第5章70話 Get over the Despair 10. 原罪のアビゲイル

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アビゲイルという魔法少女ユニットは、元々それほど強い力は持っていなかった――と本人は思っている。

 相方であるミオが近接攻撃に振り切れた性能を持っており、かつ単独でも完結した攻撃役アタッカーということもあり、当初は思うように活躍できなかったのだ。

 彼女の足を引っ張らないように必死になって戦い、成長して来た……とアビゲイルは思っているのだ。


”んー、そんなことはないと思うんだけどねー”


 アビゲイルの想いを聞いたバトーはそんなことはないと否定はするが、


「……ダメよ。私はまだまだミオを守ることなんて出来るほどの力はないわ」


 良く言えば『ストイック』なのだろう。

 アビゲイル自身の思い描く理想の自分との差はなかなか縮まらない。

 このままではいずれミオに愛想を尽かされてしまうんじゃないだろうか……そういう恐れがアビゲイルにはあった。


”……ミオがあんたに愛想尽かす時なんてこないと思うけどねぇ……”


 苦笑するバトーの声にもアビゲイルは耳を貸さない。

 アビゲイルは、もっと『強く』、そして『かっこよく』ならないといけないのだ。そう強く思い込んでいる。




 アビゲイルが『強くなりたい』と思っていることは、バトーもミオもわかっていた。

 だから、少し背伸びをして難し目のクエスト――『冥界の女王撃破』を選んだのだ。

 ……その結果、ミオはXC-10に囚われ、クエスト間を跨って継続的にダメージを受けるという致命的な状態へと追い込まれてしまった。

 そのことに対してアビゲイルは責任を感じている。


 ――私が弱いから、ミオを危険な目に遭わせてしまったんだ……!


 もっと自分に強さがあれば、XC-10なんかに負けることはなかったはずだ。そう後悔せずにはいられない。

 反対にミオの方でも同じように自分のせいでアビゲイルたちに迷惑をかけてしまっている、と思っているのだが……お互いが自分自身のせいであると思っている現状、相手にそれが伝わらない。

 間に立つバトーも二人をフォローしようとするが、なかなかうまく行かない。

 それだけ、二人の自分自身に対する思い込みが強かったのだ。




 それでも、何とか『冥界』を進んでいけるだけの力を手に入れ、最後のチャンスに恵まれた。

 状況は絶望的ではあるが、後はアトラクナクアを何とかして倒せば長く苦しい『冥界』との戦いも終わりを迎えるはずだ。


「……うぐっ……!?」


 右足に走る激痛でアビゲイルは目を覚ました。

 どうやら意識を失っていたらしい。

 周囲は真っ暗で何も見えない。


”ああ、アビー! 良かったわ!”

「バトー……私、そっか……」


 すぐに状況を思い出す。

 アトラクナクアの繰り出した攻撃により吹き飛ばされ、更に瓦礫の下に生き埋めになっていたのだろうと見当をつける。


「……ジュリエッタたちは!?」


 こうしてはいられない。

 すぐに瓦礫の下から抜け出し、アトラクナクアと戦いを再開しなければ。

 ミオのものとは違った魔法――よくわからないが、おそらく誰かの魔法を同じような理屈で使えるようになったのだろう、アトラクナクアの戦闘力はもはやモンスターの域を超えている。

 全員の力を合わせなければきっと太刀打ちできないだろうと思う。


”わからないわ……でも、瓦礫の向こうから音が聞こえて来るし、まだ戦っているはずよ”


 バトーはレーダーでアトラクナクアの健在を確認している。

 それだけでなく無数のモンスターたちが戦場に現れたということも。

 モンスターの数が増減していることから、誰かが戦っていることは確実だ。きっと、ジュリエッタか凛風が戦っているのだろうと推測する。


「……よし! 凹んでなんていられないわ!」


 圧倒的な力の差を見せつけられたにも関わらず、アビゲイルの心は折れていなかった。

 まだ自分たちの命は尽きていない――ならば、力の限り戦うだけだ。

 新しい魔法を使ってきたのは予想外ではあったが、魔法を使われる直前まで確かにアビゲイルたちはアトラクナクアを追い込んでいたのだ。

 力の差は絶望を感じざるを得ないほど開いてはいるが、絶対に勝てない相手ではないはず――アビゲイルはそう考える。


「くっそ、私にもギフトが使えたら……!」


 ミオの【遮断者シャッター】の便利さをよく知っているだけに、ギフトさえ使えればより効率的に戦えるはずだと思い毒づく。

 ……そう、アビゲイルには使えるギフトがないのだ。

 正確にはギフトそのものは持っているのだが、のである。

 バトーたちが知るところではないが、ヴィヴィアンのギフト【祈祷者インヴォーカー】と同じ、説明文に碌な記載がされていないのだ。


 アビゲイルのギフト、その名は【突破者ペネトレイター】――名前から判断すれば、例えば『攻撃に貫通属性を付与』だとか『あらゆる防御を貫くことが出来る』などの効果がありそうだが、何度も試した結果そのような効果がないということはわかっている。

 ギフトに何もかも頼り切りの戦い方がいいとは言えないが、使える手札が増えるのはありがたい。特にギフトは基本的には魔力消費なしなのだから尚更だろう。

 ない物ねだりをしても仕方ない、とアビゲイルは意識を切り替える。


”アビー、大丈夫? 回復はしたけど……”

「……正直、厳しいわね……足動かないわ……」


 体力ゲージはアビゲイルが気を失っている間にバトーが回復してくれていたらしく、魔力と合わせてほぼ全快している。

 だが、肉体の損傷だけはどうしようもない。

 今もアビゲイルは右足の激痛を気合で堪えているのだ。

 足が動かせないのも瓦礫で押しつぶされそうになっているから、というだけではないだろう。


「仕方ないわ。これからは『シルバリオン』を使いっぱなしになりそうね……」

”わかったわ。魔力の回復はこっちでやるから、アビーは攻撃に集中しなさいな”

「ええ、そのつもりよ」


 この戦い、絶対に負けるわけにはいかない。

 撤退することすら許されない。

 今回がミオを助け出す最後のチャンスなのだ――アビゲイルはそう確信していた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――モンスターの動きが妙だ。


 ジュリエッタは一人必死にモンスターの群れとアトラクナクアの攻撃を防ぎつつ、違和感を覚えていた。

 敵の数・規模に比して『余裕』があるとさえ思っている――もちろん、楽に戦えるというほどのものではない。

 本来ならば、ジュリエッタとジェーンたちだけで守り切れるような数ではないのだ。

 だというのに今も尚持ち堪えることが出来ている……そのことに違和感を覚えている。

 ところどころ殺意の高い、本気で殺す気で襲い掛かって来る蟲が紛れているものの、大部分の蟲の攻撃は思った以上に温い。

 アトラクナクアにしても、攻撃は散発的で防ぐことは辛うじて出来てはいるが、本来ならばもっと攻撃は苛烈なはずだ。それに、【遮断者】による絶対切断攻撃も来ていない。

 【遮断者】が使えなくなった、などと甘いことは考えない。何か狙いがあってそうしているのだと油断なくジュリエッタは考える。


「!! アビゲイル!」


 その時、少し離れた地面の瓦礫が吹き飛び、瓦礫の下からアビゲイルが飛び出す。


「『シルバリオン』!」


 すぐさま『シルバリオン』を呼び出して跨る。彼女の右足が傷だらけでロクに動いていないことをジュリエッタは見逃さなかった。

 自分ならばメタモルを使って傷を治すことは出来るのだが、そんなことが出来るのはジュリエッタならではだ。

 この戦闘の間、アビゲイルは『シルバリオン』を使わなければ移動もままならない状態になったと見た方がいいだろう。


「後は……凛風さえ復活してくれれば……!」


 アビゲイルの負傷は想定外だが、『シルバリオン』を使うことにより機動力はむしろ増している。純粋な戦力アップとは言えないかもしれないが、大きく戦力ダウンしたとも言えない。

 となれば、後は凛風さえ復活してくれれば、三人がかりで【遮断者】を使わせつつ攻撃をすることが出来るようになる。

 アトラクナクアは今は瓦礫の鎧を纏っているわけではない。一度こちら側の攻撃に転じれば、一気に体力を削ることが出来るはずだ。


<んーあー……じゃあ、だ>


 ぎょろぎょろと忙しなく眼球を動かしあちこちを見回していたアトラクナクアがアビゲイルの姿を捉えると、ある一点の方へと視線を定める。

 そこは崩れ落ちた瓦礫の山しかないが――


「……拙い」


 アトラクナクアが何を考えているのか、ジュリエッタにはわかってしまった。

 食い止めようとするよりも早く、アトラクナクアは糸を出し瓦礫を次々と取り除いていく――ついでに瓦礫を投げつけてジュリエッタたちの動きをけん制する。

 そして、ついに瓦礫の下からぐったりとした様子の凛風を掘り出していた。


 ――そういうことか……! こいつ、ユニットをこの場で喰うつもりなんだ……!


 ミオだけでなく、アリスとヴィヴィアンの魔法を使っていることからわかる通り、アトラクナクアは魔法少女の力を吸収し自在に扱うことが出来る能力を持っている。

 つまり、アトラクナクアが何を考えているかというと――今この場にいる魔法少女を吸収し、更なる力を得ようと考えているのだ。

 そう考えると先程の違和感の正体にジュリエッタはたどり着ける。

 ジュリエッタたち、それにその後ろにいるジェーンたち全員を喰うつもりなのだ、アトラクナクアは。

 下手に体力を削り切ってしまっては吸収することが出来なくなる。それを理解しているため、敢えて攻撃の手を緩めて追い詰めるだけに留めているのだ。

 そして今、アトラクナクアの手に凛風が落ちようとしている。


 ――ダメだ、ここで凛風が喰われたら、勝ち目がなくなる……!


 それは単純に三人がかりでなければ勝てないから、というだけではない。

 今この場にいる魔法少女の中で、凛風の能力をアトラクナクアが得てしまうことが考えうる限りの最悪だからだ。

 凛風の持つ全身強化魔法シフト――これをアトラクナクアが手にしてしまったら、仮にアリスたちがいたとしてももはや勝ち目はない。

 シフトはライズとは違ってなのだ。

 ただでさえ強靭なモンスターの肉体を、段階的とはいえ永続的に強化し続けるとなれば、勝ち目がなくなると言っても過言ではない。


「ヨーム、凛風を呼び戻して!」


 ジュリエッタたちに邪魔されるのは想定済みなのだろう、次々と魔法を放ち更に召喚蟲を呼び出して近づかせまいとする。

 それらを捌くのが精いっぱいでジュリエッタもアビゲイルも凛風を助け出すことが出来ない。

 後は、ヨームが『強制命令フォースコマンド』で無理矢理近くに引き戻すしか方法がないだろう。

 だがジュリエッタの声はヨームには届かない――向こうも今モンスターに襲われていて、アトラクナクアの方へと注意を向けていられないのだ。


<まほーおいしいです>


 大きく口を開け、今にも凛風を丸呑みにしようとするアトラクナクア。


 ――ダメだ、間に合わない……!!


 凛風は目を覚ます様子はない。

 もはやここまでか……諦めたくはないが、流石にシフトを手に入れたアトラクナクアをどうにか出来るとも思えず、ジュリエッタも観念しかけた時だった。


「リローデッド《音響弾ノイズ》、シューティングアーツ《ブーストショット》!!」


 あらぬ方向へと銃弾を放つアビゲイル。

 しかし、次の瞬間、


<うぎぃぃぃぃっ!?>


 アトラクナクアが苦しみ悶え、凛風を放り投げつつ空中でのたうつ。


「おっと、危ない危ない」


 凛風が地面へと激突する前に『シルバリオン』で駆け抜けたアビゲイルがキャッチする。

 よく見るとアトラクナクアだけではない。多くの蟲が苦悶しているようだ。中には地面に崩れ落ちそのまま動かなくなっているものもいる。


「……そうか、『音』か……」


 どういう理屈かはわからないが、人間には聞こえないが蟲にだけ聞こえる『音』を発する弾丸をアビゲイルは撃ったのだ。

 その音に苦しみ、弱いモンスターはそれだけで絶命している。


「凛風、目を覚まして!」

「……う、うーん……?」


 まだアトラクナクアは苦しんでいるが、憎々し気な視線をアビゲイルの方へと向けている。

 立ち直るまでそう時間はかからないだろう。

 だが、この一瞬、千金に値する貴重な時間を得られた。


「二度目は……もう通じないわよね、きっと。

 次が最後のチャンスよ!」

「わかってる!」

「……ん? あれ? ワタシ……寝てたアルか……?」


 凛風も目を覚ました。

 《音響弾》による攻撃は二度目は通じないか、あるいは効果は薄くなるだろう。

 モンスターの波がわずかに途切れた今こそが、言葉通り最後の攻撃のチャンスとなる。

 三人とも、それを十分理解していた……。

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