第5章72話 Get over the Despair 12. 少女たちは地獄に笑う
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュリエッタたち――いや、『冥界』に集った
アトラクナクアと戦っていたメンバーはもはや限界に達しようとしている。
にも関わらず、アトラクナクア本体は未だ健在。奇跡でもおきない限り、逆転の目はもはやないであろうことは明白だ。
仮に他にモンスターがおらず、ジェーンたち使い魔を守っているユニットが加わったとしても状況は覆らないであろう。
唯一勝ち目があるとすれば、アリスとヴィヴィアン、それにミオが加わることくらいであろうが、その三人を開放するためにはアトラクナクアを倒さなければならないのだ。宝箱の中の鍵を求めるようなものであろう。
状況は最悪としか言いようがない。
元々のアトラクナクア自身の性能はともかくとして、ミオの魔法にギフト、それに加えてアリスとヴィヴィアンの魔法を使ってくるというのが最悪だ。
特にアリスとヴィヴィアンの魔法を同時に使えるというのは、相手にとって悪夢と言えるだろう。
たった今ジュリエッタを吹き飛ばしたのは、召喚していた《ペルセウス》をその場で《ベテルギウス》へと変化させたためだ。
召喚獣――および召喚蟲は『マジックマテリアル』製である。それゆえ、アリスの魔法で自在に変化させることが出来る。
同様のことはアリスとヴィヴィアンがコンビを組めば行うことが出来るだろう。実行しようとするとヴィヴィアンの魔力消費が激しくなりすぎる上に、消費と見合ったほどの効果は出せないし心情的にもあまり気分のいいものではないのでやる意味は薄いと言えるが。
アトラクナクアの魔力がどれほどあるのかはわからない。
だが、ここまでの戦いでかなり魔法を連発してきているというのに一向に衰える様子は見えない。ということは、アリスたち以上に魔力を持っているか、あるいは回復する術を持っているかのどちらかだろう。そのどちらなのかはわからないが、結局ジュリエッタたちにどうにかすることも出来ない。
「……く、そっ……!」
至近距離で《ベテルギウス》の爆発を受けて吹き飛ばされたジュリエッタだったが、まだ立ち上がることはできた。
《ペルセウス》と戦うために《
肉体を強化していたおかげで、咄嗟に身を守りつつ爆風に乗って飛ぶようにしてダメージを抑えることに成功したのだ。
ただ、全くの無傷で済んだわけではない。直撃よりはマシ、と言った程度にはダメージを受けている。
<さもん《ぺるせうす》、さもん《ひゅどら》>
更に自分の魔法で吹き飛ばした召喚蟲を再度呼び出す。
アトラクナクアに忠実に従い、勝手に動いて獲物を仕留めようとし、いざとなればアリスの魔法を使って『爆弾』として作動させることもできる――実に使い勝手のいいものだ、とアトラクナクアは理解しているのだ。
――このままじゃ、全滅する……。
それがジュリエッタの出した結論だ。
戦っても勝ち筋が全く見えてこない。逃げるにしても、アトラクナクアが追いかけて来る中モンスターの群れを突っ切っていくことはもはや難しい。逃げることだけを考えて行動すれば、最悪使い魔だけは逃がすことは出来るかもしれないが……そうなると変身できないありすと桃香、それに戦闘力の乏しいシャルロットやフォルテは犠牲になってしまうだろう。
そして仮に逃げ切ったとしても、アトラクナクアへと再挑戦することは出来なくなるのだ。
――ここで、倒さなきゃ……!
勝てない戦いだが、
ここで勝てなければ未来はないのだ。
凛風とアビゲイルもまだ立ち上がろうとしているのが見えた。
三人揃って動けるうちに、どうにかしなければならない。
――実は一つだけ、勝つために出来る方法があることをジュリエッタは気づいていた。
思う通りの効果が出るかどうかは『賭け』ではあるものの、勝算はかなり高いと見ている。
……しかし、それを行うことはジュリエッタは絶対にしない。それに、ジュリエッタには
勝つために手段を選ばない――不意打ち騙し討ち上等とはいえ、
負けたら意味がないとはいえ、負けないためにとっていい方法ではない……ジュリエッタはそう考える。
「まだ、まだ……!!」
残りの回復アイテムも大分乏しくなってきた。
そのあたりの事情は凛風たちも同様であろう。
幾つものリミットが迫る中、必死にジュリエッタたちはアトラクナクアへと立ち向かう……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――このままでは負ける。
そう考えていたのはジュリエッタだけではない。というよりも、この場にいる全員がそれを程度の差はあれ理解していた。
その中において、
そして――勝つための手段を見出したのも、やはりこの二人だけであった。
二人は互いにその手段に気付いていたことを理解していた。
ジュリエッタはありすが
ありすはジュリエッタが
お互いが何を考えているかを理解しているつもりだった。
ジュリエッタが誤解していたのは、ありすが方法について理解しているものの、それを実行するための条件が厳しいため実際にはやらないだろうと――やる時はジュリエッタたちが敗北した後、すなわちもはややっても意味がないという段階になってからだろうと思っていたことだ。
だから、どちらにしても勝つための手段はとれない。そもそもの話として、『賭け』を行うこと自体が出来ないと思っていた。
「……トーカ」
ありすがジュリエッタたちの戦いから一瞬視線を外し、隣にいる桃香を見る。
不安そうな桃香の顔ではあったが、その瞳の中に怯えのようなものは見えない。
見えるのは、ある意味では『諦め』に近いものだった。が、それは決してネガティブな意味での『諦め』ではない。
――トーカも、気づいてた……。
いや、学校の成績はともかく、地頭は悪くないし周りの人間の『空気を読む』ことには長けている――例の『幸運体質』のせいであろう――桃香ならば、ありすとジュリエッタのやり取りを見て気付けたのかもしれない。
ありすは決断する。
決断はするものの……一瞬だけ躊躇してしまう。
なぜならば――
「……ありすさん……わたくしならば、大丈夫ですわ」
ありすの中の躊躇を見抜いたか、相変わらず不安を表情に滲ませながらも桃香ははっきりとそう言った。
「ん……わかった」
その態度で桃香がありすが何を考えているのか完全に理解している、と判断。
ありすは行動に移る。
「シャルロット」
「ふぇっ!?」
言うと同時にありすは抱えていたラビをシャルロットに向かって放り投げる。
突然のことに戸惑いつつも、シャルロットはしっかりとラビを受け止めることは出来た。
だが、なぜありすが唐突にそんなことをしたのか、その理由がわからない。
”ちょ、ありす!?”
投げられたラビの方も突然のことに戸惑う。ありすの意図がわからないのだ。
……もしかしたら、ラビも実は気付いていたのかもしれない。ただ、その事実を他の人間――特にありすに――に気付かれてはならないと無意識にでも思って気付かないフリをしていただけなのかもしれない。
「……ラビさんをよろしく」
「え? え!?」
”ありす!?”
シャルロットの返事を待たずに、ありすは桃香の手を取ると――
「……トーカ、ごめんね」
「いえ――この局面では、
二人で手をつないだまま、
「――桃香!? ありすも!?」
モンスターの群れを押しとどめていたジェーンは、自分の背中側から抜け出していくありすたちを止めることが出来なかった。
”な――”
事態に気付いたラビたちが何か言葉を発するよりも早く――
「痛いのも」
「こ、怖いことも……イヤですけれど……」
ジュリエッタが気付いていたように、ありすもモンスターの中に殺意の高いもの――具体的にはアトラクナクアへと
だから、それが近づいてくるのを待っていたのだ。
他のモンスターすらも切り刻みながら、ありすたちを殺害せんと迫る大型の蟲……四本腕のカマキリが、鋭い鎌を振りかざし……。
「「負けるのだけは、絶対にイヤ(ですわ)!!」」
最後まで二人は目をそらさず、最期の瞬間を迎えた――
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