第5章73話 Get over the Despair 13. 敗北者たち
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――『ゲーム』内において、たとえどれだけ肉体を損傷し、体力が尽きたところで本当に死ぬわけではない。
しかし『ゲーム』に参加している全員が理解しているように痛みを感じないわけではない。
生身であれば激痛に耐えきれず意識を失うか、あるいは痛みでショック死するかというダメージを受けたとしても、体力が残っている限りは死ぬ――『ゲーム』内における死とはリスポーン待ちだ――ことはない。
もちろん、これも『ゲーム』の参加者は知っていることではあるが、『ゲーム』内でどのようなダメージを受けても現実世界にある本来の肉体に影響を及ぼすこともない。
そのことはラビたちは理解している。
ただ、それを理解しているからと言って、自らモンスターに殺されに行くというのは誰の理解も及ばないことであった。
特に『ゲーム』における影響が本当に現実世界に及ばないかを今も心のどこかで気にしているラビにとっては。
”な――”
ありすと桃香を止めることも出来ず、
”なにをやってるんだおまえたちは――!?”
ただ叫ぶことしか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――アタシのせいだ……。
襲い掛かって来るモンスターをギリギリのところで捌いていたジェーンは、ありすと桃香が飛び出していった時に咄嗟に助けにいくことが出来なかった。
彼女の名誉のために補足すると、二人はジェーンのすぐ傍を通り抜けようとしたのではなく、かつ前述の通りジェーンがモンスターと戦っている時を狙って通り抜けたのだ。ジェーンがアビゲイルの
故に、これは彼女の責任ではない。
尤も彼女自身がどう思うかは別問題だが。
「う、うああああああああああああああっ!!!!!」
まるで錯乱したかのような雄たけびを上げ、ありすと桃香を切り裂いたモンスターに向けて霊装を叩きつけ、潰す。
――アタシがもっと……。
もしも目の前で友人が殺された場合――果たして人はどのような態度を取るだろうか。
パニックに陥ってしまい何も出来なくなるものもいる。逆に冷静になることが出来るものもいる。
殺害相手に対して恐怖を覚えるものもいるだろう。次は自分の番かと怯えるものもいるだろう。
恐怖よりも先に悲しみに包まれるものもいることだろう。
あるいは……怒りに囚われるものもいる。
――アタシがもっと早く……こいつらを全滅させていれば……!!
アトラクナクアをジュリエッタたちに任せたことは間違いではない。
それはジェーンの実力がジュリエッタやアビゲイルに比して不足しているという意味もあるし、その他のモンスターからラビたちを守る手も必要だからという事情もある。
しかし、とジェーンは思う。
モンスターの群れを全滅させて自分が加勢したら、ありすと桃香が犠牲にならずに済んだのではないかと。
結局のところ、自分の実力不足に
「アクション……《ベルゼルガー・モード:レッド》!!」
今までの戦いでも手を抜いていたつもりは全くない。シャルロットとフォルテの援護があったとしてもかなりギリギリだったのだ、そんな余裕を持つほどジェーンは自惚れていない。
だが、まだ
ジュリエッタたちに比べて、まだまだ自分は不足しているのが理解できた。
もっと強い力を――今更手遅れであることはわかっているが、もっと強く、モンスターの群れを全滅させるほどの力を――!!
その想いがジェーンに新たな魔法を使わせる。
「うぅぅぅぅぅぅにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ジェーンの身体能力を強化する《ベルゼルガー》、その派生である《モード:レッド》。
その効果は、通常の《ベルゼルガー》に加えて新たな力をジェーンに付与するものだ。
彼女の全身に現れた赤い文様が更に煌々と輝き、全身を炎で包む――否、全身が炎そのものと化す。
能力強化に加えて、彼女の体自体を属性そのものに変換する新たな《ベルゼルガー》である。
生ける炎となったジェーンが縦横無尽に駆け、蟲たちを焼き尽くしていく。
……それはありすと桃香を
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジェーンが冷静さを失い怒りで我を忘れて暴れ回るのと対称的に、冷静に状況を把握できたのはトンコツとヨームであった。
”ありす、桃香!!”
悲鳴を上げてシャルロットの腕からラビが飛び出そうとする。
”! シャロ、ラビを捕まえてろ! 絶対に離すな!!”
「は、はい!?」
シャルロットも冷静ではなかったが、それ以上にラビの方が冷静さを失っている。
錯乱、と言っても差し支えはないだろう。
その気持ちはよくわかる――とまでは言えないが、どういう心情かくらいは推し量れるつもりだ。
トンコツに言われた通り、もがいて脱出しようとしていたラビをシャルロットはしっかりと抱きしめて逃がさないようにする。
”離して、シャロちゃん!!”
「だ、ダメですよぅ!」
尚もじたばたと暴れて抜け出そうとするラビをシャルロットは必死に抑える。
そのため、シャルロット自身は冷静さを失っていたものの、パニックにならずにある意味集中できたと言えるだろう。
”ラビ、落ち着け!”
”落ち着いていられるか!!”
過去にパニックになったラビを見たことはあるが――このクエストに来る直前が正にそうだ――その時の比ではない。
トンコツに今にも噛みつきそうな顔で怒鳴り散らす姿は、普段の飄々として落ち着いた雰囲気からは全く想像できない姿である。
――だが、今はこいつに耐えてもらわないと……!
トンコツ、そしてヨームはありすと桃香がなぜ自殺とも言える行動をしたのか、その
シャルロットが離さないのを理解したか、抱きしめられたままラビは耳を動かし二人のリスポーンを選択しようとする。
”ダメだ、ラビ氏! リスポーンはしてはならない!”
”な、何でだよ!? 早く二人を……”
”その二人の覚悟を無駄にするなっつってるんだよ、馬鹿たれ!”
さっきのラビ以上の剣幕でトンコツは怒鳴りつける。
思わずビクッとラビ(あとついでにシャルロット)が震え、動きを止める。
”……すまない。リスポーン受付の三分間……そのギリギリまで耐えてくれ、ラビ氏”
”…………どういうこと……?”
少しだけ落ち着きを取り戻したか、ラビはトンコツたちの話に耳を傾けてくれるようになった。
この調子なら大丈夫だろう――いや、状況は相変わらず最悪のままなのは変わりないが――とトンコツたちは安堵しつつも、ラビに説明をする。
――というか、ラビは気づいてなかったのか……。いや、気づいてたけど気付いていないフリをしてたか。まぁどっちでもいいか……。
内心でため息をつきつつ、トンコツはありすたちの意図を説明する。
”いいか? あの二人は別に自棄になったわけじゃない”
桃香の方はともかく、ありすがそんな
ホラー映画によくあるような、恐怖に耐えかねてむざむざ死にに行くような行動をとる、なんてことはありすに限っては絶対にない。当然、二人だけで走って逃げられるとも思っていないだろう。
また、自分たちが
それらを承知の上で、それでも二人は『死ぬ』ことを選択したのだ。
そこには必ず何らかの意図がある。トンコツたちは考え、そしてすぐにその答えに辿り着いた。
……もしかしたら、自分たちも無意識に気づいていたのかもしれない、とも思うが今は振り返っている場合ではない。
”あの敵のボスは、二人の魔法を使っている……ってことは――”
トンコツの言葉をヨームが引き継ぐ。
”……
それが、ありすと桃香が導き出した――そして、ジュリエッタが必死になって二人を止めようとしていた『答え』だった。
アトラクナクアの内部に囚われたミオを助け出せば、ミオの能力が使えなくなるだろうという予想と同じである。
『痣』を通じて魔力を奪われ続けているためにアトラクナクアが二人の魔法を使っているのであれば、二人がいなくなれば奪われる魔力がなくなり魔法が使えなくなる……そう考えたのだ。
より万全を期すのであれば、リスポーン受付時間を過ぎて完全にユニットでなくなることが一番だろう。ただ、それには時間がかかる。
また、あくまで想像でしかない。実際に二人が消えたところでアトラクナクアの魔法が使えなくなるという保証はない。
だからこれは『賭け』なのだ。
”……あいつらの覚悟を無駄にしてくれるな……ラビ”
如何にこれが『ゲーム』だとわかっていても、自らモンスターに殺されに行くというのにどれほどの覚悟が必要だったろうか。
それを思うと、この状況に至るまでに何とか出来なかった自分の不甲斐なさに死にたくなる気分だ、とトンコツたちは思う。
”…………”
ラビはがっくりと項垂れ何事か考えている――もしかしたら考える力すら失ってしまったのかもしれない。
それでもリスポーンをしようとはしなくなった。
トンコツたちの言ったことの意味、ありすたちが何を考えていたのかは理解したのだろう。
そしてそれを無駄にするわけにはいかない、と。
”見なさい、ラビ氏。どうやら――あの子たちの覚悟は無駄にはならないようですよ”
アトラクナクアの方を見たヨームが促す。
シャルロットがそちらへと振り返りラビにもその光景を見せる。
そこには、アトラクナクアが呼び出した召喚蟲が消え、三人を捕らえようとしていたマジックマテリアル製の糸が消え、そして自らの身体を凛風の風から固定していた糸が消え地上へと落下したアトラクナクアの姿があった。
――二人は『賭け』に勝ったのだ。
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