる、と考えたのだった。
「ふぎぎぎぎ……!!」
アンジェリカの動きを抑え、口を開かせて自分の『舌』を挿入する。
後は『舌』をメタモルで長く伸ばし、腹部にいる妖蟲へと届かせればいい。そうすれば、妖蟲を捕まえて引きずり出すことが出来る。
相手もジュリエッタの狙いに気付いたのだろう、引きずり出されまいと必死に抵抗するが、これが最後のチャンスなのだ。ジュリエッタがそれを逃すはずもない。
「
のたうち回って逃れようとする妖蟲、そして激しく痙攣するアンジェリカの身体……。
ここで決める、とばかりにジュリエッタは自身の拳に
「う、ぐげぇぇぇぇぇぇっ!?」
普通の人間なら内臓がズタズタに引き裂かれそうな衝撃を受け、アンジェリカが
もちろんそれだけでは妖蟲を追い出すことなど出来ないが、異物を体外へと押し出そうとする反応は異物を引きずり出そうとするジュリエッタの後押しとなった。
「ふん……がぁぁぁぁぁぁっ!!」
体内にいる妖蟲の形状がミミズのようなものだとわかっていたのが幸いした。
多少はアンジェリカの喉を傷めるかもしれないが、口の中から引っ張り出せる程度の太さであれば多少強引に引っ張り出すことは出来る。
ダメージを受けるにしても腹を裂いて摘出するよりはよほど少なくて済むはずだ。
妖蟲の抵抗は虚しく終わり――ついにアンジェリカの体内から長大なミミズ……いや、この場合は『寄生虫』型の妖蟲は引きずり出されたのだった。
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