第5章71話 Get over the Despair 11. ラストチャンス
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
態勢は完全に建て直したとは言い難い。
一人でアトラクナクアとモンスターの群れと戦い続けてきたジュリエッタのダメージはかなり蓄積しているし、魔力も大分消耗している。
アビゲイルは片足が使えず、『シルバリオン』に乗って常に魔力を消費し続けなければ動けない。
凛風はダメージそのものは余り受けていないが、シフトによる肉体への負荷はそろそろ限界に近付いている。
次が最後のチャンス――というのは、三人の限界が近づいていることも意味している。
対してアトラクナクアの方はと言うと、《音響弾》によるダメージは受けているものの未だ健在。
だが今までに与えたダメージは確実に蓄積していることは間違いない。
こちらが力尽きるのが先か、相手が力尽きるのが先か――
モンスターの群れという脅威もある。三人にはもう後がない。
「作戦に変わりなし、凛風!」
「了解アル!」
アトラクナクアがアリスとヴィヴィアンの魔法を使えるようになったとは言ってもやるべきこと――いや、やれることに変わりはない。
最も脅威度が高いのが【
なので取るべき作戦は今までと同じ、凛風とジュリエッタが前に出て攻撃してどちらかに【遮断者】を使わせる。
【遮断者】で防がれない側がアビゲイルの砲撃と合わせて攻撃して削る、というものだ。
問題なのは、アトラクナクアが使える魔法が厄介な点である。
<さもん《ぺるせうす》、さもん《ひゅどら》>
自分に向かってくる二人に対し、再度召喚蟲を呼び出す。
【遮断者】を使わせたくても召喚蟲がいるとどうしても攻撃に制限が入らざるを得ない。召喚蟲への対処をしないわけにはいかないためだ。
「メタモル――《
だから、やるならば
《狂傀形態》となったジュリエッタが凛風に先行し、二匹の召喚蟲へと向かう。
元となった《ペルセウス》ほどの知能があるのかないのかはわからないが、少なくとも似たような性能を持っていることは間違いない。
特に気を付けるべきは左手の楯――ジュリエッタは話に聞いただけではあるが、この楯の防御力はアリスの神装でも受けることが出来る程だという。
「行け、凛風」
そんな相手に《狂傀形態》で迂闊に接近戦を仕掛けようとは思わない。
ジュリエッタはすぐさま《
この一撃で潰れることはなかったものの、《ヒュドラ》の巨体に圧し掛かられ《ペルセウス》が一瞬身動きが取れなくなる。
その隙に凛風も前進、宙を舞うアトラクナクアへと向けて《塵旋風》を放ち動きを止めようとする。
《塵旋風》を防ぐために【遮断者】を使うその時が攻撃のチャンスだ――ジュリエッタが《ヒュドラ》と《ペルセウス》を抑えている内に、凛風とアビゲイルでアトラクナクアへと攻撃――仮に召喚蟲を更に呼び出したとしても、もう手の内はわかっている、今度は離れた位置からアビゲイルが二人をカバーすればいい。
そう考えていた三人だったが、アトラクナクアは予想に反し【遮断者】を
「えっ!?」
アトラクナクアの姿が《塵旋風に》飲み込まれようとした瞬間、凛風たちの視界から消える。
何が起きた――!? 凛風たちが知らないだけで、姿を消す魔法でも持っていたのか?
そう訝る間もなく、すぐさまアトラクナクアが姿を現す。
――
「い、いつの間に!?」
「くっ、凛風!」
ジュリエッタは未だ《ヒュドラ》と《ペルセウス》を抑えているため動けない。
アビゲイルが援護射撃をして迎え撃とうとするが、
<【しゃったー】>
「ここで!?」
砲撃が来ることはわかっていたのだろう、このタイミングでアトラクナクアが【遮断者】を使い攻撃を防ぎながらそのまま凛風へと槍と鎌の腕を振るう。
「くぅっ!?」
左右から交互に次々と振るわれる腕を、凛風は何とか回避し続ける。
もし《5thギア》になっていなければきっと回避することは出来なかったであろう素早い突きと切り払いの連続攻撃だ。
両足どころか全身の筋肉が悲鳴を上げているのを気合で無視して、凛風は攻撃を避け続ける。
新しいブロウで動きを封じることすら出来ない状態だ。
「ちくしょうっ! 何で私の方を【遮断者】で防いでくるのよ!?」
”『糸』よ! 糸を使って自分の身体を移動させたのよ!”
横で見ていたバトーはアトラクナクアが《塵旋風》からいかに逃れたのかに気が付いた。
《塵旋風》が発生する直前、アトラクナクアは『糸』をまだ辛うじて残っていた壁へと向けて射出、そのまま
蜘蛛の姿をした下半身を切り離したことで重量が軽くなったがため、出来るようになった芸当だ。
『糸』を使った攻撃だけではなく移動も駆使してくるようになったということになる。
「……まずいわ! 凛風、『糸』が来る!」
「くっ、そ、そんなこと言われても……うわっ!?」
今まで瓦礫を投げつけたりしていただけだったのですっかり失念していたが、『糸』の
アビゲイルが気付いた時にはもう遅かった。
警告は間に合わず、凛風の手足に糸が絡みつく。
「リローデッド《斬撃弾》……えっ!?」
そして糸は、凛風を助け出そうとしたアビゲイルの方にもいつの間にか伸びていた。
<あー……てあしはもいでー、うごけなくしてー>
シルバリオンごと糸に絡めとられアビゲイルも身動きが取れない。
気づいたジュリエッタがすぐさま助けに向かおうとするも、まだ倒れていない《ペルセウス》が行く手を遮る。
「……邪魔!!」
完全にアトラクナクアのペースである。
この上、更にサモンで他の召喚蟲を呼び出せる上にアリスの魔法もまだ使っていないのだ。完全に手数で上回られてしまい、ジュリエッタたちは為す術もなく翻弄されてしまっている。
「うぐぐっ……ブロウ《塵旋風》!」
このままだとアトラクナクアの宣言通り、手足をもがれる――そう思った凛風は《塵旋風》を自分自身を中心にして使う。
凛風のブロウはアンジェリカのイグニッションと異なり、自分自身にもダメージが及ぶことがある。もちろん普通に使う分には問題はないのだが。
《塵旋風》を巻き起こし自分の姿を隠すと同時に、細かい砂粒で拘束する糸を削り脱出しようともがく。
――《鎌鼬》のような魔法を使ってしまうと自分自身で手足を切ってしまいかねないためやむなくだ。
<あー……あぶ《ふれいむ》>
しかし、凛風が脱出するよりも早くアトラクナクアが自身の糸に対して炎を付与――周囲一帯へと火の手が広がる。
三人が気付かない間に、アトラクナクアは想像以上の量の糸を張り巡らせていたのだ。
しかも本来ならば『マジックマテリアル』にしか効果を及ぼさないはずのアリスの魔法を、糸に対して使っているのだ。
ジュリエッタたちは知る由もないが、アトラクナクアはただ普通に糸を出していたのではない。気づかれないように、『マジックマテリアル』製の糸――アリスの魔法風に言うならば《
「ま、だ……!!」
ジュリエッタは諦めない。
これがアトラクナクアを倒すための最後の機会なのだ。多少のダメージで怯んでいられないし、ここで凛風とアビゲイルを失うわけにはいかない。
《炎》で周囲一帯が炎に包まれたとは言えそれ単体ではそこまで威力があるわけではない。きっと凛風たちはまだ無事だと信じ、《ペルセウス》を押しのけて二人を助けに行こうとする。
<
「――え……っ?」
変化、爆発、轟音――
そして――
”ジュリエッタ……!? 凛風、アビゲイル……ッ!!?”
モンスターに襲われながらも常に周囲を……ジュリエッタたちの戦いを見ていたラビが悲鳴を上げる。
ラビが見たもの、それは――四方八方で突如巻き起こった大爆発に巻き込まれ、成す術もなく吹き飛ばされる三人の姿であった。
今ここに、最後の機会は潰えたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます